ライブとその後……後編
3曲目が終わった頃には教員の方々は、止めることを諦め、この先の行末を見守ることにしたようだ。
こうなることを予想していた身としては、上手く行きすぎているようにも見えてくる。まぁいいや、スムーズに事が進むのなら。
衣装替えはわずか10秒。ただ脱いだだけという……ね。
此花の制服、スカートの下には体操服の短パンを履いているので、魅せてしまうことはないだろう。
4曲目はバスケットゴール。これも俺の好きな曲なだけに、音程を外すことなく歌いたい。
マイクを握る手に力が籠もる。そして、東雲さんとアイコンタクト。
ギターと同時に入るため、息をピッタリ合わせないと後の流れに響いてくる。
3……2……1……。
ギターの音と同時に歌い出す。練習でも上手くいったり、いかなかったりで不安だったけど、本番で成功させることができたのは本当に嬉しい。
ニュースなどのBGMで使われたりする曲なので、知っている人もちらほらいるみたい。一緒に歌ってくれているのが心地よかったり。
そう思うとプロになった気分だ。
体育館もボルテージが上がっていき、みんな音楽に合わせてジャンプしたり、掛け声を掛けてくれたりしてくれて、こっちも掛け声に合わせてジャンプ。
一緒に楽しまないと損だよね。
メンバーに負けないように。
みんなに負けないように。
自分に負けないように。
大きな声でしっかりと英語の歌詞を歌う。
楓お姉さまはしっかりと手拍子をしてくれている。
最初はイヤだったけどさ、こうして大好きなお姉さまが、今までに見たことのない笑顔で、手拍子してくれているのを見れたのは最高に嬉しい。
昨日はいざこざがあったから、どうかと思ったけど一安心。
バスケットゴールが終わると次はフェンダー5の学院天国。この曲はマイクを変えないとね。
舞台袖からコードの付いていないマイクが手渡されると、すぐさま演奏が始まる。
来賓の方々やお父さん、お母さん方の中にも、この曲は知っている人はいるみたいで、さっきまでの不愉快な表情が一変して喜ばしい顔に早変わり。
親とは自分の知らない物は害悪と認識しやすい。
さっきまで聞いたこともない曲だったから、不愉快に思い、子供達に悪影響なのではないかと思ってしまっていたのだ。
だから、ヤメさせろ。こんな下衆い演奏は中止しろ。そういうことだ。だけど、自分達も知っている曲とさっきまでの曲が同じジャンルなのだと知ると不快だと思わなくなる。
そういう心理は必ずしもあると思ったから、最後の方にしたのだ。
今度は親御さん達からの手拍子も増えて、会場である体育館が大きく揺れているように感じる。
そんな中に俺は飛び込んだ。
最前列からゆっくり降りる。
幼少部、中等部の子達が集まってきて凄いことになってくるけど「ヘイッ!」というと「「ヘイッ!」」と返ってくる。歌いながらゆっくりと進み、雛、幸菜、なぎさのいるところまで来て、マイクを向けると観客の声に負けそうになりながらも続きを歌ってくれた。
ただ、この1曲で体育館を回らないといけないから、もうそろそろ走りださないと曲が終わってしまう。
煽るように両手を広げて、テンションをあげろと上下に動かす。それ合わせて観客の声も大きくなる。
生徒達のゾーンを抜け、親御さん達のゾーンに突入する。
ここは出だしが肝心で、最初にマイクを向けて拒否されれば、後の人も拒否される可能性がある。
ちょうど良いところに雛のお母さん、白鳥さんを見つけてマイクを差し出す。
可愛らしく「ヘイ♪」と右手の握りこぶしを高々と突き出す。
面識ある人だとやっぱりノッてきてくれる。
ありがとうございます。と、頭を下げると「ヘイ♪」と返してくれた。よっぽどこのムードを気に入ってくれたようだ。
他の親御さんに振っても反応が良く、この曲を選択してよかった。
最後のヘイは楓お姉さまのお父さんにと、急いで来賓席に駆け出した。
花園グループは多額の寄付をしているらしく、楓お姉さまのお父さんと桜花さんは来賓側となっていった。
教員の前を抜ける際、少し怖い顔をしたけど、すぐに笑顔になって俺の背中をポンと軽く叩いてくれる。
この後はお叱りが待っているだろうけど、今だけは特別だと言いたそうだ。
教員の前を抜け、来賓席い付いた。
曲は終盤に差し掛かっていて、急いで楓お姉さまのお父さんへとマイクを向ける。
心地よいのかマイクを自分で掴み「ヘイッ!」と、かっこ良く決めてくれた。
容姿からして少しワイルドな感じをしているので、最高に似合っている。
親指を立てて、耳元で「最高だよ」とまで言ってくれた。
このお父さん。好きになれそうだ。
桜花さんにもマイクを向けてみた。突然の襲撃に戸惑いを隠せないが、隣にいたお父さんが肩を掴み一緒に言おうとでも言ったのか、2人で「「ヘイッ」」と声を張り上げた。
もうすぐで曲が終わってしまうので急いで舞台へと戻る。そのついでに楓お姉さまの腕を掴んで、一緒に舞台に上がってもらう。
アポなしがよかったのか、虚を衝くことに成功したようで、あれよあれよと舞台の上に引き込むことができた。
そしてラスト曲。
「この曲はこの人のために歌いたいと思います」
静まり返る会場だが、演奏は開始された。
抱きしめ続けたい。
恋愛を連想させる曲で、さっきの言葉の後に歌うのだから、会場はそう認識するはず。
立花幸菜、いや、立花刹那は今、花園楓に愛の告白をしているのだと。
俺は会場の観客は一切見ず、ただ楓お姉さまを見つめ歌う。
最後の最後で俺のエゴだけど、これだけはしておきたかったんだ。
そうじゃないと、俺の気持ちを伝えることが出来ないと思ったから。
メンバーも告白を恒例行事にするのもいいと、喜んでOKしてくれた。
優しく微笑む顔をずっと見ていたい。
俺だけにその笑顔を振りまいて欲しい。
ムスっとした顔も、少し驚いた顔も好きだけど、今までに見たことのない最高の笑顔を見てみたい。
そして、残り時間は少ないけれど、一緒に思い出を作りたい。
あぁ、本当に俺はこの人が好きなんだなぁ……。
この時間が終わらなかったらいいのになぁ……。
そう思うと涙が出てきた。
嬉し涙なのか、悲し涙なのかは自分でもわからないけど、この時間が終わるなと言うかのように溢れてくる。だが、無情にも曲は終わり、楓お姉さまは拍手をして舞台から降りていく。
返事がないのは恥ずかしいからか、それともダメだったからか。
ふぅっと深呼吸。
「はい! ということで軽音楽同好会のライブをこれにて終わりとなります。みなさん。ありがとうございました!」
メンバー一同が大きく頭を下げる。
観客のみんなから拍手をもらい、こうしてライブ、そして俺の一世一代の告白は終わりを告げた。
夕日が綺麗だなぁ……。
案の定、教員室にお呼び出しされた5人は、明日のお昼までに反省文の提出を義務付けられるに留まった。
もっと厳しい罰が待っていると思っていたけど、楓お姉さまが口を利いてくれたようだ。
教員室から退出した俺達。
アーシェは部屋に戻るといい、すぐにいなくなってしまった。
一応、クラスメイトから疲れているだろうから後片付けはいいと言われていたけど、東雲さん、山藤さん、黒崎さんは満足の行くライブをできたと上機嫌で、疲れていないと後片付けに参加するという。
幸菜はライブが終わってすぐになぎさと雛と一緒に出し物を回るという。俺も行こうとしたけど、女子だけで回るのだと除け者にされてしまってから、どうなったのやら。
俺も部屋に戻ろうかな。
だって、あのライブでの告白のようなそうじゃないようなサプライズさ、なんかただの見世物として軽く流されてしまった。オチなのにオチたの? 状態である。
そんな心境を知ってか知らないでか、ポケットに入れているスマホがブルブル震えた。
こんな時間に誰だろう。
スマホを手にとって確認すると一通のメールが届いている。タップして中を確認すると珍しい人からだったので、なにかの間違いかと思ったけど、特にすることもなかったのでメールの内容に従うことにした。
教員室から徒歩で5分ぐらい。
音楽室と書かれた札が掛かった教室に足を踏み入れる。
懐かしいな。ここで初めて楓お姉さまのピアノを聴いたんだ。
緊張していたり、この先どうなるだろうって心配してたけど、楓お姉さまのおかげで少し楽になったのを覚えている。
「懐かしいわね」
ピアノに手をついて俺を見ているお姉さま。
さっき、舞台で俺が告白をしたお姉さま。
どこにいても絵になるお姉さまと、男なのに女学院に女装して潜入するという変態。まるで、雛の劇のシンデレラのような物語だ。
貴族と平民。大企業花園グループの娘と、五流企業の係長の息子。
相見えない2人が奇跡の出会いをする。
「そうですね」
ふっと笑い、最前列の席に手を向けるお姉さま。それに従い、指定席へと座る。すると、楓お姉さまはピアノを弾き始めた。
前の時とは違う曲を。
どうしてだろう。
悲しみが伝わってくる。
どんな曲で、どんなストーリーがあって、どんな思いで書き上げた曲なのかもわからないのに。
確かに上手で、音楽の先生にも引けをとらない。
あなたの心の奥になにが眠っているんだろう。
音は感情を乗せることがあると聞いたことがある。
もし、今のがそれなら彼女はなにを願っているの?
俺がどうにかしてあげられることなのかな。
1曲だけ弾くと鍵盤蓋を閉めて、こちらへと向かってくる。
ドキっとした。
なにをしようとしているのかわからず、俺はただジッとしているだけしかできない。まただ。メドゥーサに睨まれたように動けない。
そして、俺の顎を持ち上げる楓お姉さま。
えっ?
そう思った瞬間、唇がひんやりとした。
目の前には瞼を閉じた楓お姉さまの顔があって……。
冷静に考えなくてもわかる状況。
そう、俺は楓お姉さまとキスをしている。
雛とキスをしたときは違って、なぜか落ち着いている。
あぁ、そうか。
唇が離れると楓お姉さまの綺麗な瞳が露わになった。
そして、綺麗な瞳から聖なる水が流れていて……。
「さようなら」
初めて見た花園楓の泣き顔は、俺達を引き裂くために流した涙で、この後、世界を巻き込む大騒動に俺は足を突っ込むことになる。
どうして俺はこのとき、引き止めなかったのか。
きっと、メドゥーサの呪いの効果が残っていたのだと、思う他なかった。




