浴衣
お金の使い方を間違えていないかな。目の前の人達。
服を買う時のこと。
普通なら体にあてがい、試着をして買うか買わないかを決めるのが一般的であるのに対して……。
「ここからここまで頂けるかしら」
とか言い出すお嬢様。
店員さんも顔から眼球が落ちるのではないかというぐらい、驚きを隠せない様子。
すかさず、刹那がフォローに入り「冗談なので。はははは……」と、か擦れていく笑い声が、苦労を滲ませている。
大変そうだなぁ……。と、思う反面、いいなって思う。
「もう少し常識で買い物してくださいよ」
「1着、3980円なのよ? 100着買っても398000円よ? 端金じゃないかしら?」
このお嬢様は、いくらから大金に変わるんだろう。
宝くじを買っても、前後賞だと捨ててしまう人種だったり。その前にお金持ちの人って宝くじを買うのをあまり聞かないけど。
そんなやりとりを少し離れた場所から盗み見ている。
胸に紙袋を抱えている手に、力が篭っているのが自分でもわかる。
「あの2人、いい感じだよね」
一緒の柄の紙袋を持っているなぎささんも同じように見えるみたい。
「ああやっているの見ると、あの2人の間に入れないんだよね」
ホントに姉と弟。なんてモノではなく、普通に恋人同士のような関係に見えてしまう。
さっきも髪の毛にゴミが付いていたようで、さりげなく取ってあげたり、洋服を見ているのを黙って、隣でみていたり。
「これなんてどうかしら?」
黒の柄モノのTシャツを手にして、体にあてがう。
それを見て「こっちのほうがいいじゃないですか?」と別のTシャツを手渡す。
これを見ても、普通に見ていられるほどの感性は持ち合わせていない。
「ねぇ、これなんてどうでしょう」
すぐ近くにあったキャミソールを持ってあてがう。
「似合ってると思うよ?」
なんで疑問形……。
それに私には選んでもくれない。
「……ありがとうございます」
そういうとまた2人の世界へと入っていった。
キャミソールを元に戻して、溜息を1つ。
ここまでしてるのに、どうしてあの人はわかってくれないんだろう。
色々と買い込んだので、家に帰って荷物をおくことした。服もあれば化粧品、それに文具や便箋など小物まで盛り沢山。
女の子は色々と必要なモノが多い。
私も女だけど……やめておきます。だって、友達なんて出来たことがないから、便箋なんて買ったことがないなんて言えない。
「女の子はお色直しがあるのでリビングで待ってて下さい」
刹那に向かって言い、さっき買ってきたライトノベルに夢中の刹那は「りょーかい」とリビングへと入っていった。
それを見届けてから、私の部屋に行って着替えにかかる。
浴衣の着こなし方を知らないので、メイドが率先して1人ずつ仕立てていくのを見ている。
どうしてだろう。年下なのにあそこまで発育するのは卑怯。幼さを残しながら女の武器を手に入れるなんて、どこぞのファンタジー小説じゃないんだから。
すらっと伸びた脚に程よく日焼けして、体が引き締まっているので、ファッションモデルのように見える。
そんな人に浴衣を着せたら似合わない訳がない。
そして、1番は巨乳なくせに肌は綺麗。出るトコは出て、引っ込むトコは引っ込む。長く純黒でいて、LEDの光を反射させるほどの艶やかな髪。たぶんこれだろう。同性でも惹きつけられそうになる瑞々しい魔性の唇。
可愛い。カッコイイ。美人。そんな3人と毎日を過ごせば、嫌でも変わってしまうのかもしれない。
「次は幸菜さんですよ」
視線が一気に私に向けられる。
凹凸のないプロポーションをさらけ出すのも嫌だけど、もっと嫌なことがあった。
「すみません。他の方は後ろ、向いていて頂けますか」
「あら、人の体は見るくせに自分のは見せないのね」
すかさず花園楓が言い返してくる。
メイドは笑顔を崩さず「お気にする必要はないかと」なんて、無責任なことを言ってくる。あなたはなにも思わないかもしれないけど、雛子ちゃんやなぎささんは、あまり良い顔をしないのではないか。花園楓はどうでもいいとして。
「雛も気にしないのです」
「なにをコンプレックスに思ってるか知らないけど、気にしないかな」
気にしない。なんて言って、これを見たら、大抵の人は気持ち悪そうな顔する。
だから……
「さっさと脱ぎなさい」
花園楓がいきなり私の服を脱がしにかかってきた。
服を掴んで抵抗するも、誰かがワキに手を入れて擽ってくるから、力が抜けてしまう。
さすがに複数でこられては防御は意味をなさず、すぐに服を脱がされて、ブラだけの姿をさらけ出すことに。
胸の谷間の部分から胸の下まで繋がる手術の痕。
先生達が女の子だから。と、なるべく胸の形が崩れないようにしてくれた。とお母さんから聞いた。
それでも、生々《なまなま》しいほどの切開の痕は、見る人の顔を歪ませる。はずだったけど。
「あら、別に贅肉なんて付いてないじゃない。逆にもう少し肉付きがあるほうがいいかもしれないわね」
「お世辞はいい。言いたいなら言ってもらって結構です。醜いでしょう」
汚らしいでしょ。女としての魅力ないでしょ。
「傷のことを言っているのなら、気にするだけ無意味というものよ。あなたがどんな人付き合いをしてきたかは知らないけれど、その傷があなたが生きてきた証でしょう。あなたを生かすために何人、何十人、何百人という人々の気持ちが篭っている。それを気持ち悪いとか醜いとか、あなたは何様のつもりなのかしら」
なんでだろう。この人から説教されるとは思っても見なかったので、面を喰らう。
「そうそう。自分が気にするから周りも気にするんだよ」
「なぎさお姉さまはもう少し周りを見たほうがいいと思うのですよ」
「気にするだけ無駄。自分の生きたいように生きて、行きたいほうに進む」
えっへんっ!
と、腰に手を当てて、胸を強調させるように背中を反る。一気に賑やかになり、私の悩みってちっぽけなことだったのかもしれない。と思わせられる。
周りの目ばかりを気にして、言いたいことも言えないようじゃ……ダメですよね。
胸に手を当てる。
「その傷、刹那さんが見ても、ご一緒のことを言うと思います」
両手に浴衣を持っているメイドを待たすわけにもいかないので、袖に腕を通す。肌触りの良い生地で、サラサラっと滑るように通り抜けた。
手慣れた手つきであれよあれよと、浴衣の着付けが終わる。
「お似合いなのですっ!」
「やっぱ、それいいね!!」
「まぁ、悪くはないんじゃない」
ピンクの生地に、紫色の帯が巻かれ朝顔の花が描かれている浴衣。
くるっと回ってみる。
3人からお褒めの言葉を貰えたけど、自分に自信が持てない。というのも、ピンクが似合っているとは思っていない。それに好きな色ではない。
ただ、刹那が「この服、可愛いね」と初めて言ってくれたのがピンク色の服だっただけ。
それ以来、ピンク色の服を着たり、部屋をピンク色に染めたりしているけど、あれから言われたことがなかった。
身近にいる。というのは、小さな変化に気づかれないということだと小学生ながらに感じ、それでもあきらめずに自分の色にしようと頑張っている。
「これなら刹那さんも褒めるしかないでしょう」
実はこの浴衣を選んだのはメイドだったりする。
どこからか、この浴衣を持ってやってきた。
夕方からお祭りに行こうと話をしていたので、浴衣は必須だとデパートで買うことを決めていた。
お金の持ち合わせがないので、私は私服で行く予定だったけど、メイドが全員分の支払いをすることで、この浴衣を私が着ることに。
「さぁ早く、お兄さまに見せにいきましょう!」
雛子ちゃんが私の手を取り、狭い廊下へと駆け足で向かう。さすがに狭いので雛子ちゃんが先頭で、私は手を引かれながら、後ろから追いかける形。
自分のことのように嬉しがってくれるのが嬉しかった。
それに続くようになぎささんも追いかけてきて、ドタドタと大きな音を響かせながら下に降りる。
友達。
初めて出来た友達。
とても心地がよく、恥ずかしいときのドキドキとは違う。胸の鼓動を感じながらリビングのドアを開けた。
本に夢中だった刹那も、大きな音が聞こえていたようで、ドアを開けたら視線がすでにこちらを向けていた。
そして……。




