第6話 勇者オーガ
「……そうか。そうだったな。お主はあの無限牢獄から生還した。つまり魔王と竜王に会っていたわけだ」
エキドナは驚くルイシャを見て、納得したように呟く。
「そこまで知っていたんですね」
「ああ、私はこの里で未来を視続けていた。世界に影響を及ぼす事象を一つも見逃さないためにな。無限牢獄はこの世界とは隔離された結界の中に存在する『別の世界』とも呼べる場所。そこで起きたことは私の目でも視ることはできないが、お主がそこからでてきた場面は視ることができた」
「そうだったんですね……」
「話を戻そう。この世界を滅ぼすその存在に打ち勝つためには魔王と竜王の力が必要だった。そして私はそれをオーガに伝えた。奴は『分かった。二人と話してくる』と、そう言い残し、この里を去った。そして……それきりだ。それっきり、奴は帰ってこなかった」
「え……!?」
唐突に話が終わり、ルイシャは困惑する。
一番聞きたかったのはここからだ。そこからなぜ、魔王と竜王は無限牢獄に幽閉されることになったのか、勇者オーガはどこに消えたのか、世界を滅ぼす存在はどうなったのか。
知りたかった部分にぽっかりと穴が空いてしまっている。
「いくら未来を視てもオーガのことはなに一つ視ることができなかった。生きているのか、死んでしまったのかすら分からない。だがおそらく……あやつは『敵』に近づき、そして気づかれてしまったのだろうな」
「エキドナさん、その『敵』というのは……」
「『創世教』だ。奴らこそこの世界を滅ぼす諸悪の根源。口では綺麗なことを言っているが、奴らの上層部は化け物の巣窟だ」
ルイシャは敵の正体を知り、驚きながらもどこか納得した。
この大陸に根ざし、多くの人が信仰する『創世教』。
誰もが知っている宗派であるが、その裏には血生臭い噂がいくつもある。
かつて多くの国がそういった噂を理由に創世教を禁止したり、深く調査しようとしたことがある。しかしそれらの行動は全て失敗に終わり、それだけでなく創世教にたてついた国や組織は全て凄惨な末路を辿った。
もちろんそれらを創世教の者がやったという証拠はない。
しかし証拠がなくとも、敵対すれば滅ぶという事実があるだけで誰も創世教には歯向かわなくなった。
粛正帝という恐ろしい二つ名を持つ帝国の皇帝ですら、創世教には手を出していない。それほどまでに創世教の有する力は大きく、恐ろしいのだ。
「創世教は恐ろしい存在だ。あの最強の勇者、オーガですら敵わなかった。しかし……希望はある」
「え?」
驚いた顔をするルイシャのことをじっと見ながら、エキドナは言う。
「お主のことだ、予言の子よ。私は確かにこの目で視た。無限牢獄から出た者がこの世界を救うところを」
「僕が……世界を……!?」
突然のことにルイシャは驚愕する。
自分が世界を救う存在だなんて突然言われても、そう簡単に飲み込める話ではない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 確かに僕は無限牢獄から脱出しましたが、それだけで世界を救う存在だなんて……」
「困惑するのも当然。しかし残念ながら選択できる余地は残っていない。お主がその道を放棄すれば、お主の大切な者は全員命を落とすだろう」
「それは嫌ですが……でもやっぱり僕が世界を救うなんてこと、できるとは思いません……」
「そう思ってもやるしかない。それになにもお主一人で戦えといっているのではない。お主には仲間がいる」
エキドナはそう言うと、ルイシャの隣りにいるシャロにも目を向ける。
「オーガの子孫、シャルロッテ・ユーデリアよ。世界の命運はそなたの肩にもかかっている。オーガがいない今、勇者の力を使えるのはお主だけ……お主の力も必ず必要になる」
そう言ってエキドナが指をパチンと鳴らすと、蛇人族の一人が前に出てくる。
彼女が持っていたのは漆黒の手甲だった。
それを見たシャロはなにかに気づきハッとする。
「それってまさか……!」
「ほう、分かるかオーガの子孫よ。そう、これはあやつの残した道具の一つだ。これはお主が持つに相応しい、手に取るといい」
「……ええ」
シャロは前に出ると、手甲に手を伸ばす。
すると次の瞬間、手甲が勝手に動き出し、ガチャン! とシャロの左腕に勝手にはまる。
「えっ!?」
突然のことにシャロは驚く。
勝手に動いたことにもそうだが、その手甲があまりにもしっくりと手に馴染んだことにも彼女は驚いた。
手にはめるまで、その手甲は彼女のサイズよりも大きいように見えた。しかし今はまるで長年使用した物のように手に馴染んでいた。
そしてその手甲の使用方法もまた、何回も使ったことがあるかのように理解していた。
「鎧化」
頭の中に浮かんだ言葉を呟いた瞬間、手甲はガシャガシャと音を立てながら動き、展開される。
展開されたそれは黒い鎧となってシャロの体を包み込む。その鎧に包まれたシャロは強い安心感を覚えた。どんな攻撃が来てもこの鎧が守ってくれるという強い信頼、それを感じた。
「その鎧は持ち主の意思によって形を自在に変えることができる。なにも命じなければ今のように持ち主の体に最適な形となる。勇者の血筋にしか使えないが、非常に高い性能を持っている。存分に使うといい」
「ええ……感謝するわ」
シャロは心の中で鎧に「戻れ」と命じる。
すると鎧はガシャガシャと音を立て左腕の手甲になる。
シャロがもうちょっと小さくならないかなと心の中で思うと、更に小さくなって左手の薬指に指輪となって収まる。どうやら大きさは自由自在のようだ。
「ルイ。この鎧にもご先祖様の力があると思う」
「う、うん。触るね」
ルイシャはおそるおそるシャロの指にはめられた指輪を触る。
するとその指輪に光が宿り、ルイシャの体内に吸われていった。ルイシャは体の中でまた一つ、無限牢獄の封印が外れた感覚がした。
「……無限牢獄にかけられた封印は残り一つ。その一つもお主らの仲間が王都に持ち帰る。さすれば無限牢獄の封印は解け、中にいた者たちは開放されるであろう」
「その未来も視たのですか?」
「ああ」
ルイシャの問いにエキドナは頷く。
ルイシャ自身、無限牢獄の封印がかなり緩くなっているのを感じ取っていた。あと一つ、勇者の遺産を手に入れることができればエキドナの言う通り無限牢獄の封印は解けるだろう。
そしてその時、封印されていた魔王テスタロッサと竜王リオは開放される。彼の目標は達せられるのだ。
まだ先にあると思っていた目標が、不意に眼の前に現れたことでルイシャはふわふわとした感覚を覚える。足が地につかないような、まるで夢の中にいるかのような、そんな感覚だった。
「正直世界を救うとか、そういう話はいまいち理解できません。でも勇者の遺産を渡してくれたことには感謝します、ありがとうございます」
「よい。魔王と竜王を開放することは世界を救うのに必要な要素だ。彼女たちを救ってやってくれ」
「はい。絶対に」
ルイシャは力強く頷く。
世界が滅ぶとか、それから世界を守るとかいう話は理解できないが、魔王と竜王を救うことに関して迷いはなかった。
「さて……私ができることはこれでだいたい終わった。後は王都に戻り最後の勇者の遺産を待つといい」
「はい。色々と教えていただきありがとうございます」
「よい。私は今日この日のために今まで隠れて生きていたのだからな。これで肩の荷も下りたというものだ」
エキドナはそう言うと再びシャロの方に視線を動かす。
「……そうだ。オーガの子孫よ、最後にお主の力を貸してくれ」
「え? 私の力?」
「うむ。勇者の魔力は私の未来視の力を強力にすることができる。創世教の連中は未来視でも予測できない化け物揃いであるが、勇者の力を借りることができればある程度『視る』ことが可能だろう」
「分かったわ。私の魔力をあんたに渡せばいいのね?」
「ああ、それでよい」
エキドナはその大きな手を前に出す。
シャロが前に出てその手に触れようとしたその瞬間、ブンッ! という風切り音がその場に鳴る。
「な……っ」
驚いたようにそう呟いたのは、エキドナであった。
彼女は口から血を流している。
その理由は明白、なんと彼女の腹部に大きな刃物が突き刺さっているではないか。先程の風切り音はこの刃物が投げられた音なのだとルイシャたちは理解する。
「だ、誰だ!?」
ルイシャたちは振り返る。
するといつからそこにいたのだろうか。見覚えのない一人の男が広場の中にいた。
中肉中背の、ヒト族の男。唯一露出している顔面には手術跡のような『縫い目』がいくつもあった。
男は苦しそうに呻くエキドナを見ると、「ふう……危ない危ない」と安心したように呟く。
「勇者の力で未来視が強化されるとは知りませんでしたよ。止めることができて良かったです」





