図書室で作戦会議
お昼休みになって、雛と一緒に図書室にやってきた。
いつもながら静かな図書室だなって思っていると、園田さんが準備室からお弁当を持って現れた。
「こんにちはなのです」
「はい。こんにちは」
2人って知り合いなのかな? なんかぎこちない感じもするけど。
詮索するのもなんだから、気にしないでおこう。
女の子の世界って色々あるからね。
本来は飲食は禁止だが、誰もいないというのもあるけど、本を読みに来ているわけでもないので、お弁当を食べながらの作戦会議。
まず、状況把握しなくてはいけない。
現在、花園グループ側で不祥事があり、朝のニュースでは脱税や賄賂など金銭に関わる不祥事ばかり。
「こちらは内部に有栖川に雇われた人間が潜んでいたと思っていいでしょう」
そして、いきなり俺の前から消えた楓お姉さま。
雛と園田さんには、涙を流していたとは言わなかった。
だって、あの人が涙を流していたとか天変地異。いや、人類滅亡。いやいや、地球が爆発するぐらいありえないと思えるから。
なんていうのは建前で、楓お姉さまの弱い部分は俺だけが知っていたい。という、自己満足が正解。
俺だけの記憶に留めておきたい。
「たぶんですが、それだけでは終わりそうにありません」
園田さんがなにやら神妙な面持ちになる。
「花園生徒会長が関わっているのであれば、内部情報の他に家族でしか知り得ない情報も持っている可能性があります」
現状では表立って報道されていないだけかもしれません。と付け加える。
確かに、その可能性は十分にある。
お父さんと上手く行っているとは思えない。
それに桜花さんもなにかありそうだ。
「家族関係ってどうなってるの? お父さんとお姉さんがいるのはわかるけど、お母さんは?」
なぜか2人は表情を曇らせる。
? なにかマズイことを言ったんだろうか。
「楓お姉さまのお母様は亡くなられているのです。此花女学院に来たのも、お母様が亡くなって、お父様も多忙であるためだと言われているのですよ」
うーん。空気よめないって大変だな。
雛は申し訳無さそうに言うので、俺は「ごめんなさい」っと謝り、この話題は終わりにした。
でも、だ。桜花さんと楓お姉さまって歳の差あるよな。
10は離れていてもおかしくない。
さっきの事もあって、言葉には出さないけど調べておいて損はなさそうだ。
ルーズリーフに調べる必要のあるリストを作成していく。
「お姉さまの字はとても達筆なのですね」
そっか。テスト勉強したときは座っていた位置が遠かったからみれなかったのか。間に楓お姉さまがいたもんね。
達筆ってほどでもないけど、女の子のように丸っこい字ではなく、跳ね・止まり・払いはしっかりと。小さいときから母さんにこっ酷く言われ続けたからで、特に気にしたことはなかった。
そっか。
この子達はこういう躾も教員達に教わるのか。そう思うと悲しくなる。だけど、そんなことなんだろうな。気にさせないだけのモノはここにある。
「そうかな。そう言われると嬉しいよ」
褒められて嬉しくないわけではないけれど、今は素直に喜べるほどの余裕もない。
さっきの話に戻ると、家族関係のネタを追求してくるともなれば俺達にはどうにもできない。
先手を打てるとしたら中村さんかぁ。
「凛ちゃんをこちらに呼ぶのはどうでしょう」
「そうですね……」
雛の考えに園田さんはあまり乗り気ではなさそうだ。
「東条さんはこちらに付いて得をすることはありません。いくら仲がよろしいとはいえ、多額の金銭が動く、今の状況ではこちらには付いてくれないでしょう」
なにかこちらに東条を動かせるほどのネタがないと……。
そういいながら園田さんは長考する棋士のように、前かがみになり、俺の書いているリストを見つめる。
雛は「そんなことないのです!」と反論したそうだけど、返せるだけの根拠もないので、黙ることを選択したようだ。
「でも、凛ちゃんからなにか情報を得ることが出来たら、少しは儲けものじゃないかしら」
「この学院に有栖川のご息女がいらっしゃっていますので、むやみに巻き込みたくはないのですけど……」
アーシェのことはもう学院中に知れ渡っているから、あっちこそむやみに手出しできないようにも思う。
休憩中、黒崎さんと山藤さんとお喋りしているアーシェを複雑な視線を飛ばす子が何人もいた。ちょうど東雲さんとなぎさとお喋りしていた俺は、小さな声で訊いてみた。
「あの視線って……」
文化祭のおかげで、お喋りする友人も出来た代わりに、今回の花園グループの事件は有栖川の陰謀だという子もいて、クラスの雰囲気は気持ちの良いモノではない。
「花園生徒会長は宝塚の男性役のような存在ですから、ファンの子達は有栖川の仕業だろう思っているのでしょう」
「まだ決まったわけでもないけど、臭すぎだよ」
鼻を摘んで、とても臭うとジェスチャーするなぎさ。
とても良い子なんだけどなぁ。
可愛いし、ちょっとツンな小動物のようで構ってあげたくなる存在。
まぁ、それほど楓お姉さまが愛されているという裏返しでもあるから、嬉しいやら悲しいやら。
そんなことを思い出していると、園田さんはパソコンに移動し、なにやらブラウザを立ち上げている。
ここからでは見難いので、俺と雛も園田さんの背中から覗き込む。
どうしてこうも、女の子って匂いが違うんだろう。
同じ柔軟剤を使っているはずなのに……。
シャンプーが違うのか。って、冷静に女の子の匂いの違いを考えるなよ。
ヤッホーという国内最大の検索サイトに飛び、検索バーなどが映しだされ、ニュースカテゴリーには花園グループの不祥事がトップに上がっている。
見たくないなぁ。
そんな気持ちを察したのか、園田さんはクリックせずに、検索欄に 花園 スクープ 関係 と打ち込み、検索すると某巨大掲示板に辿り着いた。
俺はあまり見ないからわからないけど、この書き込みしてる人達って暇なの? こんな平日だというのに書き込みが多数あるのは日常茶飯事なの?
聞きたいけど聞けないのは、園田さんが手慣れたようにスレと呼ばれるモノと睨めっこ……。
まぁタイトルのような横文字がいくつもあって、素人の俺と雛には暗号のようにしか見えない。
「……ありました」
パンドラの箱を見つけたような、落ち着いた声。
カーソルが止まっているタイトル
『これって今話題の花園グループの社長じゃね?』
疑問形ではあるにしろ、なにやら嫌な予感しかしない。
レス。と呼ばれるレスポンスを略した言葉で、書き込みの数=レスとされる。それが500もされているのにはびっくり。
クリックして中を確認してみると、説明文と画像を貼り付けているであろうURLが書き込みされていた。
その説明文だが、なにやら楓お姉さまのお父さんが誰かとラブホテルに入るところを撮ったモノだと記されていて、画像も見てみたけど間違いなく楓お姉さまのお父さんだった。だけどそれだけなら驚きはしない。
その相手が問題であった。
「この人って桜花……さんだよね?」
スーツをいくつも持っているのだろう。色合いは違い、綺麗に束ねていた髪の毛は解かれていて、文化祭のときとはまた違った美貌を醸し出していた。
レスにも、『秘書長の女じゃね?』『画像のほう拡大したけど間違いなさそうだな』『娘とホテルっていいのかよ』『娘なのかよwww どこのゲームだよwww』
などとの書き込みに、怒りが込み上げてくる。けど、この画像が本物かどうかもわからないんだから結論は……
「コラではないですよ」
園田さんがモニターを見ながら言ってくる。
怖がりな雛は俺の腕にしがみついてきて、1人では不安だと怯えた表情が見える。
「大丈夫」
安心させるために言ってはみたけど、この画像の件、どうすればこんな汚れたコメントばかりになるのかと疑問しか出てこない。
馬鹿じゃないのか!
叫びたくなったけど、手をギュっと握って落ち着かせる。
「どうして偽物じゃないと言い切れるの?」
「簡単なことです。首の位置にズレがありません。コラをしたら1ピクセルはズレるはずです。それに作り物の表情には見えませんから」
と、即答する。
もう1度、画像を見てみる。
お父さんの表情は少し酔いが回ったように見え、桜花さんに寄り添い、介抱されているようにも見えなくもない。だが、桜花さんの表情は少し暗い表情に見える。
どちらかと言えば、身を案じているような表情。
俺にはわかる。彼女は大切な人を失いたくない。
そんな気持ちがこの画像から伝わってくる。
昔、夏休みに幸菜と2人でおばあちゃんの家に行く最中、直射日光を浴びすぎたせいで、幸菜が体調を崩してしまったことがあった。
顔色は真っ青で、呼吸が荒く、額から汗が溢れ出してきて、どうすればいいのかと考えた結果がおぶっておばあちゃんの家まで走った。小学校3年生が考えることって知れてるよね。
とっさに119番が出てこなかったのは、気が動転していたり、ものすごく心配で自分がどうにかしないとって責任感が働いたのだと思う。
そんな気持ちを知っているから、この画像を見ても淫らな妄想は働かず、ただ心配になった。
夜にでも中村さんに電話をして真意を訊いてみようと思う。
2人がどう思ったかはわからないけれど、俺だけでも信じないと。
「2人共、もうすぐ授業が始まるよ」
モニターの右下にある小さな時計を見て、2人に教えてあげる。
中等部は高等部より5分早く授業が始まり、5分早く授業は終わる。
雛は図書室の大きな掛け時計に目をやり、園田さんはバッと立ち上がる。そして、2人して昼食のお弁当を仕舞い
「お先に失礼します!」
「幸菜お姉さま! 放課後はお迎えにあがりますので!」
一緒に頭を下げて、パタパタと音がしそうな駆け足で教室に向かう後ろ姿を俺はただ手を振って見送ってあげる。
さて、1人で図書室に居ても虚しいだけだし、俺も授業に出ないといけないから教室に戻ろう。
くるりと回ってスカートをわざと翻して図書室を見渡す。
俺のお弁当は雛が片付けてくれていて、机の上にはルーズリーフだけが残されていた。
鍵は……俺が持っているはずもないので、仕方ないから扉だけ閉めていこう。
ルーズリーフを移動用に持ってきていた手提げかばんに入れて、図書室を出る。
後手に扉を閉めて、大きく背伸びをした。
やることは決まったように思う。
「さぁ、頑張ろう」
そう自分に言い聞かせて、平静を装う。
あの画像には重要な、なにかが映っているはずだ。
まずはそこから攻めてみてもいいかも。




