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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
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雨の中のドライブ

 やっぱり、夜になると雨が降り出してきた。

 夕食も食べ終わって、いつもの3人は雨でも快適に入れる全天候型、露天風呂に行っている。

 女装中の俺は、部屋のシャワーしか使えないので、今日も髪の毛からしっかりと綺麗にしていく。

 20分ぐらい、シャワーを浴びて、髪の毛を乾かしている時だ。


「幸菜様」


 ドアの向こうから、中村さんの声が聞こえる。

 いつもなら、自由気ままに入ってくるのに。


「はい。開いてますよ」


 髪の毛を乾かすのに、必死で鏡とにらめっこ中。

 ガチャン。っと、音がして、俺の背後に立った。

 鏡に映し出された中村さんはいつものメイド服とは違って、白に薄いライムグリーンのラインの入ったノースリーブで肩にフリルが付いている。それに白のショートパンツをチョイスしていて。ベルトも薄いライムグリーンをしていた。

 メイド服のイメージとは違って、私服は今どきの女性的で、少しギャップを感じてしまう。

 スラっと伸びた脚は、なぎさに負けず劣らずで、胸元は圧勝。

 本人の前で言ったら、罵声か奇声かが襲いかかってくるから言わないけど。


「これから、行かなくてはいけない場所がありますので、ご一緒に来て頂けますか」


 小さなポシェットから、なにかのキーを取り出して、催促している。


「これからって、滝のように雨が降ってますよ?」


 地面に打ち付けられた雨音が、バシッ! バシッ! っと、激しい音を響かせている。


「これからです。これは刹那様、自身にも大切なことですので、できれば、すぐにでも出発をしたいのですが」


 俺にも大切なこと? とはなんだろう。

 それにすぐにと言われても、寮の門限は、はるか昔に過ぎてしまっている。


「明日じゃダメなんですか?」


 学院はあるけど、授業が終わってすぐなら、少しだけ時間は作れるし。


「門限はこちらでどうにかします。急いで下さい」


 これは、強制的に連れて行かれるフラグがビンビンじゃないですか。

 急げと言われても……。

 クローゼットから服を取り出しても、コーディネートするまでに時間がかかる。

 ここは、一番手っ取り早い、制服に着替えるのが楽でいいだろう。

 それに、此花の制服だったらなにかあっても、知名度があるから変なことにはならないだろうし。

 ハンガーから制服を外して、Tシャツを中に1枚、着てからカッターシャツを着こむ、その上にブレザーを羽織って、ズボンの上からスカートを履く。

 そして、ズボンを脱げば、あら不思議! あっという間に制服が着こめてしまう。


「準備できましたよ」


「では、行きましょう」


 俺の手を掴んで、勢い良くドアを開け放つ。


「どこに向かうのかしら?」


 この状況を知ったのか、知っていたのか。

 おそらくは、後者だと思う。

 制服を着ている楓お姉さまがドアの真ん前で立っている。

 鋭い目つき、凍りついたような雰囲気、そして、沈黙が廊下を支配していた。

 この時間は、ほとんどの生徒が露天風呂で、1日の疲れを癒やす時間なので、廊下には誰もいなかった。


「楓。あなたもいらっしゃい」


 言葉のニュアンスは穏やかだが、いつもは『お嬢様』と呼んでいるのに『楓』と呼び捨てになっている。


「言われなくても行くわ」


 と、楓お姉さまが仲間になった?

 仲間割れしているようにも思うけど。

 それはさておいて。

 階段から2つの頭がチラチラと見える。

 お尻は隠しているのに、頭が出ていたら本末転倒じゃないのかな。


「雛。なぎさ。少し出てくるから、お部屋でお喋りするなら使ってていいわよ」


 少し大きめな声で言ったので、2人にはキチンと聞こえたはずだ。

 それに反応したのか、2人がひょっこり出てくればいいけど、1匹だけは獲物を狙う勢いで走ってくる。


「どこ行くの?」


 どこ……だろう。


「まぁ……ちょっと……そこまで?」


 コンビニに行くわけじゃないけど、どこに行くのかも知らされていないので、どう説明したらいいのやら。


「雛もご一緒します!」


 ご一緒しますって、もう夜も遅いのに中等部の子を外に連れ出すというのは、さすがに抵抗がある。


「夜も遅いから、雛はお部屋で待っていて」


「幸菜お姉さまがいるから大丈夫なのです!」


 こうなってしまった雛をなだめるのは、至難の業。

 楓お姉さまと中村さんに視線を向ける。

 2人は、もう仕方ないでしょ。と、言わんばかりに呆れ顔をしていた。


「わかった。2人は着替えてきて。待ち合わせは……玄関にしましょう」


「りょーかい♪」「すぐにご用意するのです」


 1人は面白そうな展開にワクワクさせ、小さな少女はお姉さまと外出ができると心躍らせているように見える。

 緊張感のない2人とは裏腹に、俺だけは嫌な予感しかしなかった。


 滝のような雨は止む姿を想像させず、車のフロントガラスのワイパーが、必死で運転手が運転しやすいように、雨を弾き飛ばしていく。

 あれから、中村さんが車を用意して、みんなで乗り込んだ。

 なぜか、楓お姉さまが助手席ではなく、俺が助手席に座るように指示された。

 後部座席の真ん中に雛を置いて、左右に楓お姉さま、なぎさが座る形で落ち着いた。

 今回は5人ということで、さすがにスポーツカーとはいかず、普通の乗用車である。

 何台、もっているんだろう。

 まぁ、花園グループのメイドさんの給料が庶民のサラリーマンよりも多いのは確かだろうし、3台、4台持っていても不思議ではない。

 うちの親父は中古の軽自動車しか持ってないけど。

 高級感のある革シート。しっかりと手入れされているので、革が輝いている。


「今から、本物の幸菜さんのいる病院に向かいます」


 車内のBGMで流れているクラシックが、静かな音色から激しい音色へと変えていく。


「やっぱり、なにかあったんですね」


 薄々は気づいていたから、大きなショックはあまりなかった。

 後ろの席に乗っている3人も黙って、俺と中村さんの話を聞いている。

 ただ、1人は大雨の中に視線を落として、すべてを知っているようだ。


「現在は昏睡状態で、数日、意識が戻っていないのです」


 華麗なハンドル捌きで、次々と車を追い越していきながら


「幸菜さん、刹那さんに迷惑を掛けたくないとおっしゃっておりました。それで、なにも言わずに手術を受けたのです」


 俺は黙って耳を傾ける。


「ずっと、お兄さんには言わないで。っと、死ぬときぐらいは迷惑を掛けたくないと言っていました」


 車の中の雰囲気を読まないBGM。


「が。私は間違いだと思います」


 ヘッドライドの光が雨で乱反射して、光り輝いている。


「家族なんです。迷惑をかけてもいいと思います。一緒に笑ってもいいと思います」


 だから


「今から奇跡を起こしに行きましょう」


 視界の悪い中、車を飛ばしていくも途中で渋滞に捕まってしまった。

 俺の気持ちは思いの外、落ち着いているのに自分自身で驚いている。

 中村さんの言っていることは事実だと思う。

 幸菜って、自分に厳しい面を持っている。

 勉強でもそうだ。

 此花女学院の入試のときだって、夜遅くまで何日も勉強をしていたのに俺は、家の近くの公立高校に行く予定だったから、そこまで勉強を必要としなかった。


「パパ! 私だけどお願いがあるの」


 もう夜の11時を回ろうとしている。

 なぎさはスマホを耳に当てて、電話し始めた。


「今、高速道路の上なんだけど、渋滞に捕まっちゃって、身動きが取れないの」


 なぎさのお父さんは警視総監だ。

 だけど、現代は一昔のようには権力を使うことは許されない。


「友達の一大事なの! うん。うん。」


 この車はどこにいるの?

 ナンバープレートは?

 なぎさは中村さんに質問をする。

 中村さんも冷静に現在地とナンバープレートのナンバーを教えた。

 すべてを伝えたなぎさは、電話を切る。


「もうすぐ、交通機動隊のパトカーがこっちにくるから、それに従えって」


 なぎさの父親は権力を、一般市民である俺達に行使したのだ。


「でも、それじゃぁお父さんは」


 罰を受けてしまうだろう。

 どんな罰が待っているのかは知らないけれど、身内のために権力を使ったら


「パパにね。この前のことを話したんだ。そしたら、お前も友達のために、なにかできる事があるのならやりなさいって。それってさ、今なんだと思うの。パパもなにも言わずにすぐになんとかするって。だからさ! 早く本物の幸菜の所に向かおう」


 助手席の後ろに座るなぎさが、俺の首に腕を回してくる。


「前は刹那君がんばったから、今度は私の番」


 そうして、すぐにサイレンを鳴らしたパトカーがやってきて、俺達を誘導しながら、渋滞の列を裂き進んでいく。

 雨は一向に止む気配はない。

 フロントガラスに当たる雨の音が、まるで銃弾がフロントガラスに当たっているかのようだ。

 BGMのクラシックの音楽をかき消して、幸菜の存在までもかき消しそうな雨音。

 それでも、みんなは大丈夫と励ましてくれる。

 信じなきゃ。

 兄妹きょうだいの俺が、幸菜を信じてあげなきゃ。

 絶対に此花女学院に通わせて、なぎさと仲良く勉強したりして、雛と一緒に料理なんかして、楓お姉さまと……。


 日付が変わって30分が過ぎて、やっとのことで幸菜のいる病院に到着した。

 みんなが、走って病院の正面のガラス戸に向かう中、楓お姉さまだけは1人、別の場所に歩いて行くのが視界に入る。

 一瞬、足を止めだが「早く行くよ」っと、なぎさに腕を掴まれたので、俺はなぎさ達と一緒に病院の中に入っていった。

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