雛の気持ち
雛に取って大事な日が近づいてきています。
今日も劇の練習で幸菜お姉さまと一緒にいる時間が少なくて寂しいけれど、明後日の本番で成功させるためだと思えば頑張れる。
劇の監督である凛ちゃんから「もう少し声を張って」「気持ちをもっと表に出して」と、ダメ出しをされました。でも、凛ちゃんも雛のために言ってくれているのですから、それに答えなくてはいけません。
劇をすると決まったときに、裏方さんに回ろう。そう思っていました。
劇は登場人物は6名
クラスのみなさんが主役をしたいと挙手するので、雛はいつものように行末を見守ることにしたのです。
クラス委員長の凛ちゃんが教壇に立って、騒ぎ立てるみなさんを仕切っているのを見ていつも思うのです。
私も凛ちゃんのように積極的になれたら……。
幸菜お姉さまと手を繋ぐだけじゃなくて、腕を組んでみたり、昼食ではこう……アーン……とかっ!
「雛子、自分の世界に入らない」
夢の世界に飛び立っていた意識を現実に引き戻すと、クラスのみなさんが雛を見てニコニコ笑っていた。
恥ずかしくなって、下を向いてしまう。
「浮かれてしまうのもわかりますよ。お姉さまと初めての文化祭ですものね」
「長嶺さんは立花様ともうお約束はしておりますの?」
え? お約束って?
顔をあげると、なぜか凛ちゃんが頭を抑えていました。どういうことなのでしょう。
右隣のご学友を見ると苦笑い。
左隣のご学友はなぜか笑顔でした。
「あのね雛子。いくら幸菜……お・ね・え・さ・まがっ! あなたのお姉さまでも、別の人と文化祭を周るかもしれないでしょ? だから先約を取り付けておくの」
「みなさんはもう……?」
うんうん。とみなさんお顔を縦に動かした。
たぶんですけど、私の顔色は青ざめていたに違いない。
「特にね、雛子のお姉さまは花園生徒会長の妹なの。現役でお姉さまいらっしゃるのだから、そっちを優先するに決っているでしょうに。もしかしたら別の子かもしれないわよ」
ど、ど、ど、ど、ど、どうしたらよいのでしょう!
立ち上がってすぐに鞄を持って教室から出て、お姉さまのクラスに。そして、すぐにお約束を……。
「まだ授業中なので、お姉さまをお迎えに行かないように」
うぅ。先手を打たれてしまいました。
ゆっくりと崩れ落ちるように椅子に座り直す。
もし、楓お姉さまではなくて、別の方と一緒に周るのが決まっていたらどうしましょう。
もしそれが同じ中等部の方だったら……。
だって、だって、幸菜お姉さまは小さい子がお好きです。お胸の大きな人も大好きです。黒い髪の方も大好きで、気のお強い方も。
バク。バク。と心臓が大きな音を立てて、雛のお胸をイジメてきます。とても苦しいです。
「もし長嶺さんがよろしければ、主役をやってみてはいかがでしょうか」
「それはいいですわ。長嶺さん、昔からこういった場ではいつも裏方でしたし、たまにはメインを味わってみてはいかがかしら」
へ? ふ? みゃ?
私はただ居ても立ってもいられないだけで、主役なんて似合わない。言われなくてもわかっているのです。
ちっさいですし、お胸ばかりが大きくなって不釣り合いです。でも楓お姉さまには及びません。
寝る前に牛乳を飲んでいるのですが、一向に背が伸びる気配がないので諦めないとダメかもしれません。
そんな出来損ないの私が主役は……。
「というわけでみなさん。長嶺雛子さんを主役でよろしいでしょうか」
凛ちゃんの問いかけにみなさんは拍手で答えます。
クラス中が拍手の音と雛に対する応援の言葉が飛んでいます。
さっきまでの青ざめた顔から瞬時に真っ赤になりました。そして拍手が鳴り止むと
「雛子、みなさんに1言」
ガンっと勢い良く立ち上がったので、椅子が後ろの方の机にぶつかってしまい大きな音を立てます。
慌てて後ろの方に謝り
「よ、よ、よ、よろしくおねがいしましゅっ!」
なんて、締り悪く噛んでしまいました。
とても恥ずかしかったです。
そんなことを思い出しながら、明日の文化祭が待ち遠しいのです。
キチンとお約束もしたので、お姉さまと2人で……。
「ニャーニャ」
出会ってすぐの頃に頂いた、ネコちゃんのぬいぐるみをギュっと抱きしめる。
嬉しいときはいつもこうしてネコちゃんを抱きしてしまうのです。
どこを回りましょう。お食事はフルコースを用意してもらえる中等部の2年B組がいいかもなのです。あ、でも幸菜お姉さまは素朴な家庭料理が大好きなので……えっと、ここでもなくて、こっちも違うのです。
今日配られたパンフレットを見ながら、幸菜お姉さまが大好きそうなメニューを出してくれそうなクラスや部活動の出し物を見ていくのですが、なかなか見つからない。
折角の文化祭なのですから、模擬店で買って食べるほうが雰囲気が出ていいのですけど。
だからと言って、お姉さまに喜んで欲しいのです。
フルコースなどでも喜んでくれるのでしょうけど、雛は心から喜んで欲しいと思う。いつも、笑顔でどなたかのために頑張って……。
抱きしめていたネコちゃんの頭を撫でてあげる。
「……とても胸が苦しい」
誰にでも優しい幸菜お姉さま、いえ、刹那お兄さま。
東野様のときも嫉妬してしまって、わがままばかり言ってしまって困らせてしまったり、お誕生日会のときもも……。
雛はお兄さまを好き。異性として大好きなのです。ですけど、刹那お兄さまは雛を女性として見てくれない。
楓お姉さまがお兄さまを後ろから抱きしめたことがありました。お兄さまは顔を真っ赤にしていたのに、雛が意を決して後ろから抱きしめると「もう雛ったら」って、笑って頭を撫でてくれた。
その時は嬉しさが勝っていて、深くは考えなかったけれど、これって雛を女の子と見てくれていないってこと。
最初はそれでもいい。刹那お兄さまの傍に居られるな。と思っていたのですけど、抑えきれなくなっているのを感じて、凛ちゃんに「幸菜お姉さまを劇に加えて欲しいのです」と、言ってしまいました。
無理なのはわかっています。でも、なにもしないでいなくなってしまわれるのではないか。そう思うと怖くて夜も眠れない。
本物の幸菜お姉さまと夏休みにお会いして、とてもお優しい方ではありました。ですけど、雛は刹那お兄さまのほうが好きで、好きで、大好きなのです。
お隣を歩けるのが嬉しくて、クラスのみなさんにお兄さまを自慢するのが嬉しくて、夜もお見送りしてくださるのをみなさんが羨ましそうに見ているのが嬉しくて、雛の作ったお弁当を食べて「今日も美味しい」と言ってもらえるのが嬉しくて……。
一緒にいる時間が嬉しくて苦しい。
これが恋。そう思うと怖くてずっと傍に居たい。だけれど、一緒にいると見たくない物まで見てしまうかもしれない。
「ダメなのです」
弱気になってしまうとすべてがダメになってしまうと、お母さまから言われているので、別のことを考えなくては。
コンコンっとノックが聞こえ、すぐにドアが開きました。
点呼に来た先生が雛を見ると「おやすみなさい」と言い、ゆっくりとドアを閉めます。
もう22時。そう思うと眠気が襲ってきました。一応、お弁当を作っておけば必要だとすぐにお渡し出来るので、明日のためにも早く寝ることにしましょう。
抱きしめていたネコちゃんをいつもの場所に置いて電気を消すと、すぐにお布団に潜り込み、明日からの2日間が良い日ありますように。
雛にできるのはお願いすることだけ。
刹那お兄さま。見ていて下さいね。今度こそ、雛の気持ちを伝えたいと思います。




