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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
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きっかけ③

 車が到着したのは、家ではなくちさとが手術を受けている病院の前。


「今日は学校に行かなくていい。降りるなら降りなさい」


 わたしは躊躇ためらいもなく車のドア開け、アスファルトに足をつけて立ち上がる。

 病院の中に、ちさとの両親はまだいるだろうか。

 もう会うな。と言われたのが数時間前。それなのにノコノコとやってくるのは、馬鹿でしかないんだろうな。

 車のドアを閉めると、親父達はすぐに車を発進させて、すぐに視界から消えていった。

 朝日が昇り始める時刻になって、時間の長さ、事故の大きさを感じ、これからどうやって償っていけばいいだろう。

 病院の正面ドアには向かわず、とある人物を待ち伏せするのに、良い場所はないかと病院の建物をグルっと回る。

 大学病院となれば、建物の規模が大きく1周するのにも、15分ほどの時間を要した。

 その中でも、関係者用の通用口が集中している場所を発見したので、邪魔になりそうにない道路を挟んだ倉庫のような場所で待つことにした。

 太陽は刻々と位置を変え、人の通りが多くなったと思えば、トラックや商用車の出入りが多くなる。

 母親の診察が終わるのを待ちきれないのか、小さな子供が探検とでも称して、1人であっちいきこっちいきを繰り返しているのを、わたしは暇つぶしのように目で追う。

 だが、子供の探検も終止符を打たれることになる。

 看護士という、病院内の雑兵に見つかってしまったのである。なにか喋っているのは、子供に注意していると見ているだけで伝わる。だって子供の顔がシュンと泣きそうな顔をしていたから。

 お説教が終わったのか、看護士の女性が笑って頭を撫でてあげると少年の手を取り、2人で母親のいる待合室に向かっていったに違いない。

 日差しがドンドン強くなって、日中は30度を越す猛暑に突入している季節、バカなわたしは外で待っている始末。

 汗が溢れて、服が汗を吸い込み、ベタっと張り付く服が気持ち悪い。

 中に入ろうにも、ばったり出会ってしまう可能性もあるわけで……やっぱりここで待っているほうが無難か。

 携帯電話で時刻を確認しては、ポケットに戻す。を幾度か繰り返していると、やっとお目当ての人物が姿を現す。


「あ、あの!」


 道路を挟んだ距離からの呼びかけにも、彼はこっちを見て、手をあげると走り寄ってきてくれた。


「よかった。もう家に帰ってしまったかと思ったよ」


 彼の表情や声のトーンから汲み取れるには、ちさとは最悪の事態は脱したと思っていいのかもしれない。

 それでも聞いておかないと落ち着かない。


「あの、ちさとのほうは?」


「大丈夫。最悪の事態は脱したよ」


 彼の言葉を聞いて「よかった」と、やっと安堵の言葉をもらすことができた。


「ありがとうございました」


 頭を下げて、彼に背中を向ける。だが、彼の手がわたしの手を握り「見ていかないのかい?」と、問いかけてくる。


「わたしにそんな資格はありませんから」


 手を掴んだまま、彼は歩きだす。

 わたしの足がもつれるほどの勢いで歩き出す彼に、制止の言葉を投げかけても止まることはない。

 階段を彼と一緒にのぼっていると、看護士の人から奇怪な目で見られて、患者さん達はヒソヒソと耳打ち話をしだしたりと、この人はそんなに有名人なのだろうか?

 着いた先はICU(集中治療室)の前だった。

 埋め込み式の窓ガラスの向こうに、点滴用のチューブが固定され、口には酸素を供給しているマスクが取り付けられた状態でちさとは眠っている。

 心電図が綺麗な波形を作って、今にもむっくり起き上がっても、抵抗なく現実を受け入れてしまいそうなほどだ。


「今は手術の後だから、麻酔で眠っているけど、夕方には意識は戻っていると思うよ」


 優しい口調で喋りかけてくれたせいなのか、ちさとの顔を見て安心したのか。たぶん、両方だと思う。

 腰が砕けたかのようにヘタリ込み「よかった」っと、無意識に声が出てしまっていた。


「大丈夫かい?」


 差し伸べられた手を掴み、立ち上がろうとしたけど、やっぱり腰がうまく入らない。

 ふむ。と、わたしの前で背中を向けて座り込む……?

 この体勢ってやっぱり……。


「僕の背中に乗って」


 おんぶ! しかも男!!

 女でも困るけど、異性とかハードル高すぎるんじゃないですか? って誰に聞いているんだろ。

 しっかりしろ! わたし!?


「立てるってぇ……」


 手すりに掴まり立ち上がろうと孤軍奮闘するも、見るも無残な結果で彼の背中に背負われるフラグがビンビン。わたしの心はドクンドクン。

 ニコリ。

 彼の笑顔にわたしの顔は真っ赤。

 流れを完全に奪われてしまっては、従うしかなく……。

 どうするアイ○ル状態。

 どうするもなにも、首に腕を回して体を背中にくっつけて、彼がわたしの太股を掴み立ち上がる。

 曲りなりにもわたし、女の子なんだけどなにも気にした様子もなく、おんぶされては精神的には傷つく。

 彼の髪の毛から汗の匂いがして、鼻の奥へと流れ込んでくるが、不快に思うどころかフェロモンを刺激してきやがる。

 この状態はいつまで続くんだよ……。

 車で家まで送ってくれると、ほぼ強制に駐車場に向かうのだが、診察の待つ人の群れと言って良いほどの患者さんに凝視され、辱めを受け、特別な性癖に目覚めないかと自分で自分を心配する。

 変な性癖に目覚められても困るんだけど。

 正面の自動ドアが開く、冷房の効いた病院内から外に出るだけで、夏の猛暑が襲い掛かってくる中で、だ。

 おんぶしている、されている2人はすぐに汗が吹き出してくる。

 丸1日、お風呂に入っていないと、どっちもどっちかと言いたくなるが、さすがに今の状況では言いたくないし、そこまで女を捨てたくない。

 駐車場まで数分という距離だが、どちらからも喋りかけることをしないから、無駄に緊張して無駄に時間の長さを感じる。


「汗臭くてごめんね」


 今更だ。


「手術が終わってシャワーを浴びようとしたんだが、関係者用の通用口の前にかわいい猫ちゃんがいると聞いて、すぐに来てしまったんだ」


 真っ赤だった顔は真紅に変わったと言えば、簡素に状況説明できているだろうか。

 事故現場から移動するのに使った乗用車に乗せられたのは覚えている。外に出て数秒までも覚えている。なのに、その間の記憶は存在しない。

 もういい、覚えていないものは覚えなくていいと思うから忘れるのであって、その記憶が必要になれば自然と思い出すはずだ。

 彼が運転席に座ってキーを差し込む。

 時計回りにキーを回して、エンジンに火を入れたら気の利いたクラシック音楽が流れ始める。

 あぁ……、興奮から冷静になるっていうのは、周囲の音を正確に聞き取れるということなのか。

 車をバックさせて前進。来院のために車やタクシーが行き来するのを隠れながら盗み見る。


「大丈夫だよ。沢渡ちさとさんのご両親が来るのに時間がかかるだろうから」


 意味ありげな物言いに理由を聞きたくなるが、そんなことはしない。

 聞きたいかい?

 聞かなくていいのかい?

 僕が言うと思うかい?

 今度は彼の顔を盗み見る。

 正面を見据えて、時折、ルームミラー。サイドミラーを覗き見て、わたしをちらっと見て微笑む。

 すぐに視線を隠してしまうのは……やっぱり……否定しておく。全力で!


「そういえば、君の家ってどこだっけ?」




 家に着いて、お礼を言って、外に足を差し出す。


「そうだ、電話番号を交換しよう」


 ちさとの状況を逐一、連絡してあげるよ。

 わたしの番号は…………。

 僕の番号は…………。


「って、今まで名前を知らなかったね」


 ここで初めて彼の名前を教えてもらった。

 広瀬修一ひろせしゅういち

 少ない登録件数の中に1つ、新しい名前が登録された。


「ありがとうございます」


 これからもお世話になるのに、『ました』は失礼極まりない。

 わたしの浅はかな知識による言葉の使い方。

 広瀬さんは手を振って、車を発進させる。

 曲がり角に差し掛かった車、このまま曲がらなければいいのに。

 そんな想いとは正反対に道路交通の事情により、車は右折して消えていく。

 トクントクン。

 胸を押さえて微笑む。

 あぁ、恋をするってこういうことなんだろうな。

 



 月を見上げるわたし。

 外灯の光に負けず劣らずの神々しい光を浴びて、携帯電話を握り、ベランダの手すりに寄りかかっている。

 家に帰ってきて、少しだけ眠ろうとベッドに倒れたのはよかったけど、起きればすでに夕方の6時を回っている始末。

 携帯を確認しても連絡はなく、仕方ないのでリビングへと降りてみる。だけど、全身筋肉痛のように、体を動かせば鈍い痛み。

 これが事故をするってことで、おばあちゃんみたいに腰を曲げながらゆっくりと階段を下りていく。

 リビングに到着したけど、親父の姿はなく、母親だけがキッチンで晩御飯の支度をしていた。


「かあさん。親父は?」


「ちょっとお仕事行ってくるって」


 冷蔵庫から麦茶の入ったポットを取り出して、かあさんが用意してくれたコップに注いで、テーブルの椅子に腰を落とす。


「どう? 体が痛いと思うけど、吐き気とかない?」


「うん。大丈夫」


 いつもと変わらないリビングなのに落ち着かない。

 一足先に食べちゃいなさい。ってかあさんがわたしのご飯を用意してくれたので、そのままご飯を食べることにした。

 かあさんはいつものように、ご飯は親父が帰ってきてから一緒に食べるので、お茶の入ったグラスを片手に向かいの椅子に座る。


「学校から連絡があって、明日は職員室に来てほしいと言ってたわ」


 これだけの事故を起こして、学校にバレないはずないよな。

 停学。いや、退学もありえるかも。

 退学だったら親父になんて怒られるだろ……。

 ちさとのこともだし、一気に憂鬱。


「お父さんがね、もうそろそろ将来のことも考えたらどうだって言うのよ。私はまだ早いって言っているんだけどね」


 なんて、かあさんが笑いながら言うけど、言われてみればわたしも高校2年生か。

 来年には就職か大学に進学の2つを選ばないといけないのか、1日ぶりのご飯を胃の中に流し込みながら、なにがしたいんだろうって。

 好きな物。好きなこと。好きな人……いやいやいやいや……。

 おかずを口の中に放り込んで、ご飯も放り込んでモグモグ……。


「恭子はなにかやりたいことってあるの?」


 かあさんに言葉にされると、なにか真面目に考えないといけないって使命感のような複雑な気持ちに……。

 ペットのように優しい飼い主さんに飼われているのなら、シッポを振って、飼い主の傍でおとなしくしておけばいいかもしれないけど、人間という人類は違う。

 最終的には社会に出るか、家庭を持って家事をするか、のこれまた2択。


「かあさんは高校生のときって、なにかやりたいことってあったの?」


「かあさんはね。料理の先生とかやってみたいと思ってたわね」


 確かにかあさんは料理が好きで、飽きずに毎日、手作りのお弁当に朝ごはんに晩ごはんを用意してくれている。

 お菓子もたまに作っていたりするから、料理の先生っていうのもかあさんには合っていたのかも。 


「じゃあさ。わたしってなにが合ってると思う?」

 



「それは自分で考えなさい……か」


 かあさんのように料理が出来るはずもなく、歌がうまい訳でもない。とてもじゃないけど美術は綺麗に3年間1をとり続けた。

 才能っていう才能を持たないのがわたし。

 なにをやってもうまく出来ない。

 ………………。

 ダメじゃんか。

 夜風に当たれば、なにか思いつくかとベランダを選んだけど、間違いだったかな。

 携帯のディスプレーを覗き込むけど、やっぱり連絡がないってことは。と、いきなり広瀬修一という文字と一緒に着信音が鳴って、電話が掛かってきたことを知らせる。

 ワンコールも経たない速度で通話のボタンをプッシュ。即座に携帯を耳。


「も、もしもし!」


 声が裏返りそうになったけど、なんとか相手にはバレない程度には声を出せたと思う。


「夜分、遅くにすまないね」


 夜分でもないけど。なんて突っ込みは言わない。

 比較的、落ち着いて話は出来そう。

 もうちょっとキョドキョドすると思ったけど、電話越しだと落ち着けるらしい。


「ちさとさん。意識を取り戻したよ」


「ほんとですか!」


「あぁ。まだ意識が戻ったばかりだから、絶対に安静だけど」


 よかった……ほんとよかった。

 安心すると涙が溢れてくる。

 手で涙を拭きながら「ありがとう」って言うわたしに


「君と約束したからね」


 と、広瀬さんの言葉に胸がジーンとして、針で突かれたように痛い。


「ごめんね。まだ勤務中だからすぐに戻らないといけないんだ。それじゃぁ電話を切らせてもらうよ」


 なぜかもう会えないような気がした。

 だからなにか言わないとって、こんなことを聞いたんだっけ。


「医者になるのって難しいですか」

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