あーつーいー
この世界にコータがやってきた謎現象が発生してから二ヶ月が経った。この二ヶ月で日差しは更に強くなり、町の中はもううだるような暑さだ。
どうも故郷であるキンドリッツ王国とこのアイオーン共和国における夏という季節は、私が思っていた以上に差があったみたい。王国に住んでいた時にはこれほど暑いと思ったことは一度も無かった気がする。
「あーつーいー。お店の中なのにどうしてこんなに暑いのー?」
「はは、ティーナはずいぶんと暑さに弱いみたいだな。確か少し前にはこの国の夏が楽しみだとか言っていなかったか?」
「だってぇ、こんなに暑いとは思ってもいなかったし……」
「この辺りは火の精霊の力が強いからな。豊富な温泉資源があるというのはそういうことだ」
初めての暑さに絶賛敗北中の私を見て、サクヤは楽しそうに笑っている。こんなに暑いというのに、サクヤは平然な顔をしているのは納得がいかない。私とサクヤの間にどんな差があるというのだろう。
「まあ、この果実ジュースでも飲んで身体の中から冷やすんだな」
「あー、ありがとー。……んー! 冷たくておいしー」
果実ジュースの冷たさがカラカラに乾いた私の喉を通り、身体の中を巡るように広がっていく。まるで死んだ荒れ地に生命の雫が染み込んでいくみたい。
「ティーナほどではないが、私だってこの暑さは結構堪えてはいるよ」
「えー、絶対ウソだー」
「そこはやせ我慢というやつだ。この暑さを我慢しながら食べる激辛料理もなかなか美味いものだぞ?」
「あは、あはは、さすがに死んじゃうって。私はこの冷たいジュースがあればもう十分だよ」
そうしみじみと話しながら、ストローを使ってちびちびとジュースを飲む。本当は一気に飲み干したいくらいだけど、そんなことをしたらすぐに無くなってしまう。
「そういえば、これを広めたのはヨーカ殿の商会だったか」
「これ、というかこのジュースを冷やすための冷蔵庫ね。あ、氷は冷凍庫か。冷蔵庫の宣伝に冷えた果実を絞ったジュースを使ったのは、コータのアドバイスだね」
「コータか、あいつはよくわからん男だな。ろくに物を知らないかと思えば、不思議な知識を披露したりする。そしてあんなに毎日を楽しそうに過ごしているかと思えば、急に何かを思い出したように落ち込んだりするし」
「そっか……」
以前聞いたんだけどコータ曰く、ブラックキギョウとかいう組織から開放されたということが、とてもとても嬉しいみたい。でも、児童養護施設のことは忘れられない。
「あいつが時折落ち込む話は気にしすぎないことだ。弱いとはいえあいつも男だからな。そのうち気持ちの整理はつくだろう」
「うん、当面のお金の心配は無くなったから、私もしばらくはそっとしておいてあげようと思ってるよ」
「ん、なにか仕事を増やしたのか? それともコータがようやく仕事でも始めたのか」
「ううん、冷蔵庫とかが売れるとアイディア使用料がコータに入ってくるのよ」
「何!? あれもあいつのアイディアなのか?」
「そうなるかな」
正確にはコータが住んでいた世界のアイディアだけどね。
コータと同じ屋根の下で暮らすようになってからというもの、この世界の一般常識を彼に伝える際に、反対に彼が住んでいた世界のことをいろいろと教えてもらったりしている。
あの無機質な世界は、この世界の水準からは想像もつかないような高度な文明を持っているし、教育水準も非常に高い。私が教えたことをコータはどんどんと吸収していくので、あれには毎日驚かされているくらいだ。
そんな彼を通して手に入れた知識を元に、冷媒を使った熱交換方式の冷蔵庫というものをヨーカさんに提案して実用化させたものが、この素敵な果実ジュースを実現してくれる冷蔵庫に冷凍庫だ。
先月のはじめ頃に商会から売り出したところ、あっという間に飲食店や食材卸業者に広がって、一般家庭でも流行りものが好きな人達を起点に広がり始めているみたい。生産が追いつかないって商会の従業員さんたちが嬉しそうに話していたのが印象的だった。
「これは驚いたな。ものすごい金額になるんじゃないか?」
「うん、すごかった。コータは、俺はネオニートになる! って宣言してたけど、詳しくは教えてくれなかった。どんな職業なんだろうね」
「私も聞いたことは無いな。でもまあ、あいつを見ていればそのうち分かるだろう」
「そうだね」
というわけで、見切り発車的に新章の開始です。




