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調べ物と変態さん

 情報収集の基本をまったく知らないことを、今になって気づくあたり前途多難を物語っていて、今から俺がすることを知っている人が見れば幸先不安と揶揄するだろう。

 図書室に来ては見たものの、本棚の数がハンパない。

 宮沢賢治や太宰治と言った有名な作家の本やお料理の基礎、スポーツ雑誌なども本棚に収納されている。

 ここに来てなにをする。などと考えていなかったのは心のゴミ箱にドラッグ&ドロップして、莫大な本棚の量に立ち往生していると


「立花様、どうなさったのですか?」


 図書委員の子が受付のカウンターから立ち上がって声をかけてくれる。


「ちょっと調べ物があったので、立ち寄ってみたのですけど」


 どこになにがあるかわかりません! そのまえになにをすればいいのかわかりません!?

 俺ってダメダメじゃないか……。

 情報収集って名前とか生年月日とか生い立ちとか調べればいいのか? ドラマだと聞き込み調査をしているのをよく見かけるが「早川先生の生い立ちをご存知ですか?」絶対に聞けない。

 聞いても「わかりません」と言われるのがわかっているし、なんか変態に見られる気がする(某お姉さまと某来訪者と某義妹に)。

 

「たくさんの本がありますので、お探しの資料はこちらのパソコンでキーワード検索してみてはいかがでしょう。右側から本のタイトル・本棚の番号・貸し出しの有無を表示しますので便利ですよ」

 

 エレベーターガールのように手でパソコンを示し、俺の手助けをしてくれるように説明してくれた。

 ニコッ。

 やっぱり年下の子の笑顔はかわいい。

 

「ありがとうございます。では助言の通りパソコンをお借りしますね」


 「お力になれたのでしたら嬉しいです」っとお辞儀をして、受付のカウンターへと戻っていく。

 木製のパソコンラックにノートパソコンが装備されており、モニターのスクリーンセーバーが起動しているのは利用者の少なさを表している。

 だが、綺麗に手入れされているので埃やゴミなどはなく、清潔感を醸し出している。

 椅子に座ってマウスを動かすとログイン画面が表示されて、生徒番号を打ち込むようになっていた。

 生徒手帳を取り出して生徒番号を確認。

 8桁の生徒番号を打ち込むと10個ほどのアイコンが表示され、ブックサーチと本のアイコンがあったので、迷わずダブルクリック。

 作家名かタイトルの検索機能しか有していないと思っていたのだが、本の内容からも検索できるようで、とても親切な検索ソフトだ。

 まずは、敵を知らなければいけないので『早川』と……下の名前を知らない。

 どうしようか。

 脳みそをフル稼働させて、なにかないかと考えてみる……、ツバを付けて頭を撫でたら、なにか閃くだろうか。

 ないな。絶対ない。

 俺って大事な所で抜けてるよな……。


「立花様、なにかわからないことでもありましたか?」


 さっきの子が見よう見かねて声をかけてきてくれる。


「いえ、あの、その」


 なにを言えばいいんだよ!

 エッチなサイトを見ていたら、フリーズしちゃって!?

 うん。間違いなく引かれる。だけならいいけど変態のレッテルを貼られる。

 女の子だってエッチに興味あるんだから仕方ないじゃない! どこのエロゲのヒロインだよ……。 


「早川……体育教師の早川先生ですか?」


 いつの間にか、背後を取られていたらしくパソコンの検索に打ち込んだ名前を確認されていた。

 この子もなかなか出来る……。


「えぇ。私って高等部から此花に来たから先生達の事を知っておこうと思ったのだけど、早川先生の名前がわからなくって」


 テヘッ☆

 なにがテヘッ☆だよ。

 ただの間抜けを露呈しただけじゃないかよ。

 そんなことを知らない後輩ちゃんは「少々お待ちくださいね」とパタパタ本棚の闇へと消えていく。

 古い本の匂いが充満していて、少し気分が悪くなってきた。ちょうど目の前に窓があるので、迷惑にならないように少しだけ窓を開け、外の空気を体に染み込ませる。

 頭の中が煮えくり返っていたが、上昇していた温度が冷めていく。


「こちらなんかどうでしょうか」


 1冊の本とA4のプリントを数枚を差し出してくれる。

 1冊は去年の卒業アルバム。もう1つは図書委員が発行している図書委員だよりだ。

 卒業アルバムはわかるけど図書委員だよりは……目を通してみると、俺の欲しい情報が記載されているじゃないか。


「図書委員だよりの特集で今年赴任してきた先生にインタビューする企画がありまして、そちらもなかなか情報が載っておりますので、もしよろしければご活用してください」


 ニコッっとスマイルをして回れ右をして、本棚の祭壇へと消えていった。

 うん。かわいい。

 さて、俺もやれることをやりましょうか。


「どれどれ」


「うおい!」


 いきなりのリーサの登場に当然の如くビックリして、椅子から落ちそうになったが、後ろから雛が支えてくれたので、ぶっこけることはなかった。


「ありがとう」


「いえいえなのです」


 やっぱり雛はいい子です。

 モフモフしてあげたいです。ペロペロしてあげたいです。パフパフしてあげたいです。おじちゃんのアイスキャンディーを差し上げたいです。

 逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ……。

 なんて妄想している自分が悲しく思えてくる。

 そんなことはどうでもよくて、メールで「今日は雛と一緒にお願い」と送っておいたのに、どうしてここにいるんだろうか。

 

「今日はもういいの?」


「うん。もう見てられないから」


 二人の話によれば、もう隠し通せないほど事態は最悪の一途を辿っている。

 走る定義は両足が地面から離れるのが『走る』であり、どちらかが足を着きながら進むことを『歩く』という。足を引きずっている時点でどちらにも該当しない。

 

「それを見ても先生は止めないの?」


 二人は無言で頷いてくる。

 

「凛ちゃんは? あの子はさすがに止めるでしょ」


「凛ちゃん達が近づくと先生が止めるのです。他の方も気にしていらっしゃってはいるのですが……」


 おおっぴらになっても、対応は変わらないってことか。

 なぎさから言わないかぎりは練習をさせるだろう。


「リーサのときはどうだったの?」


 と言ってから、自分のバカさに気がついて謝ろうとしたけど、リーサはなにごともなかったように教えてくれた。

 

「私の場合は……そうね」


 少し考えるように窓の外に広がる空を見つめる。


「特になにもしてこなかったのよ」


 それがどういう意味かわからない。

 なにかがあったから、言い方は悪いかもしれないけど復讐の意味も込めて追いかけてきたと思っていた。だけど、それは間違いだと次の言葉でわかってしまった。


「一心不乱に走って、無我夢中で追いかけて、電光石火の如く砕け散ったのよね。夢も思いも……」


 小さな背中がより小さく見える。そして、薄っすらと瞳が潤んでくるのを、無理やり瞼を閉じて塩味のする聖水をせき止める仕草が、俺の胸を締め付ける。

 リーサは恋をしていたのかもしれない。

 強がりな反面でシャイな部分もあるから、愛の言葉を口にするのではなく、彼が応援してくれている陸上で。それだけでこの子は彼の夢を掴み取ろうとしたのかもしれない。

 振り向いて欲しくて。

 

「ねぇリーサ。なぎさは同じ感情を抱いているのかな」


「さぁ! 自分で考えてみなさい」


 と薄っすら笑みを浮かべて、俺に背を向ける。後ろの雛を見ると俺を見つめていた。


「私は幸菜お姉さまが大好きです。だから、雛はずっと付いて行くのですよ」


 ありがとう。とても嬉しいんだけどね。情報収集がはかどっていないという現実は忘れさせてくれないんだよね。

 

 時刻も17時30分となって、図書室も閉館を迎えたので、陸上部の視察でも行こうと思ったが、昨日のこともあるから、なぎさのほうは雛に任せることにした。

 俺はリーサから知っている情報を聞き、整理しながら寮へと足を運んでいた。

 リーサが知っているのは早川の名前に、大学時代の足の怪我の事ぐらいだった。


「ごめんなさい。あまり有力な情報がなくて」


「ううん。私のほうがもっと情報を持ってないから助かるよ」


 大学時代までは栄光の道を突き進んできた早川。だけど、足の怪我が原因で陸上をやめて教員の資格を取って、体育教師として……。


「今に至る……かぁ」


 ありえるといえばありえるし、なにかの物語のようにさえ思える。

 なにかが不自然なんだけど、それがなにかわからないもどかしさと来たら、くしゃみが出そうで出ないときのようで、鼻の奥がむず痒い。

 ティッシュをクルクル丸めて鼻の奥に突っ込めば、治まるようなら簡単なんだけど。

 楓お姉さまのように生徒会長など、なにかしらの役員にでもなっていれば履歴書などを閲覧できるかもしれない。だが、履歴書に『生徒の足を潰すのが趣味』と書いていたら、この学校に入れないだろう。

 寮にまで続く道の小石を蹴りながら進んでいるだけで、少しも解決への糸口を掴めないまま、警備室の前を抜けていこうとすると


「立花さん。お荷物が届いておりますよ」


 警備の人が看守室から、茶色のA4ぐらいだろうかの茶封筒を持ってきてくれる。


「こちらになります。聴診器による時限爆弾検査、レントゲンによる危険物チェック、私めによる嗅覚チェックは問題なかったので、安全性は99%を確保しております」


 うん。最後のチェックは絶対に変態。

 茶封筒に匂いチェックってのが、まず変態。

 この人の存在自体が変態。


「そして、同じように匂いを嗅ぐのはもっと変態ね」


 ごめんなさい。

 言い訳をさせてくれ! 

 差出人が立花刹那と書かれていた。

 間違いなく幸菜が


「ごめんなさい。近づかないでもらえますか……」


「敬語で拒絶反応するのはやめてもらえます!?」


「あの……私めはもう戻ってもよろしいでしょうか?」

 

 看守さんがつぶらな瞳をテカテカさせながら、お股の部分をふっくら炊きたてのご飯のように温かくしながら聞いてくるので


「あ、はい。変態さんありがとうございます」


 口が滑って変態さん。などと言ってしまったが「ゲヘゲh」と看守室に戻って行くのを見て「ああいう大人にはなりたくない」と心に誓って、部屋へと帰宅するのであった。


「女装して女学院に忍び込んでいる刹那が言うのも間違えているんだけどね」

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