文化祭④
楓お姉さまを追いかけるべきなんだろうか。
先に休憩をもらったのはいいものの、どうすればいいのかわからない。
単純な話だ。
追いかけて、追いついて、なにを言えばいいんだろう。
「最低な父親ですね」
「大人げなかったですよ」
「仲直りしたいだけみたいです」
言葉を選んでみたけど、どれもスッキリこない。
桜花さんが言っていた通り、これは楓お姉さまと家族の問題だ。それを俺が間に入るのは良いことなのか悪いことなのか。
一般庶民の俺が数十億、いや、数百億数千億と稼ぎだす大企業の家庭に口出ししてなにになるんだろう。
生まれ育った環境が違いすぎる。
狼に育てられた子は言葉がわからず、人間達とは相容れなかったという昔話があった。
やっぱり、俺が間に入るのは間違いか。
でも、それでいいのか? という自分もいるのだ。
なにもしないで見ているだけでいいのか?
雛の時も、なぎさの時も……なにもしないでいたのか?
違うだろう。
雛だって世界1位を獲得している父と母の娘であり、なぎさも警視総監の娘だ。
なのに、楓お姉さまだけなにもしないのはおかしい。
ちょっと待て。楓お姉さまはお父さんの会社の手伝いをしていたのではないのか? それなのに「起業させた覚えはない」と言った。複雑に考えずに簡単に考えれば、楓お姉さまは花園グループとは別に、自分で作った会社を経営していた。それをお父さんは買収したことによって、楓お姉さまは怒って出て行った。
そう考えるのが妥当か。
ここで重要なのが、いくつかある。
楓お姉さまはお父さんに内緒で企業していた。
それはなぜだ?
もちろん、さっきの言い方だと反対されただろう。だが、企業ともなればお金が必要だ。資本金だの開業金などだ。
どこかから資金提供を受けていた? それとも別に自分で調達したのか。それは本人から聞かなければわからない。
そして、親子関係はいつからこの状態なのか。それも俺はわからない。この学院に来たのは幼少部から……?
あれ? 俺って、楓おねえさまのことを全然知らない。
周りは文化祭の真っ只中で、大きな声があちらこちらから聞こえ賑やかなのに、俺だけが蚊帳の外にいるかのようだ。
カラオケが近いかもしれない。
部屋の中では誰かが大熱唱していて、友人達も手拍子してノリノリなのに、部屋の外に出たらやけに静かで、さっきまでのノリはどこにいったのやら。
その感覚が今の俺に流れ込んでいる。
今まで知っていたと思っていたのに、考えれば何も知らなかった。
「そうですね。半年ですか、そんな短い時間ですべてを知り得ることは不可能でしょうね。バカな刹那だから」
振り返ると、なぜか男装した幸菜がいた。
俺の服を着て、セミロングの髪を束ねていて、漫画に出てくる美男子と言われても納得してしまうほど、胸がなかった。
ごめんなさい。冗談もほどほどにしておきます。
「どうしてここに?」
確かに遊びに来るとは言っていたけど、俺は少し早めに休憩をもらったから、先に教室に行くと思っていたんだけど。
俺にスマホの画面を向けてきた。
送ってきたのは……雛?
『お姉さまは4階のE組の前にいらっしゃいますので、行ってあげてくださいなのです』
幸菜の後ろを覗いてみたけど、人混みばかりで雛がいるのかいないのかもわからなかった。
「年下の子に気を使わせるって、もっと年長者としての威厳と行動力を……って、私が言えませんね」
「大丈夫。俺のほうがお兄さんだから」
そういって笑うと、幸菜も薄っすらと笑顔を作った。
「案内してくれますか?」
初めての学院内。本当は幸菜が案内をするはずだったのにな。
「うん。任せて」
どこにいっても人混みだろうけど、幸菜がいつこの学院に来てもいいように案内しよう。
ごめんね、雛。
せっかく一緒に回ろうって言ってくれたのに、こんなことになってしまって。
先にメールで。いや、きちんと言葉にしないといけないよね。
夜にでも謝ろう。そうして幸菜のご希望通り、学院内を案内していった。
自分を取り乱しそうになり、あの場からすぐにでも離れないと気持ちが溢れそうで怖かった。
あの人達がいきなりやってくるのは想定外。
私が此花女学院で生活するようになって、一度も来たことがなかったから油断していた。
すべてを想定して、すべてに対応しなければいけないというのに。
そしてなにより、秘密裏にしていた会社をこうも簡単に潰されたのが悔しい。
瑞希が先に感づくだろうと思っていたけれど、あの人達が先だったのは、純粋にあの女の出来の良さか。
状況の整理をしたくて、学院から離れて寮に戻ってきた。あの人が言っていた通り佐々木とは連絡が付かず、どこかに飛んだと見るべきね。要らなく連絡先を消去して、部屋に戻ろうとしたとき、不穏な影を見つけた。
普通、正面の警備員室を抜けてきたのであれば通らないであろう、寮のすぐ横に山手側から人が歩いている。
そして、玄関から寮へと入っていくので、後を追いかけることにする。
文化祭の真っ最中だから生徒は寮に誰もいない。
警備も学院のほうへ人員を回しているので、手薄になってけれど、セキュリティは動いているから侵入者であれば警備が動くはず。
私が警備員室の前を通った時は、普段と対して変わらなかった。
侵入者はなんの迷いもなく6階、高等部の1年生達が住まう場所に到達し、あの子の部屋とは反対側を進んでいく。
物陰に隠れながらだから、手に白い箱のような物を持っているという曖昧な答えしか出てこない。服装も普通の配送業者を装っている。ただ深く帽子を被っているので、素顔はこの位置からでは見えない。
左右確認して、なにやら部屋の中へと消えていった。
後を追おうとしたら、すぐに侵入者が出てきたから、急いで隠れる。
私には気づかなかったようで、足早に階段を降りていくのを見届けてから、入っていった部屋に向かう。
有栖川。
ネームプレートにはそう書かれている。
「また嫌な部屋に」
そう言いながらも、私はこれでいいと思っていた。
有栖川が動かないわけがない。
すでに有栖川は、私がリークした情報を持っている以上、その情報で優位に立ちたいのであれば今になる。
情報は生き物。鮮度が高ければ高いほど早い方がいい。
ドアノブに手をかける。そして……中に入った。
部屋の真ん中には悪目立ちする白い箱が置かれている。
ベッド以外は学院が用意したままの殺風景な部屋で、女の子の部屋とは到底思えない。まぁ彼女の生い立ちを知れば納得できるけれど。
中央に移動して白い箱の中身を確認。
私は今どんな顔をしているだろう。
自分の思い描いたストーリーが繰り広げられているというのに、心は浮足立つ。
どうしてこんなときにあの子が私の脳裏をよぎるのよ!
笑った顔が、拗ねた顔が、帰りを待つ横顔が……。
少しだけ細工をして、箱を閉じた。
これを見続けるのは気持ちを揺さぶられる。
今日は感情の突起が激しい。
部屋を出て、胸に手を当てながら深呼吸した。
これから忙しくなる。失敗すればここにはいられなくなり、刑事罰を受ける可能性も大いにある。
私の年齢からしても少年法である程度は守られるにしろ、それ相応の罰は覚悟しなくてはいけない。
「大丈夫」
そう自分に言い聞かせる。
部屋に戻ろう。有栖川が動き出したというのは確認できたのは収穫だった。
自分の部屋に戻って、端ないのは承知でベッドに倒れこむ。
枕に顔を押し付けて最初に考えたのは
「あの子、なにしているのかしら」




