ドライブ
助手席に乗るように言われたのはいいけれど、お喋りするでもなく、ただ車は進んでいく。
運転席を覗き見るけど、真っ直ぐ前を見て運転しており、中村さんのような白煙まみれだったり、キュババババっとタイヤの悲鳴を聴くことはない。
楓お姉さまのお姉さま。
全然容姿は似ておらず、髪の色を見れば一目瞭然。純黒である楓お姉さまに対して純金とでも表現したほうがいいほどの反対っぷりだ。
ボンッ! キュ! ボンッ! に対して、
キュ! キュ! キュ!
と、小柄で、身長も俺より小さいだろう。
それなのにスーツ姿が似合うのは、美貌よりも凛々しさがあるからだと、冷静に判断。
気まずいな……。
ここで本日はお日柄もよく。とは言えないし、お綺麗ですね! なんてのもいきなり過ぎて引かれるレベル。
「そこまで気にかける必要はない」
見た目とは裏腹に男口調とは、キャラ被りを考慮してのキャラ設定か。
でも、女性の男口調はかっこ良く見えてしまうから困りものだ。
似合わない背丈ではあるけど、それがまたギャップとなって萌え要素として、俺のレーダーはビクンビクンしちゃうわけです。
「迷惑をかけたね」
短い言葉だけど、優しさが伝わってくる。
文化祭で出会った時は、言い合いしていたし、ライブの時は、その場のムードもあったりで、どういう人か掴みかねていた。
「楓を嫌いにならないで欲しい。あぁ見えて寂しがり屋さんな部分があるんだ」
「よくご存知ですね」
横顔を覗き見すると、懐かしむように目を細め「そうだな」なんて言うから、益々わからない。
クスリと笑う横顔も、全然似ていない。
「すみません。失礼かと思いますけど」
桜花さんは俺の質問をわかっていたようで
「私と楓は血の繋がりはない」
やっぱりか。
この2人は気品が違い過ぎると感じた。
気品という言い方はおかしいのだろうけど、お嬢様にはいくつもの違いがある。
なぎさは特別なほうだけど、楓お姉さまはどっしりと構えるお嬢様タイプで、来るならかかってこい。返り討ちにしてあげるわ。と、気の強いお嬢様タイプ。旧家に多いタイプでもある。
その逆、すべてを受け入れ、余裕のある立ち振舞が出来るお嬢様。冷静に物事を判断して、それに対して最善の方法で仕留める。ヨーロッパなどの貴族に多い。桜花さんがこのタイプになると思う。
他にも、面倒見の良くてお手本のように立ち振る舞う、お姉さま系のお嬢様も存在する。年下ではあるけれど雛がこのタイプに近い。
例を上げればもう少しあるが、わかりやすい3つを上げてみた。
「やっぱり」
失礼な言葉を言ってしまったと、謝ろうとしたが
「構わない。端から見たら姉妹と言うには違いすぎるだろうさ」
少し笑みが溢れたが、すぐに仮面を被ったように顔が元通りの真剣な顔つきに変わってしまった。
その瞳でなにを見ているのだろうか。
将来の花園グループの行末なのだろうか。それとも、自分自身の未来なのだろうか。
「それにしても君の妹さんは怖いものを知らないのか」
なんのことだろう。
桜花さんと幸菜って、どこかで出会っているのかな。
「花園のサーバーに単身で乗り込んできたと思えば、夕方に此花女学院にまで迎えに来い。なんてメッセージを残して、消えていったんだ。どうやって入り込んだのか調査中だが、私が現場に居たからなにもしなかったけれど、私が居なければどうなっていたことか」
「機械系は幸菜は得意なので」
1人で退屈しないように、ビデオやDVD、パソコンなど退屈しのぎになるものを、買い与えていたからなのか、それとも努力の賜物なのか。そこはわからないけれど、滅法強いのは俺も知っている。
「そうか。まぁこうまで大胆だとある意味で好感が持てたよ」
景色は田舎道から高速道路に変わって、結構な時間が経っている。
大きな看板に目の付け所が違いすぎてしまった企業の社名があったり、聞いたこともないような社名もちらほら。
あ、そういえば
「中村さんはお元気でしょうか」
最近、音沙汰がなく、いきなり物音もしなくなったら、なにかの事件に巻き込まれたのか心配になる。
桜花さんは「あぁ、瑞希か」と、運転席側の窓の縁に肘を置いて、顎を手の甲で受け止めて片手運転をしはじめる。
かっこいい女性だなぁ。
背丈を除けばだけど。
「心配はない。もうすぐ学院に戻ってくるだろう」
ホッと一息すると。
「あいつにスピードで勝てる人間が何人いることか」
そっちかよ!
まぁ、確かになの運転技術は……。
高速道路を降りて、数分。
少し大きめの家が見えてきた。
少しと言っても、普通の家が4つは入ろう大きさだけど、周囲の大豪邸に比べれば小さいモノだ。
周りのお家の測り方を教えてあげます。
東京ドーム何個分で測ります。
大きなセキュリティもなく、普通にカレージがあって、リモコンでシャッターが開閉するタイプ。
これまた普通に車庫に止める。
「降りてくれ」
言われるがままドアを開けて「こちらへ」と、丁寧に案内されていく。
車庫を出てすぐ、目に入ったのは……。
小学生の低学年ぐらいの子がメイド服に身を包み、拭き掃除をしている光景だった。
足を止めて絶句した。
この家は小学生を働かせているのか?
それに、楓お姉さまがいるというのに、父親は別の子を家に迎え入れているとか、さすがの俺も嫌悪な気持ちが込み上げてくる。
「さぁや。宿題は終わったのか?」
「うん。桜花お姉ちゃん。あ、いらっしゃいませ」
小さな体を折り曲げて、その子は迎え入れてくれる。
俺は返事を仕返すことができなかった。
桜花さんは至極普通に「お父さんは?」と訊くと「あっちゃんの演舞を見ていますので、リビングに居ます」と返事が帰ってきて「いこう」と、俺の手を取り、無理矢理、廊下を進んでいく。
「なんですか……これ……」
楓お姉さまの気持ちがすごくわかる。
自分よりも赤の他人の子供を家に連れてきて、メイドに仕立て上げては、楓お姉さまには文化祭で嫌がらせのように立ちはだかる。
おかしい。狂ってる。
仲を取り持とうと思ったけど、これなら別に暮らしていたほうがいいのではないかと思う。
「君はやる偽善とやらぬ偽善。どちらが正しい?」
強く俺の手を握る桜花さん。
「偽善ならやらないほうがいい」
怒りのせいで敬語にならなかった。
偽りのモノならやらないほうがいい。そこに気持ちがないのだから意味がないだろう。
「君は真面目だな。この世の中に誠意ある善など存在しないに等しい。まぁ、私はお父さんを愛しているよ。もし、お父さんに抱かれるなら喜んで抱かれよう。さっきのさぁやもそうだろう」
「だからといって、楓お姉さまの気持ちはどうでもいいのかよっ! 牢獄のような学院に閉じ込めて、唯一、会うことが出来る機会の文化祭も、今回が初めてじゃないか! それで」
「楓にはそうするしかなかったんだ……」
悔しそうな声で話しかけてくる。
「他にも20人ほどの子がここに住んでいる。さぁやはね、父と母に見捨てられて餓死する寸前だった。他にも虐待を受けていた子もいる。本当の両親にではなく孤児院の連中にね」
「そんなことあるはずないでしょう!」
すかさず言い返すも
「君は孤児院育ちでないからね。愛されて育てられた者にはわからない苦悩はあるんだ」
「孤児院育ちとかそんなの」
「関係ある。実情を知らない人が内部を語れないんだよ」
歩みを止めていた足を動かして、俺達は木製の縁にガラスが埋め込まれているドアの前にまできた。
さっきの子が演舞と言ってたが、なにやら時代劇に流れていそうな音楽が聞こえてくる。
「またか……」
いつものような言い方に、俺はどう反応すればいいのか。
「気持ちは落ち着いたか」
「落ち着きません」
「まぁそうだろうな。でも、私を前にして、その態度ならば問題ないだろう」
ガチャっとドアを開けて中に入る。
そして、また小学生の子が居て、薙刀を持ち、優雅に舞を舞っていた。




