ライブとその後……前編
ふぅ……。
初めての体験って、恥ずかしいとかむず痒いとか、そんな感じがしないかな。
降りた幕の向こうには大勢の生徒や来賓がいる。
俺達のライブを見に来ている。そう思うと後には引けない。
東雲さんがギュイーンっとギターを鳴らせば、幕のあっち側で大きな歓声が返ってくる。まるで、お喋りでもしているみたい。
アーシェも調整が終わり、山藤さんもセッティングに多少、戸惑っていたけれど無事終わったようだ。
後は東雲さんのエレキギターとアコースティックギター、黒崎さんのベース。
普段から手入れはきちんとしているので、そんなに時間はかからないだろう。
俺のほうは……なにもすることがない。ペットボトルの水はあるし、マイクは手に持ってるし。
「幸菜おねえぇええええさまぁあああああ」
雛の声が聞こえてきた。
もう体調のほうは大丈夫ですよ、見に来ましたよっていう、雛なり合図なのかもしれない。
マイクをONにして返事をしようかとも思ったけど、別の子達も大きく叫んでアピールしているのに、雛だけに返事をするのは不公平。
ふぅ……。
もう1度、大きく深呼吸した。
メンバーのみんなも自分に喝でも入れるように、スティックを回してリラックスしたり、軽いストレッチをしたりして、時間を待つ。
そして、東雲さんがOKの合図を司会の子に出す。
もうすぐ始まる。
ドクン、ドクンと大きく胸が高鳴り、後ろを振り向けば、みんなが真剣な眼差しに変わって、こちらも臨戦態勢だ。
「お時間になりましたので、軽音楽同好会のみなさんによる演奏をお楽しみ下さい」
大きな拍手が体育館を包み込む。
そして、東雲さん、山藤さん、黒崎さん、アーシェ。みんなと顔を合わせ、東雲さんの綺麗でほっそりとした指で挟まれたピックが弦に触れた。
体育館が壊れしまうのではないかと思うほどの歓声。
ゆったりとした曲なので、いまいち盛り上がりには欠けるものの、俺の1番好きな曲だから、みんなに聞いてもらいたくて……。
キーボード、ベース、ドラムも混じって、最後に俺の声が交じり合った。
この曲は、低迷していたとあるバンドグループがテレビ番組に出演したことがきっかけとなりできた曲。
バンドのメンバーである3人が1つの部屋に合宿し、シングル曲を作るというものだ。けど、条件があり、CDを発売して、オリコン初登場20位以内に入らないとバンドは解散。
過酷な条件にも関わらず、彼らはそれを受諾し、生まれたのがこの曲だ。
いくつもの曲を書いては書き直し、練習をしていたら「子供の体調が悪いので静かにして欲しい」と言われ、小さな声で練習したら、声を潰してしまったり。
それでも彼らは歌い、そして、初登場2位を勝ち取った。
その裏では、関係者やファンの人たちがビラ配りをしたり、ラジオ番組で宣伝したりと多くの人に助けられた結果でもある。
そんな人達の思い、自分達の思いをこの曲に託したように感じる。
そんな曲だからこそ、みんな聞いて欲しい。
チャンスはその場限りだ。
友達になれるチャンス。
小説家になれるチャンス。
ビッグになれるチャンス。
それらすべて、一度きりかもしれない。
常にチャンスを逃さないで、前を向いて進んで欲しいという意味を含めて、最初の曲にしたんだけど、何人の人がわかってくれるかな。
なんだかプロにでもなった気分。
手拍子もあって、気持よく歌えている。
さっきまでの緊張はどこへいったのやら。
一曲目が終わると、大きな拍手と声援が俺達を向かい入れてくれた。正直、なんだこの音楽は? と困惑するかとも思ったけど、なんとかなって一先ずは安心。
「みなさんこんにちは!」
体育館中から返事の挨拶が飛んでくる。
すっごい気持ちいい!!
立ち見の子達もいるほどだから、ゆうに1000人はいるだろう。そんな大勢の人が反応してくれる。
ちらっと、生徒会の人達が座る席を見た。
いた。
純黒の髪がとても似合っている俺のお姉さま。
嬉しかった。俺のために来てくれている。懐かしいなこの気持ち。授業参観にお母さんが見に来てくれた小学1年生のときに感じた気持ちに似ている。
「Dancing Braveです。と言っても今日限りです。なので精一杯、楽しんでもらおうと思っていますから、大きな拍手と声援をお願いしますね」
前置きは程々にして、メンバー紹介へと続く。
順番に紹介していき、最後は自分で自分を紹介するという拷問を受け、次の曲へと向かう。
だが、次はあのツッパれ ハイスクールロックロールだ。
この曲を教員の方々が聞いたら、卒倒するかステージに上がってきて強制終了か。
「では、みなさん準備をお願いします!」
そういうと、生徒達は椅子から立ち上がる。
全員ではないにしろ、これだけの生徒がいれば大丈夫だろうと思える人数は立ち上がってくれている。
それを確認してから照明の子に合図をすると、体育館が瞬く間に暗闇に変化させた。
舞台袖だけ、光が漏れないように細工をしていて、急いで衣装に着替える。
30年ぐらい前に流行したリーゼントのカツラを被り、工事現場の人みたいな服に着替えれば完成だ。
昭和の不良をイメージした衣装だけど、なかなかに動きにくく予定していた時間を少しだけ過ぎてしまう。だけど、そこは臨機応変に対応していけば問題ないレベル。
暗闇なので合図ができない。
ギターが出だしの曲なので、東雲さんのタイミングで曲が始まる。
こっちはまだかまだかと待つばかり。
そして……。
弦がピックと触れ、音がアンプから飛び出してきた。それと同時にライトアップされ、スポットライトが俺達を輝かせた。
激しい音に来賓の方々は、耳を手で覆い音を遮断しようとするけど、こっちは機械で音を増幅させているんだから、手なんかで防げるほどの優しい音楽を奏でてはいない。
教員数名が舞台に駆け寄ろうとするけど、それも対策済み。
椅子から立ち上がった生徒達は舞台の前まで走り寄って、舞台に上がれる唯一の階段を塞いだ。
さすがは此花女学院。前のほうは幼少部、初等部の子達で覆い尽くされていて、その後ろに中等部、高等部の子達が陣取る形になっていた。
みんなが見えるようにとの配慮だろうけど、ここまで賑わっていていたら、冷静さを忘れてしまうと思う。
今度は後ろで見ていた教員が走り、制御室から音楽を止めようとしたようだけど、ガッチリと鍵が掛けられているのか、ドアをの前で立ち往生。
これで、俺達を邪魔する連中はいなくなった。
「いくよぉー」
ちょっとでもライブの雰囲気を出したくて、叫んでみたら『イェーイ!』マイクでも負けそうなほどの歓声が俺達の鼓膜を震わせた。
振り返ると満面の笑顔でメンバーが出迎えてくれて、あのアーシェでさえ、自分のキャラを忘れたように、とても嬉しそうに。楽しそうに。無邪気な笑顔を振りまいていて……。
俺の歌声が体育館を飲み込んだ。
前を向いて観客のみんなに視線を走らせ、ウォーリーを探すより難しいと思われた雛を見つけ、幸菜を見つけ、なぎさを見つけて、親指を立てて『見つけたよ』なんて合図を送ってみたり。
まぁ楓お姉さまは、はっちゃっけたりしなかったけど、椅子から立ち上がって手拍子をしてくれていた。
それを見たときは歌詞を忘れそうになるほど嬉しくて、無意識にいつも首から提げているネックレスを掴んだ。
これが俺とあなたの繋がるきっかけになったモノですよ。
私が花園楓の義妹ですよ。
だから今は私を、俺を見ていてくださいね。




