表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
短編:最後の夏休み
67/131

悪意の波動を感じる

 大人になるというのは、恥じらいを捨てることだと悟りを開いた。ネット辞書では『心の迷いが解けて心理を会得すること』と書いていたので、間違いではないだろう。

 入場ゲートを抜けて、中に入るとまずはクラゲにLEDの光線を当てて、カラフルなイルミネーションでお客さんを圧倒していた。

 大きなクラゲ、小さなクラゲ、細長いクラゲ。水槽の数は20を超えるほどあり、室内をブラックライトで照らしているから、こっちまで空中を漂っているような錯覚に陥る。

 すぐ隣を見ればなぎさが水槽に顔を近づけて「食べたら美味しいのかな?」って……食欲旺盛なのは良いけどさ、鑑賞を楽しむことも覚えようね。

 食べれる食べれないはどっちでもいいけど、透明な生き物に光線を当てると、ここまで綺麗になるとは。


「ねぇ、早く行かないとショー始まっちゃうよ」


 なぎさは腕時計を俺に見せてきて、イルカショーまで時間がないことを知らせてくる。だって、これが観たいから連れて来られたんだし、見るなら真ん中ぐらいのいい場所から観たいしね。


「そうだね。行こうか」


 後でもう1度見て回ればいいか。と、先にイルカショーのあるステージへと向かうことにした。



 パンパカパーン!


「おめでとうございます! イルカショー20万人目の来場者になります!?」


 安っぽいBGMと複数のクラッカーが俺となぎさを出迎えた。続いて、飼育員の方だろう女性が拍手と共に現れ、先ほどのセリフが告げられた。

 周りのお客さんも拍手に加わり、ちょっとしたパーティーの主役の気分だ。だが、いきなりの出来事でこっちはポカーンっとしていると、あれよあれよと関係者専用通路へと押し込また。

 そのまま、更衣室と書かれた扉の前に連れて行かれ、別の飼育員さんが2人分のウェアを持ってきて、「これ彼女で、こっちは君ね」と強引に掴まされる。


「2人はカップルですよね。でしたら2人でショーに参加してもらいましょう。20分ほどでショーが始まりますので、早くウェアに着替えてもらって、着替え終わったらお声を掛けてくださいね! ではでは~」


 と今度は更衣室に押し込められた。


「ロッカーは空いている所を使ってもらっていいので」


 ガシャンと扉を閉められる。

 なんだこれ。

 夢か幻か花園の陰謀か。1番最後の答えが妥当に聞こえるのはどうして妥当。

 あ、ダジャレはもういいですよね。ごめんなさい。

 今まで黙っていたなぎさが


「ヒャホーイ」


 と、声を荒げる。


「イルカと一緒に泳げるとは夢でも見てるみたいだねっ!」


 瞳を輝せて、本当に嬉しそう。それに俺が持っていたウェアを取って、自分の体にあてがう。


「どう?」


 素直にいうと絶対に似合っている。

 似合わないワケがない。


「似合うよ」


「あ、ありがとう」


 頬を赤く染め、体をクネらせる。

 うん。なんだろう。この違和感。

 あぁ、なぎさが女の子っぽく恥じらうから、こんな雰囲気になっちゃったのか。


「てかさ、ここって男子と女子に分かれてないんだね」


 言われてみればそうだ。

 言われるがままに押し込められたから、気にしなかったけど、確かに衝立ついたても無ければカーテンのような物もない。


「着替えるから後ろ向いてて」


 さすがのなぎさも裸を見られるのは恥ずかしいらしい。

 見てるこっちも恥ずかしいから、言われた通りにするけどさ。

 だけど、ベルトを外す音や、上着が擦れる音がエロさを醸し出すのは言うまでもないこと。ラッキースケベが起きるなら、今なんだけどなぁ……。

 だけど、ウェアを着るときの音だろう、バサバサとするビニール素材の音だけはエロさを感じないのはどうしてなんだ!


「おわったよ」


 振り返ればウェア着込んだなぎさがいた。

 細いボディラインが露わになって、小ぶりな胸は普段よりも格段に大きく魅せる。


「えへへ。これでイルカと一緒に泳げるね」


 こっちの感情も知らないで無邪気な笑顔がそこにある。

 ピーしちゃうぞ♪


「はい。刹那」


 今度は俺の着替える番が来た。


「今度は私が後ろ向いてるね」


 ウェアを受け取り、なぎさが後ろを向いたのを確認してから着込み始める。だって、露出狂の性癖は持ちあわせていない。

 俺が服を脱ぎ始めると「なんか服の脱ぐ音ってエッチぃよね」なんて、女の子も同じように感じる服の音。最強だよな!


「いいから早く着てくれない?」


 ごめんなさい。

 急いで着るからたないでぇえええええええ!?

 


「着替え終わりましたぁあああああああ」


 なぎさの元気の良い声が関係者用通路に響き渡る。


「2人共、お似合いです! さぁ行きましょう」


 こっちのお姉さんはノリが良く、なぎさの元気に負けず劣らずな人でなんか嫌な予感しかしない。

 大抵の嫌な予感は当たるのが相場で、回避させようものなら、主役の座を奪われる覚悟がなければいけない。

 甘んじて受け入れようではないか……。

 痛くない程度でお願いしたいけど、誰に言えばいいですかね? 裏方さんとかプロデューサーさんとか提督さんとかいらっしゃいませんかー。

 なぎさの隣に行こうとすると


「彼氏さんはこっちですよ」


 いつの間にか背後にもう1人、飼育員さんが存在していたようで、なぎさが手を振って見送ってくる。

 あぁ、なんか落ちが見えてきたよ。

 手を振り返して、飼育員さんの後ろを付いて歩く。扉を何枚か潜り室内から外へと抜けた。駅から見えていた海が、足下で小さく波を寄せては返す。

 どちらも無言のまま数分ほど進み、多分ステージ裏に到着した。

 出番はまだか! と、イルカのイル君とカーちゃんの姿も見える。


「では彼氏さんはこの中にお入り下さい」


 本気と書いてマジと読んでいいですか? うん。いいよな。だってさ、大砲の中に入れって……俺は玉ですかそうですか。


「では、説明しますね」


 もう少ししましたら、ショーが始まります。

 そこで、彼女さんは先にショーに参加して頂き、彼氏さんにはドーンっと登場。

 着地は海になります。そこで、すぐにイルカさん達を向かわせますので、イルカの背びれに掴まって、舞台に登場して頂く手筈になります。

 質問。疑問。拒否は受付はできませんので。

 ガチャン。

 強制的に大砲の蓋が閉ざされて、飛び出される筒の先だけが真夏の日差しを魅せてくれる。もっと別のモノを魅たかったけどね。

 真夏ともあって、さすがに蒸し風呂に入っているぐらい熱い。

 暑いでは言い表すことができなかったから、熱い。


「さぁやってきました! シーワールドの名物。イルカショーはっじまるよー」


 おぉ。意外と早い始まりにちょっとだけ安堵。だけどさ、もしこっから飛ばされたら、俺、ズタボロじゃない?

 普通だったらローラーの付いた板に寝そべるとかするじゃん。でもさ、めっちゃ生身なんですけど……?

 疑問形だろうが過去形だろうが、答えてくれる人がいないのはちょっと寂しい。

 観客の入りは良さそうで、大きな拍手が沸き起こっているのがこっちにまで聞こえてくる。


「今日は20万人目のお客様と一緒にやっていきます。お隣にいるのが、その20万人目のお客様!! なぎさちゃんでーす」


 紹介されるだけでこれまた大きな拍手が沸き起こる。

 ガチャッ! ウィーン……。

 お、底が動いて大砲の先へと押し上げていく。


「そして、その彼氏さんもいるんだけど……」


 オーバーリアクションでおでこに手を当てて探すフリをしているんだろう。と想像すると緊張してきた。

 でもどう飛ぶんだろうか。入り口付近になれば速度が上がりそうだ。

 だが、一向に速度は上がらない。

 そして、顔が大砲の先から露出する。

 2階建ての家のベランダぐらいありそうだ。

 ドン! っと背後で紙吹雪が……そう思った矢先だった。どう飛び出すのかと待ちわびていたら落下した。

 飛び出すのではなく、ただの落下。


「だって、飛び出したら危ないですもんね!」


 だったら先に言えよっ!

 こちとらなにも準備してねぇよっ!

 迫り来る水面!

 焦る俺!

 よし! あた……。

 バチィーン……っ!!

 さっきまでの歓声が一瞬にして静寂に変わる。

 だって俺、お腹から落ちたもん。

 物凄く良い快音、響かせましたもん。

 お腹……物凄く痛いもんっ!

 全身をムチ打ちされたような痺れる痛みが走り、痛み耐えようと声を挙げるけど、海の中なのでモゴモゴと酸素を吐き出すだけになり、リアクションも観客にはまったく見えない。

 これぞまさしく『ヤラレ損』と言うやつである、まる。


「さ……さぁ、みんな! イル君とカーチャンを呼ぼう!? せぇの?」


 安否が心配なのか一瞬吃る。

 そして、小さな子供たちの声で「イルくーん。カーチャーン」と叫ぶ声が聞こえると、目の前にイルカが2匹登場して、俺の前を通り過ぎる。

 一瞬の出来事だったから、どうすればと思っていたら背後からツルっとする感触が。そこで「あぁ背びれに掴まるのね」っと、イル君とカーチャンの背びれを掴む。

 それが合図のようで、イル君とカーチャンが勢いよく俺を救出する。


「ゴボッゲボッズボッメポッ」


 こいつら、スピード出しすぎだろうがぁああああああああっ!!

 口を閉じることも出来ず、到底、人間では出せない速度で爆走するイルカ。

 止まれと叫べば、ダイレクトに海水が胃に到達する。

 シヌ。絶対チヌ。魚だけに。

 そして、最後はスロープになっている飼育員さんの前に俺を運べば任務完了。お魚さん頂きましゅなのです。

 が、スロープも途中で切れている。全面スロープだとイルカがジャンプしたとき、底に体をぶつけちゃう可能性があるもんね。

 あぁ、嫌な予感しかしないじゃないですかー。

 嫌な予感は以下略。

 見事に膝が直撃。そして、イル君とカーチャンから手が離れ、俺、水難。

 2匹は餌が欲しいので置き去りに。

 俺……シンダ。間違いなく逝く! と、神は居たのだ。黒と白の肌をしているのは縁起悪いけど。

 イルカよりも大きいんだから存在感抜群だね。ってぇえええええええええ!

 口先だろう部分が股間を捉え。いや、捕え。一気に海面へと浮上。そして、今度は空を飛んだ。


「おっと! シャチのティコちゃんも登場だぁあああああああ!」


 なにこの熱い展開! 気温が暑……。

 ベチンっと床に叩きつけられて、天を仰ぐ形で着地。「せつな。おかえりなさーい」と、呑気ななぎさの声を聞いて、生きていたことを実感するとは。

 まぁ、笑いありの拍手ありので、ウケが良かったからもういいや。


「た、た、だい……ま」


 絶対に出来ない体験ではあったけど、もう2度と体験しないと心に誓った瞬間でもあったのは言うまでもない。


「悪意を感じるのは俺だけ……?」


 発信源は主にサングラスを掛けた4人組のほうからって、メイドさん増えてるし………………。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ