文化祭③
楓お姉さまの登場でムードは最高潮に達した。
他のテーブルから歓声が上がり、俺と楓お姉さまのツーショットを撮ろうとデジカメを構える子までいる。
ファンサービスとまでは行かないけれど、写真ぐらいなら好きに撮らせてあげてもいいか。
楓お姉さまを席に案内してメニューを見せる。
俺がいつも授業で座っている特等席。良く言えば、日差しが心地よく、グラウンドも見渡せるからお気に入りだったり。
悪く言えば集中できていないとも言える。
注文を聞き終えて、伝票を持って行こうとしたら、なぎさに横から伝票を奪われた。
「ごゆっくり~」
気を使ってくれたようなので、お言葉に甘えるとしよう。
接客中ということもあり、隣に座ることはできないけど、話し相手ぐらいにはなれる。
「手作りにしてはなかなか凝っているのね」
折り紙で作られた輪飾り、少しでも雰囲気を出したくてテーブルクロスを用意したり、造花を大量に花瓶に差し込んだりして、学院という雰囲気を払拭してみたのだ。
お見送りをする際に「来年は私達も手作りのお店を出したいと思います」と、言われることも多く、そう言われると嬉しくて「ぜひチャレンジしてみて。そのときは遊びに行かせてもらうわね」なんて、返したり。
来年はここに居ないと言うのに。
「そうですね。質素と思われる人もいますけど、これぐらいが落ち着いて好きです」
大豪邸に住むよりもワンルームで親子3人、川の字で寝ているほうが落ち着く。
貧乏性と言われれば否定はしないし、お金持ちよりも家族寄り添ってワイワイしているほうが好きだ。
「確かに落ち着くわ」
テーブルクロスを撫でるように触る仕草に、なにか懐かしさでも感じているように思う。
そういえば、楓お姉さまの小さい頃を聞いたことがない。
「小さい頃はどんなことをしていたんですか?」
だから聞いてみたのだが
「特にこれといって面白いことはないわよ」
俺にとっては些細なことでも面白い。
どんなことをして遊んでいたとか、誰と仲良くなったとか。
そんなどうでもいいことを聞きたい。
まだ信頼されていないのだろうか。
やっぱり俺とは相容れないのかな。そう勘ぐってしまう。
なんだかんだ言って、楓お姉さまはとても優しい。
最初は奴隷だの下僕だのと言っていたけれど、未来ちゃんのときだって、手を差し伸べてくれた。
なぎさのときだって……。
もっと自分を曝け出せばいいのに。と思う。
「毎日勉強して、毎日経営の本を読んだり、そうしていたらこうなっていたわ。友情とか愛情とかどうでもよくなって……」
「それは行けないよ。楓」
突如として男性が現れた。
高級そうなスーツを着込んだ人で身長も高く、綺麗に髭など整えられている。隣には金色の髪が特徴的な女性がこれまたスーツ姿で立っている。
「あのすみませんが、こちらの席は他のお客様が」
「あぁ、済まない。私はこういう者だ」
胸ポケットから名刺ケースが取り出され、ご丁寧に名刺を渡された。俺も手作りの名刺を取り出し、交換する。
なになに、花園和馬……代表取締役社長……。
えぇーっと、あぁ、楓お姉さまのお父さんで、花園グループの社長さんかぁー。って!
「初めまして! 楓お姉さまにはいつもお世話になっております!!」
深々と頭を下げる。
いやいや、今日来るなんて聞いてないよ。
聞く前に予想ぐらいしてろよって思うけど、そんな余裕なかったんだよ!
「そんなにかしこまらなくていい。楓の隣いいかな?」
俺は「はい」と言ったが、楓お姉さまは驚愕とでも言うように驚きを隠せないのか、固まっていた。
自分の父親が目の前にいるだけで驚くって、またおかしな展開だ。
「まぁ驚くのも無理はない。文化祭に来たのは初めてだからね」
それは俺に言っているのか、楓お姉さまに言っているのか。
金髪の女性も座り、俺はメニューを取り出して、2人に見せるとすぐに女性の方は紅茶とお父さんの方は珈琲を注文した。
たまたま近くを通りかかったアーシェに伝票を渡す。
一瞬、驚いた顔をしたけれど、伝票を教卓まで持って行ってくれた。
さすがにライバル企業の社長がここに居るんだから驚きはするだろう。
でも、楓お姉さまの驚き方は異常だ。
なにかに怯えている。そう例えたほうがしっくり来る。
ライオンに睨まれた子鹿のような怯え方とでも言ったほうがいい。
「久しぶりだね」
優しく声をかけているように見えるが、楓お姉さまはなにも答えない。
「なにか喋ったらどうだ」
金髪の女性が痺れを切らしたように声を上げた。
とても美しい彼女は、他のテーブルに座っている子達から憧れのような眼差しで見られている。
なんだこれ。
歯車が咬み合わない時計のようだ。時間はズレにズレてしまい、もう正確な時間が刻めていない。
それでも楓お姉さまは黙ったままだ。
「……桜花」
2人の間を取り持つように、和馬さんが金髪の彼女を制止した。
「なにをしにいらしたのですか」
ここで楓お姉さまが質問した。赤の他人のような喋り方だけど。
「楓が楽しそうにしているか見に来たんだ」
不安そうな顔をしていたけれど、俺の顔を見てニコっと微笑むと
「楽しそうにしていてなによりだ。幸菜くんのおかげかな」
なんて言い、はははは……っと笑い出す。
やり辛いだろうなぁっと思いながらも、助け舟を出せないでいる。
そんな重苦しい空気を気にもせず
「お届けに参りましたぁー」
と、なぎさが紅茶と珈琲を持ってきてくれた。
ナイス! と心で親指を立てた。空気を読めないなぎさだからこそ、できる芸当に拍手もあげたい。
「では、ごゆっくり~」
ちょっと待ったぁああああああ
紅茶と珈琲を置いたらすぐに居なくならないでよ!
もう少し場を和ませてから戻って欲しかったけど、なぎさなりに気を使ったのだろう。すぐにお迎えに戻っていった。
どうしたものかと思っていると楓お姉さまが口を開いた。
「それでなにしにいらしたの?」
リピートアフターミー?
まさにザ・他人行儀。
その反応に桜花さんが睨みつける。
一触即発。
「あ、あの! 桜花さんは楓お姉さまのお姉さんですか?」
ムードを変えようとしたのだが
「違うわ」
「そうです」
複雑なご家庭のようで……。
どっちにしても周りが注目していて、喋り声が消えBGMだけが無情にも聞こえてくる。
紅茶を1口。
いつもなら必ず飲み干すのに、ただ1口。席を立ち、教室を後にしようとした。
ここで和馬さんがこう言ったのだ。
「楓、君の銀行の口座は凍結した。僕は楓に起業させた覚えはないよ。保有していた企業はすべてこちらの傘下に収めた。佐々木に連絡しても無駄だよ。あいつは金で動く人間だ。簡単に裏切ってくれたよ」
楓お姉さまを優しい眼差しで見つめ
「楓、今を楽しみなさい。幸菜くんとの時間は今しか楽しめない」
楓お姉さまが歩き出した。
その背中は怒りを表に出していて、後を追いかけることを憚れた。
桜花さんは小さくため息を吐き、楓お姉さまが飲み残した紅茶を一気に煽った。それを見て和馬さんが「嫌われたねぇ」と漏らす。
ならどうして追いかけないのだろう。
不思議で仕方なかった。
娘に嫌われたというのに、ただ、嫌われたで済むはずがない。
この家族はなにかがおかしい。そう感じた。
「恥ずかしい所を見せてしまったね」
和馬さんは少し恥ずかしそうに言った。
娘と喧嘩をしたのだ。それがどういうことかわかっているのだろうか。だからなんで……。
「どうしてそう平然といられるんですか……」
俺ももう少し落ち着いて話をするべきだったかもしれない。
だけど、家族というのは常に思いやりを持っているものだ。確かに楓お姉さまも大人気なかった。これは俺の憶測でしかないけど、和馬さんは仲直りをしに来のだろうと思う。それなのに追い打ちを掛けるような言い方は……。
「君にはわからない。それにこちらの家庭の事情に首を突っ込まないでもらえないか」
初対面だというのに俺は金髪の美女を睨みつけた。
此花女学院に来て、ここまで怒りを露わにしたことはない。それに異様な空気を感じ取ってか、なぎさとアーシェが俺の腕を掴んでいた。
よっぽどの剣幕だったんだろう。2人とも結構な力を加えている。
「大丈夫」
なぎさとアーシェに言ったのか、それとも自分の気持ちを抑えこむために言ったのかは定かではない。
「桜花……」
和馬さんは桜花さんを抑えるように肩を掴む。
「今日はこれで失礼するよ。明日のライブ、僕も楽しみにしているんだ。盛大に盛り上げてくれ」
それじゃあ。と和馬さんと桜花さんは教室を出て行った。
腹立たしい……。
俺の頭のなかでは『どうして』『なんで』がリピートされている。
「少し早いけど休憩行っておいでよ」
後は私達でなんとかするから。
確かにこんな気持ちでは給仕どころではない。
それに教室内の空気もどんよりしてしまっているので、俺はみんなに「ごめんなさい」と謝りを入れて教室を後にした。




