フィナーレ③
大きな体育館は義妹達の頑張りによって、真っ赤な絨毯が敷き詰められ、綺麗なテーブルクロスの上にはパーティー用の料理が彩りとなり、漫画などで見たことのある光景が目の前にある。
みんな、この日を楽しみにテスト勉強に励み、勉強の合間を見つけては、お姉さま、義妹のプレゼントを用意する。
気合の入り方が尋常ではない。
大好きなお姉さまに近づくチャンスであり、この日は姉妹の契を結ぶ事の多い1日でもあるから。
一番前にいた中等部の2年生の子が俺に向かって、手を振ってきたので、小さく振り返してあげた。
「にぃさん。ちょっとは緊張してください」
「仕方ないじゃない」
振り返してあげないと寂しくなるじゃん。
アイドルにサインを求めて、無視されたら誰だって凹むさ……。
「本当に鈍感なんですから」
なぜか幸菜は呆れ果てた眼差しをこちらに向けてくる。
俺……なにかおかしいなことでもしたかな?
「みなさん、驚きの顔が大多数ですけど、先に……生徒会選挙の結果を報告させてもらいます」
楓が本題を切り出そうと、淡々とマイクに言葉を乗せていく。
俺達は結果を知っていて、彼女達はまだ知らない。
ドキドキのワクワクな展開なのだが、本物の幸菜がここにいて、偽物の俺がここにいて……。
「みんなこっち見てるよー」
空気を読めないなぎさが呑気なことを言い出す。
当たり前だよ。立花幸菜が2人も壇上の上にいるんだから。
「こほんっ」
楓お姉さまの鋭い眼差しがこちらに突き刺さる。
俺、関係ないんですけど。
咳払いをして視線をパーティー会場に向け、選挙結果が書かれた用紙を……。
「楓お姉さま、発表の前に私からお話があります」
幸菜が1歩前に進む。
これは予定にないことだった。
「あなたはいつも私の逆をするのね。まぁいいわ。どうぞこちらにいらして」
楓の指示に従い、幸菜が楓の隣に向かう。
雛も寄り添うように付いていく。
1度、俺の方を見てきたが、すぐに視線は幸菜に向けられた。
雛の居たスペースに真那ちゃんがやってきて、俺の袖口をギュッと掴んでくる。憧れの雛の隣にいて緊張したのか、いきなり壇上にあげられて緊張したのか、はたまた両方かもしれない。
「お姉さま……」
「どうしたの?」
震える手から伝わる
「緊張しすぎてお手洗いに……」
手だけじゃなくて、体もモゾモゾと動かして我慢している。
マジかよ……。
眼の前では楓と幸菜がマイクを渡している最中で。
そんなことしるか!
真那ちゃんをお姫様抱っこして、バックヤードへと駆け出す。
「ちょっ! せつなくん」
「すぐ戻る!」
大きな歓声は無視して、俺はとある場所へと駆けていく。
もちろんお手洗いではなく、この階の上。
ガチャン。
大きな鉄の扉を開けて、外へと出ていく。
雪のせいで白銀だった世界が純白の世界へと変貌を遂げていた。それはとても神秘的で、寮まで続く道の外灯の光が雪に反射して、いつも以上に明るく神々しく見えている。
ただ、この景色を真那ちゃんと見に来たわけではない。
「ん~。寒いわね」
「は、はい……」
真那ちゃんを下ろして、手すりの雪を払い落とす。
彼女は俺の隣にはこない。
「お手洗いは大丈夫?」
真那ちゃんからの返事帰ってくることはなかった。
「いつまで続ける気なのかなって」
別に怒っているわけではない。
誰しも嘘なんて1つや2つ。でも、真那ちゃんは数え切れないほどの嘘をついてきた。
誰しもがわかるような嘘でさえも……。
「もう言い出すのが怖いのかしら?」
………………。
無言は肯定を意味する。
となると……。
「私と一緒だね」
強張った表情だったのが、少しだけ頬を緩めてくれた。
「驚いたよね。私と同じ顔をした人がいて」
「は、はい。少し驚きました。でも、あれはコスプレ? のようなものかと」
普通ならモノマネかコスプレになるよね。
双子でしかも、俺のほうが男だなんて……。
「そう思うのが自然ね。でも、もう嘘は終わりにしないといけない。フィナーレ……ね」
「それはどういう」
「もうすぐわかるわ。そして、私はここを去る。その前にやり残したことをやってから去っていきたい。真那ちゃんにお友達ができるところを見てからね」
真那ちゃんは学院を出ていくことはない。
政治の道具に使われることもない。
それはすべて嘘であって、真実はもっと簡単なことなのだ。
「お母さんが憎い?」
そりゃあ憎いだろう。
自分を捨ててどこかにいったのだから。
「自分の納得できるストーリーを作り出して、自分の脳にインプットさせて、嘘という囲いを作って防御する」
「違います!」
「違わないよ」
「お母さんはあいつに……」
「もう思い出さなくていいよ。辛い事なんて思い出さなくていいの」
真那ちゃんをそっと抱きしめる。
「辛かったね……。寂しかったね……。もう大丈夫だから。ここにはあなたを見捨てる人はいない。強がる必要もないんだよ」
より強く抱きしめる。
だけど、小さな拒否があった。
真那ちゃんが俺の胸を押し返してきたから。
「なにも知らないくせに……」
「わからないよ。なにも話してくれないんだ」
「何人にその言葉を言われたのですか。私はそんな言葉で」
真那ちゃんの肩を掴み……。
手を振り上げる。
真那ちゃんは怖がる素振りも見せず、ただ……。
「平民。ほっておきなさいよ」
黄色の髪、小さい身長、小さい胸。そして、態度だけは大きい東条凛ちゃんのご登場。
「あんたの手が汚れるだけよ」
「東条……お姉さま」
「あんたにお姉さま呼ばわりされる筋合いはないわ」
「ちょっと凛ちゃん」
なぜか俺が仲裁に入ることになった。
「後輩だからと言って、ただこねていたら良いとは思わないで。それと雛子の義妹になりたいんですって? ふざけんじゃないわよ……」
凛……ちゃん……?
「あんたみたいに嘘ばっかりで、それがバレたら逃げ回って、そうやって1人になったくせに、平民に寄り付いて人気者にでもなって、嘘を帳消しにしようとして」
そこまで言うと、パーティのためにセットしたであろう髪の毛をクシャクシャにして、苛立ちを顕にした。
ヒールだというのに、雪の上を歩いてこっちにやってくる。そして、真那ちゃんの前に行くと平手を頬に打ち込む。
本気ではないだろうけど、乾いた音が耳に届いてくる。
女の子としてはどうかと思うけど胸ぐらを掴み、どこかへと連れて行こうとする。
真那ちゃんはされるがまま。
凛ちゃんの勢いが凄すぎて、俺も止めないといけないのだがそれをさせてもらえない。
なぎさの義妹にして、この義妹あり。
そんな感じがするけど、なぎさの前では猫被るんだよなぁ。
「凛ちゃん、少し落ち着いて」
「無理」
おぉ怖い。
殺気どころの騒ぎではない。
ハムスターぐらいなら瞬殺するだろう。
と、思っていると体育館の前に到着。
最後の理性だろう。扉をゆっくりと開けて……。
「ごめんなさい」
胸ぐらを掴まれていた真那ちゃんを体育館に手荒く引っ張り込む。その後ろから俺も入る。
気にする生徒は誰一人としていない。
「今、ここにいる立花幸菜は……今までの立花幸菜とは違います。本当にごめんなさい」
俺の妹は大きく頭を下げ、隣にいる雛も一緒に頭を下げる。
真那ちゃんは振り向いて、大きな瞳で俺を見てくる。
それもそうだ。
立花幸菜が2人存在していて、それを全校生徒の前で。それも推薦投票の結果を発表する前に。
すぐに俺も壇上へと走る。
なに妹だけに……幸菜だけに辛い思いさせてるんだ!
いきなり走り出したので、他の生徒も俺の存在に気づいて、ざわついてします。
壇上に登ってすぐ幸菜の隣に行き、マイクを奪い取った。
「えぇ……なんて言えばいいのかわからないですけど、さっきの言葉は本当です。ごめんなさい!」
大きな沈黙が体育館を覆い尽くし困惑に包まれる中、
パーティは始まり、此花女学院にとって過去最大の暴露が露見した瞬間でもあった。




