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彷徨う少女

 放課後

 

 なぎさも雛も、今日は部活なので迎えにもこないし、足早に部室へと姿を消していった。

 なにもすることのない俺は、寮に戻ってライトノベルでもゆっくり読む予定だったのだが、1通のメールで予定が崩壊した。


『私の友達が駅にいるので、放課後、迎えに行って下さい』


 我が妹からの簡潔なメール。

 もう少しお兄ちゃんを労わるようなメールをしても罰は当らないと思うのだけど、ご機嫌が悪いようで素っ気無い内容となっている。

 この学院に入学する前までは、とても可愛らしく『にいさん、お腹すいたからケーキ買ってきて』とハートマークや音符マークすらないメールを送ってきてくれたのに、って、昔となにも変わっていなかった……

 授業が終わって、少し経っているのでクラスメートのほとんどは部活か帰路に就いている。数人の生徒は教室で談笑しており、「それでは、さようなら」とカバンを両手で持ち、教室を後にする。

 それにしても、メールの内容がいまいちわかっていないのだが、幸菜ってこっちに友達いない……よね? 

 しかも、なんで駅で待っているのか。憶測で話を進めても、迎えに行かなくていけないのは確定事項なので、予定が狂ったことには変わりない。

 膝上までしかない短めのスカートを翻さないように、階段を下りて、下靴に履き替える。

 まだ部活が始まる前なのか、疎らにしかブルマ姿の生徒がいなかった。

 なぎさもいなかったので、まだ部室でお喋りでもしているのかもしれない。

 気にしつつも、正門に向かって歩き出していく。

 5月とあって、少し生暖かい空気へと変わってきて、1番過ごしにくい季節が到来を告げている。

 正門に行くまでに、中等部の子達から「さようなら」「ごきげんよう」「結婚してください」など求婚されちゃいました。

 みんなには内緒だけど、男なので結婚できちゃ……うんだけど、丁重にお断りしておこう。

 さて、坂道を上る生徒は居ても、下る生徒はいない。

 だって、70度近い、急勾配の坂を下ろうとする人間はいないと思う。だけど、平日はバスが運行していないため、歩くしかないのである。

 坂道って上るより下るほうが足の負担が大きく、疲れがどっと押し寄せてくる。

 門限までは時間があるので、ゆっくりと下っていくと、確かに金色の髪をした女の子が駅の前に立っているのがわかる。

 小さなシルエットしか見えていないのに、インパクトがある。で間違いではないんだけど、インパクトがある。

 地味な田舎の駅に金髪美少女が突っ立っていたら、誰だって気にする。

 段々、近づいていくにつれてシルエットだったのが輪郭へと変貌を遂げ、駅に到着すると女神にランクアップした。

 腰まである金色の髪に青を主体としたセーラー服、メリハリのあるボディーライン。それを隠そうとしない膝上のミニスカートの美少女が今、隣にいます。

 小心者の俺には、身の丈の違う女性に声をかけるなどという、無粋なマネは出来ないわけですよ。


「もしかして、幸菜……の?」


 すべてを言わないのも、女神たる由縁なのだろう。


「うん。そうだけど、あなたが幸菜のお友達っていう……」


「えぇ。東野リーサよ。リーサって呼んで。私も刹那って呼ばせてもらうから」

 

 ニコっと笑いながら、握手を求めてきてくれたので、スカートで手のひらを拭って、手の汗を確認する。

 おし、大丈夫。

 差し出された手を握り、女神の暖かな温もりを感じる。はずだったんだけど、なぜか握っている力がどんどん強くなっていく。


「俺、なにかぁあああああああ……しました……?」


 女の子とは思えない握力が一瞬だけ込められたのは、言うまでもない。

 どうして、俺の周りは男よりも強い女の子が多いのだろう。

 

「なにもしてないけど、女の私から見ても綺麗だから、ちょっとイジワルしてあげたくなったの」


 男の身として、褒められているのか貶されているのか複雑な気持ちになる。

 女の子と油断していたら、この仕打ちだよ。ズキズキっと痛みを出して、危険人物であると警告を発している。とはいえ、リーサはどうしてこんな、ど田舎(←ここ重要)に来たのだろうか。

 

「なにか、用事でもあるの?」


 女性に対して、言ってはいけない事が3つほどある。

 1つは体重、これを言ってしまうと罵声が飛んでくる。

 2つ目は年齢、これを聞くと腹パン濃厚。

 3つ目、これが一番重要で機嫌が悪い女の子に「今日は女の子の日?」と聞くと、包丁が目の前を華麗に宙を駆け抜けたことがあった。

 朝から俺の目の前を行ったり来たりして、落ち着きがなかったから、特に意識していたってのもあったんだけどね。

 用事を聞くだけであれば、問題はない。良い子のみんなは覚えておくようにね!

 

「此花に転入しようかと思っているの。だから学び舎とか覗いてみたいなって」

 

 にしては、足元に大きめのスポーツバックが鎮座していて、数日は家に帰らなくても大丈夫! と強調している。

 

「だから、学び舎の中とか教えてよ」


 澄んだ青色の瞳が俺に向けられる。

 その瞳の奥には、どんな思いが込められているんだろう。

 あきらかに、なにか熱い思いも混じっている。

 なぎさと似ている。おちゃらけた性格をしているくせに、熱くなることがあれば真剣な視線をぶつけてくる。

 

「わかりました……」


 この展開の先は読めている。

 断れば、女装のことを言われるに決まっている。

 

「さっすがだね。話がわかるいいお兄さんって聞いてけど、ちょっと心配だったの」


 ちょっとお茶目にウインクをしてくれる。

 キュン! と胸が痛いのはなんでだろう。ウインクした目からハートでも飛び出してきたのかも!

 ないない。

 人生はアニメなどのように出来ていないのである。

 

「それじゃ、レッツゴ~」

 

 とすぐ隣で、こんなところに居ても、お客さんはやってこないだろうと、少年でもないのに週刊誌の漫画を読んでいた、タクシーの運転手に向かって、手を挙げる。

 こっちを見向きもしない。

 挙げた手がゆっくりと下ろされる。

 その気持ちわかるよ……

 ボケても突っ込みが帰ってこない時に、似てるよね。

 そしてポケットからスマホを取り出して、なにやら操作をし始めたと思ったら、耳にスマホを当てる。

 電話はすぐに繋がったようで、「私の前にいるクピー……」

 少々、女の子の口から言ってはいけないような言葉が発せられているため、効果音にて隠蔽工作させて頂きました。

 すぐさま、タクシーの運転手の人が週刊誌を助手席に投げるとキーを回して、エンジンをかけると冷や汗をかきながら、顔面蒼白で車をこっちに動かしてくれる。

 自動でドアが開くとリーサはお構いなしに乗り込み


「ピー! ピー! ぴぴぴぴー!?」


 再び、女の子が……以下略


「幸菜どうしたの?」


 どうして、目の前にいる女の子は『なにもなかった』ようにしていられるのだろうか。タクシーの運転手さんは完全に震え上がっていて、「クビだけは」と泣いてせがんでいたのに。

 俺もリーサと出会わなかったことにしてもいいかな? だって1つ間違えたら、あの罵声が飛んできて……。


「大丈夫だよ? 人生終わらせてあげるぐらいだから」


 リーサだったら本気でやりかねない。と出会って数十分の俺でもわかっちゃうのも、リーサの長所かもしれない。

 

「すみません! 以後、気をつけます」


 すぐさま謝罪を繰り出しておくのが、トラブルからの回避方法である。

 

「わかったから、早く乗りなよ」


 恐れ多いですが、お隣に座らせていただきます。

 ニコニコしているリーサの隣に座ると、運転手さんがドアを閉めてくれる。

 笑っていたリーサの顔が狼に変貌を遂げ


「さっさと、出せや!」


 効果音ってすばらしい!? 




 さて、学院までタクシーを使って「ピー! ピピー!」と効果音をフル活用していただきまして、外で待っていてくれることになりました。

 

「ネットの画像で見るより、大きいし綺麗だね」


 此花学院の象徴でもある、正門と校舎の両方に対しての褒め言葉であることはわかる。

 北欧の森の奥にでも存在しているかのような、歴史を感じるお城を校舎として使用していて、正門は綺麗なアーチ描いて、白い外壁で強固な防壁を作っている。

 見た者はアーチの中へと吸い込まれてしまうかのようなデザインである。

 

「私が学び舎の中に入っても大丈夫かな?」


「大丈夫のはずですよ。たしか事務所に申請書と同伴者がサインすれば問題ないと思います」


 この学院に来て、1ヶ月ぐらいの俺は規則などまったく覚えていないので、あいまいな返答をすることになった。

 

「そうと決まれば、いこうか……相棒!」


 見た目は海外のお姫様なのに、古臭い映画に出てきそうなセリフのギャップが産まれる。ここでギャップ萌えを不意打ちしてくる辺り……リーサは男の心を理解しておられる。

 目立つリーサの隣を歩くも、どこにも属していない生徒は寮でくつろいでいる時間で、他の生徒は部活中や委員会などで忙しい。

 正門を通り抜け、花が散って緑しかない桜並木がお出迎え。目の前にスポーツ系の部活が一気に練習しても、余るほどのグラウンドが展開されていて、グラウンドを囲うようにして、向かって右側が高等部棟になっていて、グラウンドの向こう側が特別棟。左側が中等部棟になっている。

 

「こんなに広いグラウンドがあるのか。すごいね!」


 すごいのは良いけど、移動とか大きすぎてめんどくさいって言うのが本音だけど、スポーツ系の部活は重宝しているらしい。

 メリットとデメリットはあるにせよ、この学院が部活にも力を入れているというのは窺える。

 部活の邪魔も出来ないので、高等部棟に向かって歩き出す。昇降口で上履きに履き替え、リーサには来客用のスリッパを用意する。

 事務室は昇降口のすぐ前にあり、事務室の扉をノックする。中から事務の先生が扉を開け、見学するにはどうすればいいのかわからない事を告げると、見学届けに見学者の名前と同伴者の名前を書くだけでいいとのこと。帰りは同伴者が事務室により、見学終了を告げるようにする。意外にも厳しい手続きなどがないのは、風紀の良さと万全な警備のおかげなのかも。

 手続きを済ませて、事務室を後にする。


「「失礼しました」」


 俺とリーサは一礼して扉を閉め


「どこから見ていこうかな」


 と俺は頭を悩ませる。

 この学院、特有の場所っていうのが存在しない。

 ライトノベルなどでは、礼拝堂や教会などといった特別な建物が存在するのだが、この学院は至って普通。

 規模が他の学校や学院よりも大きいのが、この学院、唯一の誇れるところではないかな。

 寮に戻れば、屋上に作られた天然の温泉があるが、俺が行ったことないし、学び舎を案内して欲しい。といっているのだから、除外すべきだろう。って案内するのって意外と難しいな。


「屋上に連れてって?」


 リーサはグラウンドのほうを見ながら言ってきた。


「別にいいけど、綺麗な景色とか見えないよ?」


 周りが森なので特に目立った建物がなく、山の頂上に建っているわけでもないから、夕陽などを見るには、余り向かない立地条件。

 そんな中、屋上とは……

 

「それでいいの。エレベーターある?」


「あるにはあるけど、屋上までいけないよ」


 確かに4階建ての校舎とはいえ、階段はさすがに歩くのは辛い。原則としてエレベーターの使用は禁止されているが、リーサはお客様なので、使用しても問題ないだろうし、俺が同伴しても咎められることはない。

 

「うん。いけるところまでいこう」


 行く場所が決まれば行動あるのみ。

 エレベータは校舎の一番端っこに設置されているので、昇降口から少し歩くことになる。

 俺はリーサと一緒にエレベーターに向かう。

 リーサの視線は前を捉えることなく、グラウンドのほうに向けられたまま……




 5月の屋上は湿気を含んだ風が肌にまとわりついてくる。お世辞にも心地よいとは、とてもではないが言えたものではない。

 屋上に着いたら、リーサは落下防止のフェンスに近づいて、外を見ている。

 外。という言い方は間違いなのかもしれない。正確には『グラウンド』を見ているのである。

 最初のうちは一緒になって見ていたのだが、ずっと無言で見つめているリーサになんて声をかければいいのかわからず、逃げるように屋上に備え付けられているベンチに腰を下ろした。

 スマホの画面には17:30と表示されていて、試合の近い部活以外は終了の時間となった。俺も立ち上がってリーサの隣へと歩みを進める。

 運動部の生徒は片づけを始めていく。

 ソフトボール部はバット、ボール、ベースなどを片付け、最後はトンボでグラウンドを整備している。

 女子サッカー部も最後のストレッチを終えて、円陣を組んで、練習の終わりを告げているのだろう。

 たけど、リーサは視線を逸らすことはしなかった。

 まだ部活動をしている部活動が存在している。

 

「陸上部が気になるの?」


 誰もいないのに、なぜか小さな声で問いかけていた。

 

「そ、そんなことないけど……今日は帰りましょう」


 やっとグラウンドから視線を外し、屋上から帰ることになった。

 少し重い鉄の扉を開ける。リーサは手すりに手を付きながら降りていく。上りのときも手すりを左手で掴みながら上がっているのを俺は見過ごしていなかった。

 階段を降りるとすぐにエレベーターに乗り込む。2人っきりの密室。だけど聞けなかった。


「明日も案内してもらっていいかな?」


 俺の顔を見ながら聞いてくるので、吐息が俺の顔を直撃して、ふんわりとした柔らかい匂いがする。


「いいけど、学校は大丈夫なの?」


 リーサも高校生のはずで、此花に存在するのは、此花女学院だけなのは知っている。

 また明日も来るっということは、電車に乗ってくるかショッピングモールの近くにあるホテルを利用するしかないはず。

 1時間に1本しかやってこない電車に乗るにしても、今日のような時間に来るには、高校を早退しなければやってこれない。

 リーサは俺の問いかけに笑顔でこう答えたのだ。


「私、高校中退したから平気なの」


 青いセーラー服を着たリーサの目には、薄っすらと涙が浮かんでいるのに、リーサは笑顔のまま校舎を後にした。


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