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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
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メイドの来訪

 月日の流れがどんどん早くなっていく。

 体を動かすことがほとんどなくなってしまっては、やれることは限られ外を眺めているか寝ているだけの日々。

 だけど、お昼限定だけど優香ちゃんが遊びに来てくれている。


「幸菜おねえちゃんはもうおねむさん?」


 知らない間に目を閉じてしまっていたようで、なにか話しかけていたのは覚えているけど、なにを喋っていたのか思い出せない。

 当の優香ちゃんは私のベッドに入りながら今日もお勉強に精を出している。


「そうね」


 自分でも変化がわかるほど、痩せ細った手で優香ちゃんの頭を撫でてあげた。


「ねぇ、優香……」


 鉛筆を机の上に置いて、自分の足のほうに視線を落とす。


「来週、退院するんだって」


「よかったじゃない」


 ここ最近は調子もよかったし、退院は近いと思っていたから、私としては嬉しいかぎりなんだけど。


「だって、幸菜おねえちゃんとおべんきょうできないもん」


 私の顔を見てくる優香ちゃん。

 引き止めて。

 泣きそうな顔がそう言っているように思えた。


「よかったね。ちゃんと学校でお友達いっぱい作るのよ」


 だけど、優香ちゃんの気持ちを裏切る。


「それと、退院したらここに来ちゃダメだよ」


「なんで! ゆうかのことキライなの!?」


 そうじゃないのよ。

 難しいことを理解できないのだから、悟りを開いても理解してもらえないだろう。だから、優香ちゃんが1番嫌がることを言ってあげるのが、子供を納得させる1番の方法。

 私は首を横に振って


「そうじゃないよ。でも、刹那お兄ちゃんは悲しく思うよ?」


「なんで?」


「だって、ここに居たら優香ちゃんが頑張っている姿が見れないでしょ? 運動会のお遊戯を頑張るんじゃなかったの?」


「そうだけど! ゆうかはゆきなおねえちゃんも好き!!」


「じゃあ約束をしましょう」


「どんな?」


「そうね……お友達が100人出来たら、ここに来てもいいわよ。その時はお友達も一緒に、ね」


 無茶な約束だけど、ムキになっている子供は嫌でも納得して約束をする。


「わかった。絶対だよ!?」


「うん。待ってるわ」


 半分、泣きそうな顔をして、小さな小指を私の前に持ってくる。


「やくそく」


 小さな小指に向かって、痩せ細った小指を絡ませる。

 指きりなんて何年前にやって以来かな。

 優香ちゃんが指切りの歌を歌いだし


「嘘吐いたら……お醤油一気飲み?」


 いやいや、それ死んじゃうからね。

 正解は針千本(針を千本)なんだけど、魚のハリセンボンも不正解ではない(俗説では)のだろうけど、魚だと飲ますという言い方は少し違う。たまに勘違いしてる人がいるけど、飲めるなら飲んでみて欲しい。

 針千本も飲めないけど。

 歌い? 終わって、笑顔に早変わり。

 とりあえずは、納得してくれたようで幼稚園の先生にでもなれてしまうのではないかと思った。

 でも、私には未来が存在しないと言っていい。

 そんな夢物語など語れるほどの時間は残っていないのだ。

 そして、最後に迎えに来るのは悪魔か死神に決まっている。

 コンコン。

 部屋のノックがされたが、私は返事をしなかった。

 そろそろでしょうね。


「優香ちゃん。少しだけお部屋に戻っていてもらえる?」


「いいけど。だれかきてるよ?」


「うん。その人とお話があるの」


 勉強道具を片付けて、両手に抱えて病室を後にする。

 そんな可愛らしいしぐさも、病室のドアを開けた瞬間に戦闘の準備をしないといけなくなってしまった。

 見慣れない服装に怖かったのか、一瞬怯んで逃げるように去っていく。

 なにを思ってそんな格好で来たんだろう。


「早く入らないと目立ちすぎて警察呼ばれます」


 今日はとても調子がいい。

 声も思い通りに出せる。

 だったら、大丈夫だ。と、自分の思考、自分の感情、自分の心に言い聞かせる。


「ノックをいたしましたが返事がなかったものですから」


 日本に馴染みのないメイド服をまとい、セミロングの髪の毛が可憐な少女のように似合っている。

 まだ高校生と言われても差し支えない。

 小さな歩幅で背筋はしっかりと伸び、綺麗な姿勢を保っている。


「にいさんがお世話になっています。花園楓の付き人さん。いえ、こっちほうがいいでしょうか? 花園瑞希さん」


「さすがです。どうやって情報を手に入れたのかはお聞きしませんが、たいしたものですよ」


 メイドは私の傍にやってきて、第一にしたことはナースコールのコードを抜くこと。


「てっきり、もう押されていると思っていましたが、押していないようですね」


 メイドがにっこりと微笑む。


「もうすぐ死ぬ人間を殺すバカはいないでしょう」


 じっくりとなぶるような笑顔と視線を、私は真っ向から受け止め対峙する。

 にいさんが捕らえられたのだろうか。

 いや、あの学園にいる以上は、ほぼ確実に大丈夫だと言い切れるほどのセキュリティーが、あの学園には装備されている。

 だったら、花園楓からの差し金だろうか。

 これ以上、邪魔をするなとの警告でも言いにきた。

 だったら、携帯のメールでも電話でもいいだろう。


「警戒しなくても大丈夫です。楓とは関係なく来ましたから」


 思考を巡らせなくてはならない。

 パソコンのCPUのように処理し続け、問いを解で埋めていく。

 1秒間に1つ。

 正義のヒーローのようにはいかない。

 暢気のんきに変身していては、あっさり殺される。

 それが現実。


「外でお話しましょう。車椅子でしたら大丈夫でございますか?」


 私は小さく頷く。

 メイドは介護ヘルパーの資格でも、持っているかのように手馴れた手つきで車椅子に乗せると、外へと歩みを進めていく。

 ナースステーションの前を通りすぎる時、家族か先生以外の人が車椅子を押しているのを見て、声をかけてきた。

 けれど、メイドの話術は完璧で、誰も不審に思うこともなく仕事に戻っていく。

 鳥肌が全身に回っていき、化け物と対峙しているようにしか思えない。


「あなたは私に勝てません。話術でも武術でも時間の長さでもです。ですが、私を超える人物も存在します。花園のあるじであり、1代で世界で10指に入るまでに成長を遂げた花園グループ社長の花園和馬。そして、その秘書の花園桜花はもっと化け物です」


 なぜかエレベーターには誰も乗っていない。

 2人きりという空間がより一層の恐怖感を醸し出す。


「あの2人と敵対しようと思うなら死ぬ覚悟で臨むことをおすすめします」


 ですが、とメイド服の彼女は続きを語っていく。


「中学生のどうでもいい先輩自慢みたいなことはどうでもよいのです」


 エレベーターは目的の1階に到着する。

 扉が口をあけると、彼女は丁寧な操作で車椅子を外の中庭へと誘導してくれる。

 診察待ちの患者さんや受付に向かう人などに、接触しないように、そして、気を利かせてくれる人には「ありがとうございます」と、満面の笑みで謝辞を言葉にする。

 裏の顔なのか、表の顔なのか、定かではないけれど嫌な感じはしなかった。

 確かに化け物のような威圧感は感じる。

 だけど、それとは別の感情も存在しているから、このメイドはあなどれない。

 中庭に到着して、近くのベンチへと腰を下ろす。

 親切に私もベンチに座らせてくれた。

 桜も散ってしまって、緑の葉が生い茂ってきた季節にメイドと2人でベンチに座る光景は、なんとなくシュール。

 私は無言で相手の出方を窺うけど、メイドはなぜか上機嫌なようで、笑顔を絶やさない。


「さすが幸菜様ですね。聡明なだけあって、下手に動いてこない」


「こちらは花園に喧嘩を売れるほどの地位はございませんので」


 と、嫌味を含めて言い返してみる。


「血の繋がりはありませんが、花園の家に居れるのは誇りに思います」


 このメイドは世間話でもしに来たのだろうか。

 昨日、お母さんに頼んでにいさんに送ってもらった資料のことを言いにきたんだろうと、予想していたのに一向に話す気配がない。

 色々と先を考えて、どう対応すればいいかなど考えていると、メイドは私の手を掴んできた。

 いきなりだったので、殺されるのでないかと身構えてしまう。


「今、殺されるとお思いになったでしょう」


 もうすぐ死ぬ人間なのに。

 メイドは両手で私の右手を握ってくる。


「今日、私がここに来たのは……あなたに生きていて欲しいからです」


「な……なんですか!」


 わけが解らない。

 花園楓が刹那を自分のモノにしようとしているのを私は知っている。だから、私は阻止しようとしているのにだ。

 メイドは私に生きろと言った。


「私は、幸菜様に感謝しています」


「感謝されることはしていません」


「確かにそうですが、楓と刹那様が運命的に出会ったのは幸菜様が存在したからでございます」


 運命。

 そんな簡単な言葉で片付けて仕舞えるメイドが羨ましい。

 そんな運命で私はにいさんにひどいことをしたこともある。

 本来なら、にぃさんはこっちで多くの友人達と遊んでいたに違いない。


「楓は刹那様と出会って、一緒に過ごすようになって、学生という今しか味わえない時間。それを刹那様が教えてくださいました」


 あなたでは無理だったでしょう。

 そう言いたいんだろうけど、言葉にしないのが大人の対応なんだと思う。


「察しが良くて、頭がよく、キレがいい。兄妹きょうだいで正反対。だからでしょうね。此花このはなは賢い子が多いので倒せない敵には近づかないのです。幸菜様もそうでしょう? 私を敵視はしているのに、黙っているのは強い敵に噛み付かないのと同じです」


 反論の余地もない。

 にぃさんって怖いもの知らずで誰とでも仲良くなれる。

 なのに、私は家族以外と極力喋らないようにしてきた。

 昔は友達を作ろう! そう思った時期もある。

 喋りかけて来てくれる人にぎこちなかったと思うけど、笑顔で接していた時期。

 特に、1人の同級生は優しく接してくれていて、友達になれるかな。仲良くできるかな。

 少しの恐怖はありながらも、ドキドキした気持ちを今も忘れることはない。

 それも1ヶ月で崩壊した。

 崩壊した? いえ、崩壊させた。のほうが正確。

 放課後、にぃさんと帰ろうと昇降口で待ち合わせしたものの、忘れ物をしたので教室に戻らくてはいけなくなった。

 誰もいないと思っていた教室で、その同級生と取り巻きの同級生達がなにやらお喋りをしていて、なぜか教室に入ることを躊躇ためらう。

 そっと、見えないようにドアの横に1歩、移動して壁に背中を預ける。

 だって、にいさんの名前がちらほら挙がっているから。

 小学生の高学年ともなれば、恋愛に興味を持ち始める時期で、A君かっこいいよね。B君は優しいけどちょっとねぇ。

 そこに追い討ちをかけるように、親しくしていてくれた子がにぃさんのことを褒めちぎるのである。

 可愛い顔がいいよね。柔道が強いとかちょープラスポイントだよね。

 にいさんが褒められるのは妹としては嬉しかった。

 だけど異性としては……。


「それで妹のほうに近づいたんだけどさ、まったく以って刹那君に近づけないから、そろそろ潮時かなって」

 周囲は大笑いで「ひっでぇ」「まぁ、それぐらいしか価値なかったんならいいんじゃない」


 そっか。

 私って、にいさんと近づくためぐらいしか……。

 友達なんてもういらない。

 にいさんが居ればそれでいい。

 なにも気にすることはない。

 教室の中に歩みを進め、同級生達が罰の悪そうな表情をしていたのを覚えている。

 無言で机の中に手を伸ばして、算数のノートをカバンに入れて、カバンを背負う。


「立花さん。今のはね」


 言い訳するしかできないのに、なにを説明しようとしているんだろう。

 見苦しいにもほどがある。


「大丈夫です。なにもにぃさんには言いませんよ」


 その言葉だけを残して、教室を後にした。

 翌日、彼女は学校に登校することはなく、3日後には転校したと担任から、みんなに言い渡された。


 

「だから、楓と出会った幸菜様は距離をおいたでしょう」


「にいさんは……元気にしていますか?」


 メイドは小さく頷く。


「雛子ちゃんとなぎささん。いい子だと聞いていますけど、本当ですか?」


「えぇ。とても刹那様と仲良くなされています」


 よかった。

 もうこれで私は必要ではない。

 にぃさんには私のお守りばっかりで、友達と遊ぶことも断っていたのを知っていた。

 それで友達が離れていったのも知っている。

 これで心置きなく死ねます。


「ありがとうございます。短い時間になると思いますけどにぃさんを、刹那をよろしくお願いします」


 運命とは変えられるモノではない。

 奇跡とは望むモノの前にしか現れない。

 だから、最後ぐらいはにぃさんに迷惑のかからない方法で死ぬぐらいしか


「生きていたいと願ってくださいませんか?」


「もう、花園楓が先手を打っている状況で、どうしろというのですか!!」


「願いなさい!」


 手を強く握り、強い視線で私を見てくる。


「ならば、奇跡は起きます。わたくしがお見せしましょう」

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