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朝のトラブルメーカー

 夕食はなぎさも一緒に食べる。

 朝は朝練があるので、一緒に食べるのは無理だし、そこまで気を使うのも、なにか違う気する。

 夕食も一緒に食べるようにしているのではなく、ただ自然と一緒に食べるようになった。

 時間を決めているわけでもない。なぎさ達は先に露天風呂に行ったりするので、自然と声を掛け合って夕食に行っている。

 今日も楓お姉さま・なぎさ・雛・凛ちゃん・俺といつものメンバーで夕食を食べている。

 楓お姉さまはフレンチ・雛と俺は和食・なぎさと凛ちゃんはステーキをがっついている。

 凛ちゃんはナイフとフォークを器用に使って食べているのに対して、なぎさはナイフとお箸という、斬新なチョイスでステーキを食べている。いや、飲み込むに近い。

 ちゃんと噛んでいる様子もなく、水で流し込むように食べている。

 大会も再来週と迫っているので、練習も厳しくなっているに違いない。食べ方に関してはなにも言わないけど


「んぶ! だぶいでね。ごぶんだっだ」


 まずは口の中の物を飲み込んでから喋ってくれないと、何言っているのかわからない。

 でも、さすが妹の凛ちゃんである。


「今日、タイムがね良かったの。と言ってます」


 日本語になっていない日本語を解読できるのは、さすが妹だけはある。

 補足しておくと、なぎさは中等部時代は長距離をメインに走っていた。だけど中等部の3年の時に100mにシフトチェンジというより、気まぐれで出たら県大会2位になったらしい。1位の人とは0.3秒差で1位の人は全国で優勝までしたという。

 そこまでハイレベルな争いをして、顧問が黙っているわけがない。

 今年は短距離で全国を目指すと意気込んでおり、なぎさも今回に関しては結構やる気を出しているらしく、練習も真面目に取り組んでいる。

 あの適当な、なぎさが頑張っているのには、なにか理由でもあるのかな。

 どっちにしても、打ち込める物があるのは良い事だと思う。

 俺は素朴な質問をしていた。

 

「なぎさはスポーツさせたら、なんでも出来ちゃうもんね。再来週の大会は勝てそうなの?」


 去年がその成績なら、相手は去年の全国優勝者が最大のライバルと言えそうなのだが、口の中の物を飲み込むと


「去年、優勝した選手は大会には出てこないから、勝てるんじゃないかな?」


「それはどうして?」


「怪我しちゃって、復帰は絶望的だって先生が言ってた」


 なぎさは残念そうに声のトーンを少し下げながら答えてくれた。

 こう見えて負けず嫌いな性格をしている。負けた相手に負けっぱなしは嫌に違いない。


「そのライバルだった子の顧問が、此花の顧問を務めているんだけど」

 

 楓お姉さまが補足説明を入れてくれるのだが、今年入学した俺は、誰が新しい先生なのかなどはわからない。

 そんな俺を見かねた雛がさらに補足説明をしてくれる。


「幸菜お姉さまの授業も担当しておられる。体育の早川先生が陸上部の顧問をなさっておられるのです」


 雛の説明だけでは少しばかり、面白みがないので補足しておくと、

 ちょっとイケメンで。

 ちょっっっっとモテて。

 ちょっっっっっっと若い。

 ってだけで見ているだけでイライラしてくる先生である。


「言いたい放題で言い返せないのは可哀想ね」


「お姉さまのほうがかっこいいのですよ?」


「幸菜……負けを認めなって!」


「平民はブサ○クな男がいいのね」

 

 みんなも言いたい放題だし、雛のはフォローしてくれているけど、女装していない俺を見たことないよね。

 それに負けたって俺とあいつを一緒にしないでもらいたい。で、凛ちゃん。俺にそんな趣味はないからっ!

 突っ込むのも少しは慣れてきたけど、いじられキャラから早く脱出したい。

 願望だけが先行していく。

 現実はそう変わらないように出来ていて、そのように仕向けられている。

 花園楓という暴君によって……

 



 翌朝

 火曜日の朝は、いつも以上に積極的な起こされ方をした。

 いつもの起こし方は、肩を揺すりながら声をかける。というオーソドックスな展開であるのに、今日は一味違った。

 なぜかいきなり寝苦しさを感じた。重いってほどではないけど、なにか重みのある物が身体を押さえつけるような感じ。

 

「お兄さま。朝なのです」


 いつもと違うところから声が聞こえる。寝ぼけているだけだろう。そう思って目を開けると目の前に雛の顔があった。

 雛は騎乗位の体勢で俺を起こしてきたのである。

 ……

 …………

 ………………


「おはようございますなのです」

 何事もないように笑顔で挨拶してくる。だけど俺のほうは、二次元のような展開にただ


「ひなぁああああああああああああああああ」


 と朝から悲鳴をあげていた。

 急いでこの展開を打破しようにも、義妹である雛が腰の上に乗っている。

 もし、このままグラインドなど始めてしまったら、理性の爆弾が爆発しかねない。

 それを知ってか知らずかグラインドまでは行かないけど、上下に揺れる。だから発育のいい胸がゆっさゆさ上下運動をする。

 某ゲームでもぜんごぉおおおおおおおおおと、お嬢様キャラに叫ばせるゲームも存在しているぐらいだ。

 俺が叫んでも倫理的に問題は無い。

 問題なのは雛の教育のほうである。

 こういうことをさせる人間は1人しかいない。

 なぎさはもう朝練で学院なのでいない。凛ちゃんも同様の前にこんなことをさせるとは到底思えない。だったら楓お姉さましかいない。だが、楓お姉さまは見て楽しむ性格なので、この時間は確実に眠っている。だとすれば、残る人はただ1人である。


「中村さん! 雛に変なこと教えないでくださいよっ!?」


 俺が叫ぶとクローゼットからメイド服を装備した中村さんが笑顔で現れた。

 

「役得ですね」


 あなたは一体どこから現れるんだ! それに役得の使い方を間違えてますから……なにかの役を演じているわけでもなく、あなたが仕組んだことでしょうに。


「雛、起きたから降りてくれる?」


「わかりましたなのです」


 雛が立ち上がるのと同時に中村さんはシーツをすっと引っ張る。すると体勢を崩した雛は倒れまいと足をじたばたさせる。

 あぁ……これはフラグ立っちゃった。

 ――っ!

 女の子にはわからないであろう痛みが一瞬で全身に響き渡る。

 体勢を崩した雛は俺のゾウさんを踏みつけたのである。

 もがき苦しみたいのに、雛が布団の上で尻餅をついたので、暴れまわることができない。この痛みを開放させるには押さえて押さえ込む。それしかないと腹を括る。ゾウさんを押さえながら雛が怪我をしていないか確認してみるけど怪我はなさそうで一安心。だけど俺はもうお婿にいけないかもしれません……

 子孫繁栄させる野望が潰えた可能性が高いです。お父さん、ごめんね……


「ごめんなさいなのです!」


 雛が隣に駆け寄ってくれるも、それだけでこの痛みは治まるはずもなく、「うぐぅ……」と日常会話では聞くことのない単語? が喉から漏れてくる。


「こんな時は、どうしたらいいのですか!?」


 パニックになって、首を右に、左に、動かして、落ち着いて思考を巡らせることができず、なにを思ったのかこんなことを言い出した。


「ヒィ……ヒィ……フゥなのでしゅ!」


 それお産のときにする深呼吸だよね? 今から俺は誰の子を出産しようとしているのだろう。

 俺にはそんな趣味はまったくないので、出来ちゃうことは120%ない。だがパニックになっている雛は「せぇの! でいくのです」と掛け声の合図を自分で決めていた。

 可愛いからもう少しだけこのまま付き合っておくことにする。痛みは次第にマシになってきているので、このまま痛いふりをしておこうか。


「せぇの!」


 雛の掛け声が俺の鼓膜を震わせると同時に


「「ヒィ……ヒィ……フゥ……」」


「なに馬鹿なことやっているんですか」


 中村さんがトントンっとゾウさんの裏側を叩いてくれる。それは、いいんですけど、実はそれって逆に痛いだけなんですよ。

 そして帰ってきて、早々に問題を起こしてくれなくても、もうトラブルに首を突っ込んでますのでこれ以上は止めて欲しいんだけど、そうはいかない。

 だって、ハデスのお目覚めの時間が今日も迫ってきているのだから……




 今日のお目覚めはメイドさんが5分で終わらせてくれました。ただ、「覗くのはダメです」と言って、楓お姉さまの部屋に入って、5分後……虚ろな目をしながらシャワーを浴びにいく楓お姉さまがいた。

 ぜひとも、ハデスの起こし方をご教授願いたい。とお願いすると


「まだレベルが足りません」


 どこのRPGゲームなんですか……。

 シャワーを浴び終わるまで、金魚のフンのように付きまとって聞いてみたのだが、やっぱり同じ返事しか帰ってこなかった。

 準備の出来た楓お姉さまと一緒に食堂に向かう。

 向かっている間も挨拶されては挨拶を返す。隣でスルースキルを発動している生徒会長様の分も笑顔と挨拶を振りまいて、食堂に到着する。

 いつものことなので慣れてしまった。

 最近、この言葉が多いような気がしてならないんだけど、慣れてしまったんだから仕方ないじゃないか。

 朝食は3人共に軽くフレンチトーストを頼んだので、比較的、早く食べ終わってしまった。

 

「陸上部、見に行きませんか?」

 

 いつもより15分ほどだが、余裕が出来てしまったので、ゆったりするのもいいけど、応援に行くのも悪くはないと思う。

 

「いいと思うのです!」


「まぁ、いいじゃない」


 2人の同意も取り付けることも出来た。

 雛は同意してくれると思ったけど、楓お姉さまが同意してくれるとは思っていなかったので、なんか嬉しい気分になってしまって、顔がにやけている。

 自分でもわかるほどなので、相当にやけていたに違いない。


「その顔、気持ち悪いから」


 椅子から立ち上がって、突き進んでいく。

 

「照れ隠しなのですよ」


 雛も席を立って、楓お姉さまの後ろを歩いていく。

 意外なことに、この2人、仲が良いんだよね。俺の部屋で雛が勉強をしていたら、


「ここはこうするとこうなるの。だからこれを代入するとこうなる。わかった?」


 こんなやり取りをしている場面がちらほらあって、なかなか良い関係を築いていけているようで、安心している俺がいる。

 だから俺も2人を追いかけるように、席を立った。


 朝のグラウンドには、陸上部しかいなかった。

 大きなグラウンドなので、中等部側は円盤投げや砲丸投げの選手が練習をしている。高等部側は砂場が用意されているので、走り幅跳びや三段跳びの選手が練習をしていて、トラックが描かれている真ん中では走り高跳びの選手が数人、練習していた。

 

「あれ? なぎさはどこにいるの」


 グラウンドを見渡しても、100m走などの選手が見当たらない。


「ネット裏を見てみなさい」


 俺達がいるのは、正門から入ってすぐの場所であり、ネット裏とはその正面に存在する緑色のフェンスの裏側ということ。

 コンクリートブロックが数段、積み重なって、ブロックより上が緑色のフェンスとなっており、小さく聞こえてきたホイッスルの後、フェンス裏から数人の選手が走っていくのが見えた。

 やっと理解した。クラウチングスタートをするとコンクリートブロックでスタートするまで見えなかったのか。

 走っている数人の選手なのだが、1人だけずば抜けて速い選手。それがなぎさだとすぐにわかった。

 トレードマークのポニーテールがサラブレットの尻尾のように宙に舞って、他の選手を置き去りにして、悠々とゴールを駆け抜けた。

 遠くから見ていただけなのに、スピード感溢れる走りがこっちにまで伝わってくる。

 グラウンドで自分達の練習をしている生徒も、なぎさが走り出すとそちらに視線を向けるほどの存在感がなぎさから伝わってくるということだ。


「すごい……」


 ポツリと声が出てしまっていた。


「そうね。今年の全国大会はなぎさを中心に回ると雑誌で取り上げられていたわね」


「凛ちゃん情報なのですが、去年の全国大会優勝者の方のタイムを0、3秒も更新したらしいのですよ」


 2人は驚くこともなく、それが普通であるかのような淡々とした口調で教えてくれる。

 

「そっか!」


 自分のことのように思えて、なぜか嬉しくなった。

 オリンピックやスポーツ中継を見ていて、赤の他人なのに、日本人。というだけで金メダルやなにかしらの記録を更新したりすると嬉しくなる。たぶん、この気持ちが一番近い感情なのかもしれない。

 

「ただし……このまま順調にいけば……とだけ言っておくわ」


 楓お姉さまがなぎさを視界に捉えながら、俺と雛に聞こえるぐらいのボリュームで呟いた。

 

「元、全国大会優勝者の刹那ならわかると思うけど、オリンピック選手だろうと日本代表選手だろうと怪我には勝てないわ。

 例外も存在するかもしれないけど、そんな例外は億分の一ぐらいの儚い確率。

 そして、怪我は自然に出来る怪我もあれば、故意的に出来る怪我もある。

 自分より上の人間を崇める人間もいれば、嫉妬・憎悪・復讐。これら3つのどれかを抱く者もいる。

 3つのどれかを抱く者を乗り越えて、初めて勝利に進んでいける道を見つけることができるの」


 わからないわけではない。

 でも、この学院にそんな卑劣なことをする人がいるとは思えないし、外からの敵は万全の警備体制が整っているこの学院にいる限りありえない。

 自分のタイムを見て、喜んでいるなぎさの姿がそこにある。

 隣を見れば、いつものクールな楓お姉さまの顔がそこにある。だけど、いつもと違う瞳をしている。それは羨ましそうな瞳だった。

 楓お姉さま、俺にはあなたの過去を探るすべはないけど、いつかあなたから教えてくれる日を待っています。

 もう一度、なぎさを見て


「いつものなぎさだったね! さぁ、教室に向かいましょうか」


「それでは幸菜お姉さまはお昼休憩、楓お姉さまは夕食にお迎えに行きますなのです」


 小さな身体を綺麗に折りたたみ、一礼して学院に向かっていった。

 

「楓お姉さま、またトラブルが転がってくると思いますか?」


 楓お姉さまは口元だけをニヤけさせ


「もうトラブルなら転がりこんでいてよ」


 それだけ。

 それだけを告げると楓お姉さまも昇降口へと向かって進んでいく。

 なんでもお見通しってわけか……。

 楓お姉さまの隣を歩きながら、誰にも気づかれないよう、ため息をついた。

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