お姉さん
「それからどうなったんですか?」
乗用車に乗せられた俺は、桜花さんの家に泊まらせてもらうことになった。話を聞けば、一軒家に住んでいて、きちんと客間もあるので、気を使うこともないそうだ。
家に着くまで楓お姉さまのお父さんとお母さんの話をしてくれていた。
「そりゃあ、貧乏生活だったそうだよ。アルバイトで2人分の生活費は賄えない。だからといって有栖川と関わりのない会社となれば、小さな企業だったり、経験者しか募集していなかったり。気になるだろうけど、私はまだ登場はしないよ」
クスクスと笑いながら話をしてくれる。
なんだか、文化祭の時とは別人みたい。
「さぁ着いた」
普通の住宅街。
2階建ての家が多く並んでいるだけ。
花園グループの右腕がこんな庶民的な所に住んでていいのか?
俺の家と然程変わらないほどの規模。車庫も1台分しかなくて、それも天井は低く、乗用車が停められるだけのスペースしかない。
こう大きなお屋敷があって、大きな庭に中央にはクジラの汐吹のように吹き上げている噴水。玄関の前には執事さんやメイドさんが「お帰りなさいませ」って、お出迎えしてくれる。そんなイメージがあったのに。
「大きな家が苦手なんだよ」
玄関の鉄柵を開けて、優しく迎え入れてくれた。
「お邪魔します」
靴箱があって、その上には消臭剤と小さな花瓶がある。
「忙しいからあまり掃除は行き届いていないんだ。その辺は了承して欲しい」
そうは言いながらも、僕にはきちんと掃除が行き届いているようにしか見えない。
率先してリビングに行くので、僕もそれに付いていく。
スイッチをパチンっと入れると電気が部屋を明るくしてくれる。
「お腹すいただろう。なにか簡単なモノでも作るが、嫌いなモノはないかい?」
「俺は大丈夫です」
「此花の制服で俺と言われると違和感しかないな」
笑いながら「ソファに座っててくれ」と言われ、座ろうとしたけど、テレビの横に置かれている写真立てに目がいった。
近くで見ようとテレビの前にまで行く。
背景はこの家の前なのはすぐにわかった。
大人2人に高校生ぐらいの子、それに赤ん坊がとても気持ちよさそうに乳母車に乗って眠っているようだ。俺の見た限り、若いころの楓お姉さまのお父さん。それに桜花さんだというのはわかる。
「似ているだろ? 楓は母さん似だからね」
黒い髪が特徴的で楓お姉さまと同じように腰辺りまで伸びている。違いがあるとすれば目元が優しい感じがするし、とても肌が白い。
病的なほどの白さ。幸菜の肌と似ている。
「さっきも母さんの話したけど、君の妹と同じで心臓に持病を持っていてね、なにかと大変だったと思うよ」
大きめのお茶碗にご飯が山盛りの状態で、テーブルに置かれたので、桜花さんを見ると「男の子ならこれぐらい食べるだろう」と、首を傾げる。
少食な男の子もいるんだけど、出されたモノはすべてたべろ。と教えられているので、残さず食べるけどね。
最後にワカメのお味噌汁を出してくれた。
「フランス料理が出てくるのかと思った」
率直なイメージを声に出すと大爆笑された。
お腹を押さえて笑う桜花さんは、貴族というよりも日本の女子高生に近いと感じる。
「綺麗な金色の髪をしていて、和食が運ばれたら誰だって……」
「まぁこれでもハーフだからね。でも、この髪嫌いだ。楓のような黒い髪がよかった」
どうぞっと、ご飯を食べるよう催促してくるので、手を合わせ「頂きます」と2人揃って言い、食べ始めた。
少し甘みが強い肉じゃがに、白いご飯は絶品で、焼き魚もしっかり火が通っていて、ほぐすと湯気が湧き上がってきて、口に運べば、程よく塩が効いて、とても美味しい。
料理の出来る女性っていいよね。
それも、こうして美味しいを出されると惚れてしまうかも。
料理が出来なくても魅力的な部分があればいいと思う。
楓お姉さまが出来ないからね。料理。
それにしても桜花さんは綺麗に正座をして、上手にお箸を使う。余程、キツく礼儀作法を教えられたのだろう。
「別に父さんも母さんも礼儀にはうるさくなったよ。これは社会に出てから学んだことだ」
俺の心を読むのって、世界中の人が出来るんじゃないのかと不安になった。
「人の心は読めないよ。君は表情が豊かだから、すぐにわかってしまうんだよ。私はポーカーフェイスでね、感情をコントロール出来る。そうでなくては花園グループの右腕にはなれない。だから君にはわからないと思うけれど、楓が大好きだ。君に盗られたくはない」
優しい目付きで俺を見る桜花さん。笑った顔がとても可愛くて、こんな美味しいごはんをご馳走してくれる優しいお姉さん。
あぁ、この人は本当に大好きなんだ。
血の繋がりがあろうとなかろうと、家族とはそういう見えない絆で繋がっているんだぁ。
それなのに、ここまでも捻れてしまって、今にも千切れてしまいそうになっている。
「大切な者を守るには、突き放さないといけない時がある。大切だからこそ手の届かない場所に置いておく。父さんは苦渋の決断をしたんだよ」
ご飯時にする話ではないね。
そういうとテレビを付け、ニュース番組に切り替える桜花さん。
話題は花園の不祥事ばかりだと言うのに、表情を変えず、ただ黙々とご飯を食べる姿を、俺はただ盗み見ることしかできなかった。
美味しいご飯も食べ終わり、桜花さんが珈琲を淹れてくれて、食後の休憩をしている。
食器を洗っている音が懐かしくて、学院の部屋と対して変わらない広さのリビングが落ち着く。家にはもう何ヶ月も帰っていないから、余計にそう感じさせるのかもしれない。
「あぁ、言い忘れていたけど、ここは楓が此花女学院に行くまで住んでいた家だよ。後で楓の部屋を見せてあげよう」
洗い物を終え、リビングに戻ってきた桜花さんは、本棚からアルバムをいくつか取り出した。
それをテーブルに広げ、思い出を一つ一つ、丁寧に俺に教えてくれる。
産まれたばかりの楓お姉さま。
初めてハイハイしたときの楓お姉さま。
初めて歩いた楓お姉さま。
写真には俺の知らない楓お姉さまがいっぱい写っていて、それを嬉しそうに語る桜花さんは本当のお姉さんみたいで。
「本当に好きなんですね」
「……あぁ」
ペラペラっと懐かしむようにめくっていく。
「私の宝物だよ。だから、キツく当たってしまう」
それも仕方ないのかもしれない。
でも、仕方ないでは済まされない状況でもある。
もし、ここで仲良く暮らしていたら違った結果になっていたのかも。そうだったら楓お姉さまと出会えなかった。良いことなのか悪いことなのか。
それにしても小さい時の楓お姉さまって、いつも誰かと一緒に居るな。
桜花さんだったり、お母さんであったり。でも、この小学生ぐらいの子って誰だ?
「これは瑞希だな」
え? 中村さんってそこまで年齢離れないの?
10歳ぐらいは違うと思っていたからびっくり。
「瑞希は君と5つしか変わらいよ」
あぁ、これは黙っていたほうが良さそう。
女性に年齢の話と体重の話。それに胸の大きさを言うとろくことがない。
「なにも知らなかったことにしておこう。そちらのほうが君にもいいだろう」
「よろしくお願いします」
それにしても、今の楓お姉さまとは思えないほどの甘えっぷりが写真に残されているのは意外だ。
正反対と言っていいほどの変貌ぶりに、このまま成長していてくれたら、なにも苦労はなかったに違いない。
「でも、楓が怒るのも無理はないんだよ」
さっきとは明らかに違うトーンに、なにも言わず聞くことにした。
「君は優しいね」
そんなことはない。ただ、俺に出来ることは聞いてあげることしか出来ないだけ。もし、中村さんのように車の運転が上手だったら、どこかに連れていってあげる。
雛のようにお料理が上手だったら、食後のお菓子でも作っている。俺にはそれが出来ない。だから、聞いてあげて胸の内に籠もる感情を吐き出させてあげること。
少しでも誰かの為になるのならいくらだって聞いてあげるよ。
桜花さんは「どこから話したものか」と、写真を指でなぞりながら考える。
少しだけ沈黙した後に思い出を吐き出すかのように、自分の生い立ちから語り始めた。




