眠れる心。眠れる乙女。眠れる男
「生きてる感じがしないんだけど」
「だったらもう1回、シャチに投げ飛ばされる?」
「全力で遠慮させてください」
シーワールドを満喫する前に死線をくぐる快挙を成し遂げた。さすが俺! っと褒めてあげてもいいと思う。
現在の状況と言えば、イルカ達と一緒に泳いだり、手を振り上げ、ジャンプさせたりとご満悦な美少女は「お腹すいた」と産声を上げた。
こっちは子鹿のように足を震わせ、死に物狂いで生きようとしていたのにである。
ただ休憩もしたかったので、その案を受け入れ、シーワールドの中にある売店で休憩中。
ここのイチオシとして有名なフィレオフィッシュバーガーを、ポテトを摘みながら意気揚々《いきようよう》と平らげていく姿をただ、コーラを飲みながら見守る俺。なんて無様なんだろう……。
さすがにイルカとシャチは元気が良すぎて、ただのオモチャにされていた。
「シャチに乗って、手を振るとか……やるの、なぎさぐらいだよ」
最後にパフォーマンスとして、シャチに跨り、プールを1周するのがあったんだけど、俺は拒否してなぎさだけがすることになった。
「でも、面白かったよ?」
戯れたなぎさはいいよ。俺なんておもちゃになってただけだし……。
なにもしなかったら溜息が漏れそうになるから、コーラをチビチビ飲んでいく。それに後ろのテーブルには楓お姉さま・雛・凛ちゃん・中村さんがお食事中なため、動くに動けない。
口にはしないけどなぎさもわかってるようで、ノンビリ食事中である。なぎさにバレる尾行って、小学生以下のようにも思うけど。
後ろの席の方々もお食事も終わったようなので、シーワールドをじっくりと見て回ることにした。
最初にゆっくりと見れなかったクラゲコーナーを見た後、今度は大きな水槽にいるジンベイザメを見物にやってきたが
「人気してるねぇ」
イルカショーも人気だったが、こちらも負けず劣らずの集客を見せている。
ただ、とても大きなガラスを使っているため、近くに行かないと見えないと言うわけではない。
「ねぇ、別の水槽にいこっか」
なのに、隣で俺の腕を掴んでいる美少女は先に進もうという。
「なぎさが良いならいいけど」
少し戸惑いはあったけど、次に進む。
今度はふれあいがメインの水槽になっていて、ヒトデや貝、それにナマコなどが生息している。
ふれあいなのだから、手にとっても大丈夫な生き物しかいない。
「見て見て」
自分の胸にヒトデを持ってきて「ビキニ~」って、マイクロ過ぎるわい!
ネタも微妙すぎるわい!
どう突っ込めばいいのか。と、悩んでいたら「ウケが悪いなぁ」と、ヒトデを水槽に戻してあげる。
「バイバイ」
名残惜しそうだ。
「美味しそうだったのに」
「食べないで!」
もう隠れる気がない4人は、自分からナマコに触れたのに「気持ち悪い」と貶すわ、ヒトデを触り「お星様なのです」と陽気に比喩を唱え、貝の中身が出てきたら指で突いて戻す。
どれが誰を例えているかがすぐにわかるのはどうしてだろう。
俺の説明も少しはうまくなってきたようだ。
どうでもいい特技が増えていく、嬉しくはないけど悲しくもない。なんか微妙なんだよなぁ。
そんなことはどうでもよくて、これまた先に進みづらい状況なわけだ。
尾行しにきたのか、邪魔しにきたのか、楽しみに来たのかどれなんだよ……。
なぎさはここまでしても気にしないし。
今日はどうなってるんだよ。イルカに押されるし、シャチに投げられるし、尾行されるし。
なんだか疲れてきた。
それでもなぎさから解放はされず、次から次へと連れまわされる。見ていて綺麗だったり、可愛かったりするからいいんだけど、女の子に連れ回される男ってのも釈然としないというか。
男としての威厳がね。
そんなこんなで時刻も16時40分を過ぎ、シーワールドの閉館が18時なので、お客さんもどんどん減っていき、ジンベイザメのいる大きな水槽も最前列で見ることが可能だった。
「見ていこうか」
「10分ぐらいしか見れないよ?」
「見たかったんでしょ。だったら見よ」
今度は俺がなぎさの腕を引っ張って、水槽のガラスへと連れて行く。
すると、空気を読んだのか詠んだかは定かではないけど、ジンベイザメが大きな口を広げながらこちらに向かってくる。
結構な迫力に2人して「おぉ!」と声を上げてしまう。そして笑う。周りにまだカップルが3組ほどいるため大きな声ではないけど、見つめ合いながら笑いあった。
そんな笑顔にドキリとしてしまう。
普段と対して変わらない表情なのに、シーワールドの照明が特別なのか、違って見えてくる。
なぎさがジンベイザメに視線を戻した後、気づかれないように胸に手を当てた。
でも、あの時とは違うなぁ。
手から感じた鼓動の違い。
あの時は弾けてしまうのではと思ったほどの大きな鼓動をしていた。
胸から手を離して、ジンベイザメに群がる小魚や、一緒に入れられている回遊魚などを喋りながら観察。とてつもなく10分が短く感じられ、どこか異次元にでも飛ばされたようにも感じた。
電車に向かった私と刹那。
夕暮れがとても綺麗で、歩きながらだとちょっとドラマのワンシーンのようだ。なんて、私には似合わないよね。
刹那が買ってくれた切符をもらって改札を通り抜ける。
他愛もない話をしながらホームのベンチに座る。これもドラマのワンシーンだけど、私にはヒロインの資格は備わっていないのだ。
威張って言うことでもないけどね。
学校でも隣、寮でも隣、この4ヶ月間に刹那の姿を見なかった日はなかった。
電車が到着したから乗り込む。すると後ろでなにをしているのか意味不明な凛と雛ちゃんに楓先輩。まぁ瑞希先輩は楽しんでいるのは長い付き合いからわかる。
朝から跡をつけてきたと思ったら、シーワールドを満喫し始めるしで、目的を履き違えているのに気づいていない。
なんだかんだであの楓先輩も満喫していたし。
電車に揺られると刹那の顔もこっくりと船を漕ぎだす。色々あったもんなぁ。瑞希先輩のおかげで。
ガタンと電車が大きく揺れた途端、肩に重さを感じた。そして寝息が聞こえてくる。
「ちょっ! 刹那……」
完全に異世界へと旅経っていた。
なんだか寝苦しいみたいで、顔をしかめながら瞼を閉じている。一応デートなんだけどなぁ。
私には珍しく溜息を漏らした。
そして、少しずつ距離を取ってから刹那の顔を私の太股に乗せてあげる。
膝枕ってこうでいいのかな?
やったことがないから、お股に顔の向けるのか? とか位置とかわからず、聞くに聞けないからこのままでいいや。と、自分を納得させた。
それにしても可愛い寝顔してるなぁ。
頬をツンツンしてみると、顔を太股に押し付けてくる。
まるで幼稚園の子を面倒見てるみたい。
「可愛い寝顔してますね」
いつの間にか、瑞希先輩が隣に座っている。気配を消して近づくのはいつものことだったから気にしない。
「ホント。私って損な役ばっかですよね」
先輩の感想には見向きもせず、少し愚痴をこぼした。
「リーサのときもそうですよ。結局、早川先生とのいざこざもヤラレ損というか、噛ませ犬というか、当て馬というか。今回もそうですしね」
でも、今回は私が了承した経緯がある。
だって、隣の車両でうたた寝している楓先輩のことって、あの人がうたた寝ってチョーレアジャナイ。
刹那が起きてたら嬉しかったのかな。
これでも平然といるんだからこの2人は放っておけない。
この際、奪ったほうが……って、私なに言ってんだろ。
「で、先輩的には成功ですか?」
「そうですね。半々と言った感じでしょうか。後は文化祭の姉妹コンテストに出場させれば出来上がりでしょう。楓を出場させるのは骨の折れる作業ですけどね」
今回の作戦は瑞希先輩の立案で始まった。
赤点。実は2つだけでしたぁー! なんて言ったら怒られるかな。しかも刹那がやったほうだし。
さすがの私でも4つは取らないよ。
そうそう、瑞希先輩は花園女学院のOBであり、陸上部の先輩に当たる。1年しか一緒に練習出来なかったけど、私を可愛がってくれた先輩でもある。うん。あの地獄のグラウンド5時間マラソンはもう勘弁して欲しいけど。
あれを走り終えた中等部1年は私だけで、他の子達はトイレに走りこむか脱水症状で倒れるかだった。
「でもいいんですか? なぎさの気持ちは」
「ん~勘違いしてるので言いますけど私、刹那のこと。友達にしか思っていませんよ。友達もおかしいかな? 友達以上恋人未満の存在。とでも言ったほうがいいかも」
私は言葉を続ける。
「助けてくれたときは嬉しかったけど、それが恋かと言われれば違うなぁって。一緒にいて楽しいけど、今日でわかりました。恋じゃないって」
清々しいほどに納得できたのだから恋ではないの。
「男と女に友情は」
「存在しますよ。友情とか恋とか愛情とか、そんなの自己満足の一種に過ぎないの」
刹那の髪を撫でる。
「自分が友情だと言えば友情。これが恋だと言えば恋。それでいいと思うの? ダメですか?」
「いいんじゃないですか」
懐かしいな。こうして2人で話すの。
憧れの先輩で陸上を始めたキッカケをくれた人。
「あなたの色はあなたにしか出せないですからね」
そのおっとりした口調に私は焦がれたの。
「そうですね。頑張ります」
頑張りますよ。あなたに恋をしたように、世界を取ってみせましょう。
「私と違って、あなたは世界の頂点から見下ろせる存在になるでしょう。だから、続けなさいね」
そう言い残して引退して卒業した瑞希先輩。そして楓先輩の付き人になった。不幸か幸せかそれは私にはわからないけど。
「私の気持ちは決まってますから」
あ、ヨダレが太股を流れていく。
さすがにヨダレはやめてよ。私、ハンカチ持ってないよ……。




