君を思う
放課後、園田さんの電話番号を教えてもらい、いつでも連絡できるようにしておいてから、各自行動に移る。
園田さんはニュースサイトやネットの監視。雛はすでに、凛ちゃんからなにか聞き出せないかと探りを入れていると言っていた。
俺はといえば、楓お姉さまがどこに向かったのか。まずはそこから調べようと思う。というのも、瑞希と連絡が取れず、留守電に連絡が欲しいと残しているので、気がついたらかけ直してくれるだろう。
手掛かりがない状態だけど、関わりのある人物からの聞き込みなどやれることは少なくともある。
俺も成長したなぁって感じたけど、これもあの人のおかげなのか。
鞄を手に持ち、寮に戻ってきた。
このまま部屋に戻らずに、逆の方向に向かう。
朝に比べれば憐れむ視線は減ったけれど、やっぱりすぐには無くならないようだ。
とりあえずは用事を済ませよう。
アーシェの部屋の前に来て、軽くノックする。
なにも返事がないので、勝手にお邪魔しましょうか。
ノブを回して中を確認してみたけど、誰もいないみたい。
仕方ないけど、今日は部屋に戻ろうか。
変に動きまわって、怪しまれるのも嫌だし。
そっとドアを閉めて、自室に戻ることにした。
「えぇ。大丈夫です……」
最後の仕上げとして、あの写真を出版社に送りつけた。
これで花園の株は暴落し、代表取締役を解任。秘書長も辞職に追い込まれるはず。
電話の相手からはこれでよかったのかと言われたけど、これでいい。
「はい。では」
画面をタップして、ポケットに仕舞う。
都内の高級ホテルの一室に宿泊して2日目。
父が開業し、わずか10数年足らずで世界でもトップ5に入る大企業にまで育て上げた花園グループを壊滅させるために、私は有栖川にこの体を捧げた。
貞操を奪われたとかではない。ただ、花園を潰すだけにいるだけ。それが終われば、ここともおさらば。
裏ではドス黒いことしかしていない有栖川なんかに居座る気は毛頭ない。
……ふぅ。
今日、やらないといけないことは終わったけれど、寝心地の悪いベッドに腰を下ろして、ボーっとすることしかやることがないのは退屈。
いつもなら幸菜と雛子がいて、紅茶を淹れてくれて、学院での出来事を話す2人がいて……。
……いつも。
もう日常の一部になっていたことをいなくってから気づいた。けど、もう遅い。
「学院は……」
退学になるだろう。
和馬は私を叱り、勘当し、見捨てるに違いない。
自分でなんとかしようとしても、月謝が500万もするのだから、会社を盗られた私には払うすべはない。
それでもこれでよかったと思う。
あいつらはそれだけの報いを受けなければいけない。
「なにかあったらすぐにお父さんに電話するのよ」
「なんたって正義の味方。ヒーローなんだから」
お母さんがよく言っていた。
小さな個室でお母さんはいつも笑っていた。
その笑顔が大好きで、いつも幼稚園が終われば瑞希と一緒にお見舞いに訪れ、面会時間ギリギリまでお話する。それが毎日の日課であり、私がお母さんと居られる唯一の時間。
そして、家に帰ると、今度はお父さんに電話をする。
「今日ね、お母さんにピアノを弾いてあげたの!」
「とっても上手ねって言ってくれたの!」
「お母さん。今日も元気だったよ!」
私の言葉にお父さんは
「そうか。今度はお父さんにも聴かせて欲しいな」
って、お願いしてくるから
「いつ、お仕事から帰ってくるの? お母さんと一緒に聴かせてあげるね。桜花お姉ちゃんも一緒ね! 絶対だよ!!」
だ、そうだよ。
お父さんがそう言うと
「まだ帰れそうにないわ。でも、すぐに帰ってこれるようになったらお父さんと一緒に帰るからね。楽しみにしているわ」
「うん! や・く・そ・く~♪」
電話越しだと言うのに、指切りを歌ったんだわ。
でも、その約束は守られることはなかった。
その3日後、お母さんの容態が悪化して、そのまま帰らぬ人となってしまったから。
お母さんのお葬式とお通夜は、私と瑞希だけという家族葬で終わり、和馬と桜花が帰ってきたのは、お母さんの死から10日後のこと。
そして、此花女学院に押し込められ、苦労しないであろうお金だけは毎月のように振り込んでくるだけの関係に。
まるで、私はお荷物かのような扱い。
わずか5歳の私の心は復讐という言葉に占領されていったのよね。それが今、復讐が成功する寸前まで来ている。
だというのに
「落ち着かないわね」
居心地が悪い。
1人でいることは慣れているはずなのに……。
気持ちを落ち着かせよう。
この場所が落ち着かないのであれば、どこかに移動するだけ。
重い腰を上げ、部屋から出て行く。
バタンっとオートロックのドアが閉まり、大きな廊下をただ1人歩いて、どこに向かおうか迷う。
ネットカフェには行ったことがないから少し怖い。
喫茶店……落ち着いて紅茶を飲めるほど、私に余裕は見つからない。
ここに幸菜が居れば、色々な場所を案内してくれたのに。
またね。
どうして、あの子を思い出すのよ!
どうして、私の頭の中から消えてくれないのよ!!
イライラと言うよりも安心している自分がここにいる。それが怖くて、嬉しくて、虚しくて。
たった2日だというのに私は……。
「花園楓!」
ボォーっと突っ立ったように固まっていた私の前に、東条凛がトレードマークのツインテールを靡かせて、立っていた。
「なにかしら」
平静を装って、返事をしたけれど上手く出来たか自信はない。それにいつもなら、なにも言わずに頭を下げるだけなのに、今日はいきなり呼び捨てとは。
「さっさと学院に戻りなさい」
「あなたに被害があ」
「あるから言ってんのよ! 雛子が余所余所しくあんたの居場所を私に訊いてくるの」
そんなの私が知ったことではないじゃない。
「学院ではただの学生でいるのよ。雛子もそれを察してくれて、仕事のことなんて訊いてこなかったわ。だけど、あんたが居なくなったせいで「お仕事はお忙しいのですか?」「なにか変わったことはないのですか?」って、うるさいのよ」
それを私に言われてもどうしようもないのだけど。そう言いたかった。けど、声帯を失ったかのように言葉が出てこない。
「言っておくけど、花園が内紛で潰れてくれるならどうぞお勝手に! でもね、こっちにまで被害が出てくるようなら、容赦しないわよ」
目の前にいる野良猫は髪を逆立てたように威嚇してくる。言っていることは支離滅裂で、この子の言い方ではすでに被害を被っているのではないかと思う。
「そんなことはどうでもいいわ。東条はどうするのよ。有栖川から共闘の話は行っていると思うけれど」
容赦されようと、されまいと、どちらでも構わないので、もう少しマシな話に切り替えた。
「今は審議中よ」
それだけしか言ってこない。私はもう少し突っ込んでみる。
「東条にはメリットしかないと思うけれど」
内容からしてみれば、東条と有栖川の合併である。合併がダメならば傘下に入る用意もあると、有栖川は言っており、国内の2位と3位が合併ともなれば、花園は慌てふためくだろう。
「それでも花園の娘なの? 私からすればお荷物だわ。花園ならともかく、有栖川なんて裏でなにをしているかわからない企業となんて関わりを持ちたいとも思わないの」
この子は本当に楽な子だと思う。こっちが下手に出れば、訊きたい情報をすんなりと教えてくれる。もしかしたら、幸菜より単純なのではないかしら。
あの子も褒めてあげたら素直に喜ぶ子だった。怒ればシュンと静かになって、許してあげると笑顔になる……。
忘れようとしているのに、どうしたものかしら。
「でも、あなたのお父様は結構乗り気よ?」
昨日、東条の社長と有栖川の社長の密会が行われ、その席に私も参加し、東条の説得に回った。
こっちには花園の息女がいる。まだまだ策は持っている。だからこっち側に付かないか?
花園を叩き潰すチャンスは今しかないですぞ?
ヨボヨボなクセに煽りは上手い。
いつ死んでもおかしくない年齢だろうに、会長の座に居座り、会社を操る。
東条は唸ることなく、ただ、損得勘定に頭を働かせるだけで一向に進まない状況に痺れを切らせたのか、最後の切り札を相手にちらつかせた。
「なんでしたら有栖川を傘下にしてくれてもかまわんよ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ。
「ワシも長くはない。現社長も使える奴ではおらん。ならばいっその事、東条氏にお任せしたほうが賢いと思っておるのじゃが?」
その1言に気を良くしたのか、それとも得が大きく傾いたからなのかはわからないけれど、すぐに戻って会議を始めます。っと、部屋を後にした。
「そんなのは知らないわ。どうするかはお父様が決めるのだから。だけど、私は反対よ。なにかしらの裏があるんじゃないかと踏んでいるの。それがなにかわかるまでは」
あなた達の口車には乗らないから。
お付に「行くわよ」と言い、私に背を向けた。
「あいつ、ここに来るわよ」
「来ないわ」
「絶対に来る! 私が保証する」
どこからそんな自信が出てくるのかしら。
「だったら賭けましょうか」
「いいわ。あんたが負けたら、素直にあいつの言うことを聞きなさい。万が一、私が負けたら……」




