sprinter
女の子というのは難しい生き物だと、産まれてからずっと考えている。
永遠の謎と命題打っておく。
そしてだ、なぎさが此花女学院に残る方法というのが、来週の県大会に優勝すると言ったモノだった。
足の怪我に関しては、骨などに異常などは見られなかったらしく、安静にしていれば、すぐにでも回復するだろうとのことだった。
「1日、休んだからもういいよね」
よくねぇよ。
なんとも暢気な回答に、朝から頭痛が少し、目眩が少し。
まだ、歩いているだけで痛みがあるとのことで、松葉杖は借りている。
大げさではなく、数日は松葉杖で登下校は決定事項として、まずは腫れを引かせるためにシップ薬を、貼って様子を見ることに。
「部活は数日は禁止。いいね?」
まるで幼稚園児を相手にしているみたいだ。
「はーい」
なぎさの問題は時間が必要なので、これぐらいなのだが、凛ちゃんに俺が男だってのがバレてしまっているのを、どうするかだけど。
さすがに世界2位の東条グループが本気になれば、すぐにでも嘘がバレてしまうのでは……。さすがに平民から変態へのレベルアップは避けたい。
だが、こっちは天下統一し、唯我独尊を絵に描いたような花園グループ。そのメイド様が大丈夫と言えば大丈夫で、楓お姉さまが象さんは小さいと言えば、品種改良を重ねに重ね、手乗り象さんを作り出してしまうほどだ。
勝手な妄想ワールドがどんどん広がってしまうので、この辺でストップしておかないと児童ポルノに引っかかってしまう。
アグ○スコワイデス。
と、どうでもいいことは、明後日に……。いや、昨日に捨ててしまって、どう説明したらいいのやら。
コンコン。
寮の部屋をノックする音。
制服に着替えてはいるので、問題はないのだが化粧机の鏡でチェックしておく。
うん。問題ない。
「どうぞ」
返事をしてすぐにドアが開け放たれ、そこには小さな身体に、小さな胸板の少女が俺の部屋へと侵入してきた。
「おはようございます」
まだ寝ている楓お姉さま、お弁当を作っている雛、まだパジャマ姿のなぎさ。
部屋を見て固まる少女、東条凛ちゃんは、俺の目を見て真剣にこういうのだ。
「昨日の今日だって言うのに、悠長なことね」
確かに、あんな事件の後だというのに、昨日は平常運転でしたよ? 事故なんてなかったですよ? というぐらいの落ち着き。
雛も今日は5人分のお弁当を作るために、少し早起きしていた。
なぎさはいつも通りなのだろう。6時には目覚めていて、俺にちょっかいを掛けて遊んでいた。
未だに寝ている楓お姉さまはいつものことなので、もう少し寝させてあげよう。
「でも、元通りになったみたいでよかったわ」
それだけを確認しに来たのか、ドアを閉めようとする。
「凛ちゃん!」
すぐさま呼び止める。
返事は待たない。
3人の視線が俺にぶつかる。
「俺さ」
「なにも聞いてないわ」
俺の言葉を遮るように、間髪入れずに割り込んでくる。
「あの時はなにも聞いていない。耳鳴りが酷かったのよ」
部屋の扉が閉まる瞬間に聞こえてきた。
「ありがと」
ドアはなにも聞かなかった。と、俺と凛ちゃんの間に壁を隔てる。
「凛ちゃん。恥ずかしがり屋さんなのですよ」
「そうそう。素直にありがとーって言えばいいのにね」
わかってないなぁ。
ツンデレっていうのは、素直じゃないから際立つのであって、素直なツンデレなんてツンのない、ただのデレでしかないじゃないか!
力説してもわかってもらえないのは、悲しいから何も言わないけど。
かくして、時間は過ぎていく。
「雛、がんばって!」
「わ、私なのですか!?」
楓お姉さまの目覚めの儀式が、とても憂鬱で逃げ出したくなる。
「私が起こそうか?」
何も知らないなぎさからの申し出に、一瞬お願いしてみようかと思ったけど、足の怪我があるしね。
だから、生贄は俺か雛が捧げられないといけない。
なぜか、今日に限ってメイドさんがいないのは、なにかのフラグかなにかか。
「わかったよ。俺が……行く!」
「おねにいさまぁ……」
義妹から尊敬の眼差しを受け、いざっ!
「お姉さま起きてぇえええええええええええええええええええ」
ダメ!
それ絶対にダメ!
アルゼンチンブリーカーだけでも苦痛だというのに、このお姉さまは絶対にする気だ。
二代目タイガーマスクを被っていたレスラーだって、この技を食らって、立ち上がることが出来なかった究極の技を!!
アルゼンチンブリーカーから垂直にベッドへと落下する俺の体。
「バーニングハンマーぁああああああああ!? なのです」
あぁ……三沢さんが亡くなってしまったのは、小橋さんのせいだと俺は再確認したのだった。
大会当日
この日まで、長いようで短い時間だった。
足の腫れが引いたのは3日後。もう走れると勘違いしたサラブレッドをドードー。
まずは歩いてみて、捻り癖がないかを確認する。
1時間ほど一緒に歩いてみたけど、特に問題ないようで一安心。
その後はキャンターから始まり、最後の日にはタイムを計れるまでに回復していた。
うん。俺が必要だったかと聞かれると、それは否!
「いや、そこは嘘でも必要だったと言っておきなさいよ」
楓お姉さまの突っ込みは的確だが、主人公がなんでもかんでもがんばる時代は、もう終わったのだよ!?
それでも主人公はがんばらないといけないのは、小説や漫画での定番のようで「ゆきなー」とポニーテールがピョンピョンと立て揺れしながら近づいてくる。
雛と楓お姉さまと一緒になぎさの応援に来ている。
高校生の県大会だというのに、結構な人が応援に来ていた。それだけ有名になるかもしれない選手を見に来ているようだ。
期待はずれな結果だけは残して欲しくない。なんて嘘でも言えるはずがない。
昨日、タイムを計ったらレコードタイムの、4秒遅いタイムだった。
、4秒じゃあ。と、思うだろうが、競技場と学校のグラウンドだと歴然とした違いがあり、グラウンドのような土と競技場のようなゴムとでは、タイムの出方が変わるので、もう少し早いタイムが見込める。
「来るの早いね! まだ1回戦も終わってないよー」
現在の時刻は午前9時になるかならないかの中途半端な時間だった。
決勝だけ見ればいいか。とも思ったが、やっぱり最初から応援したいと思った。俺だけでよかったのだが、楓お姉さまも雛も一緒に来てくれると言ってくれたので、3人で来たというわけだ。
「もうすぐで、その1回戦なのに、なぎさはここに居て良いの?」
「幸菜達が見えたから……つい、ね」
少し照れたようにも見えたけど、緊張などはしていないのは見て取れるので、体調は万全といった様子。
「白峰さんなら大丈夫だろうけど、がんばってね」
「なぎさ様、ファイトッ! なのです」
大人な声援を送る楓お姉さま。
胸の前で両手をグッと握り、可愛らしく声援を送る雛。
2人の声援に親指を立てて「まかせて」っと、ウインクする。
俺も親指を立てて、なぎさの拳と俺の拳を合わせる。
「油断は禁物だよ」
「私はいつでも全力だよ」
拳が離れると「見てて、私……優勝しちゃうから」と笑顔で選手用の通路を通って、トラックへと消えていく。
一昨日、病院で足を見てもらっても異常はなく、完治と見ていい。と先生にも言われている。
だけど、心配はしてしまう。
勝ち負けよりも怪我なく、この大会を乗り切って欲しい。
「私達は応援席に向かいましょうか」
なぎさとは逆の方向へと歩みを進める。
「私、ちょっと用事があるから少し遅れて行くわ」
「わかりました」
俺と雛だけで2階席へと向かい、楓お姉さまは駅のほうへ進んでいった。
私は駅など興味はない。
幸菜と雛子は2階席へと進んでいくのを、見届けてから、コソコソとこっちの様子を窺う人物へと声をかけた。
「本物の幸菜に偵察でも頼まれたのかしら?」
覗き見する少女、東野リーサは自動販売機の裏から悪びれた様子もなく、私の前に姿を現す。
「花園楓。やっぱり幸菜が苦戦するだけあるなぁ」
足を引きずる仕草を見れば、あのときの走りで完全に潰れたようね。
あの男の願いが叶ったようだ。
まぁ、私にはどうでもいいことだけど。
「それにしても、あなたも苦戦しているみたいだね」
太陽の陽によって金髪がより一層、輝きを増している。
私を挑発しているみたいで腹立たしいことこの上ない。
「……そうね」
「お金で人を縛ろうとしている時点で負けなのかもしれないけどね」
現在の状況としては、私のほうが分が悪い。
「そうかもしれないわ。だけど……この先はどうかしらね」
悪の結社の首領にでもなったかのような気分に陥る。
「数日は意識が戻らない可能性が高いのはご存知かしら」
数日で済めば良いほう。
そのまま意識が戻らない可能性のほうが極めて高い。
「どういうことかな?」
この子は知らないようだ。なら、彼女には言う必要がないと判断したのね。
彼女も駒に過ぎないと言う事かしら。
私も本物の幸菜も大して変わりはしない。
「私の言葉を信じるとは思えないから、私の口からはなにも言えないわね」
犯罪者の言葉を信用する警察官がいないのと一緒で、東野も信用しないだろう。自白だけは嘘だろうと証拠として使うけど。
成功率で言えば5%あればいい。
世界でも成功した例なんて両手で数えられるほどしかない『手術をしている』なんて、この子は信じるはずがないわ。
数度、瑞希を本物の幸菜と接触させている。それに入院している病院の院長と面識があったので、簡単に内部情報をリークしてくれたのは、こちらとしては大いに+になった。
「あなたの言葉を信用はしないからいいけどね。だけど、あの男の過去を知っていて、それも刹那君を自分のモノにするためだけに使うなんてね」
リーサの言葉に間違いが存在している。
誰が女学院に、男の人が女装して入学してくると予想が立てられるのだろうか。
「そう、うまくは行かないわね。あなたを刺客に送ってくるのも、読み通りだったのだけれど」
幸菜の部屋にあったカルテに雑誌。
雑誌は兎も角、カルテなんてどうやって見つけ出したのか。それだけは私でも掴めないでいた。
「話はそれだけかしら? だったら、私は幸菜のいる所に戻らないといけないのだけど」
彼女に背を向けて2階席へと足を進める。
「もし! 刹那君になにかしたら許さないから!!」
「あなたになにが出来るの? 明日には日本にいないくせに」
歩く速度を少しだけ速めて、その場を後にする。
そうするしかなかった。
友情・愛情なんて空想でしかないのよ。そんなものは存在しない。存在するのは『使うか使われるか』『使い手か道具か』『強者と弱者』それだけなのよ!
なぎさはあぶなげなく勝ち進んでいく。
そして、残すは決勝戦だけとなった。
「凄いのですよ」
なぎさの走りは風神でも乗り移ったかのように速く。
百獣の王を目の当たりにしているかの如く、雄々しく。
サラブレッドのように美しく駆け抜けた。
雛が歓心するのも無理はなかった。
それだけなぎさの存在感は、この競技場を支配していた。周りの観客の人達も「あの子凄いね」「全国でもいい勝負するだろう」となぎさの走りを賞賛している。
ただ、隣で座っている楓お姉さまは用事から帰ってきてから、なにか様子がおかしい。
「楓お姉さま。なにかありました?」
「なにもないわ」
眉一つ動かさず返事をしてくる。
なにか思いつめているように思えて、ピアノを弾いてくれた時に感じた雰囲気を思い出してしまう。
まだ17歳という青春を謳歌している年齢に、会社の経営をしている。それは凜ちゃんも同じだし、休み時間にお喋りしていると、他の子達も会社の経営を任されている事を知った。
「花園会長のように資本金100億を超える会社を任されているわけではないので、社会勉強としてやっているのですわ」
と、聞いたこともあった。
その時はただ「すごいなぁ」と思っただけだったけど、今になって思えば、すごい。で片付けられる問題じゃない。
「幸菜お姉さま、なぎさ様が呼んでおられますよ?」
雛に声をかけられて、競技場へと視線を戻すと、指であっちっと俺に向かうようにジェスチャーしている。
「楓お姉さまもご一緒にどうですか? 雛も一緒にどう?」
ゆっくりと立ち上がって、声を掛けるが
「私はいいわ」
否定されてしまった。
どうしてだろ。
学院でもそうだろう。
「もう生徒会室に来ないで」「私のクラスには来ないで」「学院内で用事があったら、メールをしてくれたら私から向かうわ」
他人と接するのを拒否しているように思えて、俺もその他人なんじゃないかと思えてしまって、胸がズキズキと痛んでいく。
「幸菜お姉さま、私も残ります」
パチっと可愛いウインクを俺に向けてくれる雛。
表情に出てしまっていたのを、勘付かれたようで、年上として情けない。
「わかったわ。それじゃ行ってきます」
「いってらっしゃいなのです」
なぎさと合流した後、選手でないのでトラックの中には入れない。なので競技場の外にあるベンチに座ることにした。
「どうしたの?」
走っている姿を見ていて、特に気になるような仕草があったわけじゃない。
まぁ、決勝戦まで30分もあるから、ただの暇つぶしで呼ばれただけなんだろうけど。
「あ……あのさ、テーピングの端が捲れて気になるの。だからテーピング……巻きなおしてくれないかな」
そこで、テレながら言われると、こっちも気にしちゃうからやめて欲しい。
「い……いいよ」
なんだろ。公園のベンチで、肩を抱き寄せて「好きだよ」って囁くような昼ドラの雰囲気。
そして、後ろの草むらからナイフを持った元彼女が登場してきて、ナイフで隣に座るヒロインをっ!
「昼間っからすごい妄想能力だよね」
「妄想って言うのはやめて! 創造と言って!?」
「中二病患者さんがこんな近くにいるとは思わなかったよ」
なぜか奇怪な人間を見つけたような目で、俺を見てくる。
中二病患者さんは、日本國においては数千、数万、いや数百万の患者さんが存在する。インフルエンザなのような流行もなく、常に蔓延しているので「メテオストライク!」なんて叫びながら、道端の小さな小石をアスファルトに叩きつけたりしている人を見かけたら、その人は重症の中二病患者さんなので近づかないで、優しい眼差しで見守ってあげてください。
――閑話休題――
ベンチに座りながらスパイクを脱いでいく。
男が靴を脱ぐのを見ていると『臭そう』って思うのに、女の子だと『聖域』に変わってしまうのは、男女差別なんじゃないだろうか。
スパイクを脱ぎ終えると、脚を曲げて靴下を脱いでいく。
脚の長いなぎさが、このような仕草をするだけで破壊力が発生。それに陸上のユニフォームって、タンクトップに短パンだから胸チラ、短パンの隙間からパンツがお出迎え。
純白ですか……
ナイスなチョイスだと思います!
「なんかエッチな事を考えてそうな眼をしてるけど?」
「ソンナコトナイヨー」
どうしてだろう。
片言になってしまった。
「まぁいいか」と靴下を脱ぎ終えると、足首が俺の目の前に差し出される。ベンチに手を置いて、足を持ち上げているから、横から見ていたら女王様と下僕な関係に見えるはず!
喜ぶなよ俺!?
「綺麗な脚、してるでしょ?」
と、いつもは見せない大人っぽい表情を見せ、俺をからかってくる。
どう反応すればいいのか困るが、確かにスラっと伸びた脚に筋肉質すぎない脹脛がいい感じに輝いている。
意識がなぎさの脚に釘付けになる前に、テーピングを確認する。
なぎさの言った通り、少しだけ剥がれてしまっている。
気になる程度ではなそうだけど、まぁいいか。
ゆっくりとテーピングを剥がしていくのだが
「ひゃうっ!」
とても感度がよろしいようで、剥がしている最中は吐息交じりの声が、俺の鼓膜を揺さぶる。
テーピングを剥がし終えて、新しいテーピングを巻いていく。
俺がなぎさにしてあげれること。それを考えていたらテーピングの巻き方、足などを捻ったときの対処法などの知識をつけておくことぐらいしかなかった。
なぎさが持ってきていたテーピングをハサミで切り取り、筋肉を触って貼り付けるポイントを探して、筋肉に沿って貼り付ける。
「これでどうかな?」
足首をこねくり回すのだが、顔の近くで回すから女性独特の匂いが嗅覚を直接、刺激してくる。
「完璧じゃないかな。たぶん」
「たぶんって……痛みはない?」
「うん。大丈夫」
脚をベンチに戻すと靴下を履いて、スパイクを履いて決勝戦の準備を万全の状態へと仕上げていく。このテーピングも勝つための布石なのだろう。
「私、負けないから」
隣に座るなぎさがポツリと言葉を吐き出す。
「最初はどうなるんだろうって思ってた。だって、いきなり男の子がいるんだもん……。でもさ、友達ってこうなのかなって思えたし、親友だって思ってる」
なぎさは立ち上がって競技場へと、歩みを進める。
「刹那……私はあなたのためにこの大会を優勝しちゃうからね!」
振り向いて、指で作った銃を俺に向け「ばぁーん」と、意味のない行動を取ったと思ったら、走って競技場へと戻っていった。
ホント、見ていて飽きが来ない。
さて、もうひとつだけ俺もやることができたようだ。
「なぎさはもう行ったよ」
少し離れた場所に突っ立ている少女に、俺は声を掛けていた。
藤崎さんはびっくりした様子もなく、俺の隣を通り過ぎようとしたので、もう一度、声を掛けた。
「早川先生は、もう学院に戻ってこないよ」
楓お姉さまから聞いた話によれば、過去の生徒の件もあって、暴力罪などで懲役は間逃れないだろうということだった。
「私には関係のないことですわ」
進む脚を止めて反論してくる。
「切り替えが早くて助かります。失恋した子を励ましたりするのって苦手なんです」
「……」
「そして1つだけ質問ですけど、ホントはなぎさに怪我させる気……なかったでしょ?」
ずっと疑問に思っていた。
どうしてボールを転がすなんて、確率の悪い行為をとったのか。
実際に、もう1度やってみろ。なんて言われたら、再現できるはずがない。
「実の話をすると、あなたはなぎさに嫉妬していたんじゃないですか?」
「どうして私が」
「中等部の3年生の最後の大会で、あなたは決勝まで残れなかった。だけど、なぎさは決勝まで残って、リーサといい勝負をしたことで一瞬にして注目され、学院でも来年は優勝を。なんて、もてはやされたら、藤崎さんも不服ですよね」
中等部に上がって、ずっと一生懸命にがんばってきたのに、パっと現れた人間に実力で負けて、注目さえもらっていったら誰だっていい気はしない。
「あなたになにがわかりまして! ずっとがんばってまいりましたのに、才能だけで勝ちあがってきた人に負ける屈辱を!!」
才能の容量は人によって違うだけで、藤崎さんも十分凄いと思うんだけど。
「私にはわかりません。でも、決勝戦がんばってください」
「あなたはどちらの味方ですの!?」
馬鹿にでもされたと思ったらしく、怒りをぶちまける。
「どちらも応援していけませんか? 同じ学院から2人も決勝戦に残れたんです。どっちも応援したくなるじゃないですか」
俺は笑って答えた。
藤崎さんの気持ちもわからなくない。
もしかしたら、早川のことも好きじゃなかったのかもしれない。ただ、なぎさを憎む気持ちが2人を引き合わせてしまった。それが恋と勘違いしたという考えも否定できないけど、今は1人の選手としてがんばってほしい。
「女子100M走、決勝の選手の方は所定の場所までお集まりください」
競技場ないにアナウンスが流れ、藤崎さんはトラックへと進んでいく。
がんばれ。
「あ、ありがとうございます」
照れた顔を、俺に見せないように小走りに去っていった。
ちょっと可愛いと思ったのは、誰にも言わないようにしておきます。
一時間後
決勝戦は見事になぎさのぶっちぎりで幕を閉じた。
タイムを見て、会場が騒然とした。
昨年、東野リーサが叩き出した11秒40の記録を塗り替えてしまったのである。
11秒30
、1秒も上回るタイムを楽々と出してしまっては、会場の雰囲気は最高潮にまで上がっている。
ちなみに大人の女子でも11秒21が最高のタイムである。
将来のオリンピック選手を目の当たりにしたと言っても過言ではない。なのに、俺はもう1人の人物を探している。
東野リーサ。
あれから1度も顔を合わせていない。家出のようなことをしていたので、やっぱり外出禁止令ぐらい出ていても不思議ではないが。
現在はトラックにて、メダルの授与を行っている。
すべての競技の授与をしているので、時間もそれなりに掛かっている。女子100Mは一番最後に行われるらしく、なぎさの出番まで時間がかかりそうだ。
楓お姉さまは用事があるということで、決勝戦が終わったらすぐに中村さんの車で用事先へと向かっていった。
雛は大会のお偉い方と知り合いだったらしく、メダル授与のお手伝いを頼まれ、現在はお偉い方にメダルを渡す仕事で不在。
知らない人の授与を見ていても、面白くないのは言うまでもなく、視線をあっちこっちへと走らせる。
そして、見つけた。
やっぱり来ていた。
その少女は俺と視線が合うと一目散に逃げ出す。
俺も負けじとリーサを追いかけるのだが、すぐに見つけてしまう。
「脚、ひどくなってるね」
膝を抱え込んで座っているリーサだったが、すぐに立ち上がって脚を引きずりながら、距離を取る。
「そうだね」
久しぶりに見たリーサは少し痩せたように思う。
「なぎさ。凄かったね」
「そうだね」
相槌を打つだけの返事しか、返ってこない。
「なにか……あった?」
「うん。ちょっとね」
俺には、なにも言ってくれないのか。
言えないこともあるだろうし、深くは突っ込まないけど、女の子には笑っていてほしい。
「って、他人行儀だよね。実はね私……」
リーサが本題に入ろうとしたときだった。
「東野リーサ!」
選手用の通路から、なぎさが現れた。
もうメダルの授与は終わったようで、胸には金色に輝くメダルが1位になったことを主張している。
だけど、なぎさはそれを首から外すと、思いっきりリーサに投げつける。向かってきたメダルをリーサがキャッチすると
「それ、預けておくから! 世界大会だろうがオリンピックだろうが待ってるから!? 一緒に大会に出て、今度は私が勝つから、それまで預けておく!!」
メダルに視線を向けるリーサ。
グっと胸に押し付け、彼女は顔をあげて言い放った。
「わかった! もう1度、なぎさと戦ってあげるよ!!」
2人は笑いあい。そして、リーサは競技場を後にしていった。
最後に、なにを言いたかったのかは数日後にわかった。
リーサはアメリカに行った。
最先端技術を有するアメリカで膝の手術を行うためである。
もう1度、走れることを願って……。




