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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
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きっかけ②

 男性は救急車の後ろをピッタリと付いていく。


「ちょっと運転が荒くなってしまうけど勘弁してくれ」


 わたしは黙って、男性の言葉に頷く。

 ちさとが生死を彷徨っているというのに、事故を起こした張本人が「痛いからゆっくり走れ」などと言えるはずがない。

 救急車はサイレンを鳴らして、一般車両に道を空けるようにマイクで声をかけながら進んでいく。

 まだ病院に着かないのかよ。

 時計を見ても数分しか経っていないのに、1時間は経っているような錯覚。


「もう少しだよ」


 男性はハンドルを握りながら、わたしを落ち着かせるよう、優しく声をかけてくれる。


「ちさとは助かるんだよな」


「言っただろ? 助けるって」


 男性の言葉は堂々としていて自信に満ち溢れていた。

 だから、私もこれ以上なにも言わずにジッと病院に着くまで、黙っていることにする。

 右折したり左折したりを繰り返して、やっと病院に着いたのはそれから5分後のこと。

 救急車は救急所定の停車場所に向かって、わたし達は一般の駐車場へと車を止め、急いで病院へと駆け込んだ。

 大きなガラス張りの自動ドアを抜けると、看護士の人達が遠慮せずに大股で廊下を走っていたが、男性を見るや否や「先生!」と、足を止めて男性に近づいてくる。

 先生? なにを言っているんだ? クエスチョンマークが脳を制圧し、パニック+混乱って言ってる傍から矛盾してるし。


「僕が担当するから、患者の迎え入れをお願いします」


 男性が指示を出すと「わかりました!」と看護士の人達は、足早に男性の前から消えていってしまう。


「君も治療をしてもらうから、外科の前に座って待っていて」


 それだけを言い残して、男性は関係者専用の扉を押し開けて、私の前からいなくなってしまった。

 数分して、看護士の人がわたしを呼んで処置室へと通される。手馴れた手つきで消毒、その後に軟膏などを塗り、ガーゼで傷口を塞いで、私の処置は終了した。


「あの、救急で運ばれた子は?」


「まだ処置しているし、状態が状態だから……」


 と、言葉を濁す看護士さんにわたしは頭を下げて、処置室から逃げるようにして飛び出す。

 そして鉢合わせ……。

 ちさとのお父さんとお母さんとは、1度だけ、顔を合わせたことがあったので、向こうもわたしの顔を見るなり眉間に皺を寄せ、睨みを利かせてくる。

 わたしは謝ることも出来ず、視線を真っ向から受け止めることしか出来ない。

 殴られる覚悟はあった。

 逆に言えば殴られたほうが楽だったと思う。

 だけど、ちさとの両親はなにも言わずに、看護士さんを見つけて「救急で運ばれた沢渡です」と、告げると「伺っております。こちらのほうへどうぞ」と、別室へと案内されていた。


「君が事故を起こした子かな?」


 声をかけられて顔を上げると、とても綺麗な重厚感溢れる制服に、きちんと手入れされているバッチが病院の蛍光灯にいろどられ、無駄に光を反射させていて、喧嘩でも売っているかのようだ。

 119番に電話をしたことはないが、どうして怪我をしたなど聞かれ、事故の場合は警察にも連絡が入るようになっている。

 それで現場に誰もいなかったので、こっちに来た。って訳か。


「そうです」


 素っ気無く返事を返す。


「とりあえず、免許証の提示。お願いできますか」


 マニュアルに書かれていることを機械的な口調で吐き出して、擦り切れて穴が開いているGパンのポケットから、長年愛用し続けた財布から真新しい免許証を警察官に手渡した。

 免許証を確認した警察官は相棒に免許証を渡すと、なにやらメモを取り始める。


「えっと、門脇恭子さんだったね。一応ね、未成年者だから親御さんを呼ばないといけない決まりなんだ。だから、おうちの電話番号、教えてもらえるかな?」


 事務的、機械的な質問にわたしは次々と答えていき「親御さんが到着したら教えてね」なんて、機械が愛想振りまくな! 

 なんて……事故を起こすような事をしたのはわたしで、警察の人はまったく関係ない。

 親父と母親か。

 母親はともかく、親父が来るのか。

 ちさとのお父さんとお母さんになんて謝ればいいだろうか。

 すみません。

 ごめんなさい。

 申し訳ありません。

 わたしの方が機械じみている謝罪の言葉しか浮かんでこない。

 呼吸するのが精一杯で、ちさとは大丈夫だろうか。命に関わる状態ではないのか。頭の中はパンク寸前のフル稼働の24時間勤務中。

 時間の流れる速度も忘れ、ひたすらちさとの事に思考を巡らせては消去。デリート。改変。改ざん。そしてBackspace。

 微動だにもしない体は凍り付いてしまった体は、南極の氷の中で固まっているマンモスのように、歴史的価値を見出すこともない。

 床のタイルの汚れをずっと見ている。顔を上げて見渡してみるのもいいかもしれないなって思っても、行動にすることはなかった。出来なかったの間違いか。

 少し離れた正面の自動ドアが申し訳なさそうな音を立てつつ、二人分のスニーカーの音が少しづつ大きくなり、床の汚れを隠すように、男性用の白いスニーカーが視界の端っこから入り込んできて数秒。

 なんの躊躇ためらいもなく、頬に激しい衝撃。ふらつくなんて優しい言葉で片付けられるはずもなく、座っていた椅子から体が浮かび上がって床にファーストキス。


「お父さん!」


 母親が親父に言葉を投げかけ、それを華麗にスルー。

 とっさに警察の人も慌てて間に入るも、親父が睨みを利かせるとメデューサに石化されたように動きを止める。

 そして、タイミングよく話が終わったのかは定かではないけど、ちさとの親御さんが別室から姿を見せ、こちらに視線を向けて静止し、こちらの行動を観察でもしているようだ。

 一発でノックアウトを食らったボクサーなわたし。

 掴まれている髪の毛を引っ張られ、毛根から髪の毛が抜けてブチッて音が鼓膜を震わせようと、親父は気にすることもなく、ちさとの両親の前へと引きずってやっと開放。

 なにを血迷ったのだろう。親父が頭を下げていた。


「娘が取り返しのつかない愚行を招いてしまったこと、申し訳ありません」


 わたしの頭を押さえつけ、一緒に謝罪になっていそうでなっていない頭の下げ方には、どちらも一切気にしない。

 母親も慌てて走りより、一緒になって頭を下げた。


「頭を上げてもらえますか」


 親父の頭は上がらない。

 いつの間にか力を失っていた親父の手が、自然と頭を撫でるかのようなポジションに変わっている。上げようと思えば上げれる頭を上げようとは思えなかった。

 「……はぁ」とちさとの父親が溜め息を漏らし、どうしてこうなったんだと、小声で言われたような気がした。


「こうなってしまったものは仕方ないでしょう。時間はさかのぼったりしないんですから」


 ちさとのことが可愛くないのだろうか。淡白な口調での物言いに、苛立ちを覚える。

 ずっとウザい奴って思っていたけど、いざ、居なくなるかもって思うと、ちさとにわたしは依存していたのかもしれないと気づく。

 依存って言葉は不適切かもしれない。友情に依存もなにも存在しないし、どれだけの時間を過ごしたかも関係ない。ただ言いたいのは


「とりあえず、もうあの子に近づかないでもらえます? これ以上、わたしに迷惑を背負わされてもめんどくさいんですよ」


 飛び出したかった。ぶん殴ってやりたかった。ナイフがあれば刺してやりたかった。

 怒りに震えるわたしに、頭を下げている親父は少しだけ頭を撫でたように思えた。

 わたしは親父が嫌いだ。


「これはダメだ」「高校は行かせる」「深夜の外出はダメだ」「勉強しなさい」「ピアスを開けるなど……いますぐ外せ」「早く寝なさい」「友達は選びなさい」「今遊んでいる子とはもう会うな」


 わたしは親父のペットじゃない!

 いつからか、わたしから親父に話しかけるのが無くなって、親父だけが一方的に喋りかけてくる。


「学校はどうだった?」「そこそこ」

「友達は出来たか?」「必要ない」

「アルバイト始めたのか?」「親父に関係ない」

「なにか欲しい物でもあるのか?」「そんなとこ」


 たぶん、高校生になって会話したのがこれぐらい。

 なんでも縛り付けてくる親父が大っ嫌いで、わたしは鳥かごの中の鳥ではいたくなかった。


「申し訳ありませんが、一方的に娘が悪くなっておりますが、詳しいお話を聞いたのでしょうか」


 だから、今の言葉が信じられない。


「怪我をさせたのは、大変申し訳ありません。ですが、警察の方もどういった状況かわかっていないはずです。なのに、うちの娘だけを悪者にするのはおかしいと思うのです」


「なにを言っているかと思えば……うちのちさとは私に従順な子です。なに戯言を」


 お互い、視線は合わせずとも火花を散らすかのように、言葉の駆け引きを繰り広げているのを、黙って見ていた警察官の人が間に割って入る。

 そこで2人の駆け引きは終わり、ちさとの父親と母親はわたし達の前から消えて、わたし達は現場検証のために事故現場に移動。そこでも一波乱。

 わたしの証言に嘘があると言い出した。

 その時間に追跡していた車両は存在しない。


「わたしは嘘をついてない!」


「そう言われてもねぇ。無線で聞いてみたけど追跡の記録は残っていないらしいしね」


 なんてしらを切る。

 絶対に後ろから当たられた衝撃があった。

 そうでなければ、転倒するなんてありえない。

 免許を取り立てで技術も未熟かもしれない。だけど、きちんと教習所に行って、試験も合格した。

 走る。止まる。基本動作はしっかりと身に着けないと合格できない。

 今回は教習所で出せる速度を超えていたのは認める。だけど、なぜそんな速度を出さないとダメだったか。を、考えてもらえれば、わたしの言っていることも虚言きょげんではないことは一目瞭然なわけで……。

 ちくしょう!

 わたしの言っていることは誰にも信用しないってか!

 わたしだから……なのか……。

 悔しい。

 小さな手に握りこぶしが生まれていた。


「僕の娘が嘘を吐いているとでも言いたいのですか?」


 母親は車の中で待っている。となれば、この声の正体は親父である。


「嘘ではなくて、やはり転倒して気が動転していると考えるのが妥当かと」


「では、こちらで調べさせて頂いてもよろしいですか?」


 警察官は「どうやって調べる気ですか」と、半ば飽きれた様に返事をするけど、親父はそれに対して答える気は無さそうで「ご自由にどうぞ」と仲間のほうに消えていく。


「覚えておきなさい。1つ間違えればすべてを失う」


 それだけを親父は告げると携帯電話を取り出して、どこかに電話を掛け始める。

 声のトーンから友人の誰かだろう。「今度は俺が奢るよ」と最後を締めくくると折りたたみ式の携帯電話をポケットに仕舞い込む。


「もうすぐ友人が来る、話はそれからにしよう」


 車に戻っていなさい。と、わたしの背中を優しく押してくれるので、わたしは素直に聞き入れることにした。

 車に戻るとお母さんが「体は大丈夫なの」って聞いてくるので「うん。大丈夫」と返事をする。


「お父さん。恭子が事故をしたって聞いて、飛んで病院にまで行ったのよ」


 お母さんがペットボトルのお茶を手渡してくれたので、キャップを開けて、1口だけ喉を潤す。

 久しぶりの水分補給に、体は歓喜したようにお茶を体内へと取り込むが、ちさとが心配で、それ以上は飲むことができなかった。


「どうせ、私がまた馬鹿したって感じでしょ」


「それだったらよかったんだけどね」


 車の中から親父を見つめる。

 壊れたバイクを後ろから見たり、前から見たり。


「怪我はないのか! どこの病院だ! 母さん、車の鍵は!! って大騒ぎでね。お父さんもあんたも不器用だから、どうしてもぶつかっちゃうけど、あんたのことは私よりも愛しているのよ」


 なんて、ここに親父が居たら「母さん」って、少し低い声で威嚇していたに違いない。

 わたしはなにも言わずに押し黙る。

 ここで、「そうなんだ」って納得してしまうのは、癇に障る。それに


「あの親父がそんなこと言うわけないだろ」


 って、心とは反対の言葉が口からポロって出てしまっていた。



 20分ぐらい経っただろうか、お父さんの友達らしい人がやってきて、威厳有りげにお父さんと一緒に警察の人の前に行く。

 事故を起こした張本人が車の中で見ているだけなのは、さすがに居心地が悪く、ドアを開けて親父の隣へと足を運ぶ。

 遠目からでも、わかる警察官達の態度の変化。

 猫背の警察官は背筋に針金でも差し込んだのか、反り返るように背筋を伸ばして敬礼。そして言葉遣いが丁寧語になっている。


「この人、警察署の署長なんだよ」


 なにも言っていないのに説明をしてくれた。

 親父と同じ歳ぐらいのサングラスを掛けて、外見そとみからでもわかるムッキムキな体格から、映画俳優でも通用してしまいそう。


「でだ、お前らはなにを隠している?」


 到着するなり、少しだけ親父と視線を合わせると、部下であろう警察官に挨拶もなく問い詰める。


「な、なにも隠してはおりません!」


 ほほう。なんてかっこいい刑事でも演じているって……本物だったのを忘れてしまっていた。

 親父も黙って見ているだけだし。


「警察官たる者が虚言を吐くとは重罪に処される。わかっているな?」


 間髪入れずに話を進めるおじさん。


「交通指導課の31号車のバンパーのちょうど真ん中辺りに、黒いゴム製の物が付着していたそうだ……それを鑑識に回したら石橋製のタイヤの物だという……まだ、俺の口から言わせる気か?」


「も……も、も、も、も、も、も、申し訳ありませんっ!!」


 さっきまで、強がっていた警察官も、180度に折りたたまれた体が情けなさを感じさせる。愚の骨頂とはこの事を指すんだろうな。

 すべての経緯いきさつをおじさんは聞くと「関わった人間には処分を下す」とだけ告げ、背中を向ける。なので、ワイルドなおじさまはわたしと顔を合わせる形になる。


「しんちゃんありがとう」


 いやいや、ダンディなおじさまにしんちゃんとは、お尻を出して、永久的に幼稚園に閉じ込められている子か、エロ……後者はどうでもいい。

 締まりの無い名前に驚愕きょうがくはしたが「いや、たかしの為だ」と男同士の友情に、少しだけいいなって思えてしまう。


「それと、お嬢ちゃん」


 ダンディ、ワイルドなおじさんはわたしのすぐ前へと移動してくる。ダンディな匂いがふわりと鼻の奥へと流れ込んで、少しクラっとするかと思ったけど、そんなこともない。

 ムシューダの匂いがするおじさんは、わたしの頭に軽くチョップをして


「お嬢ちゃんも、この世のルールにはしっかり従うこと。それは人間としてのルールだ。それでも人間で在りたいのなら……ルールを変えるこったな」


 悪法もまた法なり。

 おじさんはクルっとターン、ガクブル震えている部下を見て、おでこに指を当てて首を振る。


「こっちは任せておけ。娘さんも他にやることがあるだろ?」


「今度はご馳走するよ」


 言葉で返事はせず、親指を立てて返答。

 わたしも小さくお辞儀をして、親父に背中を押されながら車へと戻る。

 パタン。

 わたしが乗り込んだ後、親父がドアを閉めてくれたんだけど、久しぶりに見た親父の顔には涙が溜まっていた。

 ごめん、親父。

 心の中で謝罪をして。

 親父が運転席に乗り込んだのを見計らって


「親父……ありがと」

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