優しさ
学院に戻った俺は、真那ちゃんの置かれた状況を整理した。
あの子はお母さんに見捨てられた子で、それ以降、嘘を重ねるようになった。
原因は、はっきりとしている。
その嘘も最初は可愛いものが多く、年齢が上がっていくことに、嘘が肥大化していった。
それを重く見た智也さんは、1人になれば友人関係などを築くために嘘をやめるだろう。という、考えから此花に入学させた。
これが正解かどうかは俺にはわからない。
だって、俺が寮に帰ってくる途中、3人の中等部の子が待ち伏せしていた。
玄関の前で3人は、誰が言うか言い合いをしていて、俺が近づくと、輪の中心にいた子が、意を決して話しかけてきた。
「お姉さまにお話があるのですが……」
俺の正面に立ち、聞くまで逃がさない。
そんな気迫を感じた。
「構わないけど、ここでは言いにくい事なの?」
瑞希が話を通していてくれたお陰で就寝時間ギリギリでもお咎めはなく、警備員さんは少し怯えていた。
そんな中、彼女達はどれぐらい待っていたかは不明だけど、それほど俺に伝えたいことなのだと、簡単に察することができた。
今の時間なら中庭だろう。
少し肌寒いけど、時間的にそっちのほうがいい。
「中庭でお話しましょう」
「はい」
移動している間、彼女達はなにも喋らない。
お姉さまを前にして萎縮しているのもあるだろうけど、それよりも今から言わなくてはいけない事のほうで、緊張しているようだった。
中庭には案の定、誰もおらず、閑古鳥の泣いているオープンカフェのよう。
どちらも座ろうとはせず、3人は一塊になって、こちらの様子を伺う。
「そんなに怯えなくても大丈夫。食べっちゃったりしないから」
そんな冗談も、この子達には通用しないようで、完全にスルー。
ま、まぁ状況が状況だからね。
「それでお話って?」
もうこちらから話題を進めていこう。
「とても言いづらい事なのですけど……」
あぁ、やっぱり真那ちゃんのことね。
ほぼ毎日のように、部屋に行っていたら、誰かに見られていても不思議ではない。
「倉田さんと関わるのは辞めたほうがいいと思います。私達、同じクラスなのですけど、あの子の嘘には皆さんが大変な思いをしています」
だから。
あの子と関わるのはやめたほうがいいです。
そう繋がるのは、言わなくてもわかる。
でも、俺の前で彼女、真那ちゃんは嘘を言ったことがあったかと言われれば。
「ありがとう」
彼女達に笑顔が灯る。
「でも、私は彼女の部屋には、今後も向かうわ」
「どうしてですか!」
「真那ちゃん。私の前で嘘を言ったことがないもの」
まだ日は浅いけれど、真那ちゃんは俺に対して嘘を言ったことがない。
雛が大好きだってことも事実だろう。
だって、雛の話をしている真那ちゃんはとても嬉しそうなんだもん。
彼女達は驚いたようで、硬直したように動かない。
「でも、ありがとう。私のことを思って、勇気を持って打ち明けてくれたのよね」
彼女達に近づいて、視線の高さを合わせるためにかがみ込む。
「もし、真那ちゃんが嘘を言わなくなったら……お友達になってあげてね」
自室に戻った俺は、雛が作ってくれていたおにぎりを食べ終えて、シャワーを浴びることにした。
すでに就寝時間だけど、部屋にシャワー室が備え付けられているので、深夜でも普通に浴びる事ができる。
頭を洗い、体を洗う。
もし、俺が女の子だったら……。
双子でも、女の子同士の双子だったら、このまま卒業するまで、ここに残れたのかもしれない。
流れ続けるシャワーの水。体に当たっては弾ける水。それが体を伝って、排水口へと流れていく。
あの子達には、ああ言ってはみたものの、実は俺の事を騙しているのかもしれない。もしかしたら雛に危害を加えるかもしれない。
そんな恐怖が押し寄せてくる。
もうクリスマスパーティまで1ヶ月を過ぎている。
真那ちゃんと知り合って、1ヶ月を経とうとしている。
一緒に編み物をして、いっぱい失敗して、いっぱい笑って、いっぱい悩んで……。
本当に彼女はそんな子なのか。
「ダァー!」
蛇口を捻って、お湯を止めて、用意していたバスタオルを掴んで、水分を拭い取っていく。
いつも寝間着にしているジャージを着込んで、ベッドに倒れ込んだ。
「怖いの?」
見計らったように背後から声が聞こえてくる。
「お願いだから、ベランダから部屋に忍び込むのは辞めて欲しい」
「いいじゃん。こうやって励ましに来てあげてるのに」
ホント、人が悩んでる時に限って、こうしてやってくるんだから。
「雛は知ってたよ。少し前に聞いてたみたい」
「なにか言ってた?」
「なにか言うと思うの?」
俺の腰に座るなぎさ。
ここで重いっていうと女の子はみんな怒りそうだからなにも言わずに耐える。
「言わないね。でも、行動にはでちゃうかな」
「って、事は、雛が知ってるのわかってたんじゃん」
「うん。そこも可愛いから、つい黙っていたくて」
「ん~、凛とは大違いだからね」
「凛ちゃんはズバズバ言っちゃうタイプだもんね」
「そうそう。私をお姉さまだって自覚あるのかな?」
「なぎさ事態、お姉さまって自覚ないじゃない」
「それを言うな」
髪の毛をグリグリしてくる。
「楓さんもなに言わないし、雛は頑固だから決めたら、そのまま言うこと聞かないし」
「なぎさはどうしたいのさ」
「私? 決まってんじゃん」
バタンっと俺の背中になぎさの感触が伝わってくる。楓お姉さまと雛とは違う、少し筋肉質な感じのする感触。
「刹那のやりたいようにしてみなよ」
「ありがと」
「でもさ……」
「なに?」
「なーんでーもなぁい」
なぎさの感触が無くなると「パシンっ!」って音と共に背中に衝撃が走った。
振り向くとなぎさはベランダの前に立っていて、こちらを見ていた。
背も高く、スラっとしたスタイルをしているので、月明かりに照らされたなぎさは、ファンタジー世界のお姫様のように見えて……。
「みんなに優しいってのはね、誰かに特別な優しさをあげられないかもしれない。みんなに優しいのは優しさに怯えているだけなのかもしれないよ。刹那はいつも優しいね。それってさ、意気地なしなだけかもしれないよ。私から言ってあげられるのそれぐらい。楓さんのように賢くないし、社会的なコネもない。雛のように料理が出来て、家事ができるわけでもない。私はね、一緒に居てあげられるだけだから。苦しい時に一緒に居てあげられることしか出来ないから」
それじゃ~ねぇ。
風で靡くカーテンの隙間を縫うようにして、なぎさは自分の部屋に戻っていった。
わかっているけどさ。誰かが優しくないと、壊れてしまうかもしれないじゃんか。
誰もなぎさのように強くないんだよ。
俺はそのまま眠りについた。
明日があんな日になるなんて知らずに……。




