文化祭②
「もう5分もすれば文化祭が開始されます」
学級委員長の子がみんなの前に立ち、最後のミーティングをしている。
給仕役には、メニューの出し方から受け答えを再度確認。
調理担当は盛り付け方や分量の確認、呼び込み担当に関しては行列が出来るので、2列で左よりに並んでもらうように誘導することを徹底させ、最後尾がきちんとわかるように看板を持っていること。
後は笑顔でお出迎えする。これが1番必要。
「では、どうすればよいでしょう」
そうだなぁ……
「みんなで円陣を組んでみる……とかでしょうか」
スポーツでもするんじゃあるまいし。と自分で突っ込んでみる。
「いいのではないかしら」
「団結力は必要ですわね」
「いいねいいね」
あれれ、あっさりと決まってしまった。
「では、立花さんが掛け声をお願いします」
え? 俺?
クラスメイトの視線は俺に集中している。
いやいや、俺が言い出しっぺだけど、ここは委員長がシメるところだと思うんだけど。
なんて戯言が通用しないのがこの学院の子達であり、みんな笑顔で俺を見つめている。
「それでは私が掛け声を掛けさせて頂きます。みなさん、手を前に出してください」
最初に俺が手を出すと続々と手が重なりあい、おしくらまんじゅう状態になりながらも最後の1人が手を置く。
なぎさ・アーシェ・東雲さん・視線を投げかけると顔を「うん」「はい」「どうぞ」っと、声を掛けてくれた。
「これが庶民の文化祭です。大変だったと思います。けれど、今からもっと大変になるでしょう。そんなときはみんなで励まし合って、フォローし合って乗り切りましょう!」
せぇの
「「「がんばって行きましょう!」」」
みんなの手が空へ向かって伸びる。
それと同時に
「ただいまより此花女学院、文化祭を開始します」
楓お姉さまの声がスピーカーを通して聞こえてきた。
グラウンドや校舎、特別棟から大きな拍手が入場者をお出迎えする。
俺達も拍手をしながら急いで持ち場について、お帰りを待つ。
メイドカフェのような言い方だけど、俺の服装を見れば誰もが納得してくれると思う。
黒のタキシードを着て、手袋をした姿をしています。
はい。もちろんズボンを着用してるよ。
事の発端を辿れば、なぎさがラノベの影響を受けてメイドやらアニマルやら男装を提案したのである。
俺は裏方に回る気だったから、どうでもいいやと素知らぬ顔をしていたのに、裏方のほうが人気が高くジャンケンで給仕か裏方を決めることになったのだ。
もちのロン負けたよ……。
それで、アニマルかメイドか執事のどれかになったんだけどさ、なぎさが
「一緒にしようよぉ~ ねぇ~ ねぇったら~」
と、腕を捕まれ、グイグイ引っ張られて、黒板に執事服の欄に『立花幸菜』と書かれたのだ。
あぁ、幸菜が来るって言うのに、こんな格好でいたらなにを言われるか。もちろん幸菜には秘密にしている。
女装して女学院に潜入しているのに、男装するとか……男装じゃなくて、元に戻るだけだよね?
あぁ、なんかおかしなことを考えているのに、おかしくないんじゃないかと錯覚。
さて、最初のお嬢様方がおかえりになられたので、お出迎えといこう。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
中等部の2人組の子達が一番最初のお客様だった。
なぜか目を大きくして固まってしまっている。
まるでメデューサにでも睨まれて石化してしまったよう。
「お嬢様?」
「ひゃっひゃい!」
そんなに緊張しなくてもいいでしょ。
というか、誰に緊張しているんだろう。ここに楓お姉さまがいるわけでもないのに。
手荷物もないようなので、すぐに席へとご案内。腰の当たりに差し込んであったメニューを開けて「どちらになさいますか」なんて、執事っぽく言ってみる。
それだけで頬を赤く染めて、今度は瞳がとろ~ん。
でも、これはこれで面白いね。
2人は紅茶とクグロフ、パンケーキを注文。
「少々お待ちください」
と、一礼して伝票を管理している1番前の教卓へと移動した。
教室を見渡すと、すでに満席御礼で、廊下も行列ができているようだ。列整理の子達の声がここまで聞こえてくる。
さすがになにか手を打たないとマズイ。
効率よくお客さんを捌いていかないと、行列の方達からクレームが出てくるかもしれない。
「ボサッとしていないで下さい。3番テーブルのお客様、オーダー待ちです」
あぁ、これはまさしくドラマでよく見るホール責任者がバイトの子に注意される光景。
お客さんの状況を把握しておくのも重要なことなんだよ?
兎に角だ「みんな集合!」と声を掛けて、俺の考えた作戦を説明した。
要は時間制にすると言うことだ。ただ時計で何分までいうのでは、さすがに風情がないので砂時計を各テーブルに設置。
それまでにお茶とお菓子を楽しんでもらう。ただそれだけでは物足りないだろうからお見送りは指名制度を導入する。憧れのお姉さまと親睦を深めようと足を運んでいるのに、ただ眺めるだけでは物足りないだろうしね。
その趣旨を伝えると各テーブルのお客様に説明。そして、列整理をしている子達にも説明して、並んでいる人に知らせてもらうようにした。
それが功を奏したようで、不満を漏らす人もおらず、順調にお客さんを捌けている。
俺の仕事がご案内かお見送り限定かのように指名されるので、帰り際に名刺を渡して少し世間話をしては「明日のライブにも来てくださいね」と声を掛ける。
みんなも「喜んで」「1番前で見させてもらいます」と言ってくれるので素直に嬉しかった。
もう何回目になるかわからないお見送りをしたときだ。
背後に気配を感じたので振り返ると銀髪の女性が、背伸びをしながらクラスの中を覗きこんでくる。
顔を見るとアーシェに似ていると感じたけど、皺があったり、手が荒れていたりとアーシェのような気品を感じない。
なにか親が子を心配するような様子で見ているので
「すみません。ただいま混雑しておりまして、あちらの列に並んで頂くことになります」
説明をすると、すぐに
「いえ、すぐに帰りますので」
というと、名残惜しそうにどこかに行ってしまった。
流暢な日本語を使っていたので、もしかしたら来賓の方だったのかも。だとしたら対応を間違えたなぁ。
そう思ってもどこに行ったのかわからないので、また来たら中をご案内しよう。
「お姉さま、遊びに来たのです」
「ふん。早くなぎさお姉さまを出しなさいよ!」
入れ替わるように雛と凛ちゃんが遊びに来てくれた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
2人とも手荷物を持っていたので、それを受け取り席にまで運ぶ。
席に案内してすぐにメニューを見せる。紅茶とお菓子3種類を注文。オーダーを持って行こうとした。だけど、雛の手にはデジカメが握られていて、俺の執事姿を収めていいものかと戸惑っているようだ。
「写真は大丈夫だよ」
オーダーを持っていく子がいたので、俺の伝票も持って行ってもらうように言うと、快く引き受けてくれた。
突っ立っているだけで良いという雛は申し訳なさそうに1枚だけシャッターを切った。
きちんと撮れたのか心配なようで、すぐにデータを確認している。いつも一緒なんだから、そこまで気にしなくてもいいだろうに。
やはり文化祭という、いつもと違うムードがそうさせるのかも。
「あ、凛居たんだ」
接客を終えて、伝票を教卓に持っていった帰りに見つけたようで、こっちへやってきた。
雛と凛ちゃんがホワワワワァ……という効果音が似合いそうなうっとりした瞳をしている。
そう、なぜか俺となぎさが並ぶとクラス中から視線がこっちに飛んでくるのだ。
男の俺が言うのもなんだけどさ、なぎさの執事姿って予想外に似合っているのだ。
背丈が俺も高いせいか、男性アイドルと遜色ないオーラを醸し出す。
色々な意味で負けたような気がするよ……。
「おーい。2人とも起きて」
声をかけてあげると、こっちの世界へと戻ってきたようだ。そして、凛ちゃんからリクエストがあったので、なぎさと俺は指定の背中合わせになって立つという、アイドルユニットのようなポーズで写真を撮られた。
それで十分に満足してくれたようで、お茶とお菓子を食べて、俺がお見送りして2人は教室を後にする。
雛とは午後から一緒に回る予定をしているから「後で連絡するね」というと「お待ちしております」と笑顔で次なる模擬店へと向かっていった。
んー。
まだ2時間ほどしか経っていないというのに、身体に疲れが出てきたので、背伸びをして身体に喝を入れる。
「あらあら、私の案内はしてくれないのかしら」
振り返ると楓お姉さまが来ていた。
すぐに、いつもの挨拶をして、テーブルにご案内する。
ここまではいつもの楓お姉さまだった。この後で起こる出来事がきっかけとなって、世界規模の事件へと発展していくとは誰も考えなかったと思う。




