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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
短編:恋の形
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唖然・呆然・突然

 刹那はなにもわかってない。

 人の機嫌を気にするくせに鈍感で、いつも私を苛立たせる。だけど、どうにかしてご機嫌取りをしようとしてくれる優しいにいさん。自慢の兄。

 それなのに、今日は言葉を失った。

 8月の10日。

 お父さんの出張にお母さんは付いていくといい、2日間の外泊届けの期間は刹那が戻ってきて、2人で出かける予定だった。

 久しぶりの2人っきりでの一時を満喫しようと、お母さんにお気に入りの白のワンピースを持ってきてもらったのに……。


「こんちは~」


「こ、こ、こんにちはなのです」


「ピンピンしてるじゃない」


 苦笑いの刹那の隣にいつも一緒にいるメンバーが立っている。

 どうしてこうなったの?

 聞くだけ無駄で、実家に帰ると言ったら付いてきた。それを断れず連れてきたと分析する。


「ホント、こいつはわかってないな」


 私の主治医、医学会の狂犬と恐れられる門脇先生でさえ、刹那の鈍感さに呆れていた。

 こいつはっと言ったのは、花園楓はわかっているにしろ、雛子ちゃんとなぎさ……さんも、私の顔を見て薄々はわかっているようだから、こいつはっと言ったんだと容易に推測できる。

 肩に手を置いて「こんな兄を好きになったのはお前だ」と、私にだけ聞こえるように言ってくる。そうですけど……言い返す言葉が見つからない。

 来てしまったのだから仕方がない。今更、帰れなんて言えない。


「みなさんこんにちは。兄がいつもお世話になっています」


 社交辞令を1つ。

 子供のように不貞腐れたりはしない。

 社会に出て、1番見せてはいけないのは『怒』を見せること。どんなに嫌な相手だろうと平常心でいなければ、やりたい放題されてしまう。

 例えば、泣くのが弱いのではなく、怒ることが弱さを肯定しているのではないかと思う。

 雛子ちゃんとなぎささんとはにっこりと花園楓には、ムスっとした感じで挨拶を交わす。

 あっちも同じように機嫌が良くないようで、睨みつけるように私を見てくる。その様子を見ていた刹那は、ただただ苦笑いをして、この場をやり過ごしている。

 こんな時こそ、間に入って「幸菜を睨まないで!」とか、かっこいいセリフを吐けば、株も急上昇だというのに……。

 私の願いは流れ星でも叶えることは不可能だから、何も言わずに溜息として吐き出しておく。


「で、これだけの人数を連れてきて、タクシーでは定員オーバーですけど、どうするんですか刹那」


 この現状を作り出した張本人に打開策をご所望してみたけど、脳がオーバーヒートでもしたようで、フリーズしたまま動かない。

 それを見ている全員が盛大に溜息を吐いたのは言うまでもないことなのかも。

 


 増えた人数をどうすることも出来ないので、病院から電車で帰ることになった。

 真夏の日差しは殺気でもこもっているのか、病人に容赦なく熱気を当ててくる。ツゥーと流れる汗が頬を流れ、首筋を伝い、お気に入りのワンピースを湿らせる。


「幸菜様、ご一緒になのです」


 日傘を差している雛子ちゃんが気を使って、私も一緒に影へと入れてくれた。


「ありがとう」


 愚痴の1つや2つでも言いたかったけど、私のために戻ってきてくれたのだから、グチグチというのはもうやめよう。

 駅までの道のりは雛子ちゃんが私の隣を歩いて学院での刹那や、寮での出来事など教えてくれたりして話題が尽きることがない。

 この子も刹那を好きなんだ。

 自分のことのように、喜び、そして笑う。

 恋をするとはそういうこと。好きな人が嬉しい時は、私も嬉しいし、悲しいときは悲しくなる。

 恋とはそういうものだけど、後ろで可愛い女の子に挟まれてニヤけている人にはまだわからない気持ちでしょうけど。

 駅に着いて切符を買うだけなのに、ここまで苦労するとは思わなかった。その原因はお嬢様方の常識不足。

 一般常識を持っていないお嬢様方は切符をクレジットカードで買えると思っていたらしく、現金は持っていないとのこと。ここまでどうやって来たのかは、聞かないほうが刹那のためだろうと思い、黙っておく。

 今回は私が全員の切符(260円×5)を購入して、ホームに行くと、3人は目を丸くした。人の多さもそうだろうけど、電車が来る時間に驚いているようで、3分もすれば次の電車がやってくる。


「へぇ。都会はすごいね。此花なんて駅すらないのに」


「あるよ! 坂道降りたら駅があるでしょ!!」


 なぎささんの爽快なボケに必死で突っ込む刹那。


「いつもこんな感じなの?」


「そうなのです。学院では夫婦漫才でもしているかのように、ビシッ! バシィいいいいいいン!? の鋭いボケが飛び交っているのですよ」


 なんだか、壮絶な漫才が繰り広げられているのが至極普通みたいなので、痛々しい視線を送りつけておきます。

 腕を組みながら、無駄にデカイ胸を強調させている天敵は、人間観察に明け暮れている。


「まるで、働き蟻のようね」


 あんたどれだけ上から目線なのよ。それに働き蟻の2割はサボっているだけのニートなのを知っているのか。

 まぁ、花園グループの1人娘。世界最強の企業グループなので、仕方ないなのかもしれないけど。

 電車に乗り込み、雛子ちゃんが小さな体をささっと滑らせて乗車。座席を1つだけ取り「お姉さま。どうぞなのです」と、気遣いに甘えて座らせてもらう。4人は私の前でつり革に手をかけて立っている。でも、雛子ちゃんは届かないので刹那の腕を掴んで、頬を赤く染める。それを見ているのは可愛らしいのだけど……。

 この子も大変な苦労をしているんだなぁて、少し同情してしまう。


「若いのに立ちなさいよ」


 電車が発進してすぐ、少し枯れた声が耳に届く。

 すぐ近くのおばさんグループがヒソヒソと喋っているつもりなんだろうけど丸聞こえ。いつも言われているので無視して、その場をやり過ごすのだけど


「うるさいわね」


 花園楓がおばさんグループに敵対した。

 また、ややこしくなる。


「年上に向かってなんて言い方」


 そう。年上だったらなんでも偉いと思っている人間に、なにを言っても無駄。お灸据えたって、熱が浸透しない肉付きなのだからやるだけ無駄。

 刹那が間に入ろうとしたけど、花園楓が黙っている訳もなく、食って掛かる。


「年上だからうやまえ? そう。社会のルールを知らない人間が発する言葉でしかないわ」


「子供のクセに大人に歯向かうなんて、親はどんな教育をしてきたんでしょう。ねぇ、中野さん」


 一際、ゴージャスなアクセサリーや下品な色のカバンを肩から提げているおばさんに話を振る。

 女の世界は弱肉強食で、旦那の年収で頂点に君臨するかどうかが決まる、まさに下克上な世界なのです(金銭的に)。


「あなたのお父様はどんなお仕事を? あ、私の旦那は弁護士なのです。おぉほっほっほっほっほー」


 縦巻きロールでもないのに、手の甲を口に添えて高笑い。使えないおばちゃんはただの豚。ホント、豚さんのほうが品があって可愛いのに。


「どこの弁護士事務所なのかしら」


 さすがは花園楓。冷静に相手から情報を抜き出そうとしている。ただ目付きが悪魔から鬼に変化しているけど。


「3つ先の駅前に事務所を構えていますの。おぉっほっほっほっほー」


 バル○ン星人も顔負けのふんぞりを見せ、余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》と周りのおばさん達もフォフォフォフォフォー。

 天下無敵のお嬢様は電車の中ということもあり、電話ではなくチャット形式のアプリを起動して、なにやら指示を出している。説明しなくてもわかるので割愛しても問題ない。

 自宅のある駅に着いた時には、おばさん達が車内だというのに電話でなにやら言い合いが始まっていた。

 聞こえてきたのは、これからどうするのよ! 土下座してでも居座るのよ! などの暴言の数々。

 そんな中、この状況を作り出した張本人はと言えば、悠々とデカイだけが取り柄の胸を強調させて、ふんぞり返っている。


「おば様方。喧嘩を売られるのは構いませんけど、売る相手を間違えたら、それ相応の報いを得ることになるのを覚えておいたほうが今後のためですわ。あ、私達はこちらで降りますので、お席をお使いになられては? それでは失礼致します」


 ニッコリ。勝者しか味わえない余韻に浸り、最高の笑みを浮かべ一礼する。

 この喧騒に巻き込まれまいと、他の乗客の方々は別の車両に逃げているので、空席しかない車両からさっさと降りる。


「さっすが会長。此花の名に恥じない戦いっぷりに、言葉も出なかったよ」


 となぎささんは拍手を送り


「弁護士如きで私に歯向かうのが悪いのよ」


 と、言うと


「雛も幸菜お姉さまに向かって、陰口を言われてムッとしたので、楓お姉さまが仕返しして頂いて、胸がスッとしました」


 て、お金持ちの3人は平然としていたけど、私達、兄妹はご近所さんにまで噂が回らないことを願い、祈りの代わりに盛大に溜息をつくのだった。

 


 逃げるように駅から出て、自宅に急行した。

 同じ車両に乗り合わせていたお客さん達からの視線が四方八方から飛んできて、物凄く居心地が悪い。無神経、鈍感な刹那も居た堪れないようで、花園楓の背中を押してその場から立ち去った。

 自宅までは10分ほど歩く必要がある。

 近くまでバスが通っていたらよかったんだけど、交通の便が悪い分、家の値段は安くなるから、それは仕方のないこと。

 私が居なければ、もっと住みやすい場所に家があったのかな。隣を歩く家族の顔を盗み見るけど、ヘラヘラ笑って、あぁだこぅだと会話を弾ませている。

 私の気持ちも知らないで……。


「幸菜もそう思わない?」


 集中して聞いていなかったので、どう答えたらいいのか戸惑ってしまう。


「刹那君は男の格好より、女の格好のほうが似合うよねって話」


 妹としては複雑な質問でした。

 1人の異性としては男の刹那のほうがいい。けど、面白さという点で言えば、女の姿のほうが。需要と供給が伴っているって意味で。

 最近は男の。などという、男の子なのに女の子を凌駕するほどの美貌を持ったキャラクターが大人気らしく、刹那の好きなライトノベルとやらにも何回か登場していたのを思い出した。


「そうですね。刹那は女性服のほうが似合います」


「と、家族である幸菜までもが認めたので、民主主義に則り、多数決で女装が決定しましたぁー」


 ぱんぱかぱーん♪ なんて、効果音はないけれど、女の子なることが決まった刹那の無情の叫び、私達の笑い声が最高の効果音になった。だって、いつもなら長いと感じる帰宅ルートが、今日はとても短く感じたから。

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