娘を思う気持ち
期待したとおりにはならないのが物語というモノであって、さすがに、楓お姉さまの居場所までは記載してくれていない。意固地になるのもいい加減にしてほしいかぎり。このまま敵地に乗り込んで、お姫様を助け出すのが勇者のお決まりなのに、なにもわかっちゃいない。
病人にあぁだこうだ言えないから、自分でどうにかするしかない。でも、とても有益な情報を教えてもらえたら、ここからは形勢逆転といこうか。
瑞希と共に外へ出る。まだ朝日もお出迎えしてくれないのは少し寂しい。明るいか暗いかで、精神は大幅に変化する。と言っても、やることは変わらないんだけどね。
それにしても、車の数が異様に多い気がするんだけど。
ここに来た時から、台数は大きく変わっていないにしろ、深夜の病院にしては多く感じる。
可愛らしく鍵をクルクル回しながら歩く瑞希は、なにやらとても嬉しそう。
「なにか良いことでもあったの?」
「ありましたし、これからあるでしょうね」
あぁ……嫌な予感しかしない。
それに、駐車場に向かう素振りも見せないんですけど。
「車じゃないの?」
「急いでましたので、バイクで来ているんです」
あらあら、バイクまで乗れるのね。だから駐輪場にむかっているのね。ここからでもわかるほど、大きなバイクが駐輪場に1台ポツンっと駐車されていた。青色のカウルが特徴的で、街中を走るにはちょっと窮屈そうである、レーシーなバイクが停まっている。
……マジかよ。
俺、空でも飛ぶんじゃないだろうか。
「大丈夫ですよ。私が運転していますから」
だから心配なんだよ!
車の運転だって、速度制限は守らない。反対車線に飛び出てまでドリフトする。道路はあなたのおもちゃじゃないんですよ?
とお説教みたいに言ったら
「バレないと犯罪じゃないんですよ」なんて、犯罪者か詐欺師しか言わないような言葉が帰ってきた。それに、自慢気にゴールド免許をチラつかせる始末。あの自動車学校さん。見極めはしっかりしてくださいね。
とはいえ、間近で見ると物凄い威圧感。
エンジンも大きくって、タイヤも車よりも大きく見える。ガッチリとした作りからして、お安いお値段ではないんだろうなぁ……。
「YZF―R1。世界最高峰のバイクレース、MotoGPのノウハウを注ぎ込まれたバイクで、エンジンはクロスプレーンクランクシャフトという市販車では、このバイクにしか使われていなかったりするんですよ」
嬉しそうだ。物凄く嬉しそうだ。
瞳がキラキラ輝いていて、こう、神様を崇めるような、チワワを可愛がるような。
どこから取り出したのか不明なヘルメットとグローブを装着して、俺にもう1つのヘルメットを渡してきた。初めてヘルメットなるモノを装備するので、さすがにどうすればいいのか。なんか、紐と輪っかが2つあるだけとか、すぐに飛んでいってしまいそうだけど。
「紐を輪っか2つに通して、奥の輪っかだけ通してあげれば大丈夫ですっと」
見事に瑞希がヘルメットを装備してくれて、ちょっと情けない。
そして、きちんとした2人乗りを教えてもらう。
まずは瑞希がバイクに乗ってから乗ること。
乗ったらフラフラせずに、片手は肩へ、もう片方はシートと繋がっている綱のようなモノを掴むこと。
「ですけど、両手を私のお腹の前で掴むようにしてくださいね」
やっぱり気付いていたのか。
有栖川の連中って本当にとことんやってくる。
幸菜の言っていた通りになりそう。でも、ここで引いたら男が廃る。なんのためにゾウさんが付いてるんだ? もちろん子孫を残すためだよ! 後は排泄物を出すためのモノだよ!!
きっぱり言ってやりたいのに言えない。
「あの、動きますので、舌だけは噛まないように気をつけて下さい」
俺の返事を聞く前に走り出すとか不意打ちすぎやしませんか! って、ぶつかる!?
後ろに飛んでいきそうなほどの衝撃が体を襲う。
すぐさまカクンっと体が宙に浮いたような感覚になり、地面スレスレを顔が動いていく。それはもう、ジェットコースターなんて生温い乗り物では例えらない。
もう降ろしてー。
かっこ棒読みでは止まる所か、加速していくだけ。
瑞希の細い腰が頼もしく、瑞希の運転技術は二輪でも四輪に勝るほどの腕前には、少しだけ気持ちがスカッとする。
追いかけてきていた4台の車達は、後ろを振り向いただけではヘッドライトも見えやしない。
猛スピードで走る乗り物に乗ったときの表現でよく「景色が止まって見える」などと抜かす小説を読んだことがあるけど、その小説家は猛スピードを80km程度をそう言っている。断言して見せてもいい。だって、最初は景色が逆走しているように見えていたのが、最後は景色など見ている余裕なんてないほどの速度で走っていた。
人生でベスト3には入るほどの恐怖体験。
ベスト1は幸菜のプリンを食べたとき。
思い出すだけで背筋が凍る。
閑話休題。
俺達が向かっているのは都内から外れた場所だ。
東京といえど23区から外れれば、周りは山だったり、コンビニまで30分とかザラだったりする。
家賃も比較的安くて、交通の便は少し悪いぐらいで、困ると言ったほどでもない。
俺達の目的はそこに住む夫婦に会うこと。
有栖川にとっては些細なことなのだが、とある人物には絶大な武器となる。
攻撃は最大の防御なり。
ここからは守りに入ることはしない。
攻めて、攻めて、攻め抜いて、それでダメなら守ればいい。
やれることをやってから諦めるなら構わない。だけど、なにもやっていないのに諦めるのだけは嫌だ。
徐々にスピードも落ちてきて、ほど平常運転にまで落ち着いた。と、思ったら目的地のすぐ近くまでやってきていた。住宅街ということもあって、回転数は抑えめに。なんて言ってもドッドッドッドッって、重低音が響いているけど。
そして、バイクが停車して「着きましたよ」と、瑞希が言ってくる。
先に俺が降りてから、カチンっとサイドスタンドを出して、エンジンを切る。
フワッとして、足が地面に接地している感覚がしない。
「最初は慣れないですからね」
ふらつく体を抑えこむように、肩に手を置いてくれる。
クルクル回った後の感覚に近い。
「ありがとう」
もう大丈夫。
1歩前に進み、チャイムを押す頃にやっと太陽の光が、俺達を照らしてくれた。まるで、俺の背中を押してくれているよう。
早朝ということもあって、まだ眠っている可能性は十分にある。なのに、ほんの数十秒でインターホンから「どなたでしょう?」と、女性の声が鼓膜を震わせた。
「私は立花幸菜と申します。アリス・アイル・アーシェ。あなたの娘さんのことでお話に参りました」
ブツっといきなりインターホンは反応を無くし、代わりに玄関からカチャンっと解錠される音が届いてくる。
やっぱりこの人だったのか。
金色の髪はアーシェと同じ。
やつれた顔をしていて、まだ30代という年齢にしては皺も見受けられるけれど、アーシェにそっくり。
「早く入って下さい」
流暢な日本語で出迎えてくれたと思ったら、周りを見渡し、手を引っ張ってきて、たたらを踏みながら家の中に押し込まれるような形になった。
瑞希もすぐに入ってきて、アーシェのお母さんが鍵を掛け、しっかりとチェーン錠までする徹底っぷり。
ここは紛争地帯かなにかだろうかと思う。
「手荒なことをしてしまってごめんなさい。どうぞ中へ」
ご丁寧にスリッパも用意してくれて、俺と瑞希は遠慮することなくリビングへと足を運ぶ。
ケトルを火にかけ、「紅茶と珈琲はどちらがいいかしら」と、聞いてきたので、「珈琲でお願いします」と返事をする。
隣にいる瑞希も「2つでお願いします」と優しく微笑む。
返事を聞くとテキパキと機敏な動きを見せ、雛と遜色ないほどの手際の良さに、美味しい珈琲が期待できそうだ。
きちんと豆から挽くのはポイントが高い。
出来上がるのを待ち、アーシェのお母さんが落ち着いてから話を進める。
「先ほどはごめんなさいね。ここ数週間前から有栖川の人間が見張っているようなの」
手荒な歓迎の裏にはそういう経緯があったのか。
「こちらこそ。朝早くからすみません」
「構わないわ。どういう状況かはこちらも把握していますので」
それなら話は早い。出された珈琲を1口飲み。あ、美味しい。こちらの要件を手短に話す。
要はアーシェをこちら側に連れ戻すのである。楓お姉さまの居場所を知っていても、人質を取られたら、不用意に動くことができない。それなら、仲間になってもらうほうが情報も得られて、良いこと尽くしだ。
それにはお母さんの力も必要。だが
「私達はお力になれないわ。だって、あの子を見捨てたのですから」
「えぇ、知っています。お父さんの前のお店であるアンティークショップを有栖川に買収されたこと。その時に融資を持ちかけられ、それが有栖川系列であったことも。借金の代わりにアーシェが連れて行かれたのを、あなた達はただ見ているだけしかできなかった」
だから俺は言ってやった。
「親として最低だよ」
でも、愛する娘を奪われていくのをただ見守るしか出来なかったのも、相当、辛かったに違いない。その気持ちも痛いほどわかる。
11年という年月が、どれほど溝を深くしたのかも。
「でも、あなた達がなぜ、日本にいるのかも知ってる。愛する娘を取り戻すためでしょう」
そうでなければ、流暢な日本語が1年や2年で身に付くわけがない。これは憶測だけど
「アーシェが連れ去られてすぐに、こっちに来たんですよね」
「知っていましたか」
うん。バレバレです。
親心とはそういうモノであって、その心を捨てていたら、グーの1発や2発お見舞いしてあげるところだ。
「花園和馬さんと桜花さんが私達を助けて下さいました。有栖川とは違い、不慣れな日本での生活から、アリスが無事でいるかとか。私達だけではどうにもならなかったです。今度は私達が、頑張る番よね」
なにをすればいいのかしら。
期待の眼差しで俺を見てくるお母さん。その隣で美味しそうに珈琲を飲む瑞希。今回は俺にすべてを委ねてくれたようだ。
第1関門は突破出来たのは幸先がいい。
さぁ、次はあの子の攻略に移ろうか。なんてかっこ良く言ってみたけど、上手くいくだろうか心配になる。
失敗は許されない状況なだけに、鼓動は大きくなる一方だ。でも、状況は好転もしていっているのは間違いない。
楓お姉さま、もう少しでお迎えに向かいますよ。




