第35話 閑話 エレザ
私の名前はエレザ。
ユーゼリア王国の姫たるノラ様に仕える十四歳の可憐なメイドです。
かつて私はエレザリスというもっと大人な女性でした。
とある伯爵家に生まれたエレザリスとして私は、早くに剣の才能があるとわかってからは己を鍛え、父が止めるのも聞かず冒険者になると戦いに明け暮れ、気づけばユーゼリア王国で一、二を争う強者として知られるようになっていました。
その後は先に冒険者を引退して第二王子の妻に収まっていた先輩であるルデラ姉さんの誘いがあり、ユーゼリア騎士団に入団。そのまま騎士と認められると、一年後には隊長に、さらに一年後には副団長として有事の際には騎士団を率いる立場となりました。
順風満帆な人生を歩んでいたと言えるでしょう。
ただときおり、友人たちが結婚しただの、子供が産まれただのと報告してくるのが少々忌々しく思われるくらいのもので……。
べつに私は結婚願望があるわけではありません。
結婚や出産を羨んでいるわけではないのです。
気持ちを逆撫でるのは、想い出の中でまだ若いままである友人たちが、結婚や出産といった人生の節目を迎えたことを知ること――時間というものが平等に流れているということを再認識させられることでした。
ああ、何故、時は流れるのでしょう。
どうして人は老いるのでしょう。
もし『老い』が魔物となって立ち現れたなら、私は命を賭して斬り伏せてやるものを……。
△◆▽
ユーゼリア騎士団の副団長となってから二年目でしょうか、ルデラ姉さんたっての願いで私はメイドの真似事をすることになりました。
ルデラ姉さんの第二子――ノラ様の専属メイドです。
初めのうちは有事でもなければそうやることもない副団長職の暇つぶしのつもりでしたが、あどけないノラ様と接しているうちに副団長という立場の方がおまけになっていきました。
私はノラ様を実の妹のように可愛がりました。
娘のようではありません。
妹です。
何か問題がありますか?
ありませんよね?
そんなノラ様はすくすくと成長すると、ルデラ姉さんのように冒険者になりたいと言うようになりました。
冒険者になるのは簡単です。
問題はノラ様の言う冒険者が、ルデラ姉さんのような冒険者であることでしょう。
残念ながら、ノラ様には特別な才能があるわけではないようです。
いずれ現実を知り悲しむのでは……。
そう危惧する私とは違い、ルデラ姉さんは気楽なもので、ノラ様はきっとすごい冒険者になるだろうと言います。
そんなルデラ姉さんが遠出し、なかなか戻ってこないある日、ノラ様は冒険者になるために野宿の訓練をすることになり、王宮を飛びだしていきました。
冒険者とは冒険者ギルドに所属し、様々な依頼を受け、達成し、その名声を高めていくものです。
しかし冒険とは――。
なんらかの目的のため、それを果たすため危険も厭わず挑戦すること、それが本来の意味となります。
であるならば、このとき確かにノラさまは冒険者で、見事にその成果を手に入れてみせたのです。
それが使徒ケイン様との出会い――。
ノラ様が引き寄せたのか、それともケイン様がノラ様を巻き込んだのか定かではありませんが、この出会いはノラ様ばかりか私の運命をも大きく変えることになりました。
そう、ある日、唐突に目の前に現れた『生命の果実』です。
広くは『若返りの果実』と知られる伝説の代物。
老いを克服する手段として、密かに調べ求め続けていたその果実をなんとケイン様は所持していたのでした。
果実を目にした瞬間、私の箍は外れ、恥も外聞もなくケイン様におねだりをしてしまいました。
あまりに必死だったため、ついうっかりノラ様を差し出してしまいましたが、ノラ様もまんざらではないようでしたし、おそらくはルデラ姉さんやオルトナード様も目くじら立てて文句を言うことはないと思うのでそう問題でもないでしょう。
私の真摯な願いにほだされたのか、それとも浅ましい懇願にあきれたのか、ともかくケイン様は無償で果実をくださりました。
夢にまで見た伝説の果実。
もう数年取り置くといった発想に至る余裕すらなく、私は夢中で食べてしまいました。
そして私は――。
若返った。
若返ったのです!
ケイン様が用意してくださった鏡に映る自分が……若い!
伝説を信じるならばその年齢は十四歳!
大いなる至福が胸を満たし、私はつい大声で笑ってしまいました。
エレザリスは死に、歓喜の中、私はエレザとして生まれ変わったのです。
そのあとはケイン様の勧めもあり、同い年であるシセリアさんと楽しくお喋りをしました。
何を話したのか記憶が定かではありませんが、しかし、とても楽しかったことを覚えています。
そのせいでしょうか、私はシセリアさんに対しこれまでにない親近感を覚えるようになり、彼女の人となりがとても好ましく思えるようになりました。
正直、シセリアさんの実力は従騎士が相応であり、ユーゼリア騎士団の騎士、まして神殿騎士に叙されるような人ではありません。
もし何かしらの問題――武力を以て解決するしかない退っ引きならぬ事態が発生したとき、大変な思いをすることになるのでしょう。
かつての私であれば、良い経験とばかりに突き放したかもしれませんが……今は力になってあげようという気持ちがあるのです。
なにしろシセリアさんは十四歳となった私の初めての友人。
いえ、友人は控えめな表現ですね。
ここはしっかり親友と明言すべきでしょう。
どういうわけか、ちょっと不遇な状況に陥りがちなシセリアさん。
これからは親友として、陰ながら助けてあげようと思うのです。
△◆▽
ケイン様がすでに果実を食べたことがあると判明したのは、私がエレザとなった記念すべき日の翌日のことでした。
なんということでしょう。
確かケイン様は口にしたことのあるものを、創造することができるはず。
つまりケイン様はあの果実を好きなように……?
どうやらケイン様とは長い付き合いになりそうです。
いずれはノラ様も成長し、独り立ちする時が訪れる。
その時、私はケイン様のメイドとして仕えさせていただくことになるでしょう。
もしかするとケイン様とシルヴェール様に、かもしれませんが。
思い描かれる将来設計。
ひとまず私は各方面へ手紙をしたためることにしました。
そのうちの一通は、ユーゼリア騎士団への辞任届です。
なにしろ、エレザリスなどという女性はもう存在しないのですから。
しかし暇な副団長職であるとしても、急に穴ができてしまうのは好ましい状況ではなく、また、わたくしエレザの前世ともいえるエレザリスが数年所属した組織です、いたずらに混乱を招くような真似は望むところではありません。
そこで私は考え、次の副団長には親友のシセリアさんを推薦することにしました。
実力については、もし副団長としての働きが求められるような状況が訪れた際、親友である私が手助けすれば問題はないでしょう。
それにシセリアさんが駆り出されるような時には、おそらくケイン様も関わっているに違いなく、そうなると戦力は充分どころか過剰となります。
ふむ……。
考えてみると、何気にケイン様にお願いを聞いてもらっているシセリアさんであればうまいこと協力を得られるかもしれませんし、ケイン様がやり過ぎてしまいそうな時はそこそこのところで止めてくれるかもしれません。
わずかであれど、ケイン様に干渉できる存在というのはユーゼリア王国にとっても貴重であり、であれば副団長という地位にあることは相応しい――いえ、むしろ当然と言えるでしょう。
ふふ、親友がかつての自分と同じ役職に就く。
素晴らしいことだと思います。
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今回で二章は終了、三章の開始は30日(月)を予定しています。




