文化祭①
朝日がお出迎えしてくれる時間に俺達は行動を開始しなくてはいけない。プロを用意しているクラスの子達は、まだ深い眠りに付いているというのに。
教室にはクラスのみんなが勢揃いし、準備を進めていく。朝に弱い面々は瞼を擦りながら、なんとか寝落ちせずにタネを捏ねる作業を開始する。
本来はこんな早朝に登校するのは禁止なのだけど、俺が楓お姉さまにお願いして、謝罪して、巷で有名な土下座して、とある動画サイトに投稿して炎上とまでは行かないけれど、それに近いことはしたと思う。
楓お姉さま曰く
「例外を作ってしまうと、他のクラスからも要望があると許可しなくてはいけないの」
そっかぁ。他がよくて私はダメなのはおかしいと言われかねないよね。
「でも、あなたの要望は許可してもいいわよ」
「どうしてです?」
「あなた達のクラスはすべての事をするのだから、2日間に限り許可します。ただし、教職員の方がどなたかいらっしゃること。わかった?」
「はいっ! ありがとうございます!?」
教職員・生徒会には私から言っておくわ。と、顔を背けながら俺のお願いを聞いてくれたのだ。
クラスのみんなも、許可されるとは思っていなかったようで、俄然やる気なっている。
でも、どうして許可されないと思ったのだろう。不思議だけど、やる気になっている以上、下手なことしてやる気を削がれるのもあれなので、聞かないでおく。
なにかと規律を大事にする風潮があるのは、俺もわかっている。それが悪いとは言わないけど、変えることも重要なのは確かだと思う。
今回の件で少しは良い方に向かってくれれば幸いとでも思っておこう。
タネを捏ねる人、パンケーキを焼いてる人、クグロフを焼いてる人、すべてを作り置きしておかないと絶対に回らない。
東雲さんの妹さんが初等部に在籍しているらしく、初等部・幼少部の子達が押し寄せくるらしい。
特に珍しく……ないわけではないけど、どこに興味津々なんだろうか、いや、誰かお目当てのお姉さまがいるのだろうか。
もし、楓お姉さまが「お、お帰りなさいませ、ご主人様」と照れながら、スカート掴んでモジモジしているなら全力で1番を狙う価値はあるだろうけど。
雛のメイド姿は似合うのは確定。もうね、色んなお世話して欲しいレベル。
ごめんなさい。いつもお世話されてました。
「立花さん、妹が来ましたらお相手してあげてもらえます?」
それは構わないけど、俺なんかでいいんだろうか。
「いいですけど、なぜ私なんですか?」
「だって、幼少部から高等部まで大人気ですよ? ご自分でも気づいていると思っていましたけど、今回の生徒会選挙、歴史が変わってしまうかもしれません」
いやいや、60年以上もの歴史が、ちっぽけな俺で変わるはずがないでしょう。それに、選挙に立候補もしていないのに、どうして歴史が変わると言うのだろうか。
俺にはわからない。
そんな俺を見てクスクスと笑い「ご自分を評価してあげてください」と、言って別の子達のところに行く。
自分自身の評価。別にデキた人間でもなければ、悪の道に進んだ訳でもない。
良くも悪くも普通の一般人というのが自分の評価であり、普通じゃないのは女学院にいることだけかな。
「ねぇアーシェ。私の良いところ、悪いところってなに?」
まるで子犬のように、いつも隣にいるアーシェに聞いてみた。
聞かぬが仏というけれど、馬の耳に念仏というのもあって、人間は上手く出来るもんだと感心してしまう。だって、知れば腹が立つ。だけど、聞き流せばなにも怖いものはないという持論を展開しておけばいいのだから。
「存在しているだけで悪です。呼吸しないで頂けます?」
「ちょっとひどくない!?」
さすがにここまで言いたい放題だと、聞き流すことができなかった。
持論が完全に崩壊した瞬間である。
まぁこんなちっぽけな持論なんて捨ててしまえばいい。
捨てる神あれば拾う神ありとも言うもんね。
「じゃぁ良いところは?」
手を止めて「そうですねぇ……」っと考える。
「空気が違うよね!」
ドンっと背中に飛び乗ってきたなぎさが答えた。
「こうさ、暖かいの。春の暖かさとはまた違う暖かさ」
「それはわかる気がします。オーラではなくてムードを持っているという感じでしょうか」
なんか……聞くんじゃなかった。
嬉しいけど、それよりも恥ずかしい。
「でも危なっかしい。それがダメなところでもあって、チャームポイントなのかもね」
いやいや、それダメなところだろう。
「チャームポイントって……」
照れながら俺が言うと
「母性本能をくすぐるんじゃないかな。私にはわかんないけどさ」
なんて、笑いながら飛び降りて消えていく。
ホント、あっちへこっちへと吹き抜ける風のような子だ。
そんなこんなでパンケーキ・クグロフが次々に保温器に入れられていき、もうこれだけあれば数時間は持つだろうと思う枚数に到達。
時刻は8時を過ぎていた。
給仕役である俺を含めた8名は、メイド服・動物・チョメチョメに着替え終わっていて、クラスメイトから歓声が上がる。
俺となぎさはチョメチョメ。アーシェはウサギ。
小さいアーシェはリスが良いと思っていたけど、ウサギもなかなか似合っていた。それに白銀の髪の毛、それが白いウサギを連想させたりもするから、このチョイスには拍手をあげたいね。
「では、ホットプレートのコンセントを抜いて、体育館へ移動して下さい」
校内放送で指示があったため、みんなで一斉に体育館へと移動を開始。
開会式・閉会式は来賓の方々も含めて行われるため、体育館に1度、集合することになっている。
開会式と言っても、学院長の世間話や生徒会からの注意事項などを言われるだけで、全校集会とほとんど変わりはないらしい。
あと少しで文化祭が始まるとあって、校内は賑やかなになりつつある。
先にどこへいこう。C組のお化け屋敷がとても良い出来だとか、A組は混みあうから先にいこうとか、そういったお喋りが耳に入ってくる。こういう雰囲気はとても好きだ。
みんなが談笑しながら話し合う、このザワザワしたムード。それに
「立花様、とてもお似合いです」
「ありがとう。確か……中等部2年D組だったよね。遊びにいかせてもらうね」
「は、はいっ! お待ちしています!!」
よほど嬉しかったのか、小走りで去っていく。
普段は話しかけづらい先輩方に気安く話しかけることの出来るのもいいよね。
「でしたら私達のクラスにも来て下さい!」
「私達も」
「抜け駆けは無しですわ」
「マジ男逝けや!!」
だから最後だけおかしいって……。
どうして誰も最後に突っ込まないのか不思議だ。
それよりも、状況が凄いことになってきた。
中等部の子達が、俺がどこのクラスに行くで言い争いを始めてしまっている。
可愛い子猫ちゃん達……俺のために争うのはやめてくれよ……。
クッサ。キッモ。夢見すぎ。
……言えない。
言いたくても言えないこのむず痒さ。
「あなた達」
お、高等部の2年生が登場して、この場をどうにしかしてくれることを祈ろう。
「立花さんは私達のクラスに来てもらいますから」
何人がガクっと肩を落としたか。
いやいや、そこは模範となって注意すべきところでしょうよ! なに混じってご自分の主張しちゃってるんですか。
「お姉さまでもここは譲れません」
と、義妹達も負けじと声を上げる。
なんだこの状況は……。
たかが俺なんかにそこまでの価値はないよ。
「幸菜お姉さま? どうなさったのですか」
雛が俺の隣に来て、腕を掴んできた。
「それがこの状況でどうしたものかと」
当人をほったらかしで言い争いを始めてしまい、俺は蚊帳の外で、俺が主張しても聞き入れてくれないんだろうなぁ。
「みなさん!」
お、雛がここをなんとかして
「幸菜お姉さまは私と回ってくださるのですから、みなさんがなんと言おうと、私が選んだルートを回ってくださるのです!」
火に油を注いだ結果になり、余計に騒ぎが大きくなっていく。
後ろは大渋滞、前は言い争い。
前門の虎、後門の狼。
そして、
「後ろが詰まっているの。此花の生徒なら場を弁えなさい!」
この場をどうにかしたのは、俺のお姉さまだった。
さすがに生徒会長からの注意とあって、一瞬にして騒ぎが終焉を迎えた。
「みなさん! 出来る限り見ていきたいので、もしお伺いしたときはおもてなしお願い致します」
やっぱりこの学院の人達は大らかな心をもっている。
「ぜひ、いらしてね」
「喜んでご案内致します!」
「いらした時は私にご案内させてください」
そう言ってみんなは体育館へと入っていく。
「ありがとうございました」
楓お姉さまにお礼を言うと「生徒会長として言っただけよ」といい
「あなたも早く整列しなさい」
と注意も受けた。
俺のせいではないのに。と言いたかったけど「はい」と素直に体育館へと整列。そして、開会式が行われ、ついに文化祭が開始された。




