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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
真っ赤なドレスが舞う時に
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アクシデント

「幸菜様から離れてくれません」


 朝食に向かう途中、食堂の前で待ち伏せされ、唐突に言われた言葉。

 たぶん、三年生だろう。

 背格好は同じぐらい、面識も無ければ、学院内でもあまり見かけない顔。三年生と判断したのは言葉遣い。

 だって、上級生になればなるほど、言葉遣いが汚くなる。

 お姉さまの友人なのかもしれないし、お姉さまが仕向けたのかもしれない。

 朝から億劫にさせてくれる。

 無視して食堂に向かおうとするれば、通せんぼをしてきては、ウダウダとお説教のような言葉を吐き出す。

 もういいや。

 朝食は諦めて部屋に戻ろう。

 先輩方に背中を向け、ため息を一つ吐き出し、私は自室に戻ることにした。

 だけど、ネチネチネチネチネチネチと付きまとってきて、金魚のフンのよう。

 部屋に戻るのもやめよう。

 さすがに部屋の中にまで入ってこられたら、堪ったものではない。


「どうかしたの?」


 私の目の前に幸菜お姉さまと白峰様が立っていた。

 白峰様は寮生なので、会うことはあるとしても、幸菜お姉さまと朝に中等部の寮で会うのは初めて。

 うざかった先輩方もお姉さまの登場に驚き、罰が悪そうに食堂へと消えていった。


「真那ちゃんなにかあった?」


「いえ、別に……」


 どうして、私……嘘を重ねるんだろう。


「私のほうから言っておくのです」


「クラスメイト?」


「いえ、クラスメイトではないのですが、ご友人なのです」


 どうして、この人達は……こんなにも優しくできるの。

 私は嘘ばっかり重ねて、私を隠して生きてきたのに、どうしてこうも自分を曝け出すことができるの!


「私、行く所があるので失礼します」


 今日は学校をサボろう。

 この学院は熱があると言えば自室待機になる。特に私の場合は。

 寮長も嘘と知っていて、関わるとメンドクサイから何も言ってこないだけ。

 人間の関係なんて、これっぽっちでしかない。

 誰もわかってくれない。




「真那は僕が育てる」


「……」


 まだ私が小さい頃の記憶。

 私が寝たと思ったのか、2人が会話を始める。


「お前がアホな男に捕まるから」


「……」


「これで、俺の地位に傷がつかなかったのが奇跡だ。お前が野党の人間の子を孕むとか」


「それはあなたには」


「あぁ……っ?」


 いつものお兄ちゃんじゃなかった。

 ドスの効いた声で、まるで映画に出てくる暴力団のようで……。

 私は怖くて、ソっと覗いているしかできなくて。


「お前が真那を捨てたことにしろ。そして、俺が真那を育てて、世間からはとても優しい人間だということを植え付ける。簡単なんだよ、既成事実ってのを見せつけてやれば、それで馬鹿共は納得する。選挙なんてストーリーを持つか持たないかで決まる。それと人脈。どっちも俺にはある。どこぞの宗教団体がバックにいるんだ。もうこれで将来安定だよ」


 だから、今すぐ出てけ。

 お兄ちゃんはそう言った。

 ここはお兄ちゃんの家で、私達は居候で……。

 お母さんは涙を流し、なにも言わない。

 小さかったからわからなかったけど、お母さんが涙を流すってことはお兄ちゃんが悪い事をしたってこと。だから、2人の前に飛び出して


「お母さんを泣かさないで」


 私の記憶はそこで途絶えている。

 気がついたら朝で、お母さんは姿を消していた。

 



「あんな奴に負けたくない」


 朝の9時を少しだけ過ぎている。

 授業中だから誰もいない廊下を通り抜け、私は山頂を目指した。

 寮を出てすぐに学院とは反対方向に歩き、40分も歩けばすぐに山頂に到着する。

 空は今にも雨か雪かが降り出しそうな雰囲気なのに景色は最高で、疲れるからとほとんどの生徒はやってこない。

 世界が私だけしかいなくなったよう。


「お姉さま……」


 私はどっちを呼んだんだろう。

 白峰様?

 いや、違う。

 私の頭の中は幸菜お姉さまを想像していた。

 笑った顔や悩んでいる顔。

 私は白峰様が好き……なの?

 なぜか疑問形。

 ハァ……。

 ため息が白くなり、もうすぐ雪が舞い降りてきそうなほど、冷え込んできた。


「今日は冷え込むってニュースで言ってたものね」


 声ですぐに誰かわかってしまう。

 いや、この人の周りだけは空気がとても暖かいから……。


「寒くない?」


「少し寒いです」


 ブレザーの下は厚着をしているけれど、コートを着ているお姉さまは、私よりも暖かそう。


「だったら2人で暖まりましょうか」


 2人で?

 言葉の意味はすぐにわかった。

 私の背中からコートを覆い被せてきて、お姉さまの体温が私の背中に伝わってくる。

 どうして女の子同士なのに……女心を揺さぶってくるんだろう。


「今朝のことなんだけどね」


 耳元にお姉さまの吐息が……。

 私は発情期の猫のように身悶えしてしまう。


「聞いてる?」


「……はい」


 落ち着け私。

 お姉さまは女性で、私も女性。

 大きく深呼吸したかったけれど、お姉さまに悟られないように、小さく深呼吸をした。


「雛が叱っていたわ」


 雛もお姉さまになりつつあるのね。っと、お姉さまはなぜか嬉しそうに聞かせてくれた。

 白峰様が自立していけば、お姉さまの傍を離れていくかもしれない。そんなカップルを私は何人も見てきた。

 成長するということは自立心を沸き立たせる。

 なんでも1人でやりきろう。

 これぐらいなら1人でできる。

 だったらお姉さまは必要なのだろうか。

 という思いが芽生え、2人はギクシャクしてしまい、別れが訪れる。

 私はそんな2人を見たくない。


「お姉さまは……白峰様のこと……好きじゃないんですか?」


「大好きよ。もし、雛に嫌がらせする人がいたら殺したいくらい好きよ」


 でもね。っと言葉を繋ぐ。


「私はもうすぐ、ここからいなくなるの」


「何を言って……」


「私は学院のみんなに嘘をついていて、その嘘が本当に切り替わる。私だって嘘はつく。だけど、嘘を本当に変えれたら、それは本当になるの。だから、真那ちゃんも嘘を本当に変えてしまいましょう」


 変えると言っても……もう手遅れ。


「今、手遅れって思ったでしょ? 大丈夫だから。ね?」


 どうしてもこの人は女心を無自覚に擽ってくる。

 白峰様……ごめんなさい。

 少しだけ……お姉さまを私だけのお姉さまにしてください。

 さっきからポツポツと降り始めている雨を利用しよう。

 この辺には、昔の防空壕がいくつか残されていて、少し足場が悪い箇所もあるけど、注意しながら進めば、初等部の子でもいけるほど。


「お姉さま、少し雨が強くなってきました。雨宿りしましょう」


「そんな場所があるの?」


「はい。私に付いてきてください」


 私は先導するため、先に獣道へと足を進めた。

 冬ということもあり、雑草などはほとんど枯れてしまっていて、比較的進みやすい。ただすぐ横は、崖のような急勾配になっていて、間違えて足場を踏み外したら、大怪我をしてしまうかも。

 注意深く獣道を進んでいく。

 平坦な道から下り坂に差し掛かり、足場を確かめながら進んだ……はずだったのに……。


「キャッ!」


「真那ちゃん!」


 目の前が真っ暗になって、激しい衝撃が体を伝う。

 硬い物や柔らかい物が背中を集中的に攻め立て、回転してながら斜面を下り落ちる感触と、誰かに包まれている優しい感触。

 一瞬にして衝撃は走り抜け、ジーンっとした痛みが体を支配する。


「真那ちゃん大丈夫?」


 頭の上から声が聞こえてきたので、視線を上に向けると、お姉さまの顔がすぐそこにある。


「はい。少し痛みますけどっ!」


 お姉さまの額から血が流れてる!


「お姉さま! 血がっ!」


 すぐにお姉さまから離れ、お姉さまに目を向け、私は唾を飲み込んだ。

 額からの出血もそうだけど、足首からのほうが凄い出血をしていて、1人で立ち上がることも出来ないと思う。


「また楓お姉さまに叱られるわね」


「そんなことを言っている場合じゃありませんっ!」


 ポケットからスマートフォンを取り出して、119番にコールするけど……無情にもツーツーツー……と掛かっている様子はない。

 ディスプレイを確認すると圏外との表示されていて、使い物にならなかった。

 どうしよう……。

 どうしよう……どうしよう……。

 不安が私の心を圧迫してくる。

 そうだ。また嘘で私を守ればいい。

 お姉さまにここに連れてこられて、無理矢理、性的暴力でも受けそうになったって。


「真那ちゃん。雨が強くなってきたから、あっちの横穴に移動しましょう」


 這いずるように移動するお姉さまを、私はただ見ているだけしか出来ず、お姉さまに「こっちにおいで」っと言われて、やっと防空壕へと足を動かした。

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