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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
短編:お姉さまの恥じらい
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サプライズ

 テーブルに突っ伏して、項垂うなだれる俺をいつものメンバーが痛々しい視線で見つめてくる。

 ……死にたい。いっその事、殺害してくれても構わない。

 事の発端はテスト期間の最終日。つまり、今日にある。

 テストも無事にクリアしていき、事件の日を迎える事になった。

 気分はウキウキで、もしかしたらオール100点があるかもしれない! そう思ってさえいた。

 最終日には、苦手な第3言語が最後の砦を構築していて、最終日に相応しい展開が待ち構えているはずだったのに……。

 2時限目を終えて、手応えは良好。

 負け戦だと思っていたけど、意外と善戦出来ているんじゃないか? 

 そんな憶測、妄想は無残にも砕け散るのである。

 苦手な第3言語もしっかりと勉強すれば、これほどスラスラと解けていくものか。と、自分自身で少し驚く。

 だが、シャーペンの芯を出すためのサイドボタンを押すけど、出てこない。

 うそっ!

 何度もカチカチ押してみるけど、一向にシャーペンの芯は出てこようとしない。

 頭のキャップを外して、消しゴムを引っこ抜く。

 そして、手をクッションにして、逆さまにしてみる。

 案の定、芯が入っていない。

 ピンク色の筆箱からシャーペンの芯を取り出して……。

 どれぐらいの時間、固まっていただろう。

 隣のなぎさに芯を貰おうにも、テスト中である前に爆睡していて、可愛らしくヨダレのオマケも付属されていた。

 開始20分で寝息が聞こえていたから、赤点ギリギリを狙っているんだと思う。

 って、冷静になぎさの分析をしている場合じゃない。

 まだ、解けていない問題が4問も残っている状況だ。

 短くなったシャーペンの芯を引っこ抜き、芯だけで書き込もうとやってみたけど、0.5ミリの芯は脆く、すぐに折れてしまった。

 ……終わった。

 楓お姉さまは手を抜くことは一切しない人だ。確実に満点を取りに来るに決っている。

 残り10分という、時間はとても長く感じられ、無残にも俺の願いは報われることなく砕け散っていくのであった。




「って、いうことがあったらしいですよ」


 なぎさが俺の状況を代弁してくれて、このような痛々しい視線を浴びることになったのだ。

 まぁ、きちんと準備をしていなかった俺が悪いんだけどさ、こんなタイミング良く芯が無くなるとは思わないじゃんか。


「備えあれば患い無しってことわざを知らないのね」


 グサッ!


「別のことわざを使えば、濡れぬ先の傘。なんかもあるよね」


 ザクッ!


「念には念を……なのです」


 バァン!

 心に矢が刺さり、背中を剣で切りつけられ、最後は脳天に弾丸が直撃。もう太鼓のゲームで言えば『フルコンボだドン』って、言われるレベルだった。

 明日、明後日は休みだけど、もうどうでもいい。

 どうせ勝負は負けで、俺は楓お姉さまのおもちゃとして、首輪にリードが取り付けられて廊下を四つん這いで歩かされて「キャンキャン」って、チワワのように泣くのが決定しているんだ。


「なんだか、私が女王様みたいじゃない」


 あなたが女王様じゃなかったら、天皇はただの一般人と同等の地位に落ちてますよ。

 

 時間は流れ夕食の時間を過ぎ、時刻は21時辺りに短針が傾いている。

 俺は夕食を拒否した。食べ物が喉を通るとは思えなかった。それほど精神がズタボロだった。

 3人も気を遣って、夕食後は誰も部屋には戻ってこない。LEDの蛍光灯が眩しく輝くのを見て、八つ当たりしたくなる。

 なんで俺の心にまで光を届けないんだコノヤロウ……。

 自分の失敗をモノに当たるのはダメだとわかっていても、やりきれない気持ちを吐き出すには、モノに当たるのが1番被害の少ない方法だ。

 ガチャンって音がしたけど、振り向くことはしない。

 誰が入ってきたかは足音でわかる。

 雛の場合は軽い音。

 なぎさは早い音。

 楓お姉さまは少し低音が混じった音がする。


「私が太っているとでも言いたげね」


 腕を前で組んで言い放つと、太って見えますよ。胸が強調されるって意味で。


「まぁいいわ」


 っと、ベッドに腰を掛ける。


「それで、あなたが勝ったときのお願いってなんだったの?」


「温泉に入りたいなぁって」


 そう。ただ普通に温泉に入りたいと思った。

 此花に来てから、1度も湯船に浸かったことがないので、屋上に備え付けられている温泉に是が非でも浸かってみたいと思っていた。


「そんなことだと思ったわよ……」


 と言い放って、俺の腕を掴み「いくわよ」と言うのはいいが、すでに引っ張られているので日本語が若干おかしいと思うの。

 ズルズル……ズルズル……ズルズ


「さっさと歩きなさいよ」


 ついにお怒りになされました。

 仕方ないので、トボトボ肩を落としながら階段をのぼり、大浴場へと到着する。

 階段を登り切った先に木製の扉があり、扉の前には暖簾が掛けられていて、凹凸のあるガラスがはめ込まれているのが特徴的で、家族向けの温泉によくありそうな門構え。

 清掃中の札が中央部に掛かっていて、本来なら賑やかに少女達の声があっちやこっちから聞こえているんだろうけど、とても静かで水の音しか聞こえないことから中には誰もいないようだ。そんなのをお構いなしに楓お姉さまは扉に手を掛けて開け放つ。


「なにをぼさっとしているの?」


 早く入りなさいよ。首をクイっと動かして、中に入れと催促してくる。無言の催促ほど怖いモノはない。

 産まれたての子鹿のように脚を震わせながら……早くしろと睨んでくるので急いで中に入った。

 入って右手に木製の靴箱が並んでいて、そこに靴を入れるようになっている。名前などはないから決まった場所はないんだろう。

 1番端っこに靴を入れて、今度は脱衣所に到着する。

 大人数が一斉に入っても大丈夫なようにか、思いの外1つの1つのスペースは狭い。それにしても誰もいない脱衣所は少し怖い。ザァーって水が流れる音に湯けむりが湿度を上昇させて、立っているだけでジメジメしてくる。こんな状況でキンキンに冷えたこんにゃくが首筋に当たったら、大声を上げて逃げ出しているに違いない。


「それじゃあ、ごゆっくり」


「えっ! ちょ……」


 パシャリと出入口の扉が閉まり、脱衣所に1人きりとなる。

 落ち込んでいた俺に対するサプライズなんだろう。そこまで深刻な表情をしていたのかと、ロッカーを越えた先にある大きな鏡で、自分の顔を見る。

 一晩、ご飯を抜くだけで少しやつれて見えた。

 ネガティブキャンペーンは捨ててしまおう。折角、楓お姉さまが用意してくれたんだ。それに特待生の座は維持出来ているはず。

 と、ポジティブ思考に切り替える。だけど、いきなり居なくならなくてもいいのに。


「ま、まぁ……裸を見られるのも嫌だし」


 誰もいない脱衣所で制服を脱ぎ捨て……タ、タオルがない。

 これは羞恥プレイの一種だろう。あの人ならやりかねない。だけど、もう外に退避しているし、さすがに、ねぇー。

 誰もいない大浴場で素っ裸。

 男のロマンの1つとして知られる行為に胸を躍らせる。他には三車線道路のど真ん中に布団を敷いて寝る。後は海賊王になるぐらいか。

 海賊王になるとか言ってるのに、陸でしか戦わない海賊に用はねぇんだよ!

 おし、言いたいことは言ったから大浴場に向かうとしよう。

 大浴場の扉の前に敷かれている足拭きタオル。ここに良し悪しが存在する。ベチャベチャで不衛生だと一気に萎えてしまうのは俺だけじゃないはず。

 そこさえクリアしてしまえば!

 2メートルほどの大きな引き戸に手を掛け、勢い良くスライドさせた!

 バンっ!! って耳を塞ぎたくなるほどの音波。そして、バタン。と閉まる扉。

 勢いが良すぎたお陰で、戸が再び戻ってくるという愚行を犯す。

 なにもなかった。この戸を俺はまだ開けていない。

 自己暗示を掛けてから、一呼吸置いてスライドさせた。

 脱衣所に居ても、温泉独特の匂いはしていたけど、今はその数十倍の匂いが襲いかかってきている。

 全天候型の露天風呂。今日は星が綺麗に瞬いて存在を主張しているほどの天気なので、盗撮が行われないよう壁があるだけだ。

 何十人というお嬢様が一斉に入ってきても大丈夫で、洗い場も50人ほど収容でき、湯船に関しては100人は浸かることが可能なほどの広さ。


「すごい……」


 感極まる。よりも、唖然呆然。

 床は滑らないように天然の石を敷き詰めているタイプで、かけ湯専用のお湯も用意されている。

 番台を作ってアルバイトでも雇えば十分に経営していけるんじゃ。

 それほどの温泉を独り占めできるのは、素直に嬉しいかぎり。あぁ、楓お姉さまの義妹いもうとでよかったと初めて思えた。

 このまま立ち尽くしていても何も始まらないので、かけ湯を浴びて洗い場に足を運ぶ。

 と、言ってもタオルもシャンプーもボディーソープもないが。まぁ、洗い場まで来たことだしシャワーだけでも浴びようか。

 木製の小さな椅子に座り、ボタンを押すと一定の時間流れ続けるタイプなので、ボタンを押して取っ手を掴み頭から大胆に掛けた。

 子犬のようにブルブル頭を振って人肌の丁度いいお湯を振り払う。体を伝って床に流れていくのを見ていると足があった。それも白くてスラっとしていて、爪は綺麗に切り揃えられている。


「そ……それ以上、顔を上げるのはダメよ」


 頭の上から聞き慣れた声がして、上を向こうとしたら手で拒否された。だけど、視線は全裸を見ようと必死に上を捉えようとするけど、綺麗でムチムチな太股までしか見えない。

 もうちょっと……。

 上を見ようと頑張った結果は無残にも、真珠色をした液体を眼球にぶっかけられた。


「うっぎゃぁああああああああああああ」


 ピンポンパンポ~ン

 良い子は絶対にシャンプーを眼球にぶっかけることはしないようにしてくださいなのです。

 

 数分間の激痛を耐えぬいて、やっと視界を確保。

 恥ずかしがり屋さんの楓お姉さまは、俺の後ろでモジモジタイムかな。

 それならどうして入ってきたのか意味不明。

 そのおかげで被害を被ったのは、紛れも無く俺です。


「それで、要件はなんですか」


 さすがに自分から入ってきて、眼球を潰しにきました。はないだろうし。


「背中を流しに来てあげたのよ……」


 なんでそこで恥ずかしがるんだよ。いつもだったら「私が洗ってあげるのよ? 嬉しく思いなさい」なんて言ってくるのに、しおらしくされるとこっちが対応に困るんだよね。


「そ、それよりも早くなにか巻きなさいよ」


 バスタオルが頭の上に乗せられた。

 ヤカンがあればすぐに沸騰したに違いない。

 すっかり下半身に装着されたゾウさんを外す……のは無理だから、隠すのを忘れてしまっていた。


「きゃぁあああああああああああああ」


「どうしてあなたが叫ぶのよ!」


「だって、まだ使用したこともなければ、見られたことだってないんです!!」


「なにに使用するのかはわからない……ようにしておかないとイメージ崩壊しかねないから言わないけれど、もう手遅れではなくて」


「まだ大丈夫です! 最近は女装アニメも放送が開始して、少しだけど人気も出てきているんですよっ!?」


「わ、わかったから、その小さなモノを隠しなさい」


 興奮し過ぎたおかげで、隠すのも忘れて真っ向から向き合っていた。

 涙が溢れ出してくる……。


「どうして泣くのよ」


 女性にはわからない苦労があるんですよ。

 胸を大きくするには揉めばいいとか、おっぱい体操とかあるわけだが、男にはそれらしい迷信が存在しない。あ、お風呂にしっかり浸かってすぐに冷水でゾウさんを冷やすと大きくなるとか聞いて実践してみたけど、ただ興奮して戦闘態勢に入るだけで、停戦時の大きさは1ミリも変わることはなかった。

 男だって大きいほうが女性受けがいい。らしい。

 それだけ重大なコンプレックスをいともたやすく抉りこむように打ってくる楓お姉さまは無頓着すぎる。


「はいはい。それじゃあ前、向きなさい」


 タオルでワルサーを隠して、前を向くとカシュカシュ、シャンプーを押して髪の毛から洗ってくれる。

 自分で洗うのと違って、爪が頭皮に当って心地よい刺激を与えてきて、抜け毛防止になりそうだ。


「ここまで髪が短いと楽でいいわね」


 でも、漆黒のロングは清潔感あるし、大人らしく見えるという良い印象もある。

 まぁ、長い髪は何回かに分けて洗うって聞くし、そこは面倒くさそうだ。

 さらっとしたあの髪を維持するのは苦労も多いんだろう。主に中村さんが。


「熱湯でもかけようかしら」


 失明の次は剥ぎ取り。

 あぁ、怖い怖い。

 髪が洗い終わると、次は体へと移っていく。


「さすがに前は自分で洗いなさいね」


 ちっ。先手を打たれてしまった。

 仕方ないので前はささっと洗ってしまって、ボディタオルを手渡す。

 なんかお父さんが娘に背中を流してもらうような気持ちで、ワクワクしてくる。

 年齢的には楓お姉さまのほうが2歳も上なのに。


「ひゃう!」


「女みたいな声出さないの!」


 いきなり背中をゴシゴシされたら、誰でも声だしちゃうよ。

 でも、なんか背中が柔らかいモノで洗われて……もしかして!


「アニメみたいな展開はないわよ」


 あぁ、ππであんなことやそんなことをしていると思ったんだけど、俺の勘違いだったか。

 いつもはタオルタイプを使っているから、スポンジタイプで洗われると柔らかすぎて感覚が違いすぎるから変な妄想しちゃうんだよな。


「このスポンジ、私が毎日使っているものよ」


 マジかっ!

 思いっきり股間、洗っちゃったよ。


「焼却処分しておくのが正しい判断ね」


「なぜですかっ!」


「だって、は……」


「それ以上はダメです。イメージの前に投稿するサイトを変えないといけなくなりますから」


「また訳のわからない理屈を」


 わからなくていいんです。わかってしまったらダメですから。わかってしまうとこの世を壊したくなりますから。

 十分に背中を洗ってもらったら、背中がズキズキと傷んだのは俺の言動が悪かったからだろうか。まぁ、気にしないことにしようと思う。だってせっかくの好意を無駄にしちゃったらね。


「さ、先に入ってもらえるかしら。そして中庭の方を向きなさい」


 頬を赤らめて言ってくる。恥ずかしいなら別に頑張らなくてもいいのに。

 俺も恥ずかしいから素直に言われたように、先に湯船に浸かって中庭の方面を向く。確認を終えたのか、すぐにチャプンって音がしたら、ザブンっとこっちに歩いてくるのがわかる。

 そして、背中にずっしりとした重みと共に、肌にサラサラした感触に肩甲骨同士が触れ合い緊張が押し寄せてきた。

 チラっと見てみるけど、楓お姉さまの髪だけが視界を捉える程度。顔を確認したいけど、下手に動けば怒られてしまう。

 行動ができないのであれば会話だけどさ、なにを話せばいいのか思考がまとまらない。

 こんなときこそ、男してリードしていかないといけないのに。


「もう夏ね」


 落ち着いたトーンで声が聞こえてくる。


「そうですね」


 いままでの苦労が走馬灯のように星空に浮かび上がってくる。


「初めて楓お姉さまを見て、無縁の人って感じていたのに、今では誰よりも俺の側に居てくれているんですから、不思議ですね」


「そうね。私も義妹いもうとが男だなんて思いもしなかったわ」


 澄んだ笑い声が誰もいない屋上の温泉に響く。

 ホント、楓お姉さまにバレて、なぎさにバレて、雛に暴露して。それでも学院に居られるのは、中村さんと凛ちゃんを合わせると5人のおかげなのか。

 感謝してもしきれないぐらいだ。


「そ、それにしてもあなたも大胆なお願いだったわね」


「温泉に入りたいって普通じゃないですか? いつ見ても湯けむりが立ち上がっているんですから」


「そうじゃないわよ。私と……一緒に入りたいだなんて……」


 もしかして、もしかしなくても勘違している。よね。


「えっと、俺……温泉に入りたかっただけで、一緒に入りたいとは言っていないんですけど……?」


 空気が凍りついた。


「だって、あなたが温泉に入りたいって、私に言ったじゃない」


「確かに『温泉に入りたい』とは言いました。けど、それはゆっくり浸かりたいってだけで、楓お姉さまと一緒に。なんて考えてもみなかったですよ」


 温泉に浸かっていてよかった。

 この空気に触れていたら、確実に俺は固まって、何世紀か後に発掘されて標本にでもなっていただろう。


「一度、記憶を無くしてみるのはどうかしら」


「ご遠慮させて頂きます」


「却下よっ!」


 後ろから突如、頭を押さえつけられて湯船に顔から突っ込む。記憶を無くす前に人生無くなっちゃうよ!


「ちょっ」


 結構な力で押さえつけられているから、男の俺でも容易に逃げることができない。

 これ、本当に死ぬんじゃないかな。

 勝手に解釈して、勝手に自爆しただけなのに、水死とはヒドイ世の中だ。そして、お金の力で隠蔽されて事故死として扱われる。

 まぁ、背中に生の感触が味わえて死ねるからいいか……。どこの部位の感触かは言わないけど、同じ生物とは思えないほど柔らかくて、さらにピックアップした部位はすこしだけ硬みがあるのを、死に際に感じれたのは嬉しい発見だった。




 ちなみにテストの結果は学年で3位の結果だったので、特待生の座は死守。

 雛も今回は上位10以内だったようで、なぎさは平均より少しだけ上だったようだ。

 楓お姉さまは言わずも学年トップの成績だったけど、すべてが満点ではなく、1教科だけ98点があった。

 最後の問題だけ空白で、楓お姉さまの言い訳は「時間が足りなかった」らしいけど、解答欄に一度、答えが書かれていた跡があったのは誰も口にはせず「それなら仕方ないですね」と、見てみぬふりをすることを全会一致で了承。その場は終わりにする。

 ちょっとぐらいデレがあってもいいのに。

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