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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
あなたと一緒に……
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ツンデレラ

 2日目も昨日と変わらない。変わったのは俺の心境だけだと思う。

 夜、雛に謝ろう。そう思っていたのに、劇があるからと部屋には来なかった。なぎさはいつものように部屋でライトノベル読んでいたけど。

 楓お姉さまにメールを送ってみたけど返ってくることはなかった。

 部屋に行こうとして、やっぱり行けなくて。

 悶々とした気持ちを充満させながら、教室で朝の仕込みをしている。

 今日も大勢やってくる予想の下、準備にとりかかる。

 朝は30分ほどしか給仕しない、雛の劇が10時からあるので、幸菜と一緒に見に行く予定だから。

 劇が終われば、次は俺達がメインであるライブの準備をしなくてはいけない。どんな反応があるかはわからないけど、最高のライブにしようとメンバーの気持ち1つに固まっている。無事にライブを終わらせることが出来れば、忙しかった文化祭も終わりを迎える。

 と言っても、まだ先の話だけどね。

 今は、目の前の作業に没頭しなくちゃ。

 俺の前で作業しているアーシェが少し怒っていらっしゃるようだし。


 30分ほどクラスの出し物に参加して、すぐに体育館へと向かう。

 クラスの前はすでに戦場とかしていて、今日も長蛇の列を形成されていた。

 お客さんの指名が多くてギリギリまで残っていたから、ちょっと急がないと間に合いそうにない。駆け足で体育館に向かう途中


「お嬢さん」


 お爺さんの隣を抜けようとしたら、声を掛けられた。


「どうなさいました?」


 背丈は俺よりも小さくて、皺が多く、杖を突いている。

 お父さんと言うよりもお孫さんを見に来た。そういう印象を受ける方だ。


「1年A組にはどういけばいいのかわからんのだが」


 大混雑中の我がクラスに行くとは……余程、お孫さんが大好きなのだろう。

 勝手な想像をしながらも


「ここの廊下を真っ直ぐいけば、エレベーターがありますから、それに乗って4階へ、そして右手に進めば着きますよ」


「おぉ、親切にありがとう」


「いえ。それでは失礼しますね」


 早く行かないと雛の劇が始まってしまう。

 最後までお爺さんを連れて行ってあげたかったけれど、ごめんなさい。妹の晴れ舞台に遅れてしまうのは、さすがにできない。

 返答を聞かずに俺は体育館へと走った。



「遅いです」


 俺の分の席も確保してくれていた男装中である幸菜の隣に腰を下ろす。

 ごめん。ごめん。と謝りを入れ、走ってきたのですぐに息を整える。


「確かに遅いです。娘の晴れ舞台だというのにです」


 ぶっ!

 牛乳飲んでなくてよかったぁ。

 今日はメイド服ではなく、綺麗なスーツ姿で俺の隣に座っていた。雛のお母さん、白鳥さんがこっちを向いて微笑んでいた。

 その笑顔がなんか怖いよ。

 白鳥さんの隣にお父さまがいないようだけど、お仕事が忙しいのかな。


「お1人ですか?」


 俺が質問すると「えぇ、あの人が来ると悶絶してしまうと思いますので」なんて、意味不明なことを言ってくる。


「どなたです?」


 あ、そっか幸菜は知らないんだよね。

 雛のお母さんだと言うと複雑そうに会釈した。

 白鳥さんも丁寧に会釈し「知ってますから」というと、綺麗な笑顔を幸菜に振る舞う。

 あぁ、そんな「馬鹿ですか?」って目で俺を見ないで。


「ホント瓜二つですね」


 俺と幸菜を見比べる白鳥さんはなぜか嬉しそう。

 うふふふ~。と、口元を手で隠しながら笑い声まで漏れてきた。

 なにがどう面白いのか全くわからない俺。

 なんとなく悟ったような幸菜。


「ご迷惑をお掛けすると思いますけれど、娘をよろしくお願いします」


 そう言い、白鳥さんは頭を下げた。


「こちらこそ、ご迷惑をお掛けしています」


 と、幸菜も頭を下げた。

 親と学校の先生が挨拶をしているときって、なぜか妙に落ち着かないよね。今、それを実感してます。

 そんな2人に板挟みされている中、俺は楓お姉さまを探した。

 数日前は見に行くと言っていたから、来てると思うんだけど、さすがにこの人では簡単には見つけられない。

 雛にとっては中等部最後の文化祭。


「お姉さま。最高の文化祭にしたいのです。だから見に来て下さいなのです」


 雛の気持ちを無碍にする人ではない。

 俺が雛のお姉さまになったとき、優しくしてあげて欲しいと言ってもいないのに、楓お姉さまは雛を受け入れ、そして、自分の義妹いもうとのように仲良くしている。

 だから、ちゃんと見ているだろう。

 そう信じることにした。


「それでは、中等部3年F組による劇を開始します」


 ライトが消え、体育館が一気に真っ暗になる。

 賑やかだったのが瞬時で静かになり、ゴロゴロ……と、背景が動き出す音が聞こえた。


「シンデレラ!」


 そうそう。家族で幸せに暮らしていたのに、お母さんが亡くなってしまい、お父さんの再婚相手とその連れ子に意地悪されているんだよね。

 いつもカマドの灰にまみれていたからシンデレラと呼ばれるようになったんだっけ。

 舞台の照明が戻ると3人の品のいい服を着た女の子が3人と、茶をベースとした薄い生地の服を着た雛が舞台の上にいる。

 もしかして雛がシンデレラなのか!

 目立つことはしないから、てっきり別の役かと思っていた。主役だったら雛も頑張るよね。


「あら、こんな所に埃が溜まっているわ!」


 窓枠を指でなぞり、ふぅっと埃をシンデレラ向かって吹きかける。

 大笑いする3人に抵抗することもなく


「べ、べつにお掃除がしたくてしているんじゃないんだからねっ! なのです」


 言葉で抵抗した。っておかしいでしょ! 

 ここは意地悪なお姉さま方になにも言えずに堪えるところなのに反抗しちゃったよ。

 しかもツンデレ風に。


「それじゃあ私達は舞踏会に行くからお掃除よろしくね」


 さっきよりも大きな笑い声を出して、舞踏会へと向かっていく意地悪な3人。

 お掃除をしながらも


「べ、べつに舞踏会なんて行きたいとは思ってないんだからねっ! なのです」


 だからなんでツンなんだよ! しかもテンプレばっかだし。

 お掃除を続けるシンデレラだが、とても舞踏会に行きたかったけれど、言いつけを守らないとお仕置きされてしまう。

 部屋の隅で涙を流すシンデレラ。

 と、ここまで見ての感想を言えば、しっかりとセリフを言えているし、演技もなかなか様になっているから、見ていて面白い。

 雛だから褒めているのではなく、意地悪なお姉さま達も役に入りきれており、しっかりと練習してきているのが見て取れる。

 隣を見たら幸菜も見入っているようで、俺が見ているのにも気づいていない。

 白鳥さんはハンディーカムを持って、愛娘の晴れ舞台をしっかりと録画しているようだ。

 ダメダメ、俺も集中しなくちゃ。

 視線を舞台に戻すと、ちょうど魔女のお婆さんが現れたところだった。

 魔女のお婆さんはシンデレラをお城の舞踏会に連れていってくれるという。だけれど、シンデレラは綺麗なドレスなどもっておらず、さらには舞踏会の開始時間があと少ししかない。

 諦めかけてたそのときだ。

 バンっと正面が落ち、キラキラ~という効果音が流れた直後、スポットライトがシンデレラを捉える。


「本当に雛……?」


 誕生日会のときもびっくりするほどの変貌を遂げていたけど、今回はもっと凄かった。

 幼さの残る顔立ちをしているせいで、あまり大人びた服装をしない。それでも可愛いのは当たり前なんだけど。

 なので、露出の多い服装を持っていない。

 どうして断言できるかというと、本人が言っていたから。

 なんの面白みもなくてごめんなさい。

 さすがに女の子のクローゼットを開けられるほど、根性が座っていないというか。

 舞台の上のシンデレラは肩から胸元まで生地が一切なく、大きな胸が零れ落ちそうなほどの切れ込みを入れていたり。膝上のスカート、腰には大きな薔薇が装飾されていて、色は雛のイメージと少し違う薄いグリーンをしていた。

 それがまたギャップとなっているようだ。

 いつもとは違う顔つきをした妹は、やっと見つけた。そう言いたそうに俺を見たように思う。

 普段と違う衣装を着たら、ここまで変わってしまうのだから、女の子って不思議だ。

 雛の持つ魅力に釘付けにされたのは俺だけではないようで、周りから『綺麗ね』『美しいです』なんて聞こえてくるから、なぜか本人ではないというのに嬉しくて、このまま雛との日常を語りだしたくなる。

 普段も別の意味で魅力的だから。

 魔女が用意した馬車に乗り込み、お城へと向かおうとするシンデレラに魔女は「12時の鐘がなれば貴様の命を貰い受ける」といいシンデレラは冗談だと思い込み、馬車に乗って会場へと向かう。

 いきなり物騒なストーリーになったな。

 まぁ多少はオリジナリティがあってもいいと思うよ。 話に戻ると、馬車の中でとても緊張しているシンデレラ。慣れないドレスの裾を摘んでみたり、ガラスの靴を見てみたり、ぎこちない仕草や落ち着かずに外を見たりするのが、これまたリアリティを醸しだしている。

 心の準備が整わないシンデレラだったけど、馬車は舞踏会の会場であるお城に到着。

 広間に現れたシンデレラに、舞踏会に参加している人々は眼を奪われる。あの意地悪な3人でさえ、シンデレラとはわからないほどの美しさ。

 舞踏会を主催した王子さ……え?

 あれ、王子様が登場しないな。

 周囲もざわつき始め、このままではシンデレラは……。

 と、なぜか照明が消された。

 そして、スポットライトの光が眩しく照らしだす。俺を。


「あらあら」


「今度はなにを仕出かすのですか……」


 そうは言われても、何も聞いていないから俺も困惑している。

 だが、周囲はキャァーと歓声が湧き上がっていき、体育館を震わせるほどまでに増大していく。

 黒子さんが俺の隣にまでやってきて耳元で囁く。

 それを聞いて、さすがに無理だと言いそうになったけれど、ここで拒否してしまったら舞台の上のシンデレラはどんな顔をするかと思うと否定できず、俺は立ち上がり舞台へと進む。

 近づくに連れて歓声が静まり返り、舞台に上がるとスポットライトはシンデレラである雛を照らしだす。

 男装しているとはいえ、執事服という場違い極まりない格好だが、シンデレラの手を取り


「僕と踊って下さいますね」


 きちんと準備していたのだろう。集音マイクがすぐ横に差し出されている。

 俺の声がスピーカーから流れると今日1番の歓声が鼓膜を震わせた。


「はい。喜んで」


 俺はダンスっぽく立ち振る舞う。

 だって、ダンスなんて踊ったことがないんだから仕方ないじゃないか!


「ダンスは踊ったことがないから、リードしてもらってもいい?」


 集音マイクに入らないように、こっそりと言うと笑顔で答えてくれた。

 そうして音楽が流れ、舞台の照明は俺達を取り囲むように、暖かく見守ってくれているように、幻想的に照らしだしてくれるのだ。

 観客は俺達に夢中で、さっきの歓声が嘘のように静まり返っている。けど、俺達はお構いなしに2人の時間を楽しむ。

 雛のリードはとても丁寧で、ステップすらわかっていない俺でもこう動けばいいのかと、流れに逆らうことなく踊れているから実は楽しい。

 周りから見たら俺達はどう映っているだろう。

 王子様とシンデレラが踊っているように見えているのかな? 

 ダンスも終盤になれば、そんなことを考えられるほどの余裕が生まれていた。

 そして、音楽が鳴り止む。

 これで俺の役目は終わりだ。

 シンデレラは鐘の音を聞いて、魔法が解けてしまうと王子様から逃げるように帰っていくのだ。

 だが、このシンデレラは違った。

 鐘の音が聞こえると、突如としてバタンっと床に倒れ込んだ。


「雛っ!」


 観客はどうしたんだろうと不思議そうに見ている中、倒れた雛を抱き、体を揺するけれど反応はない。だけど、呼吸はしっかりしているので演技をしているのだと予測。

 誰も救護にこないのも、事前に報告しているからだろう。

 安心してため息を漏らす。


「この子の命は頂いた」


 俺の前にさっきの魔女が現れ、はっはっはっはーと高笑い。

 俺にはなにも教えてくれていないから、この後はどうすればいいのか。

 魔女のお婆さん役の子の手がクイクイっと動いたので、なにか言えと言っているように見えた。


「シンデレラの命を返せ!」


 少し縁起っぽく見えてしまったかな?

 不安だったけど良い反応だったようで、魔女はこう言うのだ。


「良かろう。ならばキスをすればよい」


 へっ?


「さすれば、この子は目覚めるだろう」


 これまた大きな声で笑い、舞台袖へと消えていく。

 おいババァ! なに無茶ぶりして消えてっているんだドアホぅが!!

 静まり返る体育館。

 沈静。

 静寂。

 無音。

 ドクン。

 鼓動が聞こえる。

 キスをしろって簡単にいうけど雛は女の子。もしかしたらファーストキス……。

 出来るわけないじゃんかよ!

 ダァーって叫んで、頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。

 さすがに舞台の上では出来ないけど。

 どうしよう。早くしないと時間だけが進んでしまう。

 あっ! そうか。

 顔と顔を交差させてキスしてるように見せればいいのか。よくドラマではそうしていると聞いたことがある。まぁ文化祭の劇だし、少々キスしているように見えなくても許してくれるだろう。

 簡単じゃんか。

 ゆっくり雛の顔に近づける。

 とても綺麗な雛を見ていると本当にキスしてしまいそうになるから、目を閉じてっと。

 そっとムードを壊さないようにして……。

 ぷるんっとした感触がした。

 モチモチとした感触が唇を通じて伝わってきた。

 目を開けるとそこには雛の顔がある。

 そして理解する。


 俺は雛とキスをした。


 雛も目を開ける。

 そして、唇と唇が離れると


「きゅー……」


 気絶した。

 え? この物語はどう終わるのさ!

 それに雛が雛がぁー!


「こうしてシンデレラは目覚めることはなかった」


「バッドエンド過ぎるだろう!」


 そして最後、ツンデレラは目覚めることはなかった。

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