お姉さまのためならこれぐらい!
茜さんと2人で夜道を歩くことになった。
街灯もない田舎道。
タバコの火種がボワッと光ったり、小さな光になったりするのを見て、大人だなぁって感じる。
白い煙が吐き出され、それが闇に消えていく。
「吸うか?」
ポケットからクシャクシャになったタバコを取り出し、上下に揺すると1本だけがスッと出てくる。
「お言葉に甘えて」
甘い誘惑に身を委ねてみるのもいいかもしれない。
手を伸ばすとソっとタバコをポケットに仕舞われてしまう。
「ガキにははぇよ」
クスクス笑う茜さん。
やっぱり、女装すれば女の子と間違われるような男じゃ、大人っぽく見えないよね。男にも見えないのも悲しいけど。
髭を生やしたら男の子っぽく見られるかな。
車の免許を取ったら男の子っぽく見えるだろうか。もちろんMTで。
「終わったなぁ」
「なんか、長い冒険が終わったみたいですよ」
「長かったよ。もう大人になっちまったしな」
「大人と子供の区別ってなんでしょうね」
さっきから頭で考えている押し問答を問いかけてみる。
正解を導き出せないのは、法的に大人になるには年齢が足りない。でも、親から見れば、子供はいつまでも子供なのだ。20歳になろうと30歳になろうと子供のまま。
楓お姉さまのように賢いわけでもない。
なぎさのように運動が出来るわけでもない。
雛のように料理や身の回りの世話を出来るわけでもない。
俺は人以上になにかを出来る人間ではない。
「んなもん、考えるだけ無駄だよ。それじゃあ、どこぞの誰かがお前が大人だって言えば、大人になれるのかよ。総理大臣が赤ん坊に大人だと認定すれば大人なのか? そうでもないだろう? だったら、大人も子供も区別する必要はないってことだ」
でもな、と言葉を続ける。
「ありがとな。すっきりした」
ポイっとタバコを捨てるので、それを拾い火種をアスファルトで擦り、ポケットにしまう。
ポイ捨ては条例違反になるので、良い子のみんなはマネしないようにね☆
「茜さんのためにしたわけじゃないですよ」
自分が助けたいと思ったから助けただけで。
「それでも結果がそうなったんだ。礼を言うのは間違いではない。私じゃなにもできなかったしな」
ポケットからまたタバコを取り出して……なにもせずにポケットに突っ込んだ。
ハァーって、盛大にため息を吐き出す。
「こんな女装男に負けるなんてなぁ……」
ガシガシと髪の毛を掻きむしる。
なにに負けて、俺は何に勝ったのだろう……。
ボタンは2つほど弾け飛んでいて、肩口は破けたシャツ。スカートもホックは壊れ、チャックだけでなんとかスカートの機能を維持している。
完全に負けてる格好だと思うけど。
それからなにも喋ることもなく、学院近くまでやってきた。
「ここらでいいだろ。寮まで数分ってとこだしな」
「はい。ありがとうございます」
「瑞希が好きになるのが、少しわかったよ」
それじゃあな。
後ろ向きに手を振って、上ってきた道を今度は下り始める。
小さく手を振り、俺は寮へと向かった。
案の定、俺は警備員さんにこってりお叱りを受け、その後、就職難のために此花女学院にやってきた先生に、怒鳴りつけられた。
もし、俺の身になにかあれば先生が責任を押し付けられ、辞職、いや、クビになりかねない事案。
大人とは。の結論が出たかもしれない。
大人はみんな、保身に走るということだ。
子供は我が身を顧みず、反論し、反抗し、抵抗する。
友人のため、恋人のため、大切な人のため。
だったら俺は、子供でいいや。
寮の部屋に戻ると、雛がいつものように朝食の準備をしていた。
「おかえりなさいなのです」
「ただいま」
破けたシャツやスカートを見て、クスっと笑う雛。
いつもなら心配し、慌てて駆け寄ってきて、とても心配したと抱きついてきたのだろうけど、もう雛は雛ではなくなっているのかもしれない。
親鳥というには、まだまだ幼さい。だけど、心はもう立派な親鳥に成長したように見える。
「今日は学院をお休みしてくださいなのです」
「そうするよ。さすがに疲れちゃった」
ボロボロの制服を脱ぎ捨て、パジャマに着替えると、そのままベッドに倒れこんだ。
一瞬で視界が真っ暗になり、睡魔が襲ってくる。
「おかえりなさい。刹那」
薄れゆく意識の中、幻聴でも聞いたのか、幸菜の声が聞こえてきた。とても懐かしく、にいさんじゃなくて、刹那って呼ぶのは何年ぶりだろうか。
夢の世界だとわかっていても、少し嬉しかった。
「ただいま。幸菜」
ぼやけた視界に此花の制服を来ている誰かを捉えると、深い眠りへと落ちていった。
夢の中はとても居心地が良かった。
誰もいない草原の中、大の字に寝そべり、花の良い香りが鼻腔をくすぐる。
時折、草が頬を撫でてきて、少し擽ったい。
「にゅふふ……」
擽ったくて、少し変な声が漏れる。
でも、嫌じゃない。なんて言うんだろう。ちょっとしたイタズラのような、そんな感じを受けたから。
なんにせよ。
このまま眠り続けよう。
死ぬ思いまでしたんだ。たまの幸福は大事にしないとね。
寝返りを打つと、そこは真っ暗な世界だった。
なにもない真っ黒な世界。だが、柔らかい。
なにが? それは俺もわからない。
でも、スベスベしてて、とても柔らかくて、柑橘系の匂いがする。
これはこれでいいか。
なんだか幸せな気分だから。
メキメキっ!
なにかが砕けるような音がした。
ギュー……グキっ!
「うぎゃー!」
激痛に悲鳴。
そう、俺が激痛に苛まれ、それに伴い、悲鳴を上げただけのこと。
なに冷静に状況把握してんだよ!
この柔らかさは、胸か。乳か。おっぱぁああああああああ!
「楓お姉さま! ギブッ!! 誰か助けて! 死んじゃうから……」
「……うるさいわね」
不機嫌な声が頭上から聞こえ、柔らかい感触が消えていくのを悲しく思いながら、解放されて安堵する俺。
複雑な気持ちというのは、こういうことを言うのだろう。
いつものパジャマを着た楓お姉さまが、寝ぼけ眼でこちらを見ている。
和馬さんと桜花さんはどうなったのだろう。
ここに楓お姉さまがいると言うことは、無事に手術も終わって、安静にしているに違いない。
「楓お姉さま。シャワー浴びましょうか」
この人を目覚めさせるには、シャワーは必要不可欠。
毎朝の日課にもなっているほどだから、朝は滅法弱い。
パチパチと瞬きをしたと思ったら、ボタンを外していく。
いや、待って、さすがに心の準備が!
「ん……」
ボタンを外したから脱がせと催促。
首筋は綺麗な曲線を描き、鎖骨に大きな窪み。
聞いたことがある。鎖骨の窪みに水滴が3滴貯まれば、鎖骨美人と呼ばれるらしい。
3滴では足りないだろう。
って、冷静になるなよ!
ゴクリと生唾を飲む。
「それではお言葉に甘えて……」
ガチャリ。
「お姉さま、戻りま……」
背後からパジャマを脱がそうとしている俺。
雛からは楓お姉さまの顔を伺えないために、寝ぼけているとはわからない。
あぁ……。
いぃ……。
うぅ……。
「なにをなさっているのですか!」
「雛、違うんだって」
「なにが違うのですか!」
「楓お姉さま」
「を、あんなことやこんなことをしようとしてるんだよね」
雛の背後からなぎさが顔を覗かせる。
「あんなこと、とは?」
純粋な雛には、想像も付かないようで、コクリと首を傾げる。
「雛は知らなくていいの!」
「んー……」
背後からの催促は続く。
いつもの日常が戻ってきたのは、嬉しいけど、この状況は嬉しくないよ……。
「どうして、私を助けに来たの?」
私はあなたを見捨てたというのに、危険な目に合わせたというのに。
「俺の大切な人だから、それ以外の理由はないでしょ?」
ガラス片を踏みしめながら微笑む。
そして、こういうの
「お姉さまのためならこれぐらい」




