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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
真っ赤なドレスが舞う時に
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愛されている人

 雨は止むどころか、ますます勢いを強くしていく。

 スマートフォンをもう一度、確認していみるけど、やっぱり圏外で助けを呼ぶこともできない。


「はぁ……はぁ……」


 隣で息遣いを荒くしているお姉さま。

 足からの流れている血は地面にまで流れている。


「寒くない?」


「少し……寒いです」


 こっちにいらっしゃいっと、手招きするので、私はお姉さまの隣に座ると、そっと私の肩に手を置く。寄り添う形になり、私は涙を流した。

 嗚咽することもなく、ただ私は涙を流し、目の前が歪んでいく。

 どうしよう。どうすればいいんだろう。

 恐怖が私の心を蝕んでいく。


「痛くない……ですか……」


「痛いわよ。でも、隣に真那ちゃんが居てくれるから、少し痛みが和らいだわ」


 そう言って、痛みをかき消すかのように笑顔を見せてくる。まるで聖母のよう。

 なのに、私は……。


「お姉さま。少しだけ我慢してください」


「真那ちゃん?」


 このままでは、お姉さまが大変なことになってしまうかもしれない。

 私は立ち上がって、まだ雨が降りしきる外へと視線を向け、決意を固める。


「だったら、これだけでも羽織っていって」


 私は止められると思った。

 だけど、お姉さまはコートを私に渡してくる。


「少しは役に立つと思うから」


 はっきり言って、お姉さまはもう限界に近い。

 額から汗が吹き出ていて、足首の出血も止まる気配がない。


「ありがとうございます」


 そうして、私は横穴から雨の降りしきる山道に飛び出した。

 泥濘に足を取られ、スケートリンクの上を走っているかのように、ツルツル滑り、転びそうになる。だけど、必死に体でバランスを取りながら、出来る限りスピードを殺さずに下っていく。

 木々の間を抜け、獣道を走り、山道に出て、アスファルト舗装の道に出る。

 それでも30分ぐらいは掛かった。

 学院の前に着いたら、私は頬は泥まみれで、お姉様から借りたコートも雨水がボタボタと滴り落ちている。

 正門をには誰一人として生徒はいない。時間的に五時間目と六時間目の間の休憩時間ぐらいだから、学院内にいけば、誰かに知らせることはできる。

 私の心はとても嬉しい気持ちになった。

 お姉さまを助けられる。

 誰かが助けてくれる。

 そんな気持ちがクタクタな足を前に動かしてくれる。

 昇降口に向かうと、何人かがこっちを見て、クスクスと笑う。そんなことも気にせず、私は職員室に向かった。

 ガラガラっと扉をスライドさせる。


「先生!」


 私は大きな声で、すぐ近くにいた先生を呼ぶ。


「まぁなんて汚らしい!」


「そんなことはどうでもいいんです! 幸菜お姉さまが大変なんですっ!!」


「またあなたは……」


「嘘じゃないんです!」


「あなたの虚言癖はどうすれば治るのかしら。こんな工作までして」


 まるでゴミでも見るような視線を向けてくる。

 私のことなど、どうでもいいの!


「佐々木先生!」


「さっさと寮に戻って着替えて来なさい」


 誰も私の言葉に耳を傾けてくれない。

 周りを見回してみても、憐れむ顔や、クスクスと笑う顔しかない。

 私は本気なのにどうして……。


「ホントなんです! 幸菜お姉さまが死ぬかもしれないんですっ!」


 悔しくて涙が溢れてくる。

 どう伝えれば信じてくれるのだろう。

 こんなに必死なのに!

 ガラガラっと私の後ろで扉が開いた。


「佐々木先生。集めてきましたなのです」


 白峰様が私の後ろを通りすぎた。


「ありがとう」


「いえ、それでは失礼しますなのです」


 集め終えたプリントを先生に渡し、こちらを振り返る。

 あ、っと、ポケットからハンカチを取り出し、私の顔に付いた泥を拭ってくれた。そして、気がつく。


「このコート、お姉さまの……」


「そうです! 幸菜お姉さまが大変なことに!!」


 白峰お姉さまは私の手を掴み、職員室から飛び出していく。


「なにがあったのですか?」


 走りながら私は簡潔に説明する。

 私が授業にサボって山頂の展望台に行ったこと。

 そして、崖がら転落して大怪我を負っていること。

 白峰お姉さまは「わかりましたなのです」っと、高等部に向かう。中等部の私達が廊下や階段を走っていくので、お姉さま方に注目の的。

 高等部の三年生の教室に入ると


「楓お姉さま!」


 白峰お姉さまは、あの花園生徒会長に向かって叫ぶように呼ぶ。

 教室の隅っこで小説を嗜んでいた花園生徒会長は華麗に本を閉じて、こちらに目を向けた。そして、こちらにやってきて「どういうこと?」っと、小さな声で聞いてきたので、私が説明をするとスマホを取り出して、なにやら操作し始める。

 操作を終えると、いきなり私が着ているコートのポケットに手を入れてきて、なにかを抜き取る。


「あの馬鹿……」


 出てきたのは、幸菜お姉さまのスマホ。

 幸菜お姉さまは、もし、私が遭難したり、また事故が起きたりしたときように、自分のスマホを忍ばせていた。

 花園生徒会長のディスプレイを見ると、GPS機能を使ったアプリのようで、反応は目の前にある。

 なんだろう。この親と子のような関係は。

 違和感を感じた。

 普通の姉妹関係にしては異質である。


「なぎさを呼んで向かいましょう。あなたしか居場所を知らないからあなたも付いてきて」


「は、はい!」


 今はそんなのどうでもいい。


「もうすでに連絡をしています」


 数分もしないうちに、幸菜お姉さまがいつもいるメンバーが集まった。そして、雨の中をもう一度、山頂を目指して走っていく。

 雨の中、誰も文句を言わず、ただ安否を心配しているようで、誰もが無言だった。

 私が先導するため、先頭にたって進んでいく。

 誰も傘を指さず、びしょ濡れになりながら進む。

 白峰様なんて、転びそうになりながらも必死に付いてきて、幸菜お姉さまは本当に愛されているんだというのがわかる。

 もし、逆だったら、誰も来てはくれない。

 私なんてそれぐらいの存在価値しかないんだ。

 幸菜お姉さまとは違うの。

 そんな憂鬱なことを考えながらも足は動かす。

 出来るだけ早く到着しないと。

 ネガティブな気持ちが一瞬にして、どこかに消えていく。

 幸菜お姉さまのことを思うと、私のちっぽけな憂鬱な気持ちは消え去ってしまう。

 まるで魔法にでも掛かっているかのよう。

 あぁ、だからこの人達は幸菜お姉さまが好きなんだ。

 そして……私も幸菜お姉さまが……大好き……。




 横穴に到着すると幸菜お姉さまは、弱々しく顔をこっちに向けて微笑む。


「あなたってホントバカねっ!」


 花園生徒会長は幸菜お姉さまを抱きしめ、涙を流した。

 いいな。こんな関係。って、えっ?

 幸菜お姉さまの肩口が破れていて、下着が露わになっているのは仕方ない。けど、チラっと見ただけだとわからなかったけど、パッドを入れてる?

 小さい胸を気にする人はいるけど、幸菜お姉さまはそこまで気にする人ではない。


「私だって嘘をつく」


 この言葉が私の頭の中を駆け巡った。

 もしかしてお姉さま……男の人……。


「ひーなーこー」


 遠くの方から声が聞こえてくる。

 いつも白峰様と一緒にいる東条様の声。


「こっちなのでーす」


 と、大きな声で叫ぶ白峰様は、幸菜お姉さまの傍を離れず、ニコっと、いつもと同じような笑顔を振りまいていて……。


「黙っててね」


 長嶺様がコソっと言ってくる。


「ここにいる全員知ってるの。それでも一緒に居たいって思えるほど、大事な人なんだよ」


 そう言って、幸菜お姉さまの傍へと向かう。

 女学院に男の人がいるのに、どうして、匿うようなことをしているのだろう。なにかしらの理由はあるにしても、ここまでしなくなくてはいけないことなのか。

 いや、なにか弱みを握られていて……。

 そんなはずはない。だって、目の前の光景が全てを物語っている。

 本当の家族のように、本当の姉妹のように、本当の恋人同士のように、心配しているのを目の当たりにして、私は「いいな」って小さく声に出した。

 私もこの家族の中に混ざりたいな。

 嘘をつかなくてもいいような関係はもううんざり。

 幸菜お姉さまの傍に向かう。


「ありがとう真那ちゃん」


「私は何もしていません」


「ちゃんと私を助けてくれたじゃない」


 そう言って私の手を握る。


「それにね」


 みんなを見て


「信じてくれる人達がいるって、気持ちいいでしょ」


 って、今まで見たこともない、最高の笑顔がそこにあった。




 幸菜お姉さまは東条様が用意した車で病院へと向かった。さすがに学生の私達は付いていくのはダメということなので、正門までしか付きそうことができず、お姉さまのご両親も遠く、すぐには来れないので、なぜか花園生徒会長のお父さんが付きそうことに。

 やっぱり結婚を前提にお付き合いをしているのかな。

 そんなことを考えていると


「先生方、少しお話があるのですけど」


 少し強張った表情をする先生達。


「この子が必死になって助けを求めているのに、あなた方は見向きもしなかったそうですね。生徒達なら兎も角、教師が生徒を信じてあげられないとは、教師として失格だと思います」


 花園生徒会長は私の手を握り、学院へと足を進めた。

 教師達を置き去りにして。


「あなたも、信用されるようになりなさい。このような事態はいついかなる場所で起こるかわからないのだから」


「……すみません」


「まぁいいわ」


「あのどちらに?」


「あなたの傷の手当をしないとダメでしょ。放っておいたら幸菜になんと言われてしまうか」


 ぶつくさとなにか言いながらも、花園生徒会長は噂通りの人ではなく、恋する女の子へと華麗に変貌を遂げていた。

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