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予感の始まり

 事件は3時間目の体育に起きた。

 いつものようになぎさが壁になってくれて、コソコソっとブルマに着替え、長ズボンのジャージも装着する。

 5月なので、ブルマのほうが暑くなくていいんだけど、さすがにあそこをふっくら、もっこりは色々とまずいし、正体がバレてしまう可能性もある。

 今日は体育館でバレーボールをすると言っていたので、審判か球拾いのどちらかになるだろう。

 男の子からすれば、身体を思いっきり動かせる、唯一の時間なのだが、立花幸菜として振舞わないといけない。

 病弱キャラがいきなり機敏にコートを走り回っていたら不自然すぎる……。

 審判か球拾いがお似合いなんですよ。

 当の本人は、スポーツは得意なのでやりたいみたいだけどドクターストップ。主治医の先生からお説教を食らうほどのことをやらかしたりしたので、ほとんどの体育は見学となっている経緯がある。

 

「立花さん。白峰さん。ご一緒に体育館に行きませんか?」


 着替え終わっていたのを見て、声をかけてくれた。


「ぜひ、ご一緒に行きましょう」


 同じ年齢で敬語を使うのは、一般庶民ならではの違和感、抵抗と言うべきだろうか。だけど、この学院の子達にすれば、敬語が日常的に使われているので、違和感などないのかもしれない。

 4人で体育館に向かう途中、話題は体育の先生である早川先生の話題になっていた。


「かっこいいですよね」


「男性の方って早川先生のような人が多いのかしら」


 女しかいない学院では、男の人って言えばお父さんや兄弟に限られてしまい、先生と言っても50~60代の先生をメインに採用されていた。

 若い先生だと過ちを犯しやすいという点が、学院側にはあるのだろう。

 お嬢様しかいない、此花女学院では特にそういう点は厳しくなっているに違いない。なので、男という生き物を知らない子達がものすごく多く、ドラマに出てくるような男なんて一握りいれば良い方なわけで。

 と言ってあげたいけど、この学院を卒業すれば嫌ってほど痛感するはずだから、今だけは乙女の妄想を育んでいてもいいと思うんだ。


「ねぇ、幸菜はどんなタイプの異性が好きなのさ」


 なぎさという悪戯っ子は振らなくてもいい話題をなんの躊躇いもなく振ってくる。


「私も気になります」


「中等部までは共学だったと聞いていますので、もしよろしければ恋愛話などありましたらお聞かせ願えますか」


 瞳をキラキラさせながら、俺を見てくるクラスメート。今に思えば恋愛など一切してこなかった。思春期、真っ只中の中学時代も告白などもされた記憶がなく、誰を好きになるということもほとんどなかった。

 

「好きなタイプですか、そうですね。一緒にいて楽しい人がいいです。なぎさはどうなの?」


 恋愛話など出来るはずもないので、なぎさに振ってスルーしておく。

 クラスメートの2人も気になるのか、なにも言わずになぎさの言葉を待っている。


「私は……そうだなぁ……応援してくれる人かな?」


「応援?」


 とっさに聞き返してしまった。


「なんでもそうなんだけどさ、スポーツにしても芸術にしても、誰かが応援してくれるのって、もの凄く嬉しくって、がんばろうって思えるんだよ。だから私を応援してくれる人がいい」


 なぎさしか感じることの出来ない、純粋な回答に一同は納得し、少しだけど見直した。

 3人がちょっとかっこいいよね。な眼差しを送っていると恥ずかしいのか、少し顔を赤くしてテヘッと笑顔になる。

 それが恋する少女のような笑顔に見えてしまって、微笑ましい。

 照れ隠しのように階段を1段飛ばしで駆け上がっていき


「早く! 遅刻するよっ!?」


 と体育館に消えていった……。


 


 大きな体育館に4つのクラスが体育館へと集まる。

 体育の授業は2クラス合同で行われる。体育の先生がそれほど多くないっていうのもあるらしいけど、1クラス20名ほどしかいないので、2つのクラスを合同でやっても指導できてしまう。

 景気のいいときは、1クラス40人ほどいたらしいけど、バブル崩壊。リーマンショック。まだ社会に貢献出来ない自分達にとっては、どれほどの凄さだったのか実感がないんだけど。

 

「はい。クラス別に出席番号順に並んでくれ」


 教官室からスポーツブランドでは有名なナイスのジャージを着こんで、いかにも出来ますよアピールを忘れず、某落語家がよくやる「いらっしゃい」と言わんばかりに前髪をファッサァアアアアアアアアとかきあげる。

 全国の薄毛。通称ハゲでお悩みの方々を全力で敵に回しているのが、体育の早川透、独身、28歳なのである。

 ここまで貶せばお解かり頂けるだろう。

 俺、この先生……キ・ラ・イ!?

 だって、イケメンだしモテる! 

 

「それじゃぁ、今日は前回の体育でも言っていた通りにバレーボールをする。その前に2人1組になってストレッチをする。では2人1組になってくれ」


 ストレッチはいつも通りなので、なぎさの隣へと移動する。

 なぎさも俺のほうに来てくれるので、ちょうど真ん中辺りでストレッチを始める。

 体育館のスピーカーから準備体操の音楽が流れだし、まずは1人で音楽合わせてストレッチをする。ジャンプする少女達は大きな果実と小さな果実を揺らしながら、一生懸命にジャンプしている。それを俺は一生懸命、視覚で捕らえて脳内インプットしていく。

 あぁ……なんて素晴らしい眺めなんだろうか。

 大きく揺れるのもいいけど、小さい果実は揺れずに体操服と果実の間に空間が生まれ、それが重力によって戻される。すると果実の形がしっかりと体操服に浮かび上がったときの果実は、男心を擽るエッセンスとなる。


「立花、他の人の胸ばかり見てないで、しっかりとストレッチをしなさい」


 バインダーで軽く頭を叩いてくる。

 それ見ていたクラスメート達はクスクスっと小さな笑いが湧き上がった。

 ここで最近の流行である『体罰』と言ったらダメかな。

 精神病院に行って、涙を流しながら


「体育の早川先生にバインダーで叩かれて、みんなに笑われたのが、とても心に傷ついて、夜も眠れなくなったんです」


 と言っておけば警察は動き出し、逮捕してくれるに決まっている。

 止めに「私の心はもめん豆腐よりも繊細なんです」と、ツブヤイターに書き込みしておけば、ツブヤイターの連中も一瞬にして、俺を守護神のように、ネットに拡散していってくれるに違いない。

 この世にアーサー王がいないのであれば、ネットという文明の発展を武器にするのが、現代の戦い方である。


「誰も助けてくれないし、幸菜はアカウント、昨日作ったばっかりでフォロワー3人しかいないじゃん」


 その3人とは、楓お姉さま、雛、なぎさ……

 ヤバイ……正義のヒーローからフォローされていなかった。逆におもちゃにされてしまう可能性だってあるかもしれない。

 もうダメぽ……。

 準備体操の音楽が終わると2人1組となって、ストレッチを始める。まずは前屈をするようにして、背中を押してあげる。アレである。

 なぎさの身体はとても柔らかくて、背中を押してあげる必要性がまったくない。

 体操服の間に空間が出来上がって、ブラと胸の谷間が堪能できる、このストレッチは最高です!

 なぎさの番が終わると次は俺であり、俺はものすごく固い。色んなところがね。

 なぎさのように床に頭が着くには、30cmほどの隙間があり、小さく唸りながら、上半身を床へと向かって少しずつだけど、近づけていく。


「えぃっ!」


いきなり、背中に押される重みではなく、乗られる重みを感じて首を捻って確認。

 やはりなぎさは俺の背中にお尻を乗せて座っている。


「なぎさ……重い……」


 後悔とは物事が終わってから、気づくものであり、無かったことにはできない。

 なぎさの足が首に絡みついてきて、俺の上半身を床に着けるかのように、首に足を巻きつけて、グッと力を込めてくる。


「私……そんなに重いかなぁ……」


 地雷を踏んだことに、やっと気づいたけど、時すでに遅し。

 女の子に『重い』と言う単語を使うのは、タブーだと幸菜のときに知っていたのに、咄嗟に言葉に出してしまっていた。

 

「なぎさ様、ごめんなさい!」


「もう遅いよ……」


 ストレッチなのに体中が痛くなったのは言うまでもないことであった。

 

 ストレッチが終われば、俺は記録係か審判をすることになる。

 今日も出席順にチームを作って、試合形式でバレーボールが始まっていった。

 

「いつも悪いね」


 チームが入れ替わる時に早川先生に声を掛けられた。


「いえ、これぐらいしか出来ませんので」 


 これまた適当にお世辞でその場を逃れようとした。

 ふと、肩に手を置かれて「きゃっ!」と女の子らしい声が出てしまって、違う意味で恥ずかしい。

 

「驚かせて済まない」


 キラっと白い歯を見せながら笑顔で、謝罪をしてくるのは、わざとなのか自然なのか。どちらにしろキザ野郎に惚れる趣味は無い。というか男に興味がない。

 ここで「殿方のような男性が大好きです」と言ってしまっては人生、お先真っ暗。

 さらに、意味も無くべったりとすぐ横に1歩、近づいてくる。

 俺はそれから逃げるように1歩、横にスライドして距離をとって、意思表示。

 すると、また1歩、近づいてくる。負けじと1歩、横に逃げる。


「立花……先生のこと嫌いなのか?」


 さすがにここまでの拒絶反応を示せば、聞かなくてもわかるだろ。これでわからないなら、精神病院に行くか。恋愛シミュレーションゲームの主人公になれる素質を持っていると自負すべきだ。

 

「そんなことはないのですが、身体が勝手に……」


「そうか。でも社会に出れば異性と一緒に仕事をすることになる。それまでには男性恐怖症を治しておかないといけないぞ」


 いつから俺は男性恐怖症患者になったんだよ。

 言いたい返したい気持ちもあったのだが、これはこれで使えるので黙っておくことにする。

 

「これが最後だから、もう少しだけ頼むよ」


「わかりました」


 体育の授業も残り15分で終わりのチャイムを奏でる。

 なので、最後の1試合して終わるということを、早川先生は告げたのである。

 すでにコートにはなぎさのチームと相手チームがコートの中に入って、談笑をしており、すぐに始められる状態だったので、コートに向かって


「時間もないので、すぐに始めますね」


 と試合を始めることを告げ、いつものようにジャンケンでサーブ権を決めて、試合は始まっていった。

 なぎさの独壇場であった。

 鋭いジャンピングサーブ、高い位置からのスパイク、鉄壁と言えるブロック。

 どれを見ていても経験者のように、華麗に舞っている。まるで氷の上を美しく滑っているフィギュアスケートの選手のように見える。

 また、スパイクを決めてハイタッチしている。

 体育の授業で、ここまで楽しくプレイできるのは一種の才能なのでないだろうか。

 相手も負けじとスパイクを放ってくるけど、きっちり拾って、なぎさへと繋げる。

 時間的にも最終プレイになるのがわかって、さっきよりも高く強烈なスパイクで放つために、大きな助走距離を取って、思いっきりジャンプする。

 だけど、俺の視界の端っこに白い物が通過して、コートの中に入り込んでいく。

 それが隣のコートから転がってきたボールだというのを、認識するのに数秒の時間がかかってしまった。

 しかも、そのボールは、スパイクを放ち終わって、落下している、なぎさの落下地点に吸い込まれるように転がっていく。


「なぎさ避けてっ!」


 すでに避けれる体勢にないなぎさに叫んでも遅く、ボールの上に着地してしまい、バタンっ!? と大きな音と一緒にコートに倒れこんだ!

 すぐ近くにいたチームメイトが駆け寄り、俺や相手チームの子達、隣のコートからもなぎさを心配して駆け寄ってくる。 


「大丈夫?」


「白峰! 大丈夫か!?」


 早川先生も急いで駆け寄ってきて、コートに横になっている、なぎさの様子を伺う。

 さすがに落ち方がひどかったので、苦痛の表情を浮かべて痛みに耐えている。なのになぎさは


「だ……大丈夫だよ」


 痛みに耐えながらの笑顔は、とてもぎこちなくて、心配して集まっているクラスメートのみんなの顔は暗い表情をしている。

 とにかく、このままでは怪我の状態がわからない。


「ゆっくりでいいから、身体を動かしてみて」


 まずは首を、そして手を動かしていく。上半身は問題ないみたいなので、俺の肩を掴みながらゆっくりと立たせてみたのだが、「いつぅ!」右の足首を捻ったのか、痛みを露にする。

 ボールの上に落下して、なにもないのがおかしいのであって、無事だったら奇跡に近いと思う。

 

「先生、なぎさを保健室に連れて行きます」


「あぁ、俺も授業が終わったらすぐに向かう」


 なぎさが歩きやすいように、なぎさの右側に回って、肩を貸してあげる。

 心配して集まっているクラスメート達に「ちょっと開けてください」と叫んで、体育館の出入り口に向かって、歩調を合わせつつ、なぎさを誘導していく。

 ちょっとした振動が痛みを誘発させるみたいで、1歩、前に進んでは、小さく声を出して痛みに耐えている。

 体育館を抜けると、なぎさの前に座り込んで


「ちょっと痛むかもしれないけど、背中に乗ったほうが楽だと思うから」


「いいよ! だって重いよ。それに恥ずかしいじゃん」


 まだ、あのときのことを根に持っているらしく、背中に乗るのに抵抗があるとみた。

 

「もうすぐチャイムがなるから、もっと恥ずかしくなるよ。重いって言いながら保健室に向かうよ?」


「わかったから、もうそれ以上なにも言わないで!」


 なぎさも女の子、体重などを言われるのは抵抗があるみたいで、やっと素直に背中に身体を預けてくれた。

 でも、いざ背負ってみるとストレッチの時とは、別人のように軽かった。なぎさの太ももを掴み、落とさないように、出来る限り振動を伝えないように、保健室に向かっていく。


「やっぱり重い?」


 おぶっているのが功を奏しているのか、あまり痛がる様子もなく、耳元から声が聞こえてくる。


「やっぱり女の子は軽いよ。ストレッチのときは力を入れてたから重いって言っただけだしね」


 「そっか」とだけ言うと、黙り込んでしまい、保健室に着くまでの沈黙がもどかしく思えた。

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