第10話 異律体
「異律体……それがレギオンの正体なんですか?」
ルイシャが尋ねると、妖精王ティターニアが頷く。
無限牢獄である程度の特訓を受けたルイシャは、レギオンの正体についてティターニアから聞いていた。
「左様。この世界には『律』、つまり『ルール』が存在する。物は上から下に落ち、水の中では息ができず、死んだ者は生き返らない。言われなくても誰もが本能的に理解している当たり前の常識、それが『律』だ」
「はい」
「しかし世界にはそんな『律』から逸脱したり独自の『律』が加えられた場所が存在する。人はそれを『異界』と呼ぶ」
「異界……」
ルイシャはその単語を知っていた。
かつて海賊のシンディと共に訪れたオアフル島、そしてここ無限牢獄も独自のルールが設定されている異界なのだ。
「ここまで言えば分かるだろう。異律体は独自の『律』を持った生き物だ。世界のルールから外れた異分子とでも言おうか……とても珍しく、そして厄介な存在だ」
「なるほど……だからレギオンはあんな意味が分からないことができたんですね」
レギオンの能力は魔法でも気功術でもない、異常なものであった。レギオンがその異律体という存在であるのならば、あの能力にも納得できる。
しかし一番大事なのはその能力が何由来なのではなく、どうやったら攻略できるかだ。
「ティターニアさん。異律体を倒す方法はあるんですか?」
「当然だ。歯に歯を、律には律を。奴が理の外にいるのなら、違う理の中に引きずり込んでしまえばいい」
「違う理の中に……? そんなことできるんですか?」
今まで考えたことのない対処法を提示され、ルイシャは混乱する。
ティターニアはそんな教え子に優しく分かりやすく説明する。
「律は上書きできる。例えば絶対に壊れないという律を持った異律体がいたとする。しかしその能力は普段の世界でしか発動しない。どこかの異界に連れ込んでしまえば、そやつの律は上書きされ、異界の律のみが適用される。人より場所の律の方が優先されるからな」
「なるほど。つまりレギオンをどこかの異界に連れ込めば、その能力を無効化できるわけですね」
ルイシャの回答に、ティターニアは頷く。
攻略法を知ることができたルイシャであったが、問題はまだあった。
「でも異界なんてそうそうありませんよね? 少なくとも王都の近くにはなかったし、レギオンをそこまで連れて行くことができるかな?」
「簡単なことだ、ないのであれば作ればいい」
「作る? なにをですか?」
「決まっている。『異界』をご主人様が作るのだ」
「えぇ!?」
ティターニアの言葉にルイシャは驚く。
異界を作るなんてこと、自分にできるとはとても思えなかった。
「そんなことできるんですか……?」
「結界術の秘技に『異空結界』というものが存在する。それは自分の心を具現化し新たな世界を作るもの。その世界にはその世界固有の『律』が存在し、中に入れられた者はその『律』に従わなければならない。つまり異空結界は人が生み出した人工の『異界』ということになる」
「なるほど、その結界にレギオンを入れられたら、あいつの能力を無力化できるということですね。でも異空結界って難しい魔法なんですよね? どうやって覚えるんですか?」
「異空結界は自分の心を具現化する技。会得するにはまず自分の心を百年は見つめ直さないといけないな」
「百年!? そんな時間ありませんよ!」
いくらここでは時間がゆっくり流れるとはいえ、百年もいることはできない。
せっかくつかんだ攻略の糸口が消えてしまい、ルイシャは焦る。
「案ずるな。異空結界は自分で生み出す以外にも習得方法がある」
「え、そうなんですか?」
「ああ。異界の中に百年以上いれば、その異界は自分の心に焼き付く。つまりその異界と同じ様なものを作ることができるのだ」
「でもそれも百年以上かかるじゃないですか! そんな時間ないんですよ!」
「今から習得するのであれば、な。しかしお前は既にその条件を達成しているではないか」
「それはどういう……あ」
ルイシャは喋っている途中で、その言葉の意味に気がつく。
「気づいたか。ご主人様は既に無限牢獄で百年以上過ごしている。既にその心にはこの空間が焼き付いているのだ。後はそれを具現化する特訓をすればいい」
「僕の心に……無限牢獄が」
ルイシャは自分の胸に手を当てる。
かつてルイシャはここに閉じ込められ、脱出できなくなった。その時はここにいい印象など覚えていなかった。
しかしここにはもう思い出がたくさんある。彼が一番長く過ごしたのはこの空間であり、もはや故郷と呼んでも過言ではない場所になっていた。
それと同じものが自分にも宿っていると考えると、なんだか少し、嬉しい気持ちになった。
「いくら心に焼き付いているとはいえ、それを具現化するのは容易ではない。残りの時間全て使って叩き込むぞ」
「はい! よろしくお願いします!」
こうしてルイシャは勇者オーガの作った無限牢獄の中で、自分だけの無限牢獄を生み出す特訓をするのだった。
◇ ◇ ◇
「はあああああ!!」
ルイシャの渾身の蹴りがレギオンの腹部に突き刺さる。
レギオンは「うぷっ!?」と体をくの字に曲げながら吹き飛び地面を転がる。口からは血が流れ、服も汚れている。
「やはりあなたは異律体……厄介な存在ですが、この無限牢獄の中ではその能力は上書きされます」
ルイシャは冷静に言い放つ。
無限牢獄の主な律は『時間の流れを遅くする』という戦闘には役に立たない律だ。
しかしその律はレギオンの異常な能力を上書きし、無効化してくれる。おかげでルイシャは今、レギオンと同じステージに立つことができた。
「ふふ……くくっ。まさか、異空結界まで使えるようになっているとは。流石に予想外ですよ」
「貴方の能力はもう無効化されました。大人しく観念して下さい」
ルイシャはそう言うが、レギオンは諦めたようには見えない。
まだなにかあるのかとルイシャは警戒する。
「確かに、ここでは私の能力『生贄の山羊』は使えないみたいです。ですが私がたくさんいるのは、私が異律体だからではありません。私は私であるゆえに、私なのです」
レギオンの背後から、別のレギオンが現れる。
異空結界の中だというのに、レギオンの数はどんどん増えていく。予想外の事態にルイシャは驚愕する。
「これはいったい……」
「少し昔話をしましょう。かつてこの大陸にはカールシープという羊がいました。くるくると巻いた角が特徴的な、可愛らしい羊です」
突然レギオンは昔話を始める。
ルイシャは困惑しながらもその話に耳を傾ける。





