夜更かし
あの日から、俺の睡眠時間は5分・10分と遅くなっていった。
言おうとしたことはあった。
夕食を食べている最中だったり、部屋でお喋りしている時だったり。
だけど、「あのさ……」これ以上の言葉が出てこない。
2人は不思議がって、こっちを見てくる。
今の時間がずっと続けばいいのに。
悔しいとは違う感情が、ふつふつと湧き上がってくるのがわかる。
そして、いつもなにか理由を探しては逃げてきた。
雛と楓お姉さまが、笑い合う姿を見て、この関係を壊したくない。と、切に願った。
だって、あの事件以降、楓お姉さまは笑顔を振りまいている。ただ、俺の部屋でお喋りをしている時、限定だけど。
それでも嬉しくて、嬉しくて……。
「ねぇ幸菜。俺の我儘を聞いてくれないかな」
誰も居ない部屋で、スマホは充電器に乗ったままだというのに、虚空に向かって喋りかけた。
もちろん返事もない。
そうだ。あれから瑞希は楓お姉さまのメイドを辞めた。
もう必要ないのだといい、これからは自分のやってみたいことをしてみます。なんて言って、本当に居なくなってしまった。
ダメだ。
これじゃあまた睡眠時間が伸びてしまう。
ベッドから出て、少し厚めの上着を羽織って、部屋を出た。
いつもは賑わう談話室も0時を回れば、静寂だけが残ってしまう。
あと1ヶ月。
そして、階段を降りていく。
真っ赤な絨毯は、いつも汚れがなく、きちんと手入れされている。
手すりを掴みながら、ゆっくりと、時間を気にすることなく降りていく。
玄関にまで着くと、豪華なシャンデリアなどとは相反する物。自動販売機が、人工の光を身に纏って、異彩を放っていた。
生徒手帳を取り出して、自動販売機のICチップを読み込むセンサー部分に押し当てる。
小さな音がすると、どれでも飲み放題だ。
どれにしようかと、熟考すること5分。
いつもと変わらない、微糖の缶コーヒーのボタンを押し、出てきた缶を頬に当てながら、外に出た。
紅葉シーズンの時期なので、そこら中に落ち葉を散乱していて、この落ち葉が無くなれば冬になる。
雛が言ってたっけ
「運が良ければ、ホワイトクリスマスになるのです」
女の子達はドラマのような恋を望むのだ。
白銀の世界に2人きりで、体を寄せ合いながら温めあったり、2人でテラスに出て、告白をした瞬間に雪がちらつきはじめたり。
もうテラスには誰もいない。
白い椅子を引いて、腰を下ろす。
今日も星が綺麗に輝いて、自分はここにいるよって、自己主張しているようだ。
プルトップに爪を引っ掛け、一気に引き上げる。
カポンっと、缶の口が開き、飲める状態になった。
「夜遅くになにをしているのですか」
声の聞こえるほうに、振り向くとアーシェがパジャマ姿で立っていた。
「少し眠れなくて」
「お隣いいですか?」
うん。
手にを差し出し座るように促す。
「アーシェも眠れないの?」
コクリと頷き、手に持っていた手紙を、俺に差し出してくる。
受け取ったはいいものの、中身まで見てもいいのか。
宛先はもちろん、アーシェ。そして、差出人は……っと、アンジェ?
「アンジェとは、私の母です」
どうぞ。っと、言うので、中を確認する。
すでにアーシェは、有栖川の名を捨てている。
そして、東雲さんの好意を受け入れることにした。
今では、友人も出来て、順風満帆に学院生活を満喫している。でも、親子関係の修復には時間が必要で、会うのはさすがに気まずいということで、文通から始めることにしたようだ。
手紙の内容を確認する。
便箋が4枚もあり、簡潔に内容をまとめるとだ。
謝罪の言葉と、将来、一緒に暮らしましょうって内容。
「どう、答えればいいでしょう……」
「どうって、私もそう思います。でいいんじゃない?」
だが、アーシェは俯き「怖いんです」と、弱々しい声で答えた。
それもそうか。また、同じことにならないか心配になるのも無理もない。
でも、それを乗り越えないと、自分の求める未来には行けないと思う。
「ゆっくりでいいよ。東雲さんと一緒に会ってもらうっていうのも1つの手だと思うし、電話からでもいいんじゃないかな」
「……そうですね」
何事にも不器用で、1度、失敗もしてしまっているために、自信が持てないでいる。
「大丈夫。もう失敗しないでしょ? だって、すぐ近くに頼れる人がたくさんいるんだから」
今度は自信に満ち溢れたこれで「そうですね」と、呟く。
今日は少し冷えるなぁ。
アーシェも体を小さくし、寒さに耐え忍んでいるように見える。
「アーシェ。もっとこっちに近づいて」
「こうですか?」
椅子をすぐ隣に寄せ、肩と肩が触れ合う。
「手を出して」
両手をテーブルの上に差し出す。
テーブルに置いていた缶コーヒーを、手と手の間に置き、そっとアーシェの手を缶コーヒーに押し当てた。
「なわわわわわわわ……」
アーシェの体温が一気に上がったように感じる。
「あ、ごめん。もしかして暑かった?」
寒そうに見えたんだけど、気のせいだったかな。
うわ。頬まで赤くなってるし!
手を放そうとしたら
「放さないでください!」
と、強く言われてしまい、そのままアーシェの手を包み込む。
本当に小さい手だなぁ。
体も小さいし、足も細い。
「落ち着いた?」
「す、少し……」
まだ頬は赤いけど、喋りは普通に戻ったように思う。
「ねぇアーシェ」
「な、なんですか!」
そんなに驚かなくてもいいのに。
まぁそこが可愛いって思うんだけどね。
「もし、明日が来なかったらいいのにって思ったこと……ある?」
俺の意味不明な言葉にアーシェは
「あります。でも、明日は来てしまう。だから、諦めました。でも、また希望が持てました。あなたのおかげで」
そっか。
「もし、明日が来なかったらいいと言うのであれば、明日が輝く事を願うことをオススメします」
アーシェはそのまま缶コーヒーに口をつけ、一気に飲み干す。
「苦いです……」
微糖でも苦いかぁ。
次はカフェオレにしておこうっと。
「もう夜も遅いし戻ろうか」
「そうしましょう」
空になった缶コーヒーを持ち、立ち上がる。
「アーシェ、ありがとう。少しスッキリしたよ」
なにも聞こえなかったのか、俺の手を握り、寮へと戻っていく。
よかった。
もうこの子は1人でもやっていける。
なんだか、寂しいけど、嬉しくもある。
もう、俺はこの学院にいる必要はないんだと、そう言い聞かせる。
さぁ、あと少しだけ、楽しい思い出を作ろう。
そして、クリスマスに幸菜と入れ替わる。
それで、すべてが元通りになるんだ。
そう言い聞かせ、アーシェを部屋まで送り届け、俺も部屋に戻り、眠ることにした。




