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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
あなたと一緒に……
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文化祭前日

 文化祭前日。

 事件は唐突にやってくる。


「そっち引っ張って下さーい」


 現在は文化祭に向けての飾り付けをしている。 

 俺達のクラスはカフェをすることになり、シェフを用意するだの、執事を用意するだので、全然文化祭らしくない。そう思って提案してみたのだ。


「給仕も私達がしましょう! お料理もすればお父さまやお母さまもお喜びになると思うんです」


 一瞬にして沈黙……後。


「面白そうですわ」


「お父さま、喜ぶかしら」


「お母さまを驚かせたいです」


 パチパチ……と、拍手喝采の満場一致で可決されたのだが


「どうしてこうなるんだ」


 パンケーキが宙を舞い、折り紙が床に散らばって、白いお化けが教室を闊歩する。

 猫の手も借りたい。いや、雛を今すぐ呼びに行きたい。


「立花様。こちらはどうすればよろしいのですか?」


「幸菜! なんかひっくり返らないだけど、どうすればいいの?」


「立花さん、紙が足りないです」


 あっちからこっちから言われても、聖徳太子のように複数人の声を聞き分けできるほど、超人スキルを持ちあわせていないわけで……。

 どうすればいいんだよぉ!!


「わ、私がお料理を教えましょうか」


 テーブルクロスを机に敷いていく作業をしていたアーシェが助け舟出してくれた。


「お願い。こっちも片付いたらすぐに向かうね」


 料理担当の子達は、アーシェに料理を教えてもらえるとあって、歓喜の声が聞こえてくる。

 ここ最近、アーシェが大人気で休み時間も引っ切り無しに誰かがやってくる。とくに黒崎さんとは仲良くなれたようで、毎日のようにクラシックの話で花を咲かせては、時折嬉しそうな表情を見せるようになった。

 なんだか、アーシェの保護者になった気分。

 テーブルクロスを置いて、ホットプレートのある教壇に向かうのを見送って、俺はあれやこれやとなにかと指示する。

 隣のクラスからはドドドドっと業者があっせあっせとお仕事する音がするのに対して、こちらは笑い声や喋り声が聞こえ、やっと文化祭らしくなってきた。

 ここまで来るのに、結構な時間を要したのは言うまでもなく、カフェなのだから飲み物とお茶菓子は用意しないといけない。

 特にこのクラスは料理経験者がおらず、そんな子達に刃物を持たせるのは怖かった。どのようなお茶菓子がいいだろうか。怪我をすることのないお菓子となれば、限られていて、クッキー・パンケーキぐらいしか思いつかず、さすがにそれだけではと、雛に相談してみたところ


「クグロフはどうでしょう」


「クグロフ?」


 聞いたこともない名前だったので、すぐさま聞き返してしまう。


「はい。スイス、ドイツ・フランスなどでは一般的に作られているカップケーキのようなもので、オーストリアではクリスマスには欠かせないほどなのです」


 そう言ってキッチンに行くと、ガシャガシャと戸棚を漁り始め、なにかの容器を引っ張り出してきた。

 斜めにうねりのある蛇が蜷局とぐろを巻いているような容器。


「こちらが型になります。特に難しくないので作ってみるのです」


 そういうと、テキパキ準備に取り掛かり、メモ書きをしながら丁寧に教えてくれた。

 出来上がるまでに10分少々と時間的にもいいし、切り分ける以外は刃物も使わないので大丈夫だろう。

 それに、出来上がったクグロフを試食してみたら、とても美味しかった。


「さすがは雛子ね。小さな子も食べやすいようにココアパウダーを入れて甘みを出している。それでいて、大人も食べやすいようにヨーグルトを入れているのかしら。とてもまろやかで食べやすいわ」


 さすがは楓お姉さま。料理番組に出演しても遜色ないリポートありがとうございます。

 まぁ、俺の脳内では美味しい! しか出てこなかった。泣いてなんかないんだからねっ!


「クグロフだけでは彩りがないので、柑橘系、ミカンなどの缶詰とホイップクリームで彩りを出してみてはいかがでしょう」


 と、こちらもさすがは世界にお店を持つザッハトルテのひとり娘。そして、俺の妹!!

 と言うのもあって、お菓子はクッキー・パンケーキ・クグロフの三種類に、紅茶はアールグレイとダージリン。珈琲はブルーマウンテン、モカをチョイス。幼少部の子達も来るとの情報もあるため、オレンジ・アップルジュースを用意したら、簡素なカフェが出来上がり。

 幸いにも紅茶と珈琲はほとんどの子が淹れることが出来るようで、ティーバックの紅茶しか飲んだことのない俺は紅茶を淹れることが出来なかった。

 まぁ淹れることは出来るだろうけど、雛のように美味しく淹れる自信はない。

 文武両道の楓お姉さま。

 お料理やお茶を淹れることのできる雛。

 スポーツでは負け知らずのなぎさ。

 最恐のメイド中村さん。

 圧倒的じゃないか、我軍は!

 話を戻すとして、衣装を作る時間はないだろうと、衣装は購入することとなり、飾り付けや準備に必要なモノを書き出して、生徒会に提出したりとしていたら、すぐに今日になったわけだ。

 そして、飾り付けや衣装合わせなどが終わったら……。


「みんな出来たよー」


 待ちに待った試食会だ。

 メープルシロップとホイップクリームの甘い香りが漂い、さらに柑橘系の特有の匂いも混じりあい、隣のクラスから覗きに来る人達もいるくらい甘ったるい匂いが飛び火しているようだ。

 まぁ、見られている状態で自分たちだけ食べるのは、気が引けるな。


「みなさんもご一緒にどうですか? 1口ほどになってしまいますが」


 言い終えてから失敗したと思った。

 俺の視界から10人ほどしか見えていなかったから呼んでみたんだけど、あれよあれよと雪崩のように流れこんでくる。

 唖然呆然。


「どうするんです……」


 ちょうど、隣に居たアーシェがジト目で俺を見てくる。

 いやいや、俺だってこうなるとは思ってもみなかったんだから、どうしたものか。

 幸いなことに材料だけはまだある。


「ほーい。みんなの分作るからちょっとまってねー」


 俺が言う前になぎさが独断専行でみんなの分を作り始めていく。もしかしたら料理が面白かったりするのかも。


「こっちでも作るので少し待ってくださーい」


 と、俺も叫ぶと、どっと大きな歓声が上がった。


「アーシェも手伝ってくれるよね?」


 ジィーっとアーシェを見る。


「そんな目で見ないで下さい」


 はぁっとため息を吐き出すと「わかりました」なんて、嫌そうながらもボールに材料を入れてかき混ぜていく。


「ありがとう」


 つい、雛を褒めるように頭を撫でてしまった。

 子供っぽいから嫌がられると思ったけど、なにやら下を向いてこっちに顔を向けてくれない。

 んー、粉が舞って鼻に入っちゃったのかな。わかるなぁ……。クシャミが出そうだけど手が離せないから下を向いちゃう心理。

 それにしてもさ、どうして雛もアーシェもなぎさも楓お姉さまも女の子はこんなに髪の毛がさらさらなんだろう。


「手が止まってます」


 つい、良い感触だったら現状を忘れて、触り続けていたらしい。でもアーシェ、作業は止まってるけど手は動いてるよ。

 俺得な屁理屈だから口にはできないけど。

 クシャミも収まったのか普段と変わらない様子でかき混ぜている。

 さて、俺も髪の毛をワシャワシャするのをやめて、ボールに材料を入れていく。


「幸菜! これチョー楽だよ」


 自動泡立て器でタネを作っているなぎさがこっちにやってくる。たかだかホットケーキで自動機使わなくてもいいだろうと思うのは俺だけかな。

 確かに楽だけど、料理をしているって実感がないんだよね。なんて、のうのうと考えていると白濁色をしたタネの雨が降ってきた。

 自動機を動かしたままタネから引っこ抜いた人が目の前にいて、遠心力によりタネが吹き荒れたおかげで被害はなかなかのものだ。


「なぎさ止めて!」


 ごめんごめん。謝りながら電源を止めた。

 被害者の面々は、近くにいる子達に被害状況を確認してもらい、なぎさに非難の声が殺到する。

 だが、本人は聞く耳を持たないので、もう1度、タネに自動機を突っ込み動かし始めた。


「もうなぎさったら……」


「あの人は反省という言葉を覚えるべきです」


 確かにその通りだと思うけど言っても……以下略。


「あ、アーシェ。こっちむいて」


 ボールを机の上に置いて、エプロンに手を伸ばす。

 アーシェの頬にタネが飛んでいたので、エプロンの綺麗なところで頬を拭いてあげた。


「うん。可愛くなったよ」


 ニコっと微笑んで言うとボワァっという擬音が似合うほど、顔を真っ赤にする。

 あれれ。ここは雛だと「ありがとうございますなのです」と、微笑み返してくれるのに。

 



 無事飾り付けを終えたら、今度は軽音楽同好会の音合せがあるので、俺を含めた5人は先に教室を抜けることにした。

 文化祭当日さながらの騒ぎだったため、後片付けだけでも大変なのに、クラスのみんなは俺達メンバーが抜けることを不快に思うこともなく見送ってくれたのは素直に嬉しい。

 ただ、これだけ応援してくれているのだから、みんなが感じたこと無いほど、盛り上がるようなライブをしないと。というプレッシャーが押し寄せてくる。

 アーシェ以外のメンバーは俺と同じくプレッシャーを感じているのか、今日は口数が少ない。


「アーシェは緊張してないの?」


 俺の隣を歩くアーシェは至極普通に「えぇ」と答えた。


「やることは変わりません。それなのに緊張するのはおかしいです」


 クスクスっと笑い声が聞こえてくる。

 振り返ると3人はなぜか笑っていた。


「なにかおかしいですか?」


 口元を手で隠して笑い、2人の代表として東雲さんが口を開く。


「お二人は姉妹のように仲が良いですよね」


 アーシェを見ると視線が合った。


「ほら。そういうところが息ぴったりで見ていて面白いです」


「姉妹というよりも恋人が近いかもしれません」


「こう深みがありますよね」


 三者三様な意見が飛んできて、アーシェが1歩横にズレる。どうしてズレるの。そんなあからさまに避けられたら傷つくよ。

 3人の中で1番アーシェと仲の良い黒崎さんが


「そういうところがまた仲良しに見えるんですよ」


 と、アーシェをからかう。すると「う、うぅ……」と唸りをあげ、もう一度寄るべきか、それとも現状を維持するべきかで迷っているような素振りを見せる。

 今度は俺も含めた4人で笑う。

 子犬が怒られて近寄りにくいけど、ご機嫌を取ろうとするような素振りと言えばわかりやすいと思う。

 だから、アーシェの肩に手を置いて引き寄せ


「私の妹をからかわないでもらえます」


 と、おちゃらける。

 後ろでまた笑い声が聞こえてきた。

 これで緊張は解けただろうか。って、なぜか緊張していないと言っていたアーシェが固まっている。

 あれ、どこかでなにかを間違えたかな。

 うーん。妹系キャラの扱いは完璧だと思っていたけど、そうでもないみたい……。

 雛ではうまくいくのにアーシェではなぜかうまくいかないのはどうしてだ。

 でも、ちょっとはうまくいったかもしれない。俺の制服を掴む小さな手。逃がさないとでも言わんばかりに強く握りしめていた。

 アーシェ。君はもっと誰かを頼るべきだ。華奢な身体や心になにを秘めているのか。もし、言えるときが来たら聞かせてね。

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