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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
短編:HAPPY TIME
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1歩目

 朝の5時、誰もいない玄関で缶コーヒーを買って、外へと足を進める。冷たいの文字が書かれた方を押したので、このクソ暑い時期に喉を潤すのには丁度いい。

 歩きながら飲むとお叱りを受けるので、警備員さんのいる詰め所を越えてから、プルトップを引っ張り上げる。カシュッっと、気前のいい音が開封の合図。

 冷えたブレンドコーヒーをグビグビ飲み、空に向かって顔を突き出す。

 駅までは下り坂。

 上りもそうだが、下りは下りで足への負担が大きい。

 どうしてこんな辺鄙へんぴな場所に学院なんて作ったのだろうか。答えは簡単だ。土地代が安いから。

 あぁ……なんかリアリティーがあり過ぎる。なかったことにしよう。

 駅に着いて、1500円の切符を買う。

 すでに雛への誕生日プレゼントを買い終えているとはいえ、高校生に1500円は経済的に大ダメージ。ギガスラッシュ並に大ダメージ。

 ちなみに5000円はマダンテ級。

 それでも、行かなくてはいけない所がある。

 ウィッグを脱ぐか迷ったけど、此花の制服を着ていくことにしたのでウィッグは着用。

 時間を調べて来たので、5分もしないうちに電車はやってくる。

 朝の5時の電車には誰もいなかった。

 痴漢しようにも出来ない状況とはこのことだ。

 しようとは思っていないけど。

 ドアが閉まって、電車は次の駅へと進みだした。俺はドア近くの座席に座り、これから3時間掛けて目的の地へと運んでくれる。

 はずだったが。


「ね、寝過ごした」


 良い感じに効いた冷房のおかげでうたた寝してしまい、乗り換えの駅を寝過ごすアクシデント。

 アナウンスを聞いて、4つも先の駅に向かっているのを知って、停車後すぐに向かいのホームに渡り、電車を待った。

 まぁ、なにかあるだろうなって思ったから朝の5時に出発したのもあるけど、もう1つの理由がある。



「雛もお供しますなのです」


 昨日の午後9時。


「雛は明日・明後日と、ご実家に戻ってお誕生日会の準備でしょ」


 朝から出かけると伝えたらこうなった。

 出かける場所を伝えるわけにはいかず、付いて来られても困るので、全力で抑えこんでいるわけだが


「ドレスの衣装直しなので、遅くなっても大丈夫なのです!」


「電車がなくなっちゃうかも」


「リムジンなので大丈夫なのです!」


「遅くなったら」


「大丈夫なのです!」


 怒りを露わにする雛。

 瞳がウルウルと涙を溜めているのを見て「きゃわいい」と、思ってしまった。それを知ってか知らずか、グィっと顔を近づけてくるから、さらにきゃわいい顔をドアップで見られて、俺は幸せ者に違いない。


「なぎさぁ~」


 ただいつまでも雛のペースに呑まれるのは、嫌だったから、ベッドに寝そべりながらライトノベルを読んでいる人物に助けを求めてみたのだが、答えは単純明快で聞こえないフリ。それが答えであった。


「友人が助けを求めてるのに……」


「雛ちゃんが行きたいっていってるんなら姉妹水入らずで行ったらいいじゃん」


 聞いてないフリの次はどうでも良さそうに雛に加勢する始末。


「なぎさお姉さまもそう言っておられます」


 なぎさを味方に付けられたことにより雛は安堵の笑みを浮かべ、賛同を受けたのだから連れていけ。と言いたげで。


「ダメです」


「わかりました。もう知りませんっ!」


 笑っていた顔が瞬時に不機嫌な顔に早変わり。いつもよりも早足で部屋から出て行く。

 ちょっと言い過ぎたかな。と思いながらも追いかけることはしなかった。


 と、まぁ。誕生日前の義妹いもうとと喧嘩をしてしまって、なんだかんだで憂鬱だったりもする。

 悪いことの連鎖は断ち切れるのだろうか。

 無事に目的の駅で乗り換えを成功させ、とある人物が住む駅へとやってきた。

 自動改札を抜けて、田んぼがお出迎えしてくれた。

 学院は山だったが、こっちは田んぼか。山よりはマシだからいいけど。

 しかし、真夏日の今日はとにかく暑い。

 セミの鳴き声がわんさか。用水路に流れる水の音。そして、滝のように流れる汗!

 日傘のようなコジャレたアイテムなど装備しておらず、水分などという液体を携帯せず、太陽と闘いを挑む俺。

 かっこいいと無謀は紙一重。

 うん。間違いなく、俺は後者の方だね。

 そんなことはどうでもいいか。

 舗装されていない道を歩いて行く。地図アプリを確認しながら、教えてもらった住所を目指して進む。

 砂利道からアスファルトへと変化して、田んぼから住宅街に風景も変わっていく。


「ここかぁ……」


 住宅街に入って、すぐの路地を曲がった所に『ひだまり荘』と書かれた看板を見つけた。

 2階建ての1階と2階に部屋が3つ。

 ゆのっちー。

 叫びたい。物凄く叫びたい。けど、ここはグッと堪えて203号室へと向かう。ギシギシと軋む音がする木製の階段が恐怖を誘ったけど、ゆのっちーと叫べるのであれば頑張ったりもするさ。

 聖地巡礼をするつもりは毛頭ないけど、『ひだまり荘』と聞けば、言いたくなるじゃないか。

 近くに学校がないのはご愛嬌。

 さて、ひだまり荘の端っこでゆのっちと叫ぶとしましょうか。

 大きく息を吸い込み……


「ゆ」


 ドンっ!


「ぐは……」


 なんだ……予知能力か。それともまだ悪運が続いているのか。叫ぼうとした瞬間にドアが開いて、頭を強打するとか、どこのエ○ゲだよ……。

 前頭葉の部分を抑えこみ唸る俺を「だ、大丈夫ですか」と、か弱き乙女の懐かしい声が頭の上から聞こえてきた。


「だ、大丈夫。未来ちゃん」


 痛みに負けじと笑顔で答えたが、ちゃんと笑っていられたかは自信がない。それほど勢いがよかった。


「えっと……此花の制服だから幸菜さんがいいのかな。それとも刹那さんがいいのかなって、氷持ってきますね!」


 頭突きをもらったドアをもう一度開けて、もう一発『ドンっ!』と頭突きをもらって、俺は床にキスをするかのように崩れ落ちた。


「ごめんなさい!」


 叫ぶ未来ちゃんには悪気がないんだろうから、苦悶の表情で「だいじようぶ」と小さな『よ』が言えなかったけど、なんとか生きてます。



 前頭部をお肉を腐らせないようにする保冷剤をタオルで固定して、外を歩くハメになるとは思ってもみなかった。


「幸菜さんが悪いんです。家の前に立っているから。でも、すみません。本当に大丈夫です?」


「大丈夫だから気にしないで」


 これ以上、馬鹿になることはないだろうから。

 突然の訪問にびっくりしていたが、なにかを察したかのように、すぐに落ち着きを取り戻した。

 現在は未来ちゃんの家から離れ、図書館で勉強をする予定だったということなので、俺も付いていくことにする。


「お友達は出来た?」


「えぇ……今日もお友達と一緒にお勉強しようって」


 なんだか、浮かない様子。

 やっぱり、田舎とはいえニュースは全国でやっているから、色々と言われているんだろうな。


「私に付き合ってくれているから、その子もハブられちゃっているんです」


 心苦しそうに言うけれど


「未来ちゃんが気にすること?」


 その子とお喋りをしたことはないけど、もしハブられるのが嫌だったら、黙っていたと思う。俺だったらそうするし。

 たぶん、その子は俺と同じ気持ちなんだ。

 未来ちゃんと一緒にいると楽しいから、君の傍にいるんだよ。

 友達や親友は、一緒に居て楽しいから連絡を取り合い、ご飯を一緒に食べに行ったり、遊びに出かけたりする。話が合わない。性格が合わない。となれば自然と離れていくものだ。

 それを君は知らないといけない。


「気にします……。クラスが違うので、どんなことされているかもわからないし」


 そんな落ち込む未来ちゃんとは裏腹に、後ろから同じ年ぐらいの女の子がこっそりと歩いてくる。

 その子と目が合うと、唇の前で人差し指を前にシーっとジャェスチャーをしてくるので、コクリと頷いておく。

 話の流れから、この子がお友達なのだと察することが出来たから。

 茶髪にセミロング。短く切られたGパンからスラっと伸びる白い太股が露わになっていて、上着はキャミソールをチョイスした服装で露出が無性に多い。

 その子は鞄からノートを取り出して、丸めると


「テアァアアアアア」


 と頭を軽くポコっと叩いた。

 びっくりして、すぐに振り返って後ろから奇襲した人物を確認すると「さ、さっちゃん!」っと、声が少しだけ上ずってあだ名を呼んだ。


「暗い顔しないの」


 はい。笑って~。

 未来ちゃんの頬を彼女はムニムニと摘み、目尻をクイっと狐目にしたりして遊んでいる。

 雛とも凛ちゃんとも違うタイプの子。もしかしたら此花の時代だったら、未来ちゃんがこの子の役割を担っていたのかも。


「あ、遅れました山城彩智やましろさちです。お姉さんは?」


「私は立花幸菜。未来ちゃんの前の学校の先輩になります」


 ペコペコと頭を下げ、彩智ちゃんもペコペコと頭を下げてくれる。

 ペコペコ。

 ペコペコ。

 ペコペコ。


「2人共、いつまで続けるの?」


 鋭い突っ込みを期待していた俺と彩智ちゃんだったので、少々物足りない。


「もっと激しい突っ込みを期待していたのに……まぁいいや。それで幸菜さんはどうしてこちらへ? 此花からここまで3時間はかかるのに」


「そうです。色々あって忘れてましたけど、私に何かようですか?」


 そうだ。ドアに2回も頭突きをしたから、俺も記憶から消し飛んでいた。

 2人は俺の返事を待ち、1人はキラキラと目を輝かせ、もう1人はウルウルと過去の事件となにか関係があるのでは……と、さっきと打って変わって心配している様子。


「まぁ立ち話もなんだし、Mドにでも行きましょうか」


 と、気を利かせたつもりなのだが


「ここにMドないですよ」


 と彩智ちゃんに突っ込まれ。


「喫茶店も……あったかな?」


「駄菓子屋いこっか」


 俺はど田舎に、なにか縁でもあるのか。それに突っ込みとボケを両立させる必要性があるらしい。

 学院と同じことをここでも求められた。拒否したいけど出来そうにないから頑張ってみますよ。


「それじゃあ飲み物でも買って落ち着ける場所にいきましょう」


 と、提案して「それがいいですね」と彩智ちゃんが言うと「あそこいこう。さっちゃん」と未来ちゃんが場所を決め、駄菓子屋で2人にジュースおごり、世間話をしながらおすすめスポットへ向けて進軍した。



 足がダルイ……。

 徒歩で20分。

 舗装された道路から砂利道へ。そして獣道になって、着いた場所は岩場の川だった。

 到着してすぐに2人は靴を脱ぎ、靴下を引っ張り外して川遊びを始めてしまった。

 置いてけぼりを食らった。てか、呆気にとられた。


「なにしているんですか。冷たくて気持ちいいですよ」


 お誘いをもらっては行かないと失礼だし。と、自分に言い聞かせ、大きな岩に鞄や靴を置いて、誘われるがままに川に足を突っ込む。

 とても冷たいけど、それよりも透明度の高さが凄い。串を刺して塩焼きにしたら美味しそうな魚が肉眼で見えるほどだ。

 ほい。っと手掴みで捕まえられるかと挑戦してみたけど、さすがに陸の王者は水の生物に勝利出来なかった。

 知恵を使えば簡単に勝利出来るのだが、釣り道具を持っていないので、今回は敗北としていてやる。覚えてろよ!

 どこかの悪役を演じ終えて、チャプチャプと水遊びに興じる。

 って、本来の目的を見失ってるよ!

 一頻ひとしきり遊んで川から上がる頃には、3人揃ってびしょ濡れで、彩智ちゃんは服を乾かすために脱ぎ始めてしまう。

 綺麗なプロポーションの彩智ちゃんの下着姿……。

 ヤバイ。確実にヤバイ。いろんな意味でヤバイ。歓喜のヤバイを3回も心で叫んだのは、いつぶりだろう。


「さっちゃん! ちょっとストップ!!」


「どうしたの? そんなに焦って」


 そりゃあね。男の子。しかも女装の。が、居れば誰だって止めるに決まってるよ。

 もし、俺が未来ちゃんの立場だったら全力で女装男の眼球を潰しにかかるね。

 どうしたものかと、俺の方をチラチラ見てくるので、口だけ動かして「いいよ」と動かした。

 未来ちゃんが彩智ちゃんに近づいて、耳打ちすると「うそだぁ」って、叫んで俺の方に近づいてくる。

 そして、なんの躊躇いもなくスカート捲り上げる。


「…………」


「…………」


 ここは俺が「キャー」って叫ぶべきなんだろうけど、平然とスカートめくりをされて、隠れていたゾウさんは縞々パンツをふっくらさせていた。

 笑顔で固まっていられたら叫ぶに叫べない。


「世界って広いですね」


「そうね」


 あははははは……。

 乾いた笑い声は5分ぐらい続いた。




「あぁ、びっくりした」


 正気を取り戻した彩智ちゃんに事のあらすじを説明して、俺が変態の変体さんではないのを理解して頂いて、本題へと入る。


「未来ちゃんにお願いがあるんだけど」


 服を乾かすために鞄を置いていた大きな石に座って、川に沈めていたジュースを飲みながら、お喋りしている。


「雛子の誕生日……明後日ですよね」


 やっぱり覚えていたか。


「そうなの。それで……ビデオレターならぬ、ムービーレターをサプライズプレゼントにしようかなって思ってね」


「私が雛子になにをしたか覚えてますか? それでなんて言えばいいんですか!」


 普通におめでとう。って言ってあげたらいいじゃないか。

 あんな事件があったけど、未来ちゃんが居なくなってすぐは雛だって寂しがっていた。それを知っているから未来ちゃんからおめでとうって言ってあげて欲しいんだ。

 近くに居てくれた人が居なくなったら、どんなことがあっても寂しいに決っている。


「いいじゃん。やってあげなよ」


「さっちゃんはなにも知らないから」


「未来の悪い所だよ。過去にこだわるな! なんて言わないけどさ、それを有耶無耶うやむやにしようとしてるのバレバレ。時間がすべて忘れさせるのは無理なんだよ。クリスのことを忘れるのは未来も出来ないでしょ。それと一緒。忘れることが出来ないのなら、忘れさせるようにあんたが頑張るの」


 わかったらさっさと向こうに立つ。

 と、彩智ちゃんが言うと、なにかを決心したのか、不安な表情から気合の乗った顔に変わった。


「わかりました。でも……うまく出来るかわかりませんよ」


「うん。それでいいよ」


 未来ちゃんがゆっくりと川の方へと進み、振り返る。

 ポケットからスマホを取り出して、ムービーモードに。

 いつでもいいよ。このカメラに向かって、君の言葉を雛に送るのも、君がしなくていけないことだ。

 最後はなにも言わずに去っていった未来ちゃん。

 2人の間の溝を塞ぐには言葉で塞ぐしかないんだよ。

 頑張れ。俺から出来るのはこれぐらいなんだ。後は君の頑張り次第だ。 

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