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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
お姉さまのためならこれぐらい!
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追憶A

 彼との話し合いは平行線を辿った。

 お互いに引くことがなく、居場所を教えてくれという刹那君に、僕は無理だと言い返す。

 これは大人の喧嘩なんだ。そう言いたかったけれど、僕は何も言わずに彼の意地を意地で返すだけの、小学生同士の口喧嘩みたいだと思った。

 まぁ彼も楓を連れ戻すのに必死なんだろう。

 彼が家からいなくなったのは、23時を回っていた。桜花に泊めてあげなさいと言うと「あちらに泊まってもらいます」といい、桜花もいなくなってしまった。

 子供達も寝ている時間。

 寝ている姿でも見に行こう。そうして立ち上がったのだが……。

 ズキン! 

 腹部に痛みが走り、とっさに膝を床に付いた。

 1ヶ月ほど前から痛みはあったが、ここ数日は痛みもなく、治ったものだと思っていたのに。


「楓を無事にあの子に送り届ければ」


 それでいい。

 あの子が学院にいると知ったとき、なにか変わるかもしれないと思ってしまった。他所様の子供になにを求めているのか。そうは言っていられないことが複数も見つかり、彼に楓の気持ちが揺らぐように仕向けたのだが。


「効果は少しだけあったんだけどなぁ」


 瑞希にも言って、良からぬことにならないようには目を光らせておいてくれ。なんて言ったが、楓のほうが良からぬことをするとは。

 ソファに座っていてもズギズキと痛みは収まる気配はない。

 こんなときは痛みを忘れるに限る。

 ふぅ……。

 やっぱり紅葉との出会いかな。




 平凡な家系に産まれ、平凡に育てられた僕は、3流大学を卒業して、3流企業に就職をした。

 輸入食品の仕入れをメインとした会社で、ただ伝票を書いて、受け取って、帳簿に記載して。入社して1ヶ月で覚えられるほどの単純な仕事の繰り返しで、仕事が終われば家に帰ってテレビを見るか、友人と飲みに行くか。

 そんな平凡な日常を紅葉1人が変えてしまう。

 その日は珍しく営業部長の運転手が、通勤途中に事故にあったらしく、会社を休むことになったので、僕が代わりに務めることになった。

 媚を売るのが得意で、部下には上から見下すようにしか喋れない人だから、嫌っている人がほとんど。先輩にも「ご愁傷様」っと、肩を叩かれ、僕はただ苦笑いをすることしか出来なかった。

 朝の占いも最下位だったし、今日は良い事はなさそうだ。


「遅いぞ! 貴様は誰のおかげでこの会社にいられていると思っているんだ」


 別にあなたのおかげでもないでしょうよ。


「すみません」


 こういう人間に言い訳をするのは自殺行為に等しいので、ここは少ない言葉でやり過ごすのがいい。

 車を会社の前まで移動させた時間は3分ほど。

 それで遅いと言うのなら跳ね馬のエンブレムの車、もしくは、FW14Bぐらいは用意してほしい。

 まぁ、後者は僕の運転技術では動かす事もできずに、エンジンを壊してしまうと思うけれど。

 ぶつくさ言いながら後部座席に座って、ふんぞり返っている営業部長には愛想笑いと、ただ頷くだけで軽く受け流しながら「仕事終わったらなにしよう」と、考えながら僕は目的地まで向かった。

 

 やっぱ大きいなぁ。

 7階建てビルである僕の会社も、入社当時は大きいと思ったけど、一流企業はさらに大きかった。

 30階建ての高層ビル。それも都心とあって、交通の便もよく駅も徒歩2分ほどの場所にある有栖川グループの本社ビル。

 僕も面接を受けようとしたけれど、海外のエリート大学であったり、日本のトップクラス大学でも、さらにトップしか入社できないという情報があって、それを聞いて面接に行く気を無くしてしまったのを思い出した。


「なにをグズグズしているんだ」


 自動ドアも開けれないのかよ。そう言いたくなったけど、お偉いさんとはいつまでも靴下を母親に履かせてもらっているものだと思っているから、なにも気にせずセンサーを反応させ、ガラス戸を開かせる。

 中は別世界のように大きく、そして、清潔感漂う大理石の床であったり、とても綺麗な受付のお姉さんがいたり。

 僕の居る会社にも受付の方はいるが、さすがに40を回っていては若さに太刀打ちできない。


「さっさと行かないか」


 うるさい部長に咎められながら進む。

 綺麗な受付のお姉さんは綺麗な声で僕達を迎え入れる。


「こちらは水沢商事です。有栖川社長との商談に参りました」


 手元のA4用紙を見て


「はい。確かにお伺いしております。では、こちらを首から下げて頂けますようお願い致します」


 丁寧な言葉遣いといい、気を利かせて首に入館証を通してくれるあたり、やはり大企業なんだと再度実感させられる。

 社長さんは最上階にある社長室でお待ちしているということで、エレベーターに乗り込みブツブツ小言をいう部長の言葉を左から右へと聞き流し、最上階に到着した。

 受付とは違い、真っ赤な絨毯に都内を一望できる景色がお出迎えしてくれて、僕もこんな会社に入社したかったなぁ。なんて、だったら小さい時から勉強しておけよと思ったけれど、時すでに遅しである。

 エレベーターから降りて、真っ直ぐに進むとある大きな扉の部屋。そこが社長室だと聞いていた。けど


「最上階すべてが社長室ってすごいな」


「有栖川グループはトップ企業なんだぞ。それぐらい当たり前だ」


 そうだよな。

 世界でも3位だったっけ。

 あの豊川自動車でさえも足下に及ばない企業だもんな。

 これでも小さい方なのかも。世界のセレブ企業は広大な敷地であったり、百獣の王を手なづけていたりするのをテレビで見たことがある。

 まぁテレビであって誇張していたりはするだろう。

 小さくノックをすると「誰だ」と少し太い声で問われた。

 あまり緊張することもなく「水沢商事の花園と太田です」というと「入れ」と言われたので、重い扉を開けた。

 都内の風景とか、部屋が高校のグラウンドと同じぐらいに感じたとか、社長さんが僕より小さかったとかは些細なこと。

 僕は社長さんの隣にいる美女に惹きつけられていた。

 とても白い肌をしているのに、髪の毛は正反対な黒に染まり、腰ぐらいまで伸びた髪は冷房の風に揺れていた。背丈は女性にしては大きいようで社長さんとほぼ同じ170はあるかないかぐらい。ツンっとした鼻が特徴で、小さな顔に大きな目。小さな唇がつややかで、針を刺せば弾けてしまいそう。


「紅葉。彼に病院まで送ってもらいなさい。太田くん構わないな」


「はい。こんなグズでも使ってもらえるのであれば」


 さっきまでとは打って変わって、腰を低くしてヘコヘコと頭を下げ、僕にだけ聞こえる声で


「変なことを考えるなよ」


 と、釘を差してきた。

 もし、ここが取引先ではなく、ただの街中であったら、僕は間違いなく彼女に声を掛けていたに違いない。


「わかっています」


 僕は頭を下げ


「花園和馬と言います。平和の和に動物の馬と書きます」


 平和に草原を駆けまわる馬のように伸び伸びと育っていけばいい。という、安直な名前を付けられた名前。別に嫌いという訳でもないけど、好きでもない。

 こっちが自己紹介をしたら、彼女が仕返して来ると思ったけど、ただ、なにか一点を見つめているようで、僕のほうには見向きもしない。

 美しい花には刺があるとはいうけど、刺というよりも感情が欠如しているように思えた。

 死んだ魚の眼をしている。

 人の感情が死んだらまずは眼に出る。愛想笑いとは口元だけで笑うことだと僕は思う。それを超えたら感情がなくなり、笑うことを忘れていく。

 まさしく彼女がそうだ。

 僕の横をなにもいないかのように抜けていき、僕は有栖川社長に頭を下げ、急いで彼女の後を追った。

 部屋を出てすぐのエレベーター前で追いつき、急いで下のボタンを押しドアを開けると、何も言わずに乗り込む。

 彼女を盗み見ると、やっぱり瞳が濁っているように見える。


「病院はどちらになりますか?」


 1階まで降りるのに数分の時間がいるので、世間話でもと行き先を聞いてみたら、ポケットから診察券を渡される。

 少し離れた場所にある大きな大学病院だった。

 車で20分ほどだから、会議もそこまで抜けることはないだろう。って、彼女の診察までの時間を考えたら終わってるな。

 退屈な会議よりかはマシかもしれない。

 無口な彼女に独り言のように喋り続ける僕は、他の人から見たら、ただのナンパ野郎に見えているのかも。そう思いながらも本社ビルから出て、車に乗り込んでもやめなかった。

 家族のこと。

 友人のこと。

 大学でのこと。

 20分で喋れることは喋った。それでも彼女は見向きもしない。

 病院に到着して受付に診察券を渡して、いつもの診察室へと彼女は進めるようだ。

 僕は邪魔だろうと外で待とうと背中を向けたときだ。

 彼女が僕の手を握った。


「どうしたの?」


 優しく声を掛けてあげたが、とりあえず付いて来いと言っているようで、手を引かれるまま彼女の隣を歩いた。

 大学病院だけあって患者さんも多く、何時間待てばいいんだってほど。

 待ち時間も僕のつまらないお喋りに付き合わせるのもどうかと思う。と、彼女は診察室にズカズカと入っていく。


「順番は守らないと」


 そう言っても彼女は止まることはなく、カーテンを無造作に開け放つ。

 丁度、患者がいなかったようでお医者さんだけが椅子に座っていた。


「はいはい。いつものね」

 それだけを言うと、彼女はカーテンを閉めて、診察室から足早に出て行く。

 千鳥足になりながらも、彼女に追いつこうと足を動かす。

 なんなんだ彼女は! 

 やりたい放題、何も言わない、いきなり腕を掴んで引き釣り回る!!

 大人しい子かと思ったけど、無口な子だと思った。けど、感情を捨ててはない。嬉しい半面、ちょっと厄介な子だ。

 処方箋もすでに出来ており、すぐに車へと向かう。

 運転席に僕を乗せると彼女は助手席に座り


「有栖川紅葉」


 そして


「あなたに私は殺せる?」


 紅葉は僕を挑発しているようだ。なら


「あぁ、殺せるよ。とっても簡単にね」

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