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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
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切に願う

「………………」


「………………」

 

 目の下に隈を作った女性医師が俺の前にいる。

 言いたいのはわかるよ。

 だから、そんな「人生捨ててんなぁ……」って目で俺を見ないでっ!

 幸菜の主治医の門脇先生と女装姿のまま鉢合わせした結果、こういう痛々しい目を向けられたのである。


「1人で来ると思ったら、愛人付きって、幸菜が……泣きはしないけど、お前が泣くことになるぞ? 刹那」


 もう、幸菜だけじゃなくて、楓お姉さまにも泣かされてますけどね。


「もう、泣かされてるってツラしてるな。で、そこのお嬢ちゃん達は?」


 2人も同じ此花の制服だから、見ればわかるものを言わせるのはどういう意味があるんだろう。


「こっちの子が後……」


義妹いもうとなのです! 隣のなぎさ……お姉さまは親戚なのです!」


 俺が言う前に雛が答えてしまった。

 だけど、なぎさが親戚って、どうして嘘を言ったのか。


「本当なのか?」


 なぜか真剣な眼差しで俺を見てくる。

 雛と門脇先生の板挟みに、なぎさに助けを求めようとしたけど、すでに傍にはおらず、少し離れた所のベンチに座っていた。

 赤の他人を決め込んだかのように。


「じゃ……じゃあそういうことで」


 ここでバシッと「そうだ!」なんて言えたら、男らしいのに。

 優柔不断というか、気が弱いというか。


「そういうことならついて来いよ」


 シワシワの白衣をなびかせて、静かな廊下を進んでいく。

 座っていたなぎさもこちらの気配を察して、犬のように突進してきて、「れっつごー♪」と、俺の腕を掴んで進んでいく。

 雛も負けじと腕を掴んでくるのは嬉しいけど、成長しすぎた胸が腕に当ってるんだけどっ!

 それにしても


「雛はどうして、さっきはあんな嘘を言ったの?」


「それはですね、中村様が昏睡状態だと言っていらしたので、集中治療室にいる可能性があったのです」


 愛くるしい顔を向けてきて、これ以上、言わなくてもわかるでしょ。って、目が訴えてくる。

 だから、満面の笑みで答えた。


「絶対にわかってないよ」


 横からチャチャ入れないで欲しいな。

 雛もそこで、苦笑いはやめて欲しい。


「ICU。つまり集中治療室は親族しか入れないのですよ」


 おぉ! そうだったのか。

 1度、幸菜がICUに入っていたけど、あの時はまだ小さかったからよく覚えていなかった。


「でも、入れるかわからないよ。時間が時間だし」


 なぎさの言う通り、面会時間はとっくに過ぎて、ここにいるだけでもお咎めがありそうなものだけど。

 赤い髪をサラサラと揺らし、ポケットに手を突っ込んでいるから、怖いイメージが付きやすいけど、意外にも真面目だったりする。


「遠い所から来たんだ。それぐらいの融通は利かせるよ」


 先頭を歩く先生が疲れた声で言ってくる。

 頭をガシガシ掻いて「どうっすかなぁ」って小声で言っちゃうもんだから、俺達の申し訳なさ度がドンドン上がっていっちゃう。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、数分もしないうちに集中治療室に到着してしまった。

 本来なら中の様子は見えるように大きな窓があるのだが、面会時間を過ぎてしまっているため、カーテンを閉められてしまっていた。


「中に入れるのは2人までだ」


 集中治療室へと続く、扉の前で止まる。

 先に誰が入るか決めろ。

 無言の問いかけに「2人が先に入ってきて」と、留守番をすることにした。

 2人も「わかりましたなのです」「りょーかい」と言って、中に入っていく2人を見送る。


「向かいの待合室で待っててくれていいぞ」


「それではお言葉に甘えて」


 重厚感のある扉の右下部分に凹みがあり、足を入れるだけで自動で開いて、中に入れるようになっていた。

 3人が中に入っていくのを見送って、待合室の扉を開ける。

 真っ暗の中、壁に手を這いずって、照明のスイッチを探り当てオンする。

 LEDの光が室内に満ちあふれて、清潔感のあるソファがあるだけの小さな室内を照らしだす。

 そのソファに腰を掛け、スマホを取り出してメールを起動する。

 突然、居なくなった楓お姉さまに居場所を教えるためだ。

 近くにいるんだろうけど、どちらかの居場所がわからないと合流すら出来ない。

 いまは……


「目の前にいるのだけど」


「うぎゃぁああああああああああああああ」


 この人は悪魔かっ!

 いや、サキュバスかっ!?


「そんな驚かれなくてもよろしいのでは」


 どうして、あなたたちは冷静でいられるんですか!

 そうツッコもうにも、驚きのあまり声が出なかった。


「GPSって便利よね」 


 楓お姉さまの黒色の最新機種のスマホの画面を向けてきたので、ディスプレイを見るとなにやら地図アプリが起動しており、赤い光点がちょうど真ん中の辺りで存在をアピールしていた。


「これはなんです……か」


「花園が今年打ち上げた衛星を使って、登録しているGPSが受信できる機器の位置を数センチの誤差で特定するアプリだけれど?」


 平然と説明されても困るんですけど、なんて言ってもこの人にはわからないんだろうなぁ。

 どうしてこうも用意周到なのだろうか。っていうか!


「どうやって俺の携帯を登録したのか伺っても?」


 間髪入れず


「おやすみの間に入れさせて頂きました」


 テヘペロッ♪

 って、可愛い仕草をすれば許されると思っていたら……許すにきまっているじゃないかっ!

 だって、いつもは大人の女性を演じ、メイド服という防具を身にまとった淑女が、今どきの露出の多い服装でテヘペロッ♪をしているんだ!

 許さない男がいるとしたら、イ○ポか生殖機能を失っているか、ホモォ……って、某大型掲示板で言われるほどの人間でなければ、ありえない!!


「うちのメイドをヨダレを垂らしながら見るのはやめてもらえるかしら……」


 ズズっとヨダレを口内に吸い上げ、何事もなかったかの如く平然と振る舞う俺。


「バレバレなのよ」


 淑女しゅくじょたしなみを発動しても見破るとは、こいつ。出来る!


「いつまで、この茶番に付き合えばいいのかしら」


 ついには呆れらたので、俺も正常な思考を取り戻すことにした。

 って、いうか、入れられたアプリ消しておこう。

 いつまでも監視されているのは、精神衛生上よろしくない。

 女装してる時点で精神崩壊しているだろっ! って突っ込みは言われなくても自覚しているからね。


「そのアプリ、1度、入れたら削除できないようになっているから、いくら探しても無駄だと思うわよ」


 そんなウイルス紛いなアプリを入れないで下さいよ。


「それにしても、なぎさと雛子はどこにいるの?」


「2人は先に幸菜のお見舞いに行ってますよ」


「あなたはどうして、ここで待っているのよ」


 その問に俺ではなく、中村さんが答えた。


「楓を待っていたに決まっております。刹那様はシスコンですから」


 あなたの口からシスコンだとかロリコンだとかの言葉を聞きたくなかったですよ……。

 イメージ総崩れしちゃいます。

 なぎさが下ネタを連発しても違和感はないけど、雛が下ネタを恥じらいながら言っていたら、イメージが。

 なんか興奮してきちゃいます。

 ダメです。

 暴発しちゃいそうです。

 いやいや、理性を保て!

 義妹いもうとに変な事をするのは犯罪ではないけど、罪悪感を抱いてしまうじゃないか。

 そんな大義名分振りかざして、俺は修羅の道を突き進んでいくと決めたんじゃないか。

 日が経つに連れて、朝のお目覚め行為が過剰になりつつあるのは、俺を試しているに違いない。


「あ、そちらはわたくしが伝授しているのですが」


 犯人はお前かっ!

 定番の肩を揺すって起こす。を、なんだと思っているんだ。

 あの


「お姉さま……起きてくださいよぉ……なのです……」


 と、弱々しく問いかけてくる雛の吐息を、鼻孔で吸い上げ、フローラな匂いを嗅覚に染み込ませないといけないのに!


「病院に連れて行かないといけないわ」


「楓、病院のほうが逃げていきますよ」


 なんでこんな展開になってしまったんだろう。

 すぐ傍で幸菜が生死を彷徨っていると言うのに。


「とりあえず、落ち着こう」


 2人のペースに乗せられたら、身が保たない。


「もうそろそろかしら」


 と、楓お姉さまは待合室の扉を見ていた。


「集中治療室ですから、そこまで長くは居られないと思います。それに時間が時間ですから」


 と、ガチャンと扉が開いた。

 この人達はエスパーですか。

 なにも知らない2人は、注目されていることに「なにこの視線」と、怯んでいた。


「どうだった?」


 2人は「うーん……」となんとも煮えきらない表情。

 それにどのような言葉を掛ければいいのか迷っている様子だ。


「実際に見ればわかるわよ。早くいってらっしゃい」


 2人の気持ちを察して、楓お姉さまが間に入ってきてくれた。


「ご一緒してくれないんですか?」


 その言い方だと「お前だけで行ってこい」と言われているように感じたが「あなただけで行くのよ?」と疑問形で返されてしまい、この人は本気で言っていたらしい。

 さすがにお姉さまなんだから付いてきてくれてもいいじゃないかと言いたくなる。


「楓も行くのよ」


 中村さんに背中を押されて、俺の隣にツンのめりながらやってくる。

 そんなに強く押したように見えなかったけど、なんか物凄い力が加わったかのような……。


「そ、それじゃあ行きましょうか」


 無言で睨みつけてくるのはやめて欲しいな。


「幸菜に会うのがそんなに嫌なんですか?」


 それだったら無理して来てもらっても……。


「そうじゃないわよ……」


 行けばわかるわ。と、楓お姉さまは先頭を切って進んでいく。

 集中治療室の前には、壁に寄りかかって目を閉じている先生がいた。

 まるで、終電で朽ち果てたサラリーマンのようだ。

 俺達が先生の前に行くと、体内に目覚まし時計でもセットしていたのか、ビクンっと体が小刻みに震え、目を覚ます。


「すまん。少し眠っていた」


 眠たそうに目を擦り、中へと案内してくれる。

 中に入って、すぐに病室ではなく、ここで殺菌したり室内に菌を充満させないために、頭にネットのようなモノをかぶり、同じ素材の割烹着のようなモノを装着してから、中に入っていけるのである。


「これを着るのが嫌なのよ」


 確かにムズムズするし、見た目はダサイからわからなくもないけど。

 集中治療室の中には数人の看護師の人達がいて、24時間体制で監視している。

 独特のアルコールの匂いがして、とても静かな空間が広がり、真っ白な壁が清潔さを感じさせた。

 もし、幸菜が意識を取り戻していたら不機嫌になって、早く出せと念仏のように唱え続けているのが、いとも簡単に想像できてしまう。


「ここにいるから会ってきな」


 と、カーテンが締め切られていたので、そっと隙間に手を差し込んで、中を覗きこんだ。

 綺麗なセミロングの黒い髪に整った顔立ちをしているのに、ここに眠っているのは本当に妹なのか、疑問しか出てこなかった。

 だって、数カ月ぶりに見た妹はやせ細っていて、頬骨がくっきりと浮かび上がっている。

 隣から楓お姉さまが顔を出して、俺と同じように固まっていた。


「本当に生きているのかしら」


 眠っている幸菜の横で心電図が表示されていたが、正常に動いているのか不思議なくらい穏やか。

 ずっと顔だけを差し込んでいるのもなんだし、中に先ほど雛となぎさが使っていたであろうパイプ椅子があったから、そっちに移動する。

 ホント、別人のように変貌してしまった妹。

 ここまで、自分を追い込んでまで、なにをしたかったのか。

 悲しみよりも苛立ちがこみ上げてきてしまう。


「彼女の気持ち、少しだけわかるかもしれないわね」


 白雪姫のように眠り続ける妹の気持ちなんて、俺にはわからない。


「生きることが辛いのよ。彼女は周りから支えられるのが辛いのかもしれないわ」


「支えられるって、そんなの当たり前でしょう。幸菜は病人なんです。誰かが支えてあげないと」


「そこよ」


 ただ、幸菜の顔を眺めている楓お姉さま。だけど、似て非なる、なにかを共有しているような。


「ずっと、あなたが支えてきたのでしょう。それが罪だと思うことはあるわ。あなたは気にしなくても彼女はそう思ったのではないかしら」


 そんなこと言われても、幸菜とは家族で、血の繋がった妹だ。

 放っておけるわけがないじゃないか。


「だから、彼女は死を選ぼうとしているのかもしれない」


 妙な説得力に気負けしてしまいそうになるけど、ここは否定しておかなくていけない。

 希望とはそういうものだと思う。

 生きて欲しいと他人が願えば、それが希望になる。


「俺は……妹に生きていて欲しい。せっかく、雛やなぎさ。それに楓お姉さまと仲良くなれて、学院生活っていう楽しい時間を妹にも味わって欲しい」


 だから……俺は幸菜の手を握った。

 生きて欲しい。

 冷たい手に俺の体温を感じさせてあげる。

 だけど、神は無情な存在だった。

 ピィー……。

 反応の少なかった心電図が悲鳴をあげたように、甲高い音を響かせる。

 外で待っていた先生と看護師の人が急いでカーテンを開け放ち「さっさと外に出ろ」と、俺達は看護師の人に誘導され、蚊帳の外へと放り出された。

 一瞬の出来事に、なにがあったのか理解できないでいる。


「心肺停止。5分間のうちに蘇生しなければ……」


 死を覚悟しなければならないわ。

 少し低音の効いた楓お姉さまの声が、俺の鼓膜を震わせて、無情な現実を突きつけられる。


「後は彼女の頑張りに期待するしかないわね」


 俺の腕を掴んで、待合室に連れて行ってくれた。中で待っていた3人は、俺の表情を見て、なにかあったのか察したのか、誰も声を掛けてはこない。


「ねぇ、刹那。恋人同士は名前で呼び合うんだって! ずっと私は刹那のことを名前で呼び続ける!? 大きくなったら……」


 幼い時の記憶が走馬灯のようにフラッシュバックする。

 俺にはなにもできないのか。

 ただ、希望にすがるしかできないのか。

 自分のやるせなさに気が滅入ってくる。


「刹那。これ渡してくれない」


 なぎさは可愛らしいキャラクターが印刷された封筒を差し出して、こう言うんだ。


「なにができるかなぁって、考えたらさ、こんなことしかできないんだよね。でもさ、誰かの応援って、物凄い力をくれるの。県予選のとき、刹那が応援してくれたからガンバレたんだ。だから、卑屈にならないで、応援してあげよう」


「雛もできたのですよ」


 ボールペンでイラストが描かれている。

 俺と雛と幸菜のイラスト。

 2人ともありがとう。


「がんばれ幸菜」


 俺のエールは届いただろうか。

 雛となぎさの気持ちは届いただろうか。

 切に願う。

 幸菜が此花女学院このはなじょがくいんで楽しく過ごしている未来を……。

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