私の犯した罪
足が痛い……。
捻った足首を引きずりながら部活へと向かう私は、いつものメンバーから見れば見苦しく映っていること、この上ない。
自分でもわかっていない。どうして東野なんかに『やきもち』を妬いているんだろう。
別に幸菜……もとい刹那君とは、ただの。という言い方はおかしいけど、普通に友達として接してきた。
雛子ちゃんのように怖い連中から助けてもらった。なんてエピソードがあったわけではないのに、いつの間にか一緒にいるのが日常になっていた。
もし、これを恋というのであれば不正解だと思う。
恋をすれば心臓がドキドキする。
顔を見ただけで気持ちが高ぶる。
そういったことが一切ない。
ただあるのは『落ち着く』なんだから。
一緒にいると楽しいし、部屋に置いてあるライトノベルとかいう小説を借りて、ベットに寝そべって読んでいるだけで
「昨日、貸した本はどうだった?」
「面白かったよ! 幸菜の言ったとおり、雷斗と水奈の合体技の場面は鳥肌モノだったよ!?」
「そうでしょ! 2巻もあるから持っていく?」
「うん! 借りていくからそこ置いてて」
と気軽な会話が出来るのは、産まれて初めての経験だったかもしれない。
この女学院の生徒は体裁ばかりを気にして、いつも丁寧語・敬語のどちらかを使ってくるから、『顔見知り』は多くても『友達』と呼べる人は0に等しい。
お姉さまを作らなかったのも、姉として接するのは私には出来ないと思ったからで、数人のお姉さまから告白をされたけど、すべて断った。
そんな私が唯一、友達と誇れるのが刹那君だけ。
ホントは、すぐに謝ろうとした。だけど、私の心が許さなかった。
足が痛い……。
怪我をして2日が経ったのに、足の痛みは引くどころか、もっと痛みが酷いことなっていた。
立ち上がるだけで悲鳴をあげたくなるような激痛。
床に足を着けるだけで意識が飛んでしまいそうな激痛。
そんな状況でも私は歩き出すしかなかった。だって歩き出さないと私の負けだもの。
放課後。
今日は幸菜と一言も喋らなかった。
周りの子達は幸菜に「お二人、なにかございましたの?」と聞いてくる。
ツーンとした顔しながら、内心は嬉しくて顔の筋肉が一瞬、緩みそうになってしまった。
周りの子達は幸菜と私は友達だと、仲良しだと思っているのは、私にとってゴッホやダヴィンチなどの絵画よりも価値があった。
ダメだ。ここから早く立ち去ろう。
もう少しだけ、私は機嫌の悪い態度を取っておこう。そして、夜になったら「ごめん」って謝る。はずだったのに……。
今日は凛のクラスの陸上部員が準備当番なので迎えに来ない。
1人で部活に行く途中で早川先生に呼び出された。
近くの空き教室へと入るように言われて、私はなんの疑いもなく促されるまま、痛みを表に出さずに中へと入った。
「今日な、立花のほうから白峰の調子はどうかと聞かれたんだが、調子悪いのか?」
幸菜が早川先生に、何を言ったんだろう。足の事を言ったのでは? 誰にも言わないでって言ったのに。
「いえ、そんなことはないです」
きっぱりと言い切って見せる。
「そうか。ならいいが……」
「もういいですか? 練習があるんですけど」
ただの2分間を立っているだけで歩いている時、以上に痛むところにまで来てしまっている。自分でも限界はすぐそこまで来ていることはわかっているのに。
「もう一つあるんだ」
と、今度は少し顔がにやけているのが見て取れる。
嫌な感じ。
ドラマなどで登場する変質者のような笑みと言ったほうがわかりやすい。ポケットに手を突っ込んで、なにかを取り出すのも変質者のお決まりな行動だ。
ポケットから取り出した一枚の紙切れ。A4などの用紙ではなく、写真のような高級感のある紙。
「ここに一枚の写真があるんだが、気にならないか?」
高級感のある紙はやっぱり写真で、私には見えないように裏向けにして見せ付けてくるので、なにが映っているのかは確認できない。というよりも見せる気がないみたいに思える。
「気になりませんね」
陸上部の顧問なので「それでは」と帰ることも出来ない。
足が痛い。
やっぱり幸菜の言うとおりにしておけばよかった。早川先生と話をしていると言うのに、後悔ばかりが脳裏を掠める。
「そうか。立花のお兄さんの話なんだが」
と、いきなり幸菜のことを言ってくるので、体が反射的にビクッと反応を示す。
「幸菜からお兄さんがいるのは、聞いていますけどなにかありましたか?」
「気にならないんじゃないのか?」
私は、なにも言い返すことが出来ず、沈黙するしかなかった。
現在の幸菜と刹那君は一心同体な状態で、お兄さんのこと? 本物の幸菜とどのようなやり取りがあったかは知らない。だから、早川先生の言葉になにか意味があるように感じた。
「あのな、立花がこっちに来てからお兄さんが行方不明らしいんだ。どうしてだろうな。な? 白峰」
不敵な笑みで私を翻弄してくるのは、なにかそれに繋がる証拠を掴んでいるかのようで、心臓が一気に回転数をあげるようにバクバクとスピードを上げていく。
その話をどうして私に振ったのか。
考えろ。
頭を振れば鈴の音が聞こえてきそうだけど、今は頼れる人はないんだから。
「わかりません。幸菜も心配している様子はないので、特に気にする必要もないと思います」
冷静に反論するが
「そうか。じゃあとある病院に立花幸菜という女性が心臓病で入院していても……か」
全部バレてる。
自信満々とでも言うかのように両手を胸の前で組み、私を見下して蔑む。
私は観念して
「写真……返してもらえませんか」
と頭を下げて言葉を紡いでいく。
「幸菜は……刹那君は別に変なことをするために、この学院に来たわけではないんです。だから、なにも知らなかったことにしてもらえませんか……。私でよかったらなんでもします」
心臓がさらに鼓動を加速させ、立っているだけで足が震えて、ギュっと瞼を閉じて心で祈る。
「そうか。だったら白峰を信じよう」
閉じた瞼を開けると写真が視界に飛び込んでくる。
写真を見て私は言葉を無くした。
そこに映っていたのは『私と幸菜の登校時の写真』だったから。
「お前ってホントに馬鹿だよ! 中身も確認せずに言葉だけでなんでも知っていると思い込むなんてな!?」
高笑いをしながら、写真から手を放し落下していくのを私は呆然と見つめるしか出来なかった。
「そうか……そうか! 立花は男か……兄貴が妹にすり替わっているのか!! 良い話を聞いた。ありがとうな」
私を置いて教室から出て行こうとドアのほうへ進んでいく。
「あぁ……なんでもすると言ったな? じゃあその足を潰してくれ。もう走ることができないぐらいな」
無常にもドアは開かれ
「誰かに言ってみろ? 立花のことをバラすからな」
それだけ告げると教室を後にしていった。
ドアが閉まる音と同時にへたり込む。
とんでもないことをしてしまった……。
落ち着いて考えればわかることだったのに、私はそれを見誤って幸菜の秘密をバラした。これからどう顔を合わせたらいいんだろう。もう、前のように部屋に押しかけたり、笑いかけたりすることはできないと思う。
そう思っただけで、不安という大きな波が押し寄せてくる。
私は自分の手で自分の体を抱きしめて、不安に潰されまいと必死に自分を落ち着かせ、床に頭を付け「ごめん」と誰もいない教室でポツリと呟く。
誰でもない幸菜への謝罪。
私が私であるための謝罪に、誰も答えてはくれない。これが私の犯した罪なんだ。
私はこの罰を受けよう……。




