思い出は時間で育っていく
いち、にい、さん、しい……
っと、と、と。
間違えたステップを踏んで転けそうになる。
「ストップ」
楓お姉さまの声が体育館に響く。
クリスマスパーティーは、幼少部から高等部まで、すべての生徒が参加する。そこでは、先輩達と談笑したり、一緒にダンスをしたりと、お姉さまと親睦を深める場所にもなっているらしい。
そのため、俺は必死になってダンスを練習している。のにだ。自分で言うのもなんだけど、一向に上達する気配がない。
「何回も足を踏んでごめんなさい……」
「いえ! 雛は構わないのです」
どちらのステップも踏める雛に相手を頼んでいる。
身長の差があるのに、雛は上手く腕の位置などを変え、きちんとしたステップを踏んでくる。
俺も頭ではステップは理解しているにしても、曲に合わせてステップを踏むとなると勝手が違い、やりづらい。
「仕方ないのです。私達は初等部の頃からダンスをしているのですから、いきなり私達のようにお上手だと立つ瀬がないのです」
それに……っと、ゴニョゴニョとなにか言っていたけど、俺の耳まで届かなかった。
顔を真赤にするぐらいなら言わなきゃいいのに。
「雛子ばかりでは練習にならいわね」
そう言って俺の前にまでやってくる。そして、俺の手を取り
「一緒に踊ってもらえるかしら」
反則だよ!
男の俺よりもカッコいいとか……でも、可愛い一面もあったりするんだよなぁ。
「どうなのかしら?」
妄想はこの辺にしておいてっと、
「喜んでお受けします」
笑顔で応える俺。なのに、なぜか楓お姉さまは顔を真っ赤にさせている。
なんだ?
俺、なにかしたっけ?
ただノリを合わせただけなんだけど。
「雛子、音楽をお願い」
「それでは行きます」
可憐な曲が流れ始め、俺達は蜂のように舞、蜂のように刺す。を体現出来れば文句は噴出してこない。
時間はお金では買えない。
そんなのは小学生でも知っている。なのに、踏むはぶつかるは逆を行くわ。で、ダンスにならなかった。
「男性のステップも踏めないなんて……」
項垂れる楓お姉さま。
それもそうだ、下校時刻寸前までやってこれでは先が思いやられる。
「幸菜お姉さま……」
「あなたが言わないで……」
リモコンを操作して、音楽を停止させる。
さすがはお嬢様学院。
俺達、一般庶民だとラジカセが今でも主流だというのに、この学院はリモコンを操作するだけで、体育館の放送室へと電波が飛ばされ、スピーカーから音楽が流れてくる。
だから、使い終われば職員室へ返却するだけ。
「でも、クリスマスパーティーに間に合いますのでしょうか」
現実逃避は出来ないようです。
直視しなければ、前には進めない。でも、背けたい時もあるんです。許してはくれないけども。
「リモコンを返してきますね」
「そうね。私達は昇降口で待っているわ」
鞄は雛が持ってきてくれるので、リモコンを片手に職員室へと向かう。
パタン。
体育館の扉を閉める。
「上手く行かないみたいですね」
待ち伏せされていたようで、扉のすぐ横にアーシェが立っていた。
「まぁね」
俺が歩き出すとアーシェもピッタリと隣を歩く。
「意味のないことなのに、どうしてそこまで本気になるのか」
「意味のないことじゃないよ」
「あなたにとっては意味のないことです」
あの事件からアーシェは少しずつながら変わりつつある。どのような変化かというと、1人でいる時間が少なくなった。
東雲さん・山藤さん・黒崎さんの誰かと一緒にいるし、居なくても自分から別のグループの輪に入っていったり。
「入れ替わるのはいつですか?」
俺は足を止めた。
「さぁいつだろうね」
「自分の都合が悪くなれば誤魔化す」
「別に誤魔化してなんか」
「誤魔化してます」
みんな知っているんだ。
もうすぐ俺が本物の幸菜と入れ替わる事。
それでも、いつもと変わらない日常を送ろうとしてくれている。
「私も……離れるのはイヤです」
背後にいたアーシェが、俺の前にやってくる。
「ここに居られるのはあなたのおかげです。だから、私もあなたがここに居られるように」
「それダメなんだよ」
異物は排除されなきゃいけない。
このまま残り続けると、異物は悪い方向に向かっていく。それは回避しようにも回避できない。
アーシェの肩に手を置く。
「もうすぐ妹がこの学院にやってくる。それは雛もなぎさも楓お姉さまもわかってる」
大丈夫だよ。
もう心残りはないから。
「幸菜様?」
「なに?」
「なにかありましたか?」
真那ちゃんの部屋で編み物をしている。
楓お姉さま達にはサプライズということだけど、多分バレているだろうな。
「ちょっとね」
まだこの子は俺が男だと知らない。
「あの……そこ……間違えてます……」
あ。
はっきり言えば、今日の成果が無駄になった。
苛つきながら編んだ毛糸をほどいていく。
あーもうー。
そう言いたくなった。
ぶつけたいモヤモヤがここ最近、一気に溜まってきている。
誰にも言わないと決めたのに、誰かに自分の気持ちをぶつけたい。
幸菜にぶつければ?
そう思う時もある。だけど、幸菜本人は優しい。だったら卒業するまで居ればいいと言うだろう。それじゃあ、俺のここまでの頑張りが、みんなの気持ちを踏みにじってしまうのではないか。だから、俺は変わらないといけない。
「幸菜お姉さまには言っておきます」
真那ちゃんが編むのをやめた。
「私……12月24日。クリスマスパーティーが終われば、この学院からいなくなります」
来年の3月に選挙がある。
その選挙に真那ちゃんのお父さんも参加するらしい。
国会議員という職業は、ピエロでなければ勝ち抜くことができない。言わば、ごっこ遊びをするのである。
スキャンダルの多いお父さんは、娘を大事にしているというアピールのために真那ちゃんを連れ戻し、選挙が終わるまで家族ごっこをするのだとか。
「それでいいの?」
「良くは……ないです。でも、自分の気持ちだけはお伝えしたいなって……」
少しの間が開いた。
「すみません……幸菜様……せっかく応援してくださっているのに」
「私は……」
なにもしていない。
やろうって決めたのも、送ろうって思ったのも真那ちゃんだ。
それを俺が否定する権利はない。
「お気になさらないでください……」
真那ちゃんは笑っていた。
「最後の思い出にと思いましたが、今の時間もとても良い思い出になっています。こうして、幸菜様と編み物をしているなんて……私にしかない最高の思い出です……」
バタンっと扉を閉めた。
もうすぐ消灯の時間を迎える。
「今日の懇親会は終わったのね」
いきなりこの人が現れても、もうなんとも思わない。
そうじゃなくても、今の気持ちだと驚くことも出来ない。
「えぇ……まぁ……」
大人の都合で振り回される子供達がとても多く、特にお金持ちの家庭に見られる。
「ほんと幸菜って面倒を背負い込むのが好きなのね」
好き……ではないけど、目の前に困っている人が居たら、簡単に見捨てられるほど割りきれた人間じゃないだけだ。
「だから……みんなが慕ってくれるのね」
「どういうことですか?」
「さぁ」
楓お姉さまは俺に背を向ける。
なにかいつもと違うように思う。
身なりはいつも通りで、腕を組むから余計に強調されるタユンタユンと揺れるメロンを。なんて揶揄すると、いろんな所から苦情が飛んできそう。
でも、スイカでは大きいし、メロンパンでは平坦すぎる。
表現って難しい。
「1つだけ、私からではないけど、プレゼントを用意しているみたいよ」
「プレゼント?」
「えぇ、日曜日に瑞希が迎えに来るから」
本当に!
あの事件以来、顔を見ていないから嬉しい。
「脳天気ね」
「単細胞って言って下さい!」
「どっちもどっちじゃない」
まぁそうだけど、嬉しいことには変わりない。
日曜日までに、なんの話をしようか考えておこっと。
こうして、誰かとお話するだけでも気持ちが切り替えれる。誰かに悩みを打ち明けるだけでも、心の負担を少しだけ和らげることができる。
だけど根本の解決は本人がするしかない。
その手助けを、俺はしたいだけなのになぁ……。




