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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
短編:恋の形
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隠し場所

 家は普通の2階建てで、波板を使用した屋根の下にはオンボロの軽自動車が止まっている。

 お父さんとお母さんは飛行機で海外に行っているので、家の中には誰もいない。人が1人通れる小さな門を通って、玄関に鍵を差し込んで解錠した。

 丸1日、誰も居なかったから室内はムっとしていて、エアコンを最優先に付ける必要があった。


「幸菜達は外のほうが涼しいだろうから、少ししてから入ってきて」


 そう言って、リビングに向かっていったけど


「気にしないからおっさき~」


 となぎささんが靴を脱ぎ散らかして、2階へと駆け上がっていく。それを見て雛子ちゃんも「お邪魔しますなのです」と、脱ぎ散らかして行った靴と自分の靴を正してから、パタパタと追走していく姿は女の私から見ても小動物のようで可愛らしい。

 花園楓と2人っきりになってしまい、なんだか落ち着かない。少し前に殺されそうになった人間と2人っきりなんだから仕方ない。

 とりあえず、この女も客人であるからスリッパを出して「どうぞ」と、中へ入るように促す。


「それじゃあ失礼するわ」


 私の用意した客人用のスリッパを履いて、リビングへと向かって行く。ただ、目は合わせない。

 あっちは刹那がいるからいいけど、2階に向かった2人が心配ですぐに階段を登り、刹那の部屋のドアが開いているのを見て、なんとなく想像が付いた。


「エッチな本ないよ」


「見たら元の場所に戻してくださいなのです」


 ベッドの下に顔を突っ込んでいる雛子ちゃん。可愛い熊さん絵柄のパンツを見せてまで探さなくても。

 なぎささんは机の引き出しをガシャガシャと広げていく。お目当てのエッチな本がないの確認して、今度は押入れを開放。そして、中を探っていく。

 さすがにこれ以上、散らかされても掃除が大変なのでさっさとお目当てのモノを引っ張り出す。

 植物図鑑と書かれた背表紙はカモフラージュで、中には数冊のエッチな雑誌が詰まっている。


「これですよ」


 額に汗が滲んでいる2人の気迫は凄くて、飢えた狼のような鋭い目付きで私を見てきたと思ったら、魚が餌を見つけたかのように、植物図鑑の中身に飛びついてきた。

 ドサっと床に落ちて、素早く奪い取るとファッション雑誌を眺めるのと同じように床に寝そべるなぎささん。それに対して、ベッドにお行儀よく座っても、見ているのがエッチな本だったら、育ちの良さも半減するよ雛子ちゃん。

 まぁいいです。

 とりあえずエアコンを付けて、下に降りておこう。そのエッチな本、見飽きましたし。

 自分の部屋には寄らず、下へと降りた。

 リビングに戻ると刹那と花園楓はテレビに夢中になっていた。

 ブォオオオオン。

 重低音がホームシアターセットを通して音を立てるので、胸にドン。っと重いモノがぶつかったような苦しさがやってきた。


「あ、ごめん」


 すぐにホームシアターセットの電源を落として、テレビのスピーカーに切り替えてくれた。

 重低音。とくにウーハーなどは私の心臓を攻撃してくる。痛くなるというのではないけれど、息苦しさや胸がムカムカして気分が悪くなってしまう。


「なにか飲む?」


 刹那はリビングに備え付けのソファから腰を上げて、冷蔵庫に向かう。


「それじゃぁ、私もアイスコーヒー」


「りょーかい。座って待ってて」


 言われた通り、花園楓の向かいに座る。

 さっきからなにを熱心に見ているのかと、私もテレビを見やる。

 革の服に頭部を守るヘルメット。露出の多い服を着て、パラソルを持つレースクイーン。

 バイクのレースか。

 小説などの他にも車やバイクにも興味を示していたから、臨場感のある音で見たいと思うのもうなずける。

 なんか悪いことしてしまった。


「テーブルに置くよ」


「ありがとう」


 シロップとクリームが1つずつ。少し甘めじゃないと飲めないのを、覚えてくれていたのが少し嬉しい。


『さぁいよいよ鈴見7時間耐久レースが幕を開けようとしています!』


 実況のアナウンサーがもうすぐレースの開始を告げると観客の人も「わぁあああああああ」と大きな歓声をあげた。

 グリッドの紹介がされていくのだけど、1番最後の選手だけは可愛らしい兎の仮面を被っている画像だった。なにかの見間違いだと思ったけど、実況の人も仮面にツッコミを入れていたので、私の目がおかしくなったわけではないようです。

 テレビの画面ではウォーミングラップと小さく右上に表示があり、1週だけタイヤに熱を加えさせる周回のことで、思い思いに蛇行したり、ブレーキの感触を確かめたりして、周回が終わればスタートグリッドにつく。

 見ているこっちにも手に汗握る緊迫感が伝わってくる。

 スタートのシグナルが点灯。それを見て全車、アクセルを回してエンジンの回転数を上げる。

 そして……赤のシグナルから青へと変わった瞬間!

 一斉に我先へとスタートした。

 ちらっと刹那を盗み見る。今日で何回目かわからないけど、今の刹那は子供のように瞳を輝かせてテレビを見つめている。

 そんな顔も私は好きだ。

 序盤戦は特に大きな展開もなく、順位はほぼスタートと変わりなく進んでいく。

 中盤戦。

 刹那が応援していた選手のバイクがマシントラブルでリタイアとなった。

 ちら。

 今度はしょんぼりとした表情を露わにする。

 そんな顔も私は好き。

 刹那は私と違って喜怒哀楽を顔に出す。嬉しいときは笑うし、悲しければ涙も流す。

 そんな表情の変化を見ているのが大好き。


『おっとぉおおお。最後尾スタートだった兎の仮面を被ったウサミミマン? 選手が怒涛の追い上げで7位にまで浮上している模様で、ファステストラップを叩きだしました!!』


 会場がわぁああああっと盛り上がるけど、なにが凄いんだろう。私には全くわからない。

 モヤモヤしたままなのも嫌なので、スマホで調べてみることにした。

 ファステストラップとは。

 モータースポーツでは予選と決勝があり、予選のタイムが決勝に反映され、スタートの順番が決まる。その決勝のみのタイムだけを見て、一番早いタイムをファステストラップ。というらしい。

 つまりは、今のレースで1番早いタイムということか。


「行け」


 向かいに座る花園楓から聞こえてきた。

 小さな声だったから、刹那の耳には届いていないみたい。

 2人して熱中しているので、黙って見ていよう。上の2人は降りてきそうにないし。

 1時間後……。

 飽きてきた。ただ同じコースをグルグル回っているだけの代わり映えしない映像に。

 ここまで熱心に見れる人ってMじゃないかな。

 ガチャン。とドアが開く。上から2人が降りてきた。2人して目が血走っているけど、なにがあったのか。


「お兄さま! そこに正座してくださいなのです!!」


「は、はいっ!」


 気迫負けする兄を見るとは……。


「お兄さまは……ひ、ひ、ひぃいいいいいい」


「刹那くんは巨乳好きなんだ」


 顔を真っ赤にする雛子ちゃんに、自分の胸を揉むなぎささん。

 あぁ、雛子ちゃんはあの人妻モノのほうを見たのね。

 若妻特集で裸エプロンが多かったのを覚えている。見てるほうはいいかもしれないけど、あの格好でお料理なんてしたら火傷しますよ。

 天ぷらとかご所望した瞬間、火にかけた油を頭からぶっかけてあげますよ。あぁ、ちゃんとかけてますから。いろんなモノを。


「別に……ねぇ」


 と言いながら私を見ないで。それ、私が貧乳だって言っているのと変わらない。


「そうです。胸よりも脚ですよね」


「ちっさい子に興味ないのですか!?」


 雛子ちゃん。それ、犯罪の匂いしかしないよ。

 ここまで騒がしくしても花園楓はテレビに集中している。兎の仮面を被っていたライダーが知らない間に1位になっていた。

 リプレイが流れたからすぐさっき順位が入れ替わったのだろう。ちょうど抜き去るシーンでテレビの画面がブラックアウト。


「お腹がすいてきたわ」


 と、テレビの電源を切った人が開口一番に言い出した言葉がそれだった。確かにお昼はまだだけど。

 時刻は午後の2時を過ぎた辺り。


「そだね。私もお腹すいたぁー」


「それでしたら雛がなにかお作りしましょうか?」


 さっきまでの勢いはどこに行ったのか。うまく話題転換してくるのはさすがと言わざるを得ない。

 刹那と雛子ちゃんが冷蔵庫をあれこれと物色した結果は……。


「ジュースとかお菓子はあるんだけど、食材がほとんどないから食べに行こうか」


 私と刹那だけなら、食べに行ったほうがいい。と判断されたようで、その代わりにお菓子とジュースを入れてくれていたみたい。

 お金も少しはもらっているのはその為だったのか。

 無いものをねだってもしょうがないから、みんなでご飯に行くことにした。

 もちろんエアコンを付けっぱなしにしておくのは、全会一致で了承。

 だけど、どこにいくかが問題で、お嬢様を連れて行っても大丈夫なお店。となれば限られる。それに、お嬢様方にお金を使わせるのは気が引ける。コース料理を出すお店は金銭的にダメ。そうなると手軽に行けるジャンクフードがあるけど、ハンバーガーをナイフで食べられるのも恥ずかしい。


「どこがいいと思います?」


 隣に立っている刹那に問いかける。


「やっぱり、普段行かないお店がいいよね」


 そのお店を選べと……。

 ん~。あるべく粗相のない食べ方ができる、お嬢様があまり行かないお店。


「あそこに行きましょう」

 


 歩いて5分。

 近場ですぐにご飯が食べれてリーズナブルといえば。


「確かに、お箸でしか食べないし早いし美味しいね」


 24時間営業のお店で、某アニメで人気になった食べ物。そう、牛丼屋さん。

 口も汚さずにお箸だけで食べるから、それほどの緊張感もなく、こっちが恥ずかしい思いをしないで済む食べ物。


「雛。初めてなのです」


「そうね。私も初めてだわ」


「此花にジャンクフードとかこういったお店はないよね」


 お嬢様の3人はやっぱり初めてのようだ。

 私は刹那と何度か来たことある。指で数えられるほどだけど。

 お店の前で突っ立っているのも迷惑なので、店内へと場所を移す。


「いらっしゃいませ。こんにちはー」


 店員さんがおおきな声で挨拶をしてくると真面目な雛子ちゃんは丁寧にお辞儀をする。

 お客さんなんだから気にする必要はないのだけど、純粋で礼儀正しい子なんだなぁ。

 私も、もっと素直になれたら……なんて考えても性格なんて、そんな簡単に変わるものではないんだから考えるだけ無駄。

 テーブル席に着くと、すぐお冷を持ってきて注文を聞いてくる。


「俺は牛丼の大盛りのつゆだくだくで」


 と、常連客でないとわからないような注文を、この場で出来る刹那の空気の嫁なさ。みんなが注文しづらいでしょう。


「私は刹那と同じで並でいいわ」


 メニューを見ながら花園楓が注文をする。


「雛子ちゃんはなににする?」


「私は幸菜様と同じのでいいのです」


 となると、私はなにを選べばいいんだろうとメニュー見る。

 みんなが同じだと彩りもなにもないので


「豚丼にしましょうか。お味噌とか大丈夫?」


「はいなのです」


「豚丼の並が2つにお味噌汁2つ」


 後はなぎささんだけとなった。


「ふふふ……私をただのお嬢様と思ったら大間違いだよ」


 思っていませんよ。将来、有望視されている陸上選手をただのお嬢様とか言ってしまったら、人間のほとんどは平民以下になってしまう。江戸時代にまで遡るのは御免被りたい。


「私はこのえっと……鍋!」


 かっこつけた割には、なんて読めばいいのわからないとか可愛そう過ぎます。

 店員さんが愛想笑いをして、少々お待ちください。と、奥へと戻っていった。

 待ち時間はほんとに少ない。特に今の時間帯だと牛丼であれば数十秒で運ばれてくる。


「お待たせしました。牛丼の大盛りと並盛りになります」


 注文した2人の前に置いた。


「これ、本当に食べられるの?」


 ほんの数分で配膳されたことで疑いの眼差しが牛丼に向けられた。まぁ最初は誰でもそう思う。

 続いて、私と雛子ちゃんの豚丼とお味噌汁が到着。

 少し間があって、なぎささんの鍋が到着した。

 本人が鍋と言っているのだから、私も鍋と呼んでも差し支えないでしょう。


「それじゃあ食べようか」


 刹那が「いただきます」と割り箸をパチンっと割ると、みんなも見よう見真似で食べて始める。


「まぁまぁいけるわね」


「少しご飯が……ですけど、美味しいです」


「胃のながにばいればばんでぼ」


 なぎささん、がっつき過ぎです。

 でも喜んでもらえて一安心。

 私も病院食ばっかりだったので、久々に濃い味のご飯を食べれて少し嬉しい。


「お兄さま。1口頂けませんか?」


「うん。いいよ」


 身を乗り出して「あーん」と刹那が雛子ちゃんの口に牛丼を近づけ……食べた。しかも刹那が食べた割り箸を口に含んだ。

 変態。犯罪者。死刑囚。マジ1回逝ってよし。

 あぁ、嫉妬なんてしてませんよ? ただ……変態さんが変態行為に及んだだけで、死刑を宣告する裁判官と同じぐらい冷静です。


「おいしいのです」


 と笑い合う。なんか負けた気がします。


「お味噌汁。どうで」


「ふぅお腹いっぱい」


 あ、手が滑りました。


「あっつぁあああああああああああああああああああああ」


 アラタイヘンデス。

 オミソシルガセツナノダイジナブブンにカカッチャイマシター。

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