温かみ
気まずい。
なにが気まずいか、隣の和馬さんがいるから。
足は痛いし、体中の擦り傷がヒリヒリと痛みを伝えてくる。
ついでに視線も痛い。
和馬さんの車は乗用車なので、凛ちゃんが用意してくれたワゴン車で病院に向かうことになった。
「すみません。忙しい中」
「娘の頼みだよ。また疎遠にはなりたくないしね」
それにと
「君にも感謝している。だから、僕は君を本当の息子のように思ってもいるんだよ」
「娘さん……女の子の日がこないとおっしゃっていましたけど」
「…………生命保険ぐらいかけておくか」
「冗談です! 正常に先週来てましたから!!」
「どうしてそれを知っているのかな……」
あぁ……ドツボにハマった。
だって、同じ寮で住んでいて、最近は瑞希もいないから、俺がゴミを集めたりしている。その時にわかってしまう。それに、カモフラージュの一環として、俺の部屋のゴミ箱に入れたりしてる。顔を真赤にしながらね。
「まぁそれはおいおい」
おいおいなんだ……。
「また無茶をしたね」
「楓お姉さまを泣かせてしまいました」
「あまり、娘を心配させないでくれよ」
「はい」
なんだかんだ、和馬さんとはうまくやっている。
元々が気さくな方なので、そこまで緊張することもなく、話が出来るのがいいのかもしれない。
「この場ではなんだけど、楓からなにか聞いていないか?」
「なにかって?」
「聞いてないならいいんだ。それと、彼女、真那ちゃんの事だが……」
なんだろう。
「実のお母さんが引き取ることになった。再婚していたんだけども、子供さんには恵まれなかったようでね。2人とも喜んでいたよ。後はあの子がどうするかだね」
と、和馬さんは言うけれど、此花はとてもじゃないけど、学費が物凄く高い。
幸菜は特待生制度を利用しての入学なので、学費等を免除。もし普通に通っていたら、月に数百万という学費が必要になる。
お母さんは我が子なのだから、必死になって学費をなんとかしようと思うだろうが、お父さんはどう思うだろう。
まだ出会ったこともなく、自分の血はこれっぽっちも入っていない。
そりゃ犬が子猫を育てたとかいう話は聞いたりするけど、それが真那ちゃんにも同じことが起こるだろうか。
「すまない。今する話じゃなかったね」
「いえ……」
「痛むかもしれないが、少し休みなさい」
そう言って、和馬さんは視線を前に向けた。
病院に着いて、レントゲンなどを撮ったが、骨には異常は見られなかったのは、幸いだけど、肉が抉れてしまっているので、数週間は激しい運動はダメだと言われてしまい、クリスマスパーティーでのダンスはダメだと言われてしまう。
まぁ体が資本なのだから、仕方ない。
帰りも和馬さんは居てくれて、他愛もない話をして、寮に戻ってきたときには夜になっていた。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ、どう致しまして。楓に連絡を入れておいたから、すぐに……って、早いな」
雛となぎさ、それに凛ちゃんもこっちへ走ってくる。
「もし、楓が我儘を言ったら……聞き入れてあげてくれ」
「? わかりました」
和馬さんは自分の車に乗り込み、クラクションを一つ鳴らして、手を上げて走り去っていった。
なんだろう。意味ありげな言い方。
「ゆっきなぁー」
って、飛び付くなっ!
「お姉さまぁーっ!」
雛もダメっ! めっ!
ただ後ろで「爆ぜろ……平民っ!」って、叫びながら突進してこようとするウリ坊が一体。
ダメだこりゃ。
3人の女の子を受け止めきれず、地面に倒れ込む。
「ホント、見てて飽きないわね」
呆れた楓お姉さまが上から俺の顔を覗き込む。
ふむ、白……。
「って、お姉さま見えてます」
? っと顔を傾げる。
「下着が見えてますっ!」
茹でダコのように顔を真赤にした楓お姉さま。ボアっという効果音が良く似合っている。
「どこ見てるのよ!」
「見たくて見たわけじゃ」
「どういう意味よ!」
「見たいけど、そうじゃなくて、早く隠してください」
両手でスカートの中を隠す楓お姉さまも珍しい。
ふん。見ても減るものじゃないでしょ。って堂々としていそうだったのに。
「なぎさ……重いから退いて」
「やだ」
「当たってるよ」
「当ててるの」
「雛も服、汚れちゃうよ」
「洗えばいいのです」
「凛ちゃん……助けて……」
「自業自得よ」
凛ちゃんにまで見放されてしまう。
「おかえり刹那君」
「おかえりなさいませ。お兄様」
「ただいま」
2人に挨拶をする。
もちろん凛ちゃん、楓お姉さまにも向けて。
「早く戻るわよ」
「もう、お姉さまに心配させるんじゃないわよ。平民」
そう言って、楓お姉さまと凛ちゃんが手を差し出してくれたので、俺はその手を掴んだ。
「雛、立ちなさい」
「お姉さまも端ないです」
さすがに楓お姉さまに叱られては、従うしか無い。
なぎさはブーブーと、駄々をこねていたが、渋々と言った感じで、俺から離れていった。
そして、2人に引っ張られて、寮へと戻っていく。
門を抜けて、高等部の寮へと進む。
禿げてしまった桜の並木が少し寂しいけど、嬉しいことあった。
高等部の玄関の前に、1人の少女が立っている。
その子は俺を見つけると、一途に見つめてくる。
よかった。なぜかそんな言葉が見つかり、俺自身がなぜだか困惑する。
みんなは俺の歩く速度に合わせてくれて、少しずつ彼女に近づいていく。
そして、彼女の横を抜ける際……。
「夕食は食べた?」
彼女は顔を横に振る。
ご飯ぐらい食べればいいのに。
俺は真那ちゃんの手を取り
「一緒に食べましょう」
と、言うことで、部屋にご飯を持ってきてもらい、食事をすることになった。
「お姉さまアーンなのです」
「アーン」
はむっ! ほむほむ…… ゴックン
たまには怪我もしてみるもんだね。
可愛い妹がアーンしてくれるんだもの。
幸菜はそういった優しさはないし、楓お姉さまはプライドが、それを許さない。
だけど、雛は違う!
甘えん坊キャラだから、アーンなんて当たり前だから。
あ、真那ちゃんがちょっと引き気味だから、少しだけ自重します。
「蹴飛ばしていいわよ?」
珍しく、一緒に食事している凛ちゃん。
眉間に皺を寄せて怒りを露わにしている辺り、ツンデレポジションは健在。さすがに、凛ちゃんの扱いにもなれてきた。
「い、いえ……」
真那ちゃんは、なにか言いたそうにしていたけれど、そそくさとご飯を口に運ぶ。
「おかわりはどうします?」
雛が真那ちゃんに問いかける。
どうしたものかと困惑する姿を見て「育ち盛りなんだから気にしなくていいわよ」なんて気を利かすと「では……」と、お茶碗を雛に渡す真那ちゃん。
そして、ハッとして
「自分でよそいます!」
と、立ち上がるが、雛はもうしっかりとお茶碗を握っているので、絶対に離さない。
「いいのです」
それでもと、名上の人を使うのに抵抗を見せる真那ちゃん。
「雛に任せて。一種の趣味みたいなものだから」
俺に言われ真那ちゃんは雛にお茶碗を渡す。
とても居心地悪そう……。
隣でガツガツと食べるなぎさを見習って欲し……くはないな。うん。今ぐらいが丁度いい。
「真那ちゃん」
「は、はい!」
クスクスと笑ってしまう。
「そんなに緊張しないの。これからはここにいる人達、みんな友達だからね」
「え?」
「言い方が悪かったかしら。家族だって思ってもらっていい。楓お姉さまも雛もなぎさも凛ちゃんも。そして、私も。だからこれからは一緒に御飯を食べましょう。一緒に学院に行きましょう。一緒に思い出を作りましょう」
お茶碗を持ってきた雛も笑顔になる。
「私とお友達になってくれますか?」
手を差し出す雛。
真那ちゃんの気持ちを知っている身からすれば、その言葉は振られてしまうフラグなのだけど。
真那ちゃんは驚いていたが、雛の手を握り「よろしく……お願いします」と、顔を真赤にした。
とても可愛らしく、どうしてこの子に不幸が舞い降りたのかが不思議で仕方ない。
もう残り数日……。
俺がここに居られる時間はもう少ない。
すでに完成しているプレゼント。
喜んでくれるだろうか。
真那ちゃんにも明日、プレゼントが届く。
これは良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、悪はどっちにしても正義には勝てない。
翌朝、倉田智也さん、真那ちゃんのおじさんは議員辞職をした。なにがあったかは闇に包まれたままで、ニュースでも辞職した理由などは報道されず、真相は闇の中。
「楓お姉さま」
「桜花、もう退院したそうよ」
これは和馬さんと桜花さんがなにかしたいに違いない。
あぁ、怖い怖い。




