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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
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私の中にある思い

 大雨の中、車の中にあった黒の傘を持って、幸菜。ここでは刹那のほうがいいわね。と、別れて正面の自動ドアではなくて、裏の関係者用のドアへと向かう。

 刹那と目が合ったが、なぎさに呼ばれて行ってしまった。

 付いてきても困ったけれど。

 大学病院ではないものの、それに近い規模を誇っているため、歩いて5分はかかってしまった。

 関係者用のドアはカードリーダーで、関係者にしか配られていない。

 病院でしか手に入らない薬品が多くあり、病院に忍び込む輩が多いため、セキュリティには力を入れている。

 私はポケットから、用意していた関係者用のカードを取り出してスラッシュした。

 赤いランプから青いランプに点灯すれば解錠されるのだが、赤いランプが点灯したまま変わらない。

 もう一度、スラッシュしてみるけど、やっぱり変わらなかった。

 無理にドアを開けようとすれば、警備会社に連絡が入り、5分ほどで御用になる。

 磁気を当てたり折れ曲がっていたりすれば、リーダーに通してもダメな時はあるけど、そんなことをした記憶はないし、カードは綺麗だ。

 もしかしたら、同じカードを何回かスラッシュしたりしても、通報される可能性も考えておかないといけない。

 雨の勢いはとどまることをしらず、立っているだけで靴の中にまで雨が入りつつある。

 もう一度、スラッシュしようとリーダー部分にカードを当てたけど、やっぱり通報されかねないか心配だ。

 少しの間、考えてみたけど、やっぱりスラッシュは出来なかった。


「正解だ」


 すぐ後ろから声が聞こえて、背筋が凍るように固まってしまう。

 スゥっと相手に悟られないように深呼吸。

 相手は花園桜花。

 下手に手を出せば返り討ちどころか、完全に潰されてしまう。

 なんせ、買収は不可能だと言われていた海外の一流企業を、ものの数日で倒産にまで追い込んだ化け物だ。

 彼女の名は、一流企業の連中であれば、知らない人間を探すほうが困難だと言われている。

 そんな人間と戦わなくてはいけない。

 背後に立つ相手を真っ向から勝負するために、凍った背筋を無理にでも動かした。

 ピピィー。

 背後には誰もおらず、もう一度、前に振り返ると胸ぐらを掴まれて、中に押し込まれていた。


「馬鹿なことをしてくれた」


 トレードマークの金色の長い髪が揺れ、私は千鳥足の状態で、会議室のような大きめの部屋にまで連れ込まれた。

 突き飛ばすように、掴んでいた胸ぐらを放される。

 机に手をついて、勢いを殺す。


「あんたに言われたくないわ」


 睨みつける目に力が入る。


「楓、母さんが死んだときの悲しみは、あなたが1番わかっているはずだ。なのに、なぜ、こんなことをした」


 なぜか、この化け物は悲しい目をしていた。

 私とは1滴の血も混じっていない義理の姉が桜花。

 瑞希も血は混じっていない。

 だけど、瑞希は……別。

 私が物心ついたときから瑞希は私の傍にいてくれた。

 お母さんが笑っているときも。

 お母さんが無理に笑顔を作っているときも。

 お母さんが息を引き取ったときも。


「…………」


 なぜと言われて、私は黙りこむしかなかった。

 私も何度も考えた。

 でも、彼女は邪魔だ。

 排除するのが適切だと、私の判断。


「白峰のお嬢さんのときも、楓が仕組んだのはすぐにわかった。そのときにも間に入ろうとしたが、お父様に止められたから、介入はしなかったが……、今回は別だ」


 壁に寄りかかって、少し疲れているように見える。


「そういうことね」


 嫌味ったらしく言ってやった。


「別の女とお遊戯会でもしていらっしゃるのかしら? 父様は」


「もう1度言ってみろっ!!」


 悲しい目をしていたのに、今度は眉間にシワを寄せて、リング上のボクサーのように鋭く睨みつけてきた。

 ドンっ! と肩を銃弾で打たれたような感じがして、後ろに尻込みしそうになったけど、負けまいと足を踏ん張らせて立ち向かう。


「何度でも言ってやるわっ! お母さんが息を引き取る前、父様はブラジルにいたわ。あんたと一緒にね! 私が必死にお父様に電話をして、すぐに戻るとか言っておきながら、帰って来たのはお母さんが死んだ10日後よっ!! 父様はあなたがお気に入りだものね。実の娘は此花なんて刑務所のような所に放り込んで、自分は部下に仕事させて、悠々と女遊びに善者を気取って、孤児院から何人も子供を引き取って、お城で豪遊しているんだからっ!?」


 高ぶった感情に任せて、言いたいことを言うのは、なんて気持ちのいいことだろうか。内に秘める突っかかりは取れないけど、溜まっていたストレスは一気に抜けきったように思う。

 だけど、目の前にいる化け物は顔色一つ変えず、こちらにゆっくりと近づいてくる。

 5メートルほどの距離があるというのに、1歩、近づいてくるだけで、わずか数センチの距離にいるかのような、鬼気迫るものを感じる。

 部屋はエアコンがフル稼働しているのに汗が止まらない。

 もしかしたら、殺されるかもしれない。

 あと2メートルまで来ている。

 逃げようにも、蛇に睨まれた蛙のように体が言うことを聞いてくれない。

 それなのに、桜花は歩みを止めた。


「そこで立ち聞きしているのなら入れ」


 視線はそのまま、声だけで外にいる人物に警告を発する。

 ごくり。

 口の中に溜まっていた唾液を飲み込む音が聞こえるほどの沈静。

 そとは大雨だというのに、この部屋には一切、音が入ってこない。

 そんな環境で、部屋の外で立ち聞きしている人間がいると見つけられるものだろうか。

 私には無理。

 それに、外にいる人物に声が聞こえているとも思えない。

 だが、ガチャリ。っと、扉が開く。


「桜花姉様、それ以上は鬼か悪魔か敵対組織だけにしておいてはどうですか」


 瑞希が仲裁にやってきた。

 化け物を前にしても、たじろぐことはなく、威風堂々と歩みを進め、私と桜花の間に体を入れる。

 桜花が「ふぅ」と、ため息か深呼吸かをした後に、両手を顔の横にあげ


「わかった」


 と、場が白けたと降参を示した。

 そのまま、背中を見せ、部屋から出ていこうとする。


「楓、お父様はあなたを愛しています。私よりもずっと……」


 それだけを言い残して、桜花は私の前から消えていった。

 重苦しい空気が、一瞬にして重力が無くなったかのような軽さに、気持ち悪さを感じる。


「私も今回は桜花姉様と同じですよ」


 パイプ椅子を引っ張りだして、座るように促されたので腰を下ろす。

 やはり、花園グループの懐刀を相手にするのは、私には場数が足りなさすぎる。


「わかっているわ」


 だから、ここに連れてきたのだろう。

 桜花と合わせて、私にお灸を据えてもらおうと考えたに違いない。

 瑞希自身はお説教などをするタイプではない。

 褒めて伸ばすタイプの人間なので、常に笑顔を振りまいている。

 そんな生き方をして疲れないだろうか。

 私には到底、真似できない。


「それにしても、楓も大きくなりましたね。昔は桜花姉様を見るだけで、私の後ろに隠れていたのに」


 私の背中をさすりながら、昔話をしてくる瑞希。


「昔のことは忘れたわ」


 お母さんがいなくなって、此花に瑞希と来てからという時間は、なにごともなかったように平凡な日常だけが流れていった。


「それでは、今を大事にしているのですね。刹那さんが学院にいらしてからは、楓の顔にも笑顔が増えましたから」


「そんなことないわよ!」


「ムキになって否定するのは肯定していると、言っているようなものですよ」


 とても楽しそうな声で笑う瑞希を見て、私も一緒に笑い出してしまった。

 確かに、あの子が来てから喜怒哀楽の変化が多くなった気がする。

 それに、あの子といる時間はとても居心地がよくて、つい長居してしまう。

 あの子は花園と言う名前の価値を知っているのか知らないのか。

 私の周りには、花園との接点を作るために近づいてくる人間か、その逆、触らぬ神に祟りなしと、避けて通る人間か。

 それなのに、立花刹那。彼は、それのどちらにも該当しないように思う。


「刹那さんは馬鹿なんです」


 一瞬、瑞希が血迷ったかと思った。


「お金持ちだとか、親が有名であろうが、天才であろうが、彼はそんなのどうでもいいのです」


 私の手を取って、立たせるために強く引っ張ってくる。

 その力に逆らうことなく、立ち上がった。


「一緒にいて、楽しいと言える人と一緒なら、どうでもいいのですよ」

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