もう一つの文化祭
あんな事があった週の日曜日、楓お姉さまと俺は此花女学院の幼少部、初等部の学校に来ている。
生徒会長である楓お姉さまはこちらの文化祭にも出席し、閉会の挨拶をしなくてはいけないため、朝からこちらに来て、視察しなくてはいけないらしい。
中村さんの車で送ってもらい、なぜか一緒に見てまわることはせず、車で待っているという。
体調でも悪いのかな?
いつも楓お姉さまの傍にいるのに。
俺達がいる学院から車で1時間ぐらいの場所にあるため、普段はお目にかかれない。だから、俺としてはちょっと楽しみだったりする。
幼女達が精魂込めて作り上げた人気のアニメキャラクターや動物さん達の絵が描かれていて、カラフルな彩りをした入場ゲートをくぐるとそこはパラダイス……。
朝の9時を少し過ぎたぐらいにも関わらず、親御さん達も我が娘の晴れ姿を見ようと、専属のカメラマンを呼びつけて挑むとは……。
いつもはお金の使い方を間違えていると思っていたけど、この時だけは正しい使い方だと納得。
「私達とは制服のデザインが違うんですね」
白を基調としている制服ではなく、至ってシンプルな深みのある紺色のブレザーにグレーのスカート。中には白のカッターシャツなので、公立高校などでよく見かける制服だ。
「幼少部、初等部の伝統よ。外見よりも中身を磨くことをここで教えられるの。例外はあなたの近くにいる子ぐらいじゃないかしら」
あぁ、いつも俺の部屋でなんの躊躇いもなくベッドに横になって、ライトノベル読んでる子ね。
その教育の賜物か、みんな大人しいながらも笑顔が多くて楽しんでいるのが見て取れる。
やっぱり小さい子の笑顔っていいね。
癒やしよりも和みだよねぇ。
「はなぞのさま、ごきげんようです~」
「はい。ごきげんよう」
幼少部の子だろうか、なんの恐怖心も抱かずに楓お姉さまに挨拶するとか、さすがは幼女。
「はなぞのさまだ! わたしたちのクラスにもあそびにきてくださいです」
「えぇ、たしか2年A組だったわよね。楽しみにしているわ」
「おまちしています!」
楓お姉さまが小さく手を振ると、女の子は満面の笑みをして人混みに消えていった。
なんだろう……。母親が我が子を見送るような母性溢れる眼差しは。
こんなの楓お姉さまじゃないよ! もっとこう「私に行って欲しいんだったら靴をお舐め」みたいな女王様でいてもらわないと存在意義をなくしてします!
「言いたい放題ね」
どうして人様の心を読むんだろう。いい加減やめ欲しいんだけど。
と、言ってもやめない人だから諦めてるからいいけどさ。
楓お姉さまと一緒に受付へと向かう。
生徒会の子が手続きをしてくれた。そこでも楓お姉さまは大人気で、思っていて雰囲気とは全然違っている。
もっと、恐れられているイメージを持っていたのは、心の奥に留めておく。
受付を済ませて、賑やかな院内へと入っていく。
俺たちの学び舎とは違い、花壇が多くて黄色の花を咲かせているマリーゴールドや、白と紫が綺麗に混ざり合っているペチュニアなど、色とりどりの花が咲き乱れていて、来賓の方々も見惚れるほどで、奥様は花の匂いを嗅いだりして楽しんでいる。
花壇を抜けると吹奏楽部の子たちがお父さんやお母さん、来賓の方々を出迎えるように演奏している。
「やっぱりこの雰囲気はいいですね!」
こうみんなで楽しもう、楽しませようとするのがヒシヒシと伝わってくるし、なんと言っても幼女達が自分たちと同じぐらいの大きな看板を持って「三ツ星のシェフ、ドラニコフのボルシチでぇす」と宣伝活動に精を出す。
色々と突っ込みどころが満載だけど突っ込まないよ。
だって俺のクラスでも「今度はフランスからシェフを呼びましょう」なんて話題もあったぐらいだし。
なぎさに聞くと「どこの学校でもシェフ呼ぶんじゃないの?」と平然と答えるだから、お嬢様の世間知らずは度を越していると言える。
若い子達が「お姉さまどうですか!」と、看板を持って前に立ち塞がる。
俺も十分に若いけれど、もっと若い。いや、幼い子たちの有り余るエネルギーに圧倒され、両手を引っ張られたらスルスル~と付いて行っちゃいそうだもん。
別にロリコンとかじゃないからね?
幸菜は幼児体型だけれども……。
ダメダメ。いらぬことを考えていたら、本人からお叱りを受けるかもしれない。
ほらね、スマホがブルブル震えてるよ。怖いから見ないけど。
立ち塞がる子達に「後で見に行くからね」と約束し、混雑するグラウンドに踏み入る。そして、色々と模擬店を見ていく。
やっぱり幼少部の子たちの模擬店は幼さがあり、輪投げ屋があったり、なんか異様にキラキラしているスーパーボールすくいがあったり。
輪投げ屋さんの景品に、ハワイ旅行とかいいのかよ。それにスーパーボール、よく見たらガラス細工のようなモノが埋め込まれている。
「ダイヤかしら」
もうヤダこんな文化祭……。
ついでに輪投げ屋さんのお値段はっと……3000円。
うん。安いのかは不明だけど、俺には無縁な模擬店なのは言わずもがな。
他にも普通の文化祭ではありえない模擬店がたくさんあったけど割愛しておく。だってさ、庶民育ちの俺には金魚すくいって小さくて赤いのが普通なんだけど、ここの金魚すくい、なんでか錦鯉が泳いでるんだもん。
校舎の中でも宝探しゲームに、紙芝居なんかもやっていて、みんなが必死にお宝を探す声や、小さい子達でも聞き取りやすいようにゆっくり、丁寧にセリフを読み上げる声が聞こえてくる。
俺たちはというと、楓お姉さまが大人気で引っ張りダコ状態が続き、あっちに行ったと思ったら、こんどは反対側に連れて行かれたりで、忙しなく校舎を行き来していた。
お昼を過ぎてもこの状態が続いている。
朝に出会った子のクラスの出し物を見に行って、やっと開放されたのは夕方の16時を過ぎた辺りだった。
17時に閉会式があり、楓お姉さまは参加しないといけない。
クタクタになりつつも、風通し良い場所を目指して階段を踏みしめる。
「さすがは幼女……有り余るエネルギーを存分に出してきますね」
「……そうね。毎年の事とはいえ、さすがに疲れるわ。でも、これが最後だと思うと悲しいという気持ちもあるわね」
「みんなもわかっていたんでしょうね。でも以外でした。学院では誰も近寄ってこないのに、こっちでは大人気なんて」
「かまって欲しいだけよ。それに中等部にまでなって、これだけ騒いでいたらお叱りを受けるどころでは済まないわ」
確かに。言葉遣いでお説教をされたりもするしたし、歩き方などでもお叱りを受けたこともあった。
入学したてだったから仕方ないことなんだけども。
最後の1段を登り終えて、鉄製の扉を開ければ屋上に到着。
風がビュービュー吹き荒れていて、スカートが捲れ上がりそうになるのを右手で抑えながら、左手は靡く髪の毛を押さえつける。
「もう完璧な女の子じゃない」
同じような格好をしながら言ってくる。
「自然な仕草を身に付けろと言ったのは楓お姉さまですけどね」
椅子に座るときは、スカートを押さえながら座ること。
カバンはきちんと両手で持つこと。
腕時計は手のひらと同じ方向に付けること。
もっと他にもあるけど、楓お姉さまから教わったことだ。
スピーカーからはまだ賑やかな音楽が流れていて、軽快な叫び声も聞こえてくる。
「雛も一緒に来たらよかったのに」
ちゃんと誘ってはみたのだが、なにやら劇のほうが思いの外、出来が悪いみたいで休みの日も教室で練習しないといけないようだった。
うるうると涙を溜めていたけど、俺ではどうにも出来ないことだから……。
「義妹思いの良いお姉さまね」
「楓お姉さまもですよ」
驚いたように「私が?」と答えた。
「はい。だって秘密を知っても優しく接してくれています」
「それは面白がって」
「それもあるんでしょうけど、私はもっと違う優しさを知ってます。雛と未来ちゃんの時もなんだかんだで助けてくれましたし、なぎさの時もです。でも1番はテストの時です。馬鹿な私に丁寧に根気よく教えてくれました。そのおかげで夏休みも満喫出来たんですよ」
楓お姉さまがいなかったら夏休みは宿題をさせられていたんだろうと思う。
「小さい子達にも大人気だし、小学校の先生とかが合っているのかもしれないですね」
キョトンとした顔で俺を見てくる。
あれ? 俺、なんかおかしな事言ったかな。
「教師……。私には似合わないわ」
言い終えると、場所を移動して緑のフェンスにまで行き、視線をグラウンドに移す。
グラウンドにはまだまだ遊び足りない子達があっちへこっちへと走る姿が見える。
「あの子達はかまってくれる人なら誰にでも懐くだけよ。今日初めて出会った、あなたに懐くのが良い証拠よ」
そうじゃないと言いたいけど、このまま押し問答を繰り返すことになるから、ここは男の俺が引いておく。
でも、事実を言えば、幼少部の子達は最初、俺を怖がっていた。だけど、楓お姉さまが「私の義妹なの」と教えると、手のひらを返したように俺に近づいてきたのだ。
それほど、幼少部、初等部の子達には信頼されている。
要らない所では自信家なのに、自分に対しての評価は厳しく見積もるのはどうかと思う。
もっとも自分に自信を持っていたら、高等部で浮いた存在にならなかっただろうに。
でも、俺の部屋にいるときの楓お姉さまは本心を出しているとも言える。気を許してくれていると言うことは信用されている証拠。そう思うと嬉しいし、同級生の子達に自慢したくなる。だけど、それは言わない。
「紅茶、飲みます?」
ポケットに入れていたからぬるくなってしまったけど、楓お姉さまは缶を掴みプルトップをクイっと持ち上げ開封した。
「ホントよく出来た義妹だわ」
そう言って1口飲み
「あなたの分、ないんでしょ」
と、俺の懐事情までも把握しているようで、缶を渡してくる。
情けないやら悔しいやら。
でもこれって……間接キス……だよな。
膝枕までしてもらっておいて、間接キス如きで狼狽えるとか小学生かよ。と、思うけれど、意識してしまったからには気になってしょうがない。
うぬぬぬぬぬ……。
さっきあの唇がここに触れてたんだよな。
ちらっと楓お姉さまの唇を盗み見る。
フェンスに指を絡め、グラウンドを見下ろす姿に少し違和感があった。
だが、名残惜しいのだろうと思いなにも言わないで缶に視線を戻す。
おし、いける!
勢い良く缶に口を付けて天を仰ぐ。
「グッフォ!」
「なにやってるのよ」
紅茶が鼻の穴に進行。そして、むせた。
ハンカチで顔を拭かれている俺って、幼少部の子達よりダサかったに違いない。
「私がいなくなったらどうするのよ」
「そうなったら私は生きていけませんよ」
馬鹿なこと言わない。と、丁寧に拭きとってくれたのと同時に文化祭の終了のアナウンスがされ、体育館に集まるよう教員達が大きな声で呼びかけ始めた。
「私達も行きましょうか」
そうして、幼少部・初等部の文化祭が終わりを告げたのだった。




