義妹候補
平凡な日常の中にいる時間は、とても居心地が良い。
学院に向かい、授業を受け、寮に戻れば、ベッドに寝そべってライトノベルを読む。
部屋の掃除は雛がしてくれるため、俺の出番はない。
というよりも、手伝いを申し出たら
「雛がするので大丈夫なのです!」
と、頑固な雛子ちゃんモードになってしまい、時間をあけ、こっそりと手伝うと
「お姉さまはあちらでご本でも読んでいてください!!」
(仮)ではなく(怒)っていう……ね。
あのCMのクセになるんだよなぁ。
義妹に背中を押されて、ベッドに腰を下ろすお姉さまの図。テキパキとこなす雛の姿を見ているだけの俺って情けねぇ……。
でも、2日も経つと次第に慣れてきて、現在に至る。
ガチャリっと音がして、いつものように生徒会のお仕事を終えた楓お姉さまが、俺の部屋にご帰宅なさってくる。そして、俺の姿を見て、ため息を漏らす。
「雛子、甘やかしてはダメよ?」
いや、俺も甘やかされる気はないんだけど
「いえ、女の子の魅力をアピールするチャンスなのです」
2人の間に沈黙が生まれる。
え? なに? この重苦しい空気。
ニコニコ微笑む雛と、クールな眼差しで見つめる楓お姉さま。
さすがの俺も2人の間に割って入るのには、抵抗を感じるというか、見えない壁があるというか……。
どうするんだよ。
ドターンっ!
「たっだいま~」
何も知らないなぎさが登場。
さすが空気を読まない。じゃなかった、読めないなぎさちゃん。
こんな険悪な雰囲気を物ともせずに、2人の間を抜けてきて「とぅ」なんて言い、ベッドに飛び込んできた。
もちろん俺もベッドに横になっているから、なぎさは俺のすぐ隣にいる……。
腕と腕が触れ合う距離。
俺の読んでいる小説を覗き込んでくるから、なぎさの髪の毛が鼻に当たり、なぎさの匂いが嗅覚を刺激してくる。
部活上がりなので、少し汗の匂いも混じっている分、より妖艶な匂いを漂わせいていた。
「なに、もうすぐクリスマスだから、この小説選んだの?」
ちょうど読んでいたライトノベルはクリスマスの話をしていた。
ラブコメの主人公がヒロインを驚かせようと、内緒でプレゼントを買いに出かけていて、あれでもないこれでもないとプレゼントを選んでいたら、生徒会長が後ろから「女の子にこのプレゼントはナンセンスよ?」と、咎められているシーンだった。
「そうじゃないけど……」
本当にたまたまだったけど、なにかプレゼントはしないといけないな。
雛はいつも身の回りの世話をしてもらっているし、なぎさは学院でサポートしてくれている。
もちろん楓お姉さまも寮では勉強などを見てくれて、最初に俺を男と見抜いて、それでも傍にいてくれて……。
「離れてくださいなのです!」
なぎさと俺の間に雛が割り込んでくる。
「こら。ベッドが壊れちゃうよ」
「でも、顔は喜んでいるわよ?」
と、言いつつ、俺の腰に座るのはやめてほしい。
俺と同じぐらいの身長で、あの豊満な凶器を要しているのに、どうしてここまで軽いのか。
女の子の七不思議だよ。
「お兄さま、雛も構って欲しいのです」
プクっと頬を膨らませる雛。
だったらと腋を擽った。
雛はとても擽りに弱く、足をジタバタさせて抵抗するけど、俺はやめてあげない。だって、笑っている雛はとても可愛いからだ。
いつまでもこの笑顔を見ていたい。
「私も混ざるよ~」
さらに手が伸びてきて、雛はさらに大きな笑い声を響かせる。
「ほどほどにしなさいね」
呆れたように立ち上がる楓お姉さま。そのまま椅子に座り直すと、本を読み始めた。もちろんライトノベル。
あんな難しい本は金輪際、もう読むことはないだろう。
経済だの、経営だのという本は、大人になった時に読めばいい。
必要なときに必要な知識を身に付ければいいんだ。
もちろん、第二言語なんて無くなってしまえばいいと心より思っているよ……
いつものように雛を送り届けた帰りだった。
「あ、あの……」
背後で声が聞こえたから振り返ると、中等部の子がモジモジしながら立っていた。
水色のパジャマを着ていて、背丈もそれほど高くない。
髪も肩ぐらいで綺麗に切られており、大きな特徴を探すほうが難しいと言える。
まぁ、この学院の子は、肌がスベスベだし、服装もブランド物で固められていたりで、特徴的な子がとても多い。
「私になにかあるの?」
「ここではその……」
と言われても、5分もすれば就寝時間だ。
場所を変えるにしても、そんなに遠くにはいけない。
「とても大事な事?」
「は、はい! わ、わ、わ、私の人生を左右するほどの……」
まだまだ若いのに人生左右させちゃダメだと思うのは、俺だけなんだろうか。
なんにしてもだ、可愛い後輩のお願いを無碍にはできない。
「誰も来ない場所って、この近くにあったかしら」
中等部の玄関なんだけど、内装は高等部の寮とほとんど変わりがないため、1階は食堂があったり寮長の部屋があるだけ。
外は肌寒くなってきたので、風邪を拗らせてしまうかもしれない。
ん~どうしようか。
「わ、わわわわ……」
わわわわわ?
「私の……部屋で……」
と、いう流れで、彼女の部屋にやってきた。
「そういえばお名前は?」
自己紹介すらしていなかった事を、今思い出した。
「く、倉田……真那です」
「倉田さんね。私は立花幸菜です」
お互いに自己紹介をし、出来るだけ倉田さんが緊張しないように話を進めていく。
倉田さんの部屋は俺の部屋とは違い、すべての物が小さく、綺麗に配置されていた。
「とても可愛いわね」
自分のセンスを褒められて嬉しくない子はいない。それに褒めることによって、緊張を緩和させる効果もある。
「ありが、とうございます……」
まだ緊張はしているものの、噛まずに言葉を喋れるようにはなったのは、緊張は溶けていっている証拠。
ぺたんっと女の子座りをする彼女。
「どうしたの」
隣に座って、視線の高さを合わせる。
「あの……私……」
あ、この展開は
「お姉さまの事が大好きでした! 長嶺様がいつもお隣にいらっしゃって、お姉さまに私の気持ちをお伝えすることが出来なかったのです!」
ウルウルと瞳に涙を溜め
「私のじゅんけ……」
「あの、お姉さま?」
ハッと我に返る。
ヤバイヤバイ。この子に読心術が備わっていたら、今頃は「我一変の悔いなし」って、拳を天に突きつけないといけなかった。
「大丈夫よ。それで続きは?」
「は、はい。私……」
あなたの事が!
「長嶺様の事が大好きです!」
ポッカーンって言葉が良く合った。
そりゃそうだよね!
都合よく、ライトノベルの主人公のように、ハーレムが生まれるわけないよね。
「クリスマス会が御座いますので、そこでプレゼントを送りたいと思っています」
そういうことかと納得した。
彼女は雛の好きな物とかを知らない。何を送れば喜んでもらえるか。それを俺に聞こうとしている。
「雛はなにを送っても喜んでくれるよ」
「そうだと思います。ですけど、本当に喜ぶ物をお渡ししたいのです!」
彼女の気持ちは本物だった。
ただの憧れや、有名人だから好きとか、そんな安っぽい感情ではない。
「なにがあったのか教えてもらえる?」
「……笑ったりしませんか?」
「しないわよ。倉田さんからはそんな風に見えるかしら」
「真那……と、お呼び下さい」
「わかったわ。真那ちゃん」
だが、タイムリミットはすぐだったようで、寮長が点呼に訪れてしまった。
もちろん、早く寮に戻りなさいとお叱りを受けてしまった。
「真那ちゃん。明後日の午前9時に寮の前で待ち合わせしましょう」
「は、はい!」
真那ちゃんは大きく頭を下げ、俺を見送ってくれた。
帰りの道で、少し想像してしまった。
雛がお姉さまで真那ちゃんが義妹で、雛はどんなお姉さまになっているのだろうと。




