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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
あなたと一緒に……
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お姉さまを想う

 特別棟を一通り紹介してから、アーシェを寮まで送り玄関ホールで別れ、警備員室の前で楓お姉さまを待つことにした。

 すでに18時を回っているから、人通りも少なく、委員会か部活で遅くなった子や先輩方がチラホラと通る程度。


「幸菜様、さようなら」


 両サイドを三つ編みにした子が挨拶をしてくる。すかさず俺も


「はい。さようなら」


 と、胸元で小さく手を振ってあげると、笑顔で寮へと戻っていく。さすがに5ヶ月も此花女学院にいれば、嫌でもこの光景は慣れてくる。


「あ、お疲れ様です」


 今度は生徒会の方々がお喋りしながら、俺の前を通りすぎようとしていたので、今度は俺から挨拶をする番だ。


「さようなら」


「お姉さまを待つ姿も可愛いわね」


「花園生徒会長でしたら、もう少しお仕事をするそうなので、遅くなると思います」


 昨日の夕食後も言ってたっけ。文化祭の予算編成などで、帰りが遅くなるって。生徒会長として最後の仕事だとも言っていた。


「ありがとうございます」


 もう1度、深くお辞儀をして生徒会の面々を見送る。

 ふぅ。と緊張した身体をほぐすために息を整え、自分が履いている茶色の革靴に視線を落として、少しだけ考えてみる。

 楓お姉さまはどうしたいんだろうか。

 去年のように、なにも変わらない例年通りの文化祭にしたいのかな。そりゃあ伝統を重んじるのも大事だけど、出来るなら、最後ぐらいは楽しんでもらいたい。

 生徒会長という、生徒を仕切る立場にいるから、本番も色々と仕事はありそうだけど、少しぐらい一緒に見てまわったりしたい。

 そんな気持ちが俺の心の中に存在する。

 だけど、それはダメなんだろうなぁ……って、頭で否定してしまう。

 現在の状況を鑑みて、確実と言えるほど無理。

 学院内では朝の登校以外は一緒に居られない。2人で決めたことだけど、今になって、それがもどかしい。


「……はぁ」


 まるでこれじゃあ、恋する少女みたいじゃないか。

 気分を変えようと、今度は視線を上に向ける。

 都会に比べて外灯が少ないおかげで、弱々しく光る星までも肉眼で確認できる。

 その弱々しく光る星は俺で、その隣に大きく光る大きな星。それが楓お姉さまなんだろうな。

 持って生まれた魅力が圧倒的に違う。

 本物の幸菜が隣に並べば、また別なんだろうけどさ。


「今日も綺麗ね」


「そうですね」


 …………?

 ナニカオシイゾ

 一等星の隣の星を指差して


「あの星は何等星なのでしょうか」


「三等星ぐらいじゃないかしら」


 って、平然と言ってくる。

 一歩飛び退いて、楓お姉さまと対峙する。

 朝と変わらない皺のない制服に、純黒の髪が星の光を吸収しているかのようで、お嬢様の中でも一際目立つ雰囲気を醸し出す。

 そんなお姉さまを隣にしても、平常心で居られたはずなのに……。


「ど、ど、ど、ど、どうして隣にいるんですか!」


義妹いもうとが門の前でぼぉーっと空を見てたら声ぐらいかけるわよ」


 もし、雛が同じようなことをしてたら、俺も声はかけるだろうから、反論する余地も無かった。

 だけど、こっそり近づいたりしないよ。後ろから抱きしめてあげるくらいだよ!?

 妹なんだから犯罪にはならないし、雛も喜んでくれるはずだもん。

 まぁそれは来週に置いておくとして、もうすぐ門限なため、どこか2人で話ができる場所がないかと思考を巡らせる。

 部屋に戻れば雛がいるだろうし、談話室なんて丸聞こえだしで、そう簡単にふたりきりになれる場所がないことに気づく。


「なにか複雑な話のようね。行くわよ」


 どこにいくかも知らされないまま、寮の中へと入っていく。


「どこいくんですか」


 レッドカーペットが敷かれた玄関を抜け、階段をのぼり、楓お姉さまの部屋に到着。

 いつものようにドアを開け「入りなさい」と言うので、お言葉に甘えて部屋に入る。

 毎朝、起こしに来てるはずなのに、いつもと違って見えてくるから不思議だ。

 いつも中村さんが掃除しているだけあって、チリ1つ残っていない。

 今日も皺が1つもない洋服がハンガースタンドに掛けられていて、踏み込めば沈んで自分の足が見なくなるようなモコモコの絨毯が引かれている。

 いつになく、服装は黒や紺と言った暗い色が多い。


「色気のない女で悪かったわね」


 って、心を読まれるのを忘れてました。


「色気はありますけど、彩りがないだけで」


「女性に対して失礼だと思わないのかしら。まぁいいけれど」


 中村さんがいないのか、楓お姉さまがコーヒーを淹れてくれた。そういえば、楓お姉さまがコーヒーや紅茶を淹れるのを見るのは、初めてか。

 雛が淹れてくれるコーヒーや紅茶は少し甘めで俺好みだけど、少し? と疑問が付くけど、イタズラ好きなお姉さまのコーヒーはどうだろう。


「いただきます」


「どうぞ」


 とても白々しいカップを取り、口を付ける。

 ごめんなさい。予想外においしくて、甘みはないけど、ほろ苦い程度でホントに「おいしい……」と声に出してしまった。

 聞こえていなかったのか、なにも言ってこないから黙っていることにしようっと。


「それで、話ってなにかしら」


 化粧台に備え付けられている椅子に座り、足を組んで聞いてくる。

 楓お姉さまのクセ。椅子に座ると足を組み、必ず右足を上にする。制服だろうと私服だろうと寝間着だろうと。

 それを知っているのも俺と雛となぎさ。それに瑞希だけだと思うと、なんだか悲しい。


「有栖川・アイル・アーシェさんをご存知ですよね」


「幸菜のクラスに編入した子ね。生徒会長なんだからそれぐらいは知っているわ」


「俺は彼女と親しくしないほうがいいんでしょうか」


「それはどうしてかしら?」


「だって、有栖川は花園・東条と敵対しているみたいですし、楓お姉さまが嫌がるかなって」


 楓お姉さまは花園グループで仕事をしてると聞いたこともある。凛ちゃんもお父さんの仕事をしながら、学院生活をしている。

 2人以外にも、親の仕事を手伝っている子は多い。

 どうして、仕事をしているかは知らないけど、最近は女性も仕事の中核を担う時代なのだから、特に変と言うわけでもない。


「一つ聞くわよ」


 と前置きして


「わたしが『なぎさと会うな』と言えば、会わないの?」


「それは……」


 会うよ。だって、俺の秘密まで知っている友人で放っておいたら、なにをしでかすかわからないし。


「だったら答えはわかるでしょう。あなたのしたいようにすればいいわよ」


「でも、それで迷惑をかけたりしたら」


「これでも私はあなたのお姉さまよ。妹の不始末ぐらい面倒見れないでお姉さまなんて言えないわ」


 平然とコーヒーを飲む楓お姉さま。

 そうだよな。俺がなにかしたからって花園が窮地に立たされるわけでもない。深く考え過ぎか。


「俺がどうこうしたからって、なにかが変わるわけじゃないですもんね」


「そうよ」


 まだ1口しか飲んでいないコーヒーを一気に流しこむ。

 あっつい!

 喉が焼けるように熱くて、胃に流れ込んだコーヒーが地味に熱く、さらに身悶えしてしまう。


「ゆっくり飲みなさいよ」


 急いでコップにミネラルウォーターを注いで、口元に運んでくれたおかげで、大きな怪我もなく口内を少し火傷した程度で済んだ。

 お陰でなにかが吹っ切れたようにも思う。


「さぁ、夕食にしましょう」


「そうですね」


 楓お姉さまはコップを流しにおくと「着替えるから先に部屋に戻っていて」というので、俺も着替えておきたかったので、それに従い部屋を後にした。




「瑞希、どう思うかしら」


 刹那が部屋に戻った後、クローゼットに隠れていた瑞希に声をかけた。

 悪びれた様子もなく、折りたたみ式の扉を開けて出てくるメイド服姿の瑞希。

 ホントどこにでも出没する姉に、頭を抱えたくなる。

 けれど、私よりもキレる頭脳を持ち合わせ、身体能力も負けず劣らず。なにより、この世で一番信頼できる人物でもあるのは事実。


「直接、接触してきていないことから見て、まだ動いてくることもないでしょう」


 と、少し気の抜けた返答が返ってくる。

 有栖川。

 古くから金に執着が有り、金になることならなんでもするのが特徴。現在は花園・東条・有栖川という図式が形成されていて、総利益では3位を確保しているが、数年前までは1位を取っていたグループ。

 ここ最近では、インザイダー取引や政治家に献金を渡して、裏で工事などの受注を獲得しているとも言われている。


「刹那に近づいてきたこと言うことは……」


「確実にバレていますね。そこから揺さぶったほうが手間もかからないでしょうし、それに、楓の傍には私が居るので近づきにくいのもあるでは」


 私と同じ見解になるわよね。

 お人好しで人を疑うことを知らない刹那を懐柔したほうが、こちらを攻撃しやすいと読んだのだろうけど、そんなことでは私はやられない。


「まぁいいわ。アーシェと言う子も、どこまで出来るのか見定めておきたいから、少し泳がせておいてもいいかもしれない」


「私は早めに駆除したほうがいいと思いますけど」


「どうして?」


「感。でしょうか」


 根拠のないことで早めに仕留めるのは間違いだと思う。察するに有栖川は幸菜が男であることは掴んでいても、なにかしら、こちらを揺さぶるほどのネタを持ち合わせていないとも読み取れる。

 はっきりいって、刹那の事がバレたとて、私は知らないの一点を穿けばいい話であって、脅しになることはほとんどない。

 だったら、彼女がどこまでキレる人間なのかを見定めて、運が良ければこちら側に懐柔する手もある。

 まぁ東条の愛娘は巧く逃げれたけれど。

 制服を脱いでハンガーにかけ、キャミソールに膝上までのパンツを履いて、ラフな格好に着替える。

 ちょっと、露出が多いかしら。

 まだ9月が始まったばかりで、屋外は猛暑日が続く。夜とは言え、まだ真夏と変わらないから、こうすぐに布地の少ないモノを選んでしまう。

 ニコニコと笑みを浮かべる瑞希に「なによ」と、声をかけた。


「刹那様を気にしているのが可愛らしいものだから、つい」


 つい。ねぇ……。

 キャミソールから、シャツに着替えて瑞希とともに刹那の部屋に向かう。

 あの子も男の子。ムラムラして襲ってくるかも知れないじゃない。さすがに身長は同じぐらいでも力では負けを認めざるを得ない。

 押し倒されて、腕を掴まれればどうすることも出来ないじゃない。

 部屋を出て、階段を上がり刹那の部屋の前にまでやってきた。後ろには瑞希が付いてきている。

 いつものように躊躇うこともせずに、ノブを回して中に入る。


「やめて下さいなのです~♪」


「雛がイタズラするからでしょ」


 と、ベッドの上で擽りあって、じゃれ合っていた。

 制服は乱れて、おへそが見えているにも関わらず、刹那は脇腹を直接触れて、擽っている。

 それを見て、私はなんでこんな子に気を使っているのかと、バカらしく思えてしまった。

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