表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
もう1度、あなたの名前を呼んでいいですか?
32/131

ネガティブ思考

 手には優香ちゃんの忘れ物である筆記用具とプリントを持って、ナースステーションを横切ろうとした。18時ぐらいになったらパートを終えたお母さんがお見舞いに来てくれる。

 それまでには病室に戻って「おかえりなさい」って、出迎えてあげる。それぐらいしか出来ないから。

 だけど、ナースステーションは息苦しいほどのエナジーがほとばしっていて、俗に言う『人除けの結界』でも張り巡らせているよう。

 その根源となっているのが、主治医の門脇先生だと見て解る。

 なにやら書類のような物を持って、看護士の人に怒鳴っているので、先生の気に障るようなことをしたのは一目瞭然。


「先生。外にまでどす黒いオーラが飛び火してますよ」


 まるで他人事のように、私は結界内へと足を踏み込む。

 門脇先生は私を視界に捕らえると、少しイラついたようで、「熱があるんだから寝てろ」っと、患者に向けられた言葉とは思えないほどに冷たい。


「これを届けに行くだけですよ」


 手に持っていた筆記用具とプリントを、胸元でフラフラ振り強調。


「お前は学校の先生か。それとも幼稚園の先生か。まぁどっちでもいい」


 手に持っていた書類を看護士に投げつけると「わたしの机に置いておけ」と、指示を与え、私の手に握られている物をさらううと「これも届けてやってくれ」と、それは優しく机の上へと置かれた。


「病室、戻るぞ」


 ただそれだけを告げ、私の肩に腕を回して、半ば強制に病室へと戻された。



 ベットに寝かせられた私は、先生の診察を受けた。

 いつもの定期的な物に加え、喉を見たり聴診器で心音を聞いたり。

 問題のある体なので、複雑な表情をしながら診察をしていく。

 先生いわくは、これ以上の薬の処方は好ましくないと言われた。だけど、熱が37度8分と、さっきよりも熱が上がっていることから、薬を処方して様子を見ることにすると診断された。


「なぜでしょうか。熱があるのにダルいとかしんどい。といった症状がないんですけど」


「ま、元々がその体だ、ダルいとかの症状は常日頃から出てるんだろうな」


 先生は窓を開けて胸ポケットからタバコを取り出すけど、すぐにタバコをしまい窓を閉める。

 外は陽が落ちて夜になろうとしている。もうすぐお母さんが来ると察知したのでしょう。


「そういや、今……なんでもない」


 何を言いたかったのか、わからないけど追及すると機嫌を悪くするので黙っておく。患者が先生の顔色を窺うのもおかしな話だけど。

 この先生をさっきみたいに不機嫌にすると、とってもメンドクサイ人なのは、2年付き合いから重々承知している。


「今日はもうベットから出るなよ」


 それじゃあな。

 先生は病室を後にした。

 そして私はポツリとつぶやく。


「相当に悪いみたい」


 医者として、特に変わった行動をしている訳ではない。だけど、それが逆に不自然な行動で、門脇恭子としての行動ではなかった。

 窓の外は薄暗くなって、駐車場の光が煌々と桜を神秘な物へと変化させるよう、一途な光線を放っている。

 死ぬことが怖いと思ったこともあったけど、今はそう思うことがなくなってしまって、死ぬことが当たり前なのだと最近思う。

 なにが怖いのか。それは大好きな人を悲しませるのが怖い。

 私って身勝手で、強気なくせに、弱い。

 何が弱い? すべてが弱い。

 にぃさんが此花このはな女学院に潜入して1日目だというのに、屋上の一件で兄離れが出来ていなかった。

 ずっとにぃさんやお父さんやお母さんには迷惑をかけている。病室もそうだ、大部屋で良いと言ったけど、年頃の女の子だからという理由で、お父さんは迷わずに個室を選んだ。

 お母さんもパートが終わったらお見舞いに来てくれて、「病院食だけだと味気ないでしょ」って、こっそりおかずを持ってきてくれる。

 そして、にぃさんは……ありすぎて、なにをあげればいいのか迷ってしまう。

 幼稚園が終わったら1人で自転車に乗って、病院に来てくれた。幼稚園でお遊戯会があって……運動会のかけっこで1位になって……小学校にあがれば、柔道を始めた。

 双子は基本的に一緒のクラスにはならないようになっている。授業が終わった休み時間には私の教室に来てくれていたけど、私がよく男の子にいじめられているのを見ていたらしく、それを理由に柔道を始めてくれたのは、妹としてよりも異性として嬉しいと感じた。

 優しすぎる家族に囲まれて、私は「早く死ねないかな」と。

 生き地獄に相応しい環境を変えようと此花このはなを受験したのに、このざまだ。

 外に咲いている桜のように、見ている人を癒してあげることもできない。生きている価値なし。

 ネガティブな思考は心の中でだけ呟くようにしている。体も弱いのに、言葉でも弱いことを言っているのは、がんばってくれている家族に失礼極まりない。

 18時。今日もお母さんがお見舞いにやってきて、私の好物である肉団子のあんかけを作ってきてくれた。

 笑って「先生には内緒よ」っと、紙袋をテーブルの上に置いて、パートでの出来事を面白おかしく聞かせてくれると、夕食の時間には帰っていった。

 看護士の人が病院食を運んでくれた後、お母さんの手料理をテーブルに並べる。

 朝作った分なんだろう。すでに冷めていて、あんかけはトロミをすでに失っており、ゼリーのように固体化していた。

 モグモグ……。

 お母さんの味がする。すこしだけ薄味で、肉団子の中に玉葱を微塵切りにして入っている、ごく普通の肉団子なのに特別においしく感じる。

 そして、思う。

 早く死ねないかなって。

 



 駅前にわたしはいる。

 仕事が終わって、とある人とご飯食べに行く約束をしている。当然、相手も仕事をしているから時間通りにはならない。

 約束の時間から2時間は過ぎているけど、わたしはこの場所から離れたりはしない。同業者ならではの遅刻なのはわかっているから。


「遅くなってしまってすまない」


 わたしの待ち人である男性が改札から抜けて、声を掛けてくる。

 10年ぶりに会う人は、昔とまったくと言っていいほど変わりがない。


「いえ、わたしこそ無理を言ってしまって。ご無沙汰しています」


「そこまでかしこまらなくてもいいよ。それにしても僕が結婚してからだものね。ほんとご無沙汰だ」


 わたしは「立ち話もなんですから」と、久しぶりの再会もほどほどに行きつけの料亭へと足を進めた。

 お酒もる事ながら、新鮮な魚介類もおいしい料亭で、ここに来たら、その日のおすすめのお造りを必ず食べることにしている。


「ホントだ。おいしい」


 彼も一緒のモノを食べている。

 ここに来るのは初めてらしく、君のおすすめでいい。と言うことなので、当たり障りのない料理をチョイスした。

 この笑顔に何人の患者が餌食になったことだろう。いろんな意味で。


「それで、だ。別に懐かしむために呼んだわけではないんだろう? 医学会の狂犬さん。それとも魔女と呼んだほうがいいかい」


 ニッコリ。

 変わらない人だ。それを認識できるぐらいに、わたしは惹かれていたのか。


「えぇ。言いたいことが1つ。そして医学会の手品師さんとしての助言を1つ頂きたい」


「いいだろう。聞こうじゃないか」


 笑っていた顔をまだ崩さない。


「まず1つ、あいつが診察に来ました。あなたの患者をわたしに押し付けるのはやめて欲しい」


「それは違うなぁ。彼女はもう完治している。後は気持ちの問題だよ」


 その気持ちをこっち押し付けるな。

 こっちの話を聞きながら、料理を口に運んで「ここいいな」と、お気に召してくれたようでなによりだが、責任感のない態度は頂けない。


「まぁ、僕が言い出したのでなく、彼女自身が言い出したことなんだけどね。僕は君に紹介状を書いただけだよ」


 と真実を語っていく。


「僕と彼女が結婚して10年経つ。それを機会に仲直りしたいんだと思うよ」


 仲直りねぇ。喧嘩もしてないのに仲直りもクソもないんだけど。ただ、わたしが一方的に拒絶しただけ。

 親友の結婚を祝福できなかった。結婚式の招待状に欠席に○をして、わたしは彼女の前から消えたんだ。

 目の前にいる人は何も知らないようで、なにがどうでこうなったのかは、またの機会にでも。


「まぁ、医者と患者として扱いますよ」


「そうしてくれると嬉しい」


 おしながきを見ながら「焼き魚もおいしそうだ」と、次の料理を決めている。緊張感のないのも変わらないか。

 2つ目はなにも言わないほうがいいか。

 心の中に収めようと、吐き出しそうになった言葉をグっと飲み込む。


「じゃぁ僕からの質問いいかな」


 わたしは「どうぞ」っと、箸を持ってお造りを口に運ぶ。


「立花幸菜さんって患者さんがいるよね? 病名とか教えてもらえると嬉しい」


 あいつから「訊いてきて」とでも言われたんだろうと、容易に推測できる。


「患者の情報を口外するのはできないですよ」


「そうか。じゃあ2つ目を聞こうじゃないか」


 営業スマイル全開なのが、わたしの心を読んでますよ。って無言で言っているように思えて、無性に腹が立つ。

 だから「もう結構です」と、料理を食べることに集中しようと視線をテーブルへと向ける。


「もう、その口調は止めにしないか」


 彼から笑顔が消えていた。


「彼女の足が動かなくなってから、君達は変わってしまったのが見ていて辛い。だからと言って、僕が2人の間に入るのは間違っていると思う」


 彼は箸を置いて、見据えてくる。


「夜、何度か彼女が涙を流しているのを見たことがある。こっちがどうしたと言っても、彼女はなんでもないと言う。今日、久しぶりに彼女と会ってみてどうだった。笑っていたかい?」


 笑ってたよ。なにもなかったように、2人で馬鹿していた時のように……。

 だから、わたしも普通に接してしまったんだ。医者としてなら、もっと事務的に接すればよかったんだから。


「どうでしょう。わたしにはわからなかったです」


 この人だけには、偽りのままでいよう。

 だから、わたしの気持ちも偽ろう。

 目の前にいる人に恋をしていたなんて事実はなかった。

 医者を目指したのだって……。


「うん。わかったよ。この話は終わりにしよう。せっかくの料理がマズくなってしまう」


 そう彼が言うと、おしながきを見ながら「追加してもいいかな」と聞いてくるので「いくらでもどうぞ」っと返事をすると、ホントに遠慮なく5品も頼んで、胃袋に押し込んでいくのを、わたしは懐かしい思い出を見ているかのように、彼の食事姿を視界に捕らえ脳裏に焼き付けるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ